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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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冒涜

 故郷の桜によく似た桜の樹がある。そして死んだと思われていた人物が目の前にいる。誰だろうと一度は冥府だと思うだろう。しかし実際には現世である。自分の素性を知っている人間が五人も一度に消えた事実も残っていた。ただそれでも俺は今この状況に一つの希望を見出していた。

「姉さんが俺を呼んだのか」

 目の前にいるのは上灘ニルス。俺を生み出した上灘マイの父親。死亡したと聞いていたが今目の前にいる。確かにいる。背後が透けたりはしていない。

「ねえ桜瀬ミユキって、前に教えてくれたユウのお姉さんのことだよね?」

 そういえばミユキ姉さんのことを話したのはサリヱだったか。

「ヒロトさんと同じように、この桜と一体化しているんだ」

「正確には憑いているんだ。だがもう自力で分離できない。ここに流れ着いたとき彼女はすでに限界だったからね。君を呼び寄せた理由はもう理解できただろう?」

 理解はした。だが不安要素はまだ残っている。

「分解なら経験はある。だがそれも一度だけだ。うまくやれる自信はない」

「ならば練習してみるといい。分解と再構成、そのどちらも君が求めている力だろう。この場所で自分のものにするのだ」

「それともう一つ。ここは天乃から遠く離れている。俺は長時間天乃から離れられない身体だ。正直いつまでもつかは読めない。そんなことをしている時間があるとも思えない」

 サクラが俺に憑いていた間、彼女は俺の身体を少しだけ治してくれた。そのうちの一つがこれだ。

「心配はいらない。ここも君たちの街の公園と同じ、光り人の力に満ちている。天乃の一番安全な場所と同じだ。あそこも桜以外は生き物も植物も存在しないだろう」

 満ちている、とはいうがそれは安易なイメージとは異なる。空気中に漂っているのではない。この空間にある物体に一体化しているといった方が近い。その状態であれば物体から空間へ作用し特殊な空間を刑する。天乃の公園においては久遠劫の桜の樹のみでそれが発生している。そして他の動植物の存在しない空間となる。

「長居は可能と」

 どうやらやるしかないらしい。自ずとやらねばならぬことは決定される、らしい。


 その後何回か分解と再構成を行った。材料はこの海辺の砂。これを用いて野球ボールに再構成する。なぜ野球ボールなのかというと一番初めにイメージされたものがこれだったのだ。不完全な形状のボールが砂から再構成されていた。以後はこれが完全な形になるまで繰り返した。しかし思うようにうまくいかない。

「君ができないはずはない。君はすでに一度成功させている」

 そうか、そういうことか......。手の平に作りかけていたボールは形状を保てなくなり全て砂に還る。

「ちょっと、崩れてるよ」

「もうその必要はない」

 手の上に残った砂を払い落す。もうこれに意味はない。

「サリヱ、君は去年の球技大会で結構いい成績だったよな」

「た、卓球でね」

 鈴懸の中等部の球技大会のことである。昨年の球技大会において卓球は個人競技の枠に設けられる。そこでサリヱは優勝とはいかなかったが大分勝ち進んでいた。その記憶があった。

「俺と勝負だ」

 右腕を宙に浮かし瞬時に卓球台一式を再構成してみせる。

「ど、どうして。さっきま成功してなかったのに」

「思い出したんだよ、コツってやつ」

「ていうかなんで卓球台?」

「素晴らしい。流石は真のプリズマ」

「真のプリズマ、ユウが?」

 嗚呼、なんということだ。

「やっぱり、P5の因子を作ったのは貴方なんだね」

 因子は一度に五個分作られる。藤井さんの分を作る時点でそれは確定事項である。だがより問題なのは五個全てを同じ性能にしていないことであった。五番目と一番目にのみ性能に差をつけられているのだ。藤井さんはプリズマとしてはより不完全に、俺はプリズマの完成形を目指して作られたということになる。

「そうだ。私がそうした。私の娘は君を初めからプリズマとすることで君を器にしようとしたが、君はその定めすら乗り越えた」

「素直に喜べねえな。まあいい、サリヱやるぞ」

 サリヱのプレーは一年前のものしかデータはない。球技大会でも卓球は三年生のときしか出場していない。恐らく卓球部員の目に留まることを警戒していたのかもしれない。球技大会は三年生が部活を引退してから行われる。

「私はいいけど、ユウは経験あるの?」

「ないね」

「じゃあ、まさか盗んだっていうの」

「やれば、わかるさ」

 正直キャラを見失っている。盗むというのは野球やカードのときと同じである。プリズマの有効活用と言ってほしいものだ。

「俺だって好きでやらない。中三の男がいるの知ってるだろ。そいつがどうしても優勝したいんだとよ」

「その特訓のためにってことね。わかった」

 サリヱは再構成されたシェイクハンドのラケットを台から取り上げる。

「よし。始める前にお互いに一つ賭けようぜ」

「なにを?」

 そんなもの、もう一つしかあるまい。

「プリズマ因子を賭けろ」

「ほう、君もやるか、世界の改編を」

「やらないよ。やるかどうかはまだわからない。でも全てのプリズマ因子は俺が回収する」

「訳は聞かせてくれるの」

 サリヱはオレンジ色のボールをラケットの上で遊ばせながら問う。球に無駄な回転は一切かかっていないのが確認できる。

「こんな人の手に余る力はない方がいい。これは俺がずっと前から出していた答えだ」

「私を人間に戻すって言うの。私はそんなことは望んでいないよ」

「だから賭けだ。止めたければ俺に勝つ。簡単だろう」


 試合は始まる。スコアボードも再構成してやった。サリヱのサービスは下回転と横回転を球にかけるタイプのオーソドックスなタイプ。サリヱの戦法はこのサーブを起点にして揺さぶり、相手の攻撃をカットと呼ばれる打ち方で対処する防御型であった。

 俺はこれに酷く苦戦した。本人は卓球部員というわけでもないので昨年の球技大会以降一度もラケットを握っていないと言っていたがそれにしてはセンスがありすぎていた。これに適応するまでに時間がかかった。サリヱは粘り強い。なんとか食らいつく形になったものの、九対九まで来た。

「素人にしては結構やるだろ」

「素人ねえ」

 含みがあった。平凡なサーブしかしていないために俺のサーブは簡単に返される。俺の球はこの軌道では台の奥に着地する。サリヱは当然のようにカットで対処する。強烈なバックスピンのかかった球がネットの上すれすれを通過する。時たまこれに偽装する形でほぼ下回転のかかっていないナックルボールを織り交ぜることもカットマンの戦法だという。球に回転がかかっているかどうかは瞬時に判断できるようにまでなっていた。これは非常に返しにくく、何度も苦戦を強いられた球だった。台上で丁寧に返す。これは悪手としか言いようがない。返すことを第一にしたのでバックスピンを受けた球は着地と同時に大きくバウンドしてしまう。このチャンスボールは非常によろしくない。これで勝負が決まるといっても過言ではない。ボールはゆっくりと落下し始める。可笑しい、ボールが全く回転していない。原理は一切不明だが、あれだけ強烈な下回転がかけられた球がすでにその回転を失っていた。

「もらった!」

 次にどのような球が来るかは読めなかった。

「ふんっ」

 サリヱのフォア、強い球が返ってくる。俺の解答はブロックしかなかった。だがこれは最善手でもあった。ブロックで球の落ちる場所を正確に狙う。狙うのはフォアとは逆側のバック側。それも台の端、エッジだ。狙うだけなら容易い。目を閉じていても関係ない。問題なのはサリヱの反応速度。――、サリヱは間に合わなかった。エッジに落ちた球は更に速度をつけて落ちていった。

「悪い」

「わざと狙ったでしょ」

「台の側面でなければ問題はないはずだが」

「マッチポイント。次に私が落としたらユウの勝ちだよ」

 サリヱは飛んでいった球を拾って戻ってくる。

「俺が素人ではないと言いたいのか」

「いやユウの卓球遍歴は知らないよ。だけどさ、ユウが私と卓球するのは今が初めてじゃないんだよ。中学二年のときの体育の時間に一回やってるんだよ。それがカウントされていないのはちょっと傷ついた。私とユウってあんまり会話もしてこなかったけど、あのときユウから声をかけてくれたの、好きだったんだけどな」

 中学二年の体育、確か当時はバドミントンか卓球かを選択してそのどちらかを行う時間があった。当時は特に理由もなく卓球を選択していた。こと球技においては無敗だと、当時も今も思っているきらいがある。打った球のコントロールでは誰にも負けるつもりはない。それ故に卓球を選んでいたのだろうか。だがその特異性を隠す努力を怠っていたとは思えない。しかし、サリヱと試合をやったことなどあっただろうか。

「悪いが、覚えていない」

「もっと傷ついた」


 手の平を開きサーブの構えをとる。ルール上その必要のある高く投げた球は俺が握るラケットに吸い込まれるように落ちていく。その球のすぐ下を余計な力を一切かけずにラケットをこするイメージでスイングする。ラケットは裏面を少しだけ相手に見せるかのように前方を持ち上げる。球は凄まじい下回転をかけられる。自陣で一度バウンドした球は前進するスピードを急激に失う。敵陣へ届くかも怪しい球となった。これが俺の狙いでもあった。それまで一度も使わなかった下回転サーブ。これにサリヱは対処が遅れていた。

「ああっ」

 小さな声を隠すように球と台が接触した。球はネットに向こう側から突っ込んだ形になった。サリヱは間に合わなかった。


 球はネットから離れて転がりだした。


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