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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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夢想

 「おい、なにか言えよ」

 彼女は語ろうとしなかった。目的がある行動だということはすぐに理解できた。

「ユウ、私の仲間になってよ」

 椅子からゆっくりと立ち上がり踵を揃えてサリヱは俺との距離を詰める。この場から一歩も動けず、彼女を見ることしかできなかった。

「あれは、あれはお前がやったことなのか」

「そう。私がユウを夢の中に閉じ込めた。プリズマの固有特殊能力だよ。やっと使えるようになったんだ。どうせなら、あのまま目覚めない方がよかったのに」

「お前......!」

「だって、私がプリズマだってバレちゃったから。そんなことになったらユウは必ず私の敵になるじゃん。だからユウにだけは、知られたくなかったな。それに――」

 言いかけてサリヱに掃除用具ロッカーに二人ごと押し込まれる。 

「シッ。静かに、動かないで」

 暗闇、動こうにもそんな余裕はない。俺の胸を抑えるサリヱの身体と腕の感触に支配される。 

「あれ、ここにもいない」

 ハルカの声が聞こえた。ハルカが美術室に俺を探しに来た。なぜ彼女が美術室に来たのだ。俺がここに来たことは誰にも言っていないはずだった。

 それからすぐに扉の閉まる音がし、しばらくして俺はロッカーから解放された。弾き出されるようにロッカーから飛び出した俺はイーゼルに激突、キャンバスは大きな音を立てて床に落ちた。サリヱはロッカーの中から床に倒れこんだ俺を見下ろす。

「いい? 私たちは選ばれた存在なのよ。この地上にたった僅かしか存在しないプリズマなの。プリズマはいずれ人類に訪れる進化した種、その特性を持つ唯一の存在なのよ。今すぐに私たちと合流して。上灘マイの計画では駄目よ。私たちの計画の同志になりなさい。それしかプリズマの生きる道はないわ。あなたが加われば私たちはすぐにでも計画を最終段階へ進められるの」

 サリヱは、胡坐をかき静かに自身を見つめる俺の目線に合わせようと、しゃがみ込む。

 もう既に彼女の存在が厄介である。彼女のバックにはあの女がいることは確実。であればプリズマとして、上菜のは果たして俺か、サリヱか。今この場で彼女を無力化できるだろうか?

「ぶ、文化祭はどうなる......?」

 結果は全て見えていた質問、即ち愚問。そしてこれはただの時間稼ぎでしかなかった。

「そんなもの、私達プリズマには関係ないわ。言ったでしょう、プリズマは普通の人類とは違うのよ。私達には――」

「いいよ。お前らの計画に協力する」

 サリヱを遮る。

「ほんと!?」

「ただし、その前に一つだけ俺の望みを叶えてほしい。そうしてくれたら、あとはお前の好きにしていい」

「す、好きにしていいの!? っていうかなにをしたらいいの」

 いつもよりも大きく息を吸い込む。それをサリヱに、自分に気づかれぬように必要以上に筋肉を使わずに、空気の流れる音を出さぬように実行する。そこに微塵も己の感情を乗せぬように。ただ冷徹に。

「一度しか言わないからよく聞いとけよ」

 冷風に揺れる黒いカーテンの隙間から光が差し込んでいた。


 「さっきからずっとなに見てるの?」

 夕飯の支度中のハルカが声をかけてきた。

「いや、ちょっとな......」

 目的もなく黄昏るために外を見ていたわけではなかった。サリヱの帰宅を確認するためであった。

「それよりも、今日の夕飯当番、代わってよかったのか? 昼前にはもうそう言っていたらしいけど」

「あー、本当は作りたいメニューがあったんだけど、材料が足りなくって。別のになるんだけど」 

「本来の料理も知らないからそこは問題ないが。その、当番制が」

「そっちは大丈夫だから、気にしないで」

 合宿に使用している棟内である程度の料理を作ることは可能である。本格料理は作れないが、合宿の定番メニューは一通り可能だという。なにが定番なのかは知らない。部屋にジュンはいるがエリはいない。ということは今厨房に立っているのはエリということになる。食事における一番の不安要素は彼女なのだが。

「ところでさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「ん、なんだ?」

「午前中、外出から帰ってきてどこに行ってたの? 戻ってきた後にジュンちゃんと会ってるよね。その後は、どこにいたの?」

「気になる?」

「それなりには......」

「助兵衛だね」

「いいから、はぐらかさないで」

「二人とも、さっきからどうしたの」

「な、なんでもないよジュンちゃん」

「後で二人だけで話がしたいんだってさ。ジュン、わかるな?」

「わかった!」

「ちょ、ちょっと」

「それより、誰かエリの様子見に行かなくていいのか?」

 二人は慌ててエリの方へ駆けていった。

 陽は沈みかけていた。外の様子を室内から確かめるのも難しくなるころに夕飯は完成した。一人になる間、もしものことを考えて火を消していたらしく、カレーが失敗することはなかった。カレーで失敗しろという方が無理な話だと思うのだが、その類の人は我々の予想を簡単に超えるらしいので油断ならない。想像が及ばないことは不幸なことである。


 風呂の際、行き帰りと教室棟の美術室を見ていたが、人がいる気配は感じられなかった。そのことにとりあえずは安堵していた。

 男子の寝部屋。風呂を先に済ませたジュンと、短くて長い夜の御供にドリルゼノン談義に熱を上げていた。

「いやドリルゼノンはあの話数だったから名作になったんだぞ。あれ以上話を拡げなかったからいいんだよ」

「そうじゃないよ、ドリルゼノンには正式な続編の構想があるんだよ。未回収の伏線もあるんだ。まだまだ話を作れる下地はあるよ」

「それは知ってるぞ。でもそれはあくまで主人公機がドリルゼノンから新機体に交代したからできる話であって、ドリルゼノンのままで半年以上ではいけない。未回収の伏線も本当にそうだったかはわからないぞ。伏線っていうのは回収されて初めて伏線になるんだ。回収されない要素はそうとは言わない」

「もしかして続編は認めたくない派なの?」

「見たいが?」

 ドリルゼノンにはファン達の間で噂されていた、テレビ放送された物語の直接の続編にあたる企画があった。実際にそれが製作された記録はなく、後年になって発刊された関係者のインタビュー本にその存在が記されているのみとなっている。一ページにも満たない誌面の隅に僅かに記された僅かな情報をもとに、ファン達は己が妄想を膨らませている。当然俺もその一人だった。

「続編だと、やっぱあの二人は結ばれるのかな」

「いや無理だろ。本編の最後になんで未来の大人になった姿が描かれたと思う。それに二人はそういう関係で描写されていなかっただろ」

「いやいや、結構されてたよ。まあ一方通行ぽかったけれど」

「寧ろ彼女じゃなくて、もう一人の方が――」

 そのときだった。俺の携帯に着信が来た。

「悪い」

「うん」

 一度部屋から出て棟の出入り口まで降りる。

「遅かったじゃん」

「ああ、移動してて」

「それで一階まで?」

「いけないか」

「構わないけれど。そんなに警戒しなくたっていいよ。ジュンちゃんはいい子だもん」

「そうだな」

「それで、本題なんけど」

 電話口から、なにかが急に遠ざかる音と、それとは異なる空気の流れる音がした。

「今から私のいる部屋に来て」

 確認したいことは多くあった。しかし一つとしてハルカに聞くことはできなかった。

「は、はいっ」

 そう返事をするだけで精一杯だった。


 恐る恐る階段を上る。一段一段、足音を立てぬように、寝ている子を起こさぬような、静けさを身にまといながら。特に男子部屋にいるジュンと、そちらに移動しているはずのエリに悟られぬように。女子部屋の戸の前に立つ。ゆっくりと手をかけて戸を開ける。

 部屋の中には、ハルカが一人だけいた。つい先ほど風呂を上がったばかりで、濡れている髪を降ろしていた。レディースの寝巻に身を包んだ彼女は窓の方を見ているだけでこちらを一切見ない。

「そんなに気にしなくてもよかったのに」

「いや、いやいやいや」

「ユウ、髪を乾かすのを手伝って」

 一度振り返り、肩ほどまでのあまり長くない髪の毛でそう言った。 

 ハルカに言われるがまま、予め用意されていたドライヤーに手を伸ばす。それすらも、とろいと言うかのように、ハルカがドライヤーを素早く掴んで俺に押し付ける。

「髪が痛むから、てきぱきとお願いします」

「は、はい」

 ハルカの髪は既に十分に水分が拭き取られていた。熱風を十分に髪の毛から離し、髪全体に風が行き渡るようにかけていく。十分に乾燥したら冷風に切り替える。それも終了すると、ハルカはくしで髪型を整え始めた。

「そこまで整えなくてもいいんじゃ。これから寝るんだろ」

「いいの。それより、後ろの方、おかしくない?」

「ああ、綺麗だよ」

 台本にない舞踏会は果たしていつまで続くのだろうか。いやきっとこれはこちらが音を上げるのを待っているのだ。勝ち目は、最初からそのような考えは捨てるべきなのだ。

「ご機嫌斜めは、俺のせいだろ。今日のことか?」

「そう。学校に戻ってきてから、美術室に行ったでしょ。あの子もいたんでしょ。なにがあったの。あれから変だよ」

「実は......」


 「それで、ユウはどうするの」

「あいつ、作業のことは知ってたんだ。なのに、今すぐにでもと言った。俺はそれを許すことはできない。あれは、俺のためだけじゃない、サクラのためにも完成させたいんだ」

「サクラちゃんを探すために、止めてたんだよね」

「一つの区切りとして、サクラに『もう大丈夫だ』って伝えるために、俺は作品を完成させる。それはなににも替えられない」

 ハルカの温かい両手が俺の手に重なる。しっかりと包み込んで、ハルカは俺に笑ってみせた。台本はない。なんと返せばいいのか、俺にはわからない。二人の重なった両手をもう一度見つめていた。


 それは、とてもとても幼い日のころの記憶。二人で飲んだあのラムネの味。あの日の笑顔。そうだった、俺はハルカに......。

「ユウ?」

 ハルカの問いに全力の勇気をもって答える。 

「だから」

 顔を上げたときには遅かった。二人の唇が重なる。

「今夜からは、これでちゃんといい夢見れるよね......?」

「は、はい!」

「あ、それでさっきはなんて言おうとしてたの?」

「あっ、あーっとなんだったっけ......」

「ふふっ、思い出したら教えてね」

 ハルカの携帯が鳴る。エリがそろそろ寝たいので部屋に戻っていいかと聞いてきたらしく、俺は元の男子部屋に戻ることになった。戸の前でハルカに見送られる。

「それじゃあ、おやすみ。その、ありがとうね......」

 背を向けたままだったが振り返る。

「だから、最後まで俺に付き合ってほしい。おやすみ」

 ハルカよりも速く、しかし長く唇を重ねた。


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