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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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勇気

 日付はいつの間にか夏休み最終日となった。文化祭は九月の第一土曜日と第二土曜日。つまり二日と三日にわたって開催される。金曜日の一日は登校初日でありながら文化祭準備に当てられる。当然その一日だけで準備が終わるはずもない。準備があるものは貴重な高校生活の夏休みをこれに費やさなければならない。鈴懸高校の文化祭はクラス企画は強制ではなく、文化部の企画がメインとなる。教室を使った発表、体育館ステージを使った企画もある。当然ステージ企画の打ち合わせも夏休み中に行われる。

 短いようで長かった合宿も終わり、準備は万全となった。我ら映画研究会も文化祭当日を待つのみとなった。映画研究会部室にはハルカとエリがいた。

「シフトだが、なにか用事がある時間帯があれば言ってくれ。基本的に俺はいつでも空いているから遠慮するなよ」

 ハルカもエリも初日の午前中には用事があるらしく、その分は俺が担当することになった。二人が戻ってきた後はハルカ、エリの順に決まった。店番はすべて俺が担当してもよかったが「一番裏方やってたのはユウでしょ」「これくらいはやらせて」と二人に押し切られてしまった。

「ねえ、エリちゃんが入ってくれてる間は二人で回らない?」

「いいのか?」

「ちょっと、私たち付き合ってるんだよ?」

「はい、喜んで」どうやら織り込み済みだった。

「決まりね」

 解散になる。二人は早々に部屋から消えていった。俺も特に残る用事はないので退室し帰ろうとしていたそのときだった。昇降口で後から声をかけられた。

「久しぶりじゃん」俺を引き止めたのはトモユだった。

「トモユ......」

 夏制服に身を包んでいた彼女をみたのはいつぶりだったか思い出せなかった。

「いよいよ文化祭だね」

「あ、ああ」

「楽しみだね」

「そうだな......」

 トモユは走って消えた。

「ああっ、待って!!」 

「うわびっくりした」

 トモユを追いかけた男子生徒が突然現れた。

「い、今のって南トモユこと須澄トモユさんで合ってるよね?」

「そうだと思う」

 彼は郷土研究会の所属であり、どうやらトモユにぜひ見てもらいたいものがあるのだという。

「文化祭で当研究会の展示物をトモユさんに見てもらいたいんだ」

「それが、これ?」

 トモユが演じたあの伝説の舞台『ヒカリビト』。その元になった言い伝えがある。その元となった天乃に伝わる『天乃國光人伝説』がある。彼はこれについての研究をしていた。それによると昔の天乃は今の天乃とは少し異なるようだった。

「矢米川の向こう側に天乃の地名が残っている。そこは元々天乃だったんだろう」

「それだけじゃないんだよ。これを見てくれ」

 彼は携帯を取り出し地図アプリを開いて見せる。彼はある地点を指さす。

「ここ、ここもかつては天乃、つまりは天乃國だったんだよ」

「ここは......」

「ぜひこれをトモユさんにも見てもらいたくて」

「悪いが力になれそうにない。直接誘ってみてくれ」

「ところで、彼女って今フリーかどうかわかるか?」

「ちょっと、なにやってんの」

「うげっ」

「当日でもいいから教えてくれよ!」

 男子生徒は女子生徒に連れていかれた。大方同じ郷土研究会のものだろう。あれは......。いや、他人の恋愛事情には深入りするべきではない。というかあまり口を出せる立場ではないかもしれない。


 月日は流れ、四月六日に彼女と再会してからあわただしい日々が駆け抜けていった。その全ての始まりはここ、久遠劫の桜の樹の元。それだけではない。この場所には様々な思い出がある。遂に九月を迎え他天乃。その中でひときわ異様な雰囲気を作り出すここにはあの日の思い出があった。

「君と出会ったのも、ここだったよな。サクラ」

「一人でなに言ってんの」

「さ、さばみそ......」

「ユウに一つ忠告しておきたいんだけど」

「なにかな?」

「ハルカのことよ。あの子にこれ以上深入りしない方がいいと思って」

「あいつが、十年前のことをまだ思い出さないことを、それほど気に入らないのか。俺とハルカの出会いが五年前だと思い込んでいることが」

「そうよ!」

 ハルカは俺との最初の出会いを五年前だと言っている。だが事実は異なる。


 雨の降る日。小銭入れを持って行く先は駄菓子屋。先日ようやく超越電神ドリルゼノンの復刻ガチャガチャの入荷を確認。いざお目当てのドリルゼノンのストラップを入手せんと、自室から引っ張り出してきた、なけなしの手持ちだけが頼みの綱である。駄菓子屋の店先には数台のガチャガチャの機械が陳列されている。店内にしまわれることもないそれらは日に焼けており、元の鮮やかな赤色からは程遠い。ペンキで塗りなおされることもなく何十年もここにある。話によれば父さんが子どものころから外に出されたままだという。お目当ての復刻ガチャガチャは大量にあった中身が消えており、残り一つとなっている。一度傘を閉じて駄菓子屋の傘入れにしまう。再びガチャガチャの機械の正面にたつ。側面から箱の中身が確認できるが、カプセルは中身が確認できないようにしっかりと透け対策がなされている。一回が三百円と、手持ちのおこずかい五百円では一回分しか回すことができない。機械を前にして両手を合わせる。どれだけ祈ろうと結果は既に変わらないというのに。大きく息を吸い、百円玉三枚をゆっくりと投入口に入れる。ハンドルに右手をかける。一度思いとどまり手を離す。

「ドリルゼノンのストラップ、ドリルゼノンのストラップ。お願いしますっ!!」

 万感の思いを込め、熱く、静かに、ハンドルを回す。これがゆっくりでもいけない。一定のスピードは殺さずに。ガコンという音とともに真っ赤なカプセルが出てくる。取り出し口に手を突っ込み、ゆっくりと掴む。やはりカプセルの中身は確認できない。かろうじて開けられている穴から同梱されているであろう説明書きが確認できるだけだった。肝心のストラップは黒い袋に入れられているようだった。カプセルを開けるとやはり黒いビニール袋に梱包されていた。袋を中身を傷つけぬように慎重に手で開ける。

「ド、ドリルゼノンだ.....!!」

 中身はお目当てのドリルゼノンのストラップだった。気のすむまで駄菓子屋の店前を走り回る。一通り満足したら駄菓子屋の中へ入り残りの二百円で買える飲み物を探す。

「ラムネください!」

 二百円を差し出して、ラベルをはがしてもらったラムネを受け取る。

「ありがとう!」

 まだ小雨が降っているので家へ帰ろうかとしたそのときだった。ちょうど駄菓子屋の店前から例の公園が僅かに見える。その久遠劫と名のついた桜の樹の下でうずくまる影を認めた。気づかれないようにゆっくりと近づく。顔もはっきりしない距離で止まる。この距離でもすすり泣きの声が聞こえた。理由はわからないが泣いていることだけは確かだった。久遠劫の樹は大きい。完璧ではないが雨宿り先としては申し分ない。できるだけ静かに離れてから、来た道を戻る。ラムネを開ける前で本当によかった。

 ガチャガチャの機械の上に設けられたカプセルの回収かごに入れたカプセルと袋を持って駄菓子屋のおばあちゃんに話しかける。

「ごめんなさい。これを返しますので、三百円と交換してもらえませんか」

 三百円で手に入れた全てを返却して三百円を取り戻す。本来であればオークションにかけるなり、買取をしてくれるお店に持っていけば十倍の値段は下らない。というか原則返品が効かないガチャガチャを返品させてくれというのがそもそもの間違いであった。

「これでいいかい」

 おばあちゃんはそれだけ言って左の掌に三百円、右の掌にはここに置いてくれと促した。ドリルゼノンに無言の別れを告げて三百円を手に入れる。

「あの、これで買いたいものがあるんです」


 先ほどの女の子の元へ戻る。うずくまったままであった。背中と髪の上に桜の花びらが数枚ついていた。女の子の頬に当てる。当然驚いた女の子は俺を振り向く。彼女の涙は止まっていた。

「飲む?」演技でもアドリブでもない、心からの屈託のない笑顔で俺はそう言った。


 これが俺とハルカの最初の出会いだった。

「まあ、君がハルカのことを気に入らないっていうのも少しはわかるよ。だけど、人間ていうのはそれだけじゃあないだろ?」

「優しさを返してもらうだけじゃ、生きられないよ」さばみそはそう言い捨てて背を向ける。歩き出し、このまま虚空へと消えるつもりなのだろう。

「そうかもな。だけど俺だってあの日に大切なものを彼女から貰ったんだ。だから、今度は俺が君に返す番だ」

 さばみその右腕を掴む。

「ちょ、ちょっと」異変に気づいたのかさばみそは自分の身体を確認している。離された右手も左手も。顔に当てている。そこで決定的な変化を認識もしたようだった。

「明日からの文化祭。君にも参加してもらいたい。だから君に実体を与えた。ここの外でも自由だ。二日だけしか持たないけれど」

「それで楽しんでこいって?」

「そうしてほしい。本当はもっと君に返せるものがあればよかったんだけど。これくらいしか、すぐには考えられなくて」

「やっぱりユウだね。一応言っておく、ありがとう」


 十年前の今日。同じ顔をしていた俺と女の子がいた。


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