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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
55/73

相違

 その日の朝、俺は珍しく起きられなかった。原因はいろいろ思い当たる。能力の使い過ぎ、製作で頑張りすぎ、心の高揚。原因がどれであろうと学校へ急がなければならいことに変わりはなかった。なんといっても今日は待ちに待った文化祭当日である。

「なんで起こしてくれなかったんだよ」

「なんで起こさなきゃいけないの。ていうかいつも一人で起きてるじゃん」

「今日はいつもじゃないの」

「それ、やっぱり私のせいでしょ」

「違うさ。気にするなよ」

 さばみそは遠慮が認められた。昨夜遂に実体をさばみそに与え他はいいもの、彼女には行くところがない。桜瀬鄭しかなった。その桜瀬鄭から鈴懸高校まで二人でダッシュで登校していた。普段ならばゆっくりと徒歩で向かっても余裕がある。しかし夏休み前から徐々に起床時間が遅くなっていた。そもそも本当に寝ていたのか定かではないのだが、明らかに朝の起床時間は遅くなっていくばかりだった。

「やっぱ自転車あった方が、いいかもな」

「二人乗りでもする気?」法律はどうした。

「一回だけならしてもいいかなって」

「おいおい」

 学校に着いた時には既に開会式は終了していた。大遅刻である。教室には行かずにそのまま俺達の待機場所へと急ぐ。校内は既に一般客も大勢入っていた。人目につかずに移動するのは大変だった。さばみそを隠しながら連れて行くのも一苦労である。文化祭期間は制服での登校は義務付けられていない。俺はトップは映画研究会の部活Tシャツ、ボトムは制服のスラックスを。さばみそは分離していた際のイメージのままの服装である。膝程までのスカートに白いブラウス。その上からフードのフルジップパーカー。始業式の日のハルカの私服よりはアクティブさが感じられる。それでもどこか似たものを感じられた。長いこと彼女の中にいたことで、ファッションセンスの影響を知らず知らずのうちに受けていたのかもしれない。しかし、この組み合わせの服装の男女はさすがに目立つ。

「どこ行くか決めたのか」

 さばみそには事前に渡されていた文化祭のしおりをあげていた。

「んー、まだよくわかんない」

「俺は部室に荷物を置いたらすぐに視聴覚室へ行かなきゃならない。そこで一旦別れよう」

「わかった。気を付けてね」

「なににだよ。君もな」

「ねえ、ユウがシフト終わってから、ハルカちゃんと一緒に回る前には時間があるんでしょ? その間は」

「いいよ」

「いいんだ......」

「ちゃんと話はつけておくよ。心配するな」

「はい」

 裏門をよじ登る。丁度着信があった。

「ジュン? 今裏門から入ったところだ」ジュンからの着信を受ける。

「おーい」

「これ頼む」通話をつないだままさばみそにパスする。

「ちょ、ちょとお!?」

 校舎と体育館を二階でつなぐ渡り廊下。そこから大きく手を振る人影があった。ジュンだった。ジュンに手を振り返すと彼は大きく投球フォームをとる。そしてジュンはそれを投げた。寸分の狂いもなくそれは俺が構えた両手の中へ吸い込まれていく。それは部室の鍵だった。

「それなんの鍵?」

「部室の。今は施錠してあるから。これがないと入れない」

「なるほど」

 ジュンに感謝の意を込めて手を振る。ジュンはそれを確認したのちに見えなくなった。

 文化部部室棟の映画研究会部室には誰もいなかった。俺の鞄からいくらかをさばみそに渡す。

「足りなくなったら遠慮なく言えよ。視聴覚室前には誰かいるだろうから。なんなら携帯渡そうか?」

「いいよ。その気になったらテレパシーで呼べるし」

「あのなあ......」


 そうしてやってきた視聴覚室前の廊下。そこに上映会の受付が設けられていた。学校机を二つ横に並べ、パンフレットを積んでいる。机二つに対して椅子は一つしかない。その一つにハルカが座っていた。特にすることもないのか虚空を見つめている。彼女はこういうことをよくする。ちょっとだけ心配になるときがある。

「あ、おはよう。お疲れ?」

「大丈夫だよ。ごめん」

「”ありがとう”でいいよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「代わるよ。今日の最後に遅刻分は入る」

「うん。エリちゃんにもそう伝えておくね」

「で、客入りはどうだ?」

「結構入っていったよ。一番最初の人なんか私が来るより早かったもん。背が高くて、中折れ帽をかぶってた人だった。もしかして知り合いの人?」

「そうかもね」

「ところで、そちらは?」

 さばみそはここまでついてきていた。

「さばみそだよ。大事なお客様なんだ。ハルカのシフトの時間、一緒に回っててもいいかな」

「全然いいよ! なんだったら三人で回っても」 

 この反応は予想外だった。流石に二人きりで回る時間は欲しいものだとばかり思っていた。 

「さばみそはどうする」

 話し合いの結果さばみそには常に俺かハルカが付くことになった。さばみそ本人がそう望んだので受け入れるしかない。

「じゃあ、二人ともまた後で」


 結果的に俺のシフトの時間は非常に暇であった。到着した段階で午前一番目の枠は既に終了していた。ハルカの話とパンフレットの減り具合を見れば、それなりに人が入ったことは間違いないだろう。しかしそれ以外の枠ではそうはいかなかった。特に大きなアクシデントもなく俺のシフトは終了した。

「ユウ?」

「なんでもないよ。後はよろしく、ハルカ」

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」二人同時にハルカに告げていた。


「どこに行きたいんだ?」

 さばみそにそう尋ねたがすぐに別の人に声をかけられる。

「来たぞ、ユウ。お嬢ちゃんもさっきぶりだな」

 福山先生だった。話によると既にさばみそが先生に話をつけていた。福山先生に頼みたいことが俺にはあった。

「同窓会の会場に入りたいんです」

 文化祭中は特別教室の一室を使って鈴懸高校の同窓会が開かれている。同窓会と言ってもOBOGが出入りできる小休憩スペースと言っていい。入場時にはソフトドリンクが貰えるらしい。そして過去の卒業生の卒業アルバムが閲覧できる。それこそが俺が福山先生に頼みたいことだった。

「卒業アルバムか。考えたな」

「いけそう?」

「おう、ついてきな」

「この子も一緒にいい?」

「いいぞ」

 いざ同窓会へと突入する。雰囲気からして現役生も入れない訳ではなさそうだった。だが念のために本稿の卒業生でもある福山先生の力を貸してもらった。本来理科系の授業で使用する教室である。実験机の上にクロスを引き、その上に菓子類や卒業アルバムが置かれている。前方は休憩スペース、後方には卒業アルバムが置かれている。確認する卒業アルバムは藤井さんが卒業した年から最新の卒業生の年まで。つまり六十五期生から七十七期生の間。

「そこでいいの?」

「ああ、藤井さんたちが卒業してから去年の三月に卒業した生徒だけでいい。俺らの代が八十期生。藤井さんたちが六十五期生だからな。岬という名前の男子生徒がいるとしたら、その間だ。少なくとも一年前にはあの事務所で探偵やっていないと矛盾する」

「前から深海が調べてるその岬って男がもし本当に実在しないんだったら、どうなるんだ?」

「どうもしないですよ。ただ、ずっと騙されていただけですよ。自分が」

 そのままさばみそに目線を送る。彼女は全てを理解したかのようだった。

 一通り調べても該当人物はいなかった。偽名の可能性もない。長らく岬探偵とされてきた男の顔写真が探偵事務所にはある。その顔はどの年にもいない。

「終わりです。福山先生、わざわざありがとうございました」


「次はどこ行くの?」

「行ってみたいところがあるんだよな。どこだったかな」

 俺が行きたかったのは射的屋だった。学校でできるものなのだろうか。事情はともかくあると書いてあるので行くしかなかった。

「得意なの?」

「あらしだぜ?」

「いや、よくわかんないけど」

 大抵の場合、こういうときに自らの腕を過信するものは......。

「腕落ちた?」

「かもしれない」

 結果はあんまりなものだった。

 朝に家から学校まで走ったせいか、射的屋のあとは飲料販売団体のクラスでお揃いのサイダーを

 片手にゆっくりするだけだった。たったそれだけでこの様とは。

「謝ったりしないでよ、どんな形でも一緒に回れてよかった」

「明日はもっとちゃんと回ろうな」

「だから、これがいいの。さ、本命に行こ」

 さばみそは満足したらしく、ハルカと三人で回るのは明日でもいいと言ってくれた。


 俺たちが視聴覚室に戻るとそこには先程とは比べ物にならない人がいた。

「おかえり」ハルカが出迎える。

「な、なんだこの人の量」

「私とはるちゃんのお陰ね」

「実は、午前中に体育館ステージの味覚王者決定戦とのど自慢とで、それぞれ優勝してきた。そこでプロモーションしてきたってわけ」

「優勝おめでとう......?」

「もう、エリちゃんの歌本当によかったんだよ。もうぶっちぎりだったよね。二位との差が」

 ぶっちぎり。ハルカの口から初めて聞いた気がする。

「それを言うならハルちゃんだって凄かったじゃん。なんであんなにすぐわかったの」

 話の内容は全く入ってこない。味覚王者決定戦とはなんなんだ。とりあえずそれぞれ出場していた大会で優勝して「ガン・デルタ」の宣伝をしてくれたためにこの人だかりになったようだ。

「今日初めて三人そろってるところ見た」

 ジュンも集合した。というかジュンもなにやら大きな荷物を抱えている。

「ジュン、それは一体なんだい」

「これはストラックアウトで」

 どうやらジュンもなにやらやってくれたようだった。パーフェクトゲームらしい。ストラックアウトにパーフェクトゲームが存在するのだろうか。まったくもってわからなかった。

「ジュンちゃんコントロール本当にいいもんね」

「これはエリちゃんにプレゼントするよ」

 小学生低学年と同じくらいの大きさの熊のぬいぐるみを塩浦に渡している。しかしここには置いておけないので部室に持っていくことになった。

「鍵は俺が持っているから、俺が行くよ」

 そうして大きなぬいぐるみを抱えたまま部室へ向かう。さばみそとハルカは一緒に回り、ジュンは再び別行動、塩浦は当番である。


 一人きりになる時間が久しぶりに思えた。さばみそはテレパシーで交信が可能とはいえ、常に頭の中で声がするわけではない。そういう意味では本当に久しぶりであった。文化祭の雑踏の中にいるというのにそこから弾き出された感覚があった。聞こえるはずの雑音の全てが俺には届いていなかった。


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