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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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始動

 文化祭二日目。昨日に比べて今日はやけに早く家を出ることになった。それも全てハルカのためであった。

「おはよう。迎えに来たよ」

 そう言ってインターホンを連打していたのは波風ハルカだった。

「私が昨日お願いしてたの。昨日みたいなことになったらいけないから」

「お邪魔しまーす」

 さも当たり前のように朝食を共にするハルカ。

「ユウはなに食べるの?」

「昨日のカレーの残りかな」

 初日のカレーはあまり口に合わない。今日の方が本番である。

「さばみそちゃんは?」

「カップ麺にする。ユウの隠しカップ麺があるからそれを一緒に食べよう」

 なんで知っているんだそれを。

「細麺の塩かとんこつか醤油があるよ。どれにする?」

 俺のお気に入りしかない。今更カレーの撤回はできない。それであれば......。

「じゃあ私は、これ」

 手を伸ばした先でハルカと同じものを選んでいた。

「二人ともとんこつじゃん」

「カレーだったんじゃ」

「両方食べる。すまないがとんこつは渡せない」

 とんこつはニンニクが多めに入っている。そこだけは死守しなければならなかった。

「それじゃ駄目じゃん。私がとんこつ貰う」

 さばみその提案で場は収まった。

「なんで急にラーメンにするとか言い出したの」

「いやだって」

「カレーがあるんでしょ」

「だとしても」

「はいはい、二人ともそこまで。ハルカちゃん、ユウはねこのニンニクの多いとんこつは止めてほしかったんだよ。ユウは自分がとんこつ食べたら結局は同じってわからなかったの」

 なぜさばみそに仕切られたのだ。そして隠したかったところまで言うんじゃない。

「いやらし~」

「まあまあ、そう言わないであげてよ」

 なんなんだこの圧倒的なアウェイは。ここが家だが家に帰りたい気分でいっぱいだった。とうの二人は非常にお気に召したらしく、恐らく初挑戦であろう朝ラーメンを堪能しきっていた。二人はそれほど言葉を交わしてこなかったはずなのに、何年も前からの知り合いであるかのように見えた。これはこれで悪くないと自分に言い聞かせて朝食を済ませた。


 早々に自分の担当の番を終えた俺は、初日に訪れることが叶わなかった地学研究会へ向かった。地学研究会は教室を一つ使う形で企画展示をしていた。

「ようこそ、我が郷土研究会の展示へ」

 先日の男子生徒が俺を出迎えた。

「名前をまだ聞いていなかったな。俺は深海ユウ」

「源田コウヘイ。よろしく」

 彼はさっそく自身の展示物について解説を始めた。

「この前話した『ヒカリビト』の元ネタにあたる『天乃國光人伝説』は江戸時代後期にはすでに宿の街として栄えていた天乃国で宿屋を営む男の元に起こった悲劇の話だ。男は元は罪人だったが更生した。所謂泥棒だった。更生したのは相方の女が命を落としたからだ。盗みに入った際に別の泥棒の集団と鉢合わせてしまい、彼を庇って死んだ」

「男は自らの罪を認める。しかし営んでいた宿屋に恨みを持つ者たちが襲撃してくる。傷つきながらもそれを撃退した後に、男は自らの死期を悟る。だが男の前に光を放つ人が現れる。それは男が愛した女だった。そうして再会した二人は静かにこの世界から姿を消した」

「ああ。だが文献では少し異なる。女はともかく男まで姿を消したのは、男が『アマノソウ』を食していたからだ」

 なんということだろう。彼はそこまで辿り着いていたのか。

「聞いたことがある。かつて天乃市の北西に広がる天乃ヶ原に自生していたとされる植物だな。もうすでに絶滅したという話もあるが」

「ああその『アマノソウ』だ。これは有毒という話もある。これのせいで男は死亡したのではないかというのが」

「君の考えなのか。いい線いってると思うぜ。ところでこの前のあれは」

「ああ、あの飛び地こそこの『天乃國光人伝説』のあった場所だと踏んでるんだ。ここのこれを見ると――」

 彼は解説を続ける。要するにあの第九ラボのあった土地はかつて天乃の土地であったが区画整理等によって天乃から外れていた。

「ああ。ありがとう、よくわかったよ」

「あ~、こんなところにいた!」

 大きな声で割り込む女子生徒が一人。先日昇降口で出くわした例の女子生徒だった。

「そう言えば紹介がまだだったね。平アライだよ。同じくこの地学研究会」

「幼稚園から一緒だから」

 それは一体なんの牽制だ。

「平の祖父の協力のおかげなんだ。ごゆっくり」

 彼はそう言い残して平の下へ行った。俺はそのまま説明なしの展示へと移行する。改めて『天乃國光人伝説』の箇所をじっくりと見てみる。どれだけ読み返してみても雪之丞と弥千代の名前は見つけられなかった。やはり演目に合わせて後からつけられたのだったのだろう。そして父さんとニルスのもたらした情報以上の収入はなかった。それだけの情報を二人は俺に授けてくれた。

 天乃市の北西には矢米川の調節池がある。その周辺には『天乃ヶ原』という地名が数は少ないが今でも残っている。そこにかつて自生していたというアマノソウという植物がある。現在では非常に数が少なくなっており、自生しているものを視認することは非常に困難である。だが俺はすでにこれの実物を目撃していた。あの第九ラボに厳重に保管されていた。電気がなくとも内臓バッテリーが空になるまで無人であろうと稼働し続け、内部のアマノソウを十五年以上その姿のまま保ち続けていた。どうやらアマノソウ専用の栽培設備も存在していたようである。すでにその命を終えたアマノソウがいくつかそのまま放置されていた。

 アマノソウとは毒性があり、一般的には摂取は非常に危険とする資料が多い。故に食用では決してない。当然一度に摂取できる限界の範囲内であれば死にはしない。そしてごく稀に耐性を持つものもいるらしく、生存の報告も数件存在していた。父さんの調べではそのようになっていた。源田は生存報告を信用していないのか、それとも辿り着けなかったのか、男がアマノソウの毒に耐えられたとは考えていないようである。

 今度こそ本当に二人に別れを告げて教室を後にする。


 今度こそ本当にフリーになったというのに、どこにも行く気分ではなかった。こういう時に身を寄せる場所と言えばあそこしかなかった。屋上は夜に降った雨に気づかせない。どこも濡れておらず、頭上を行く白い雲と流れていく青い空だけだった。椅子を一つ階段から持ち出して腰掛ける。ここ数日はどれだけ寝ようとも疲れが取れずにいた。身体にかかる重力が以前にも増して強く感じるような、そんな状態が続いていた。少々危険な暑さだったが瞼の重さに勝てない。どうせすぐに目が覚めるだろうと大人しく眠りにつくことにした。

 次に誰かが顔を覗く気配で目が覚めた。

「疲れてる?」

「さばみそ......」

「保健室行こ」

 さばみそは一言だけ告げて手を差し出す。その手に重ねた俺の手は不思議な感触に包まれていた。以前にもこんなことがあったような気がした。とても懐かしいものだった。

「ユウ?」

「ああ、少しだけ保健室で休むよ」

「今はまだ私が治した身体に慣れていないんだよ。無理したら危ないよ」

「ははは」

 さばみそは俺の身体を少しだけ治してくれていた。といっても市外での滞在が可能になるだけである。五月の旅行のときに船の上で命の危機を感じた、あれである。天乃市から遠く離れてしまうと身体が正常な状態を保てなくなる。彼女はそれを治してくれていた。治すといっても医療行為を施したのではない。光り人の力を使って俺の体の構造を少しずつ作り替えたのだ。

「すまんな。せっかく治してもらったっていうのに」

「言ったでしょ。慣れるまでは無理しちゃいけないって」

「無理をしたつもりはないんだがな」

「ほら、私が手握っててあげるから。ちゃんと寝ておきなさい」


 そう言われた後のことはほとんど覚えていなかった。いつの間にか眠りについていたし、気が付けばさばみその姿はなかった。養護教諭はやはり最初からいない。しばらく待ってみたが返ってくる気配はない。ミニテーブルの上に利用記録用紙が挟まれたクリップボードを見つけた。簡単な記入をして保健室から出ようとしたそのときだった。校舎の端の方にある保健室からでも喧騒というのはわかる。なによりも一般客が校舎に上がるためには保健室から出てまっすぐ進めばそこにある昇降口しかない。当然保健室からでればいやでも昇降口の下駄箱を見ることになる。なのに異様な静けさに包まれた。見えるはずの下駄箱も見えない。やがてそれは目が慣れていないことによるものだと理解するのにしばらくかかった。見えてきたのは一カ月ほど前に見たあの光景。全てがあの日のまま止まった永遠の静寂が支配するあの白い空間、第九ラボであった。

「なぜここに......」

「いやあ、久しぶりだねえ。私が見てない間に色々あったみたいだけど?」

 少なくともこの空間には似合わない人物。いや、そう感じるのはあそこでしか会っていなかったからだ。寧ろ彼女の素性からしてみれば、ここがホームなのだ。いつもの部屋着ではない彼女がいた。

「カホコ......」

 だがなにかがおかしかった。彼女と目線が合わない。その理由はすぐに判明した。俺の身体をすり抜ける者がいたのだ。

「いきなり私をここに飛ばしてなにを」サリヱだった。

「決まっているでしょ。いよいよ始めるよ。待たせすぎちゃった」

 なんということだ。必ず阻止しなければいけないカホコの計画が最終段階に進むというのか。というかもう実行寸前ではないか。そもそもなぜサリヱは第九ラボにいるのだろうか。文化祭はどうしたというのだ。サリヱは今日になってからは一度も見ていなかった。朝の点呼のときは丁度席を外しているだけかと思っていたが、そもそも今日は学校にすら来ていなかったというのか。

「本当に始めるんだね」

「いいだろう、この古い世界は死に、新しい世界に生まれ変わるんだ。私達プリズマの世界に」

 サリヱの顔は見えない。背中しか見えない。だが彼女の考えていることはわかる。カホコの計画は噓っぱちである。そしてそれをすでにサリヱは知っている。その計画で救済されるのはプリズマではない。カホコは自らの計画に従うプリズマを騙している。

「そうか、そういうことか」

 俺は理解した。これはサリヱなりの救援要請なのだ。サリヱの能力の応用で俺の意識を自らの感覚とリンクさせることで、今自分が見聞きしているものを俺に伝えようとしているのだ。その証拠にカホコは俺に全く気付いていない。俺が発する言葉もまるで聞こえていないようだった。すでになにかを考えている段階は終わった。おれがすることはたった一つしかない。そのときだった。俺はもといた保健室前に戻っていた。

「サリヱを助けに行かなければ」

 まずどうやって学校を抜け出すかを考えなければならない。正門は人目が多いので不可能。となれば裏門しかない。昨日入ってきたところだ。ではどのような手順を踏むか。まずは外履きを下駄箱からとってくる。受付をしている生徒会の生徒らに見つからないように気を付ければここはクリアできる。そのまま外履きをもって裏門に近い校舎の出入り口から......。いやそれでは難しい。その場所は体育館への通路と同じである。流石に人目に付く。となれば部室棟の方から行くことになる。文化部の部室棟からであれば裏門周辺しか人目にはつかないだろう。部室の窓は人一人が動ける程度の空間はあれど、すぐ向こうは敷地をぐるりと囲む植え込みであり、姿を隠すにはもってこいだ。ルートを決めた後は向こうについてからのことだ。もしも長引いてしまい帰りのホームルームまでに戻ってこれなければ流石に怪しまれる。時刻は昼前。このまま誰にも見つからずに抜け出せるのであれば適当な理由をつけて早退したことにするとしよう。

 そのときだった。下駄箱の向こう側でさばみその声がした。

「こ、こんにちは」

「あらこんにちは。ジュンちゃん、こちらは?」

「あ、えーっと」

「深海ユウの親戚のものです。溝沼ナオミといいます」

「ナオミちゃんね。よろしく」

「こちらこそです。ジュン君のお母さん。ジュン君には色々と助けてもらっているので。その、ありがとうございます」

「そう? どういたしまして」

「うん?」

 ジュンの母親だった。ということは......。物陰に隠れているのでさばみその顔は見えない。だが、彼女にとってこれはなによりも特別で大切なことなのだろう。俺が推し量ることはできないし、してはいけないことだった。


 ますます誰にも見つからずにここから抜け出さなければならなかった。すでに外履きは回収し部室棟の方まで来ていた。校舎の方の喧騒を知らないここは妙に居心地がよい。想定したルート上の肝心の部室は施錠されており窓を使っての移動はそもそも不可能だった。部室棟をぐるりと回り込んで裏門を越えて校外へ出るほかない。裏門に着き周囲を見回す。人はいない。

「こんなところでなにしてるの」

 さばみそだった。お化け屋敷の助っ人をした方がいいのではないか。確かハルカのクラスはお化け屋敷だったはずだ。さばみそは腕を掴んで離さない。

「丁度いい。俺はこれから学校を抜け出す。皆や福山先生には適当な理由で早退したとでも」 

「先生はいいよ、本当はよくないけど。けど皆にはちゃんと説明して」

「どうしてだ」

「だって、ユウがいないと、打ち上げできないじゃん」

 打ち上げ......。そんな話は一切聞かされていない。今日の放課後にやるというのか。

「何時からだって?」

「十八時から。遅くてもその前には戻って」

「......。おれがどこに行くかわかってて止めないな」

「いよいよ始めちゃうんだね......」

「ああ。だから止める。カホコの計画は必ず」

「ねえユウ」

「どうした?」さばみそに呼び止められて振り返る。

「いってらっしゃい」さばみそが鼻同士を触れさせる。


 それは、あの日の桜の香り。



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