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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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節目

 部室に行った後は今朝遅刻した分のシフトの埋め合わせまでは校舎に戻らずに部室に居たい気分だった。だがそうはさせてくれなかった。サリヱが部室に突撃してきた。

「なんてところでサボってるの」

「ご予約のない方の」

「いいから、来てよ。来るのずっと待ってたんだけど」

 相当頭にきているようだった。なにも約束はしていない。とは言えなかった。あれだけ気を賭けるそぶりを見せておきながらここで放置は流石に礼節にかけるというものだ。

「最後の方に取っておこうと思っていたんだ。大事なものだろ?」

「そ、それならいいけど」

「今から行くか?」

「......うん」

 道の途中には体育館横の自動販売機の前を通る。お詫びに奢ろうかとしたが止めることにした。サリヱのお気に入りは売り切れだった。


 美術室に続く廊下は普段と雰囲気が異なっていた。いつもは展示されている藤井さんの絵がなかった。

「ここの絵、外したのか」

「さっき福山先生が外してたよ。なんでも持ち主が返してほしいって」

 やはりそうだった。朝一に来ていたというハルカの見た中折れ帽の男は藤井さんで間違いないだろう。

「そういえばあの喫茶店のお姉さんも一緒にいた」

「そっか。それはよかった」


 美術室はあまりいつもと変わりがない。壁に沿って展示物の絵が飾られているくらいだった。特に受賞歴のある作品もなければ販売物もない。それでもすでに多くの人が訪れた形跡があった。入り口付近には部員への作品の感想やコメントをのこせるメッセージカードの記入所が設けられている。そうしてのこされたカードの山ができていた。

「こんなにたくさんの人がサリヱの絵を観てくれたんだな」

 サリヱは箱からカードを取り出して一枚一枚に目を通す。その表情はこれまでのどの顔よりも柔らかかった。

「流石にここまでは予想していなかったよ。これからも自分で絵が描けそう。長くかかっちゃったけど、ありがとう」

「俺はなにもしていない」

 カードの一部を受け取って俺も彼女のようにコメントに目を通す。タッチが優しい、陰のつけ方が斬新などのコメントばかりであった。誰もかれもが彼女の絵を称賛していた。その中の一枚に見覚えのある字があった。

「これ、藤井さんが書いたものだ......」

「一番絶賛してくれたのがその人だったよ。私、自分が普通の人間じゃないと言われて、自分はずっと一人だと思ってた。だけどユウも同じだと同時にわかっていたから多少はましだったのかも。そしてユウが見つけてくれた。だから、ユウばかり見ていた。でも今は私、違うよ」

「もう平気みたいだな」

「だから、けじめとして言うよ」

「言ってくれ」しっかりとサリヱの目を見る。

「私はユウが好き」

「ごめんなさい。付き合っている人がいます。気持ちは嬉しいけれどごめんなさい」

「知ってるよ。だから、けじめ」


 すでに本日の開催時間も残すところ一時間を切っていた。そろそろ最後の枠の上映が始まるころである。我が映画研究会の盛況はいかがなものか。俺はそれが気になっていた。本格的に人が出入りするようになってからはまだ一度も見ていなかったのだ。してそろそろ埋め合わせのシフトの時間である。塩浦と交代したのち、入れ替わるようにジュンがやってきた。

「一緒に回らなくていいのか」

「来年に取っておきたいんだって」

「それでいいのか」

「そっちこそ、一緒に回ってあげなくてよかったの?」

「どうにも身体が言うことを聞いてくれなくてな」

「それ夏休み前にもあったよね。てっきり治ったものだと思っていたけど」

「それはさばみそがなんとかしてくれたよ。詳しくは教えてくれなかったけれど」

 ハルカの作ってきた料理の味見をしていたころ、それを口にするたびにからだに力が入らなくなり、酷い苦しみを味わっていた。料理がどうこうというのではない。身体が料理を一切受け付けなかったのだ。

「合宿中はなんともなかっただろ。そっちはもう大丈夫だよ」

「あんまり無理しないでね。あれでもエリちゃんは結構心配してるから。エリちゃんが困るのは僕も困る」

「気を付けるよ」

「あ、来たよ」

 塩浦が招待していた園の子どもたちがやってきた。

「招待していたのか」

「彼らは僕が対応するよ」

 ジュンはそう言って彼らの案内をする。大体十人ほどが一度に入っていった。まだ数人が入っているだけの室内は主人公のその人がやってきたとあって賑わいがあった。あの様子だとすでに何度も足を運んでいる人がいるのだろうか。

「お兄ちゃん」

 俺を呼ぶ声があった。振り返るとヒヨリがいた。その後ろには、そう年の離れていない男の子がいた。

「ひより......。来たのか」

「ハルカお姉ちゃんがぜひ来てくれって。あかねえちゃんのところに居たときに来て言ってくれた。紹介するね、ナオヤお兄ちゃんと、ヒュウガお兄ちゃん」

「下洞ナオヤです」

「湯本ヒュウガ」

 近所の知り合いだろうか。三人はそれが当たり前かのように非常に馴染んだ組み合わせだった。

「そっか、俺は深海ユウだ。よろしく。もうすぐ始まるところだよ。さあさ、中に入って」


 上映は無事に終了した。出ていく観客は皆いい顔をしていた。

「ジュン兄ちゃんすげーよ!!」

「ハルカ姉ちゃんもすっごい可愛くてかっこよかった!!」

 塩浦のお客様は口々にジュンに感想を伝えていた。

「ジュンお兄ちゃんの声ってすごくいい声だったんだね」

 ひよりもそうジュンに感想を伝えていた。二人の兄も同様の感想らしい。ジュンはその後も大勢の観客に囲まれていた。

「だって。みんな喜んでくれてるよ。大成功だよ」

 ジュンの屈託のない性格には、これでも結構助けられてきた。


 文化祭初日は大遅刻というアクシデントがあったものの、大成功に終わった。二日目に備えて本日はさっさと解散した。俺はさばみそと共に桜瀬鄭へ帰る。翌日の準備を早々に終え、昨日の夜更かしの原因と再び対峙する。父の桜瀬栄一が遺した大量の書物の中から目的の物を探し出すことだ。

「本当にあるの、そんなもの」

「ある、絶対にある。すでに見つけていた父さんの手帳。その中に生前の上灘ニルス、つまり上灘マイの父親が接触してきたことが記されている。そしてこれから起こる最悪の事態に対する警鐘もある。それを受けて、父さんがなにも備えないとは考えにくい。その備えがあるはずだ。それに、ニルスは自身が書き記した文書も父さんに託した。これらをすぐにでも見つけなければ」

 第九ラボには特に目立ったニルスの研究成果は残されていなかった。密かに父さんに渡していた可能性が非常に高くなった。

「やっぱり今日もやるのね。私も手伝う」

 探し始めてから総じてどれだけの時間がかかったのだろうか。合宿から帰ってきてからなので、少なくとも一週間近くは費やしたことになるのだろうか。これも食事と睡眠が必ずしも必要でないプリズマだからこそできる無理である。それは今実体を持つさばみそは例外ではない。彼女はきちんと食事と睡眠をとらなければならない。しかし昨日の件より彼女の実体は俺自身と深くリンクしているのか、俺自身も無理はできない状況になあるらしかった。なのでついに発見したときには非常に安堵した。

「あった、父さんが残した備えの手記だ」

「こっちにもあったよ。ニルスの文書」

 それぞれに目を通す。大量の情報の中に、目的のものがあると俺は信じるしかなかった。

「ない......」

 俺が探していたのは他でもない。プリズマの人間への戻し方だった。プリズマの研究をしていたニルスならば、その研究もしていると思ったのだが、そう甘くはなかった。

「どういうことなんだ......」

「やっぱり、直接会って聞くしかないんじゃ」

「いやそれは無理だ。すでに上灘ニルスは死亡している。聞きたくても聞けないだろう。こうなったら、もう一度第九ラボで探すしかない。せめて手がかりだけでも」

「ユウが試そうとしている、因子を身体じゅうからかき集めて、直接取り出す方法は」

「あれでは駄目だ。一度だけサリヱに実行しかけようとしたが、あれでは身体が全て分解されてしまう。因子だけを取り除くことはできない。身体中に散らばり隅々まで一体化した因子は無理だ」

「そっか......」

「文化祭が終わったら、もう一度行く」

「お父さんの備えは、役に立ちそうだね」

「ああ。ニルスの文書も別方面では非常に有用だろう」

 そのとき二人同時にお腹が鳴る。

「そろそろ飯にするか」

 実はそこまでレパートリーは多くない。これも明日までの辛抱と楽しみであった。


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