茶番
やはりというか、俺の想像通りの事態になっていた。
「サリヱっ!!」
俺の声にサリヱが反応する。
「ユウ、なんで」
「久しぶりだね、ユウ」
カホコはわかりやすかった。フィクションの悪役に見えた。恐らく高校生当時から体格も変化していなのか、十五年近く前の私服なのだろうと思えた。正直似合っているとは言い難い。三十越えにはきつい。
「似合ってなさすぎでしょ、カホコさん」
「私がマイちゃんと二人で出かけるときはいつもこれなのよ。勝負服よ」
その間にカホコの左右に三人の人影を認めた。
「一度聞きたいことがあったんだよね。カホコさんの狙いは”プリズマのための世界を作る”なの?」
「ふっ、そうだよ」
「いや、嘘だよね。”マイさんを人間として復活させる”ってやつなんじゃないの?」
「ゆ、ユウ......」サリヱが抑えていた俺の腕にしがみつく。
「流石、マイちゃんの子どもだね。気づいていたんだね」
「カホコ......」
「でもいけないね。私の邪魔をするなら消えてもらうしかないよ。マイちゃんの子どもだろうと」
「それは違うぞ、カホコ」
誰かの声が響く。この声は......。
「ユウを消すことはできないよお前には」
藤井さんだった。実物を見るのは一年ぶりだろうか。こちらも大きく見た目は変わっていない。どこから突然現れたのか全くわからなかった。
「ユウ、待たせたな。せっかくだが再会を喜ぶのは後だ」
「P1……。今更なにをしに」
「ユウと同じだよ。お前を止める」
「”私に消せない”というのは?」
「二人の子どもだからだよ。ユウが私とカホちゃんの」
台本は頁が進められる。
「マイちゃん!」
「カホちゃんには黙ってたけど、ユウは間違いなく私とカホちゃんの子どもだよ。二人の遺伝子を混ぜたんだから。それでもカホちゃんは、ユウを消す?」
「......」
完全に蚊帳の外であった。さっきからなんなんだこの二人は。乱入してきたと思ったら誰の子どもだの言い出した。実際のところ、マイさんの遺伝子だけで俺が作られているとは思っていなかった。その相方がカホコだというのも見当はついていた。
「その前にさっ! 一つ確認しておきたいんだけど。カホコさんがずっといた岬探偵事務所。そこは岬という名前の探偵が持っていた事務所だって俺は教えられてきた。岬は藤井さんたちの後輩だとも聞いた。でもそんな男はこの世にはいない。昨日調べたんだ、文化祭の同窓会で。でもそんな人はいない。じゃあ誰が仕組んだことか? まあマイさんだろうね自分が自由を失う間、カホコさんを縛る檻にしようとした。拘束するのではなく本人の意志でそこに留まらせようとした。ここまではいい、ここまではいい。だが問題なのはここからだ。本当はカホコさんも全部知ってたんじゃないのかな?」
「ゆ、ユウ。一体どういうこと......」ついていけていないサリヱが呟く。
「そうだよ、その通りだよ」
「私が動けない間カホちゃんを繋ぎ止めておくために、岬という男を作り上げ探偵事務所まで用意した。十五年前の裏切者が誰なのか、その時点では不明にしておいた方が尻尾も掴みやすいと思ったし。そしてカホちゃんのことだから素直に従ってくれると考えていたからね」
「すぐにそのことに気づいた私は大人しく従うフリをしてその時を待っていた」
「その間に自分の計画に賛同するプリズマまで用意したのか。カホコお前......」
「紹介するよ。君たちとは異なる新世代の因子を用いたプリズマだ。名付けるならネクストプリズマ」
カホコの用意していた私兵のようなものだった。すでに自我を乗っ取られているのか反応はない。
「ひ、ヒヨリ、ナオヤ、ヒュウガ......」
にしても悪趣味なネーミングだ。リスペクトの欠片もない。
「そしてそこのサリヱもそうだ」
「いやそれはわかってたよ」
「それはどうでもいいんだユウ。だがこれで決定的になっちまった。因子は通常一度に五個纏めて製造される。ネクストは四人、一人足りない」
「てことは、やっぱりカホコさんは」
「なんにしても、もう彼女は私達プリズマの敵よ。覚悟をしないさいユウ」
「わかってるよマイさん」
プリズマ因子は一度の製造で五個がセットになっている。ヒヨリ、ナオヤ、ヒュウガ、サリヱ。そしてカホコ。これで五人だ。実を言うとネクストの事はサリヱの件が発覚した時点である程度の予想はついていた。サリヱを含めて他に四人。正直ヒヨリ達三人がそうだとは思わなかったが。いずれ偵察に来るものだと思っていたが信じたくない気持ちの方が大きかった。
「では改めて質問に答えようか。ユウ」
カホコは勝ち誇った顔をしていた。そして続けた。
「マイちゃんの狙いは把握していた。岬探偵事務所に拘束することで私の計画の進行を可能な限り遅らせる。私の正体に気づいていないと思わせた上でマイちゃんの提案とあれば大人しく従うという想定の作戦。私は気づいていたけれど」
「私は計画の遅延だけが目的じゃなかった。対策は当時これ以外に考えられなかった。そしてカホちゃんが大人しくなにもしないとも考えられなかった。だからユウを彼に任せて私も姿を隠すことにした」
「じゃあ、やっぱり二人ともお互いの狙いに気づいていて......。これまでの全ては――」
「「茶番だよ」」
不思議と不気味な笑みを浮かべている自分がいたことに気が付いた。
「十分に理解したよ。ありがとうカホコさん」
「それなら結構。では本題に入ろうか。もう一人のプリズマはどうしたの。先程から姿が見えないけれど」
あかねえの事だ。
「その言い方、やっぱりカホちゃんだったんだね。ヒロト君をやったのは」
「だから言ったろ、あいつはもう俺達の知っているカホコじゃない。十五年前にこの場所で、俺とヒロトは首都消滅の再現をした。そのすぐ後にヒロトはカホコに殺されたんだ!」
「ええ、はっきりわかったよ。やはり今ここでやらなくてはいけないわね」
「首都消滅の再現......?」
「なんだ、そんなこともユウに教えていないなんて。駄目じゃない」
カホコが二人を煽る。そういうお前はなにをした?
「十五年前の彼らの言う決起ってね、三十年前の首都消滅と同じ事なんだよ」
「同じ事って、その当時にはまだプリズマはいないはずだろ」
「違う違う、順番が逆だよ。プリズマって言うのは私の父が発案者なの。首都消滅も私の父が首謀者ね。プリズマの『分解』を応用した爆弾を桐林ニュータウンで作動させた。十五年前はそれを生のプリズマでやっただけ。どちらも強力な力場を発生させ、力場内の人体を光り人の力に変換してしまう」
藤井さん......。ヒロトさん......。
「なにぼさっとしてるの。早くこっちに来なさいユウ」
言われるとおりにマイさんの隣へ歩く。当時から放置されたままのデスクはそこへの途を形作る。まっすぐにそこへ俺を誘うその途。俺の後ろにはサリヱがいる。その場から動こうとしないサリヱはどうしようもなかった。いや、サリヱだけではない。俺も同じだった。大体が予想通りだったとはいえいくらなんでも情報の洪水を処理しきれないでいた。それに伴う感情の渦。それまでの理性すら失いかけていた。マイさんも、カホコも、違うのだ。マイさんは方法を決定的に間違えている。カホコはそもそも世界を変える気すらない。やはりこの二人には少しも任せられない。これ以上、この途は歩けない。
「カホコさん、終わるまで待っててくれる?」
「別にいいよ」
一時休戦となった。これは非常にありがたい。
「ねえ、マイさん。もう一つだけいい?」
「早くしなさい」
「なんで、なんで姉さんを助けようとしなかったの?」
発見された父さんの手記には俺が桜瀬家に来る前にマイさんが訪れていた胸が記されていた。そしてその日付は、あろうことかミユキ姉さんがジュンとエリのそれぞれの母親の目の前で川に流されたその日である。
「なんのこと」
「マイさんが桜瀬夫妻に会いに行っていた日、桜瀬夫妻の実の娘のミユキが死ぬ日という事実をあらかじめ知っていながら桜瀬夫妻には黙っていたんじゃないか。例えば、ミユキが今危ないことをわかっていながら、”近いうちに死ぬ”とだけ伝えるとか」
「仕方ないことよ。あの二人に私たちのことを理解させるにはそうするほかない。誰が未来が見えるなんて言葉を信じるのよ」
「だったら、尚更姉さんを助けろよ!!」
右側のデスクを力の限り叩く。衝撃で天板が凹む。いくらプリズマが、光り人が力を持っていたとしても、こんなことしか成せないというのならば。
「もういい。マイもカホコも信用できない。俺は俺の計画を進める。カホコはあの頃の二人に戻りたくて多くを捨てた。マイは自らが信じた未来のためになにを犠牲にすることも厭わない。それでその先に何があるんだよ、誰が幸せになれるんだよ、悲しまなくていい人が悲しんだ。死ななくていい人が死んだ。なにもかも間違ってるんだよ」
「おいおい、それは私も関係あるのか?」
「とぼけんなよ、トモユはお前が仕組んだことだろ。あんたが自分の駒にするために親子が引き裂かれた。そして彼女が掴んだ舞台をお前が台無しにしたんだ」
「『ヒカリビト』のことか。あれが?」
「あんたがトモユの身体を乗っ取ろうとしたせいで光り人の力が暴走した。その結果」
「そうか、自分の役のセリフを忘れた......。あの公演日直前の変更にはそんな裏があったのか」
藤井さんは気づいたようだった。
「それだけじゃないよ藤井さん。こいつはトモユ以外でも試していたのさ。それのせいで俺は生死の境を彷徨い、桜瀬夫妻は死んだ。そして天乃市はあの様だ」
「それはつまり......」
「俺が轢かれたあの一年前の事故も、五年前の桜瀬夫妻が死亡した事故で突っ込んできたトラックも全部全部、カホコが自分のところに来た運送会社のドライバーに同じことを試したからだよ。そのせいであんたの所に配達に行ったドライバーは事故を起こし続けた。そりゃあ事業縮小にもつながる。天乃から撤退していくさ」
「そういうからくりだったのか......。でもなんでそんな突拍子もないことをユウは知っているんだ?」
「証言者がいたんだよ。目の前でトモユが誰かに乗っ取られるようだったと」
「誰なの、そいつは。私の計画が台無しじゃない」
「そいつだってお前の被害者だよ。五年前、あの久遠劫の桜の樹のある公園。そこにいたトモユを乗っ取ろうとしたが暴走し、付近にいた一人の少女とその目撃者を襲った。目撃者は少女を庇い血だらけになりそこで彼女は気を失った。再び気が付いたら少女はいなくなっていた」
「誰だと聞いているのよ」
「まだわからないのか、少女は次に目が覚めたときにはそれまでの記憶を失い自分の名前まで忘れた。目撃者はそのときに負った傷で右目を失明した」
お前は、人はこんなにもどうしようもないというのに、人のためになぜそこまでのことができるんだ、さばみそ。いいや、サクラ............!!
「少女は水之上ハルカ、目撃者はサクラだ」
俺の中から光が溢れ出す。今度は俺がやる番だ――。
「サクラ、ごめん」




