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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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哀傷

 翌日、まだ涼しさの残る朝方。部室には俺だけがいた。静かな朝、PCに電源もつけずに椅子に座っていた。黒い画面にぼやけて映る自分を見つめていた。俺はプリズマである。人間ではない別の存在。なぜ俺達はこの地上にいるのだろうか。


 この国のあるところに一人の女性がいた。その女性には将来を誓い合った男がいた。やがて二人の間に子どもができる。しかしそれを認めない者がいた。抗うことを決めた女性は子どもを産み育てることにした。しかし男はしばらくのうちに裏切り、子どもを女性から取り上げる。女性は無力だった。抗うことはできずに全てを失った。そうして辿り着いた街で人の助けを借りて新たな人生を歩み始める。

 取り上げられた子どもはそれを望んだものによって人ならざる者へと変えられてしまう。母親の顔も覚えていない子どもは、大きくなる中で家にいる女性が本当の母親ではないことに気づく。そしてそれを話さない父親を嫌悪する。己の存在が揺らぐ。もてはやされてきた己の顔にすら拒絶を示す。鏡を見れなくなった子どもは自らの生みの親を知りたがる。

 昨日見た安曇さんとトモユが脳裏に浮かぶ。あの二人は確かに親子なのだ。遠い昔に引き裂かれた親子。実の親子が引き裂かれる理由、その意味。そんなものに価値はないだろう。それが、たった一人の人間達の望みだとしたら、それの為に多くの罪もない人間が、深い悲しみを背負っていたとしたら。やはりそれらと戦うべきなのだ。たとえそれが誰であろうと。


 桜瀬鄭から持ち出してきた一冊の手帳を開く。そこには父が遺してくれたそれに最大のヒントがあった。女性が名乗ることになった偽名と本名が記されているだけでなく、子どもの現在の所在までもがその中にあった。一人の人間には手が出せないところに居ようとも、いずれ機会は巡ってくる。そしてそれは必然であると、彼女に説いたことが記録されていた。

 俺とトモユが閲覧した彼女の調整データの中にはその女性の本名が母親の欄にあった。それから桜瀬鄭へ行き、父の書斎に遺されていたこの手帳を見つけたのだった。そうして俺は結論に辿り着いた。これでよかったはずだと、今は信じることしかできなかった。


 手帳の頁を進める。時期をほぼ同じくして桜瀬家に起こった、もう一つの悲劇。その真相は信じがたいものであり、俺を更に悩ませていた。運命というものはあっても偶然はない。全ては必然の上にある。安曇さんのこの考えは元々父さんのものであったという。しかし人が受け止めきれる悲しみすらも必然だと言い切れる者が、父さんと母さんに言える者が果たしてこの地上にいるだろうか?


 誰かに肩を揺すられる。いつのまにか寝ていたらしい。

「お元気ですか?」

「ハルカか」

 ちゃんと寝ているのか、ちゃんと食べているのかと様々に聞いてくる。

「ちゃんとしてるよ、ありがとう。二人は?」

「待たせたわね」

「おはよう」

 既に全員が学校に集合していた。

「おはようユウ」

「おはよう」

「ユウ、昨日はごめん。ユウがこういうのが好きって知ってたはずなのに。そんなことないってちょっと考えたらわかることなのに」

「俺の方こそすまなかった」

「うん、わかった。絶対に成功させよう」

 話はまとまった。俺は残りの映像編集作業を一手に引き受ける。当日の頒布物の製作も大詰めである。こちらの作業は彼らに任せることになった。映像に必要な音声の録音も残っている。必要分は少ないが無くせないものである。ジュンとハルカに任せることにした。

「こっちで細かい雰囲気とか決めちゃっていいの?」

「ああ、ジュンがいるなら問題ないだろ。ジュンがいてくれて本当に助かる」

「えへへ」

「えらく信頼されてるじゃない」

 当然である。

「で、私は?」

「こっちにいてくれると助かる。一般人の目線も欲しいのでな」

 ジュンと離れ離れになってしまうのは申し訳なかった。

「それじゃあ、この合宿中に完成させよう!」


 また別の日のこと、製作はひと段落し合宿の最終日まで文化祭当日の準備や、今後の活動についての話し合いが行われている一歩で、彼らには内緒で作品の質を向上させるために密かに作業を続行していた。彼らの目を盗み、俺を学校の屋上へと連れ出した人間がいた。その人間と今こうしてシートを広げたうえに、横並びで寝転がっている。眼前に広がるは満天の星空。流星はまだ観えない。

「誘ったのは私だけど、作業しなくてもいいの?」

「別にいいだろ。星を観るくらい。それにもう今日は部室は使えんよ。本当はもう完成しているし、今は勝手にいじっているだけだ。」

 サリヱと二人で夜空を観ていた。この時期に見頃になる流星群の観測のためであった。

「ペルセウス座流星群だったか」

「そうそれ。ところでユウに聞いておきたかったことがあるんだけど」

 互いの顔を見つめている。正確には暗くてよく見えない。サリヱが持ち込んでいたランタン型のライトに手を伸ばす。その俺の手を掴まれた。

「なぜ止める。星を観ないなら灯を」

「いいから、点けないで」

「だったら手を離してくれないか......」

「ねえ、文化祭のフォトコンテストの話、忘れたわけじゃないよね、まさか」

 フォトコンテスト......。そんなものもあったか。すっかり失念していた。

「文化祭にペアでエントリーすることになってたじゃん。もうそんなことだろうと思った」

 呆れと怒りが向けられた。

「一枚は撮っていたんだが。いい写真だと思ったが、あれは使えなくなった」

 いつの日か土手で波風を撮った写真があった。あれを当初は使うつもりだったのだ。だが今ではあれを使う気にはなれなかった。

「提出は来週中でしょ。間に合うの」

 提出日は一週間後の八月八日である。

「やろうと思えばなんでもいいとは思うが、そういうわけにもいかんだろ」

「その真意は?」

「不真面目はいかんと考える次第で」

「そ、そう。まあ時間が許す限りは好きにしたらいいんじゃない」

「それでなんだけど、もし納得してくれるならの話なんだけど」

「まだ何か?」

「いい被写体になるんじゃない、これ」

 どうやらこの天体観測会はそれの為であったらしい。手持ちの携帯で何枚か撮ってみる。

「かなりいまいちだぞ、これ」

「なんでもっといいカメラ持ってこないの」

「あるわけないだろそんなもの」

 沈黙が闇と同化する。しばらく逡巡し、一つの案を考え出す。

「サリヱが被写体になれ」

 初めは驚きを露わにし、次に散々謙遜を吐き出した後に、引き受けた。

「わ、私でいいの」

「いいから。ほらそこで望遠鏡覗き込んで」

 屋上の階段の照明を点ける。程よい光源が取れ、天体観測に勤しむ高校生の写真が撮れた。

「わ、割といける......」

「ほら見ろ」


 一連の問題は解決された。再びシートの上に二人横になって天体観測を続ける。

「それじゃあ、逆にサリヱはどうなんだ」

「スランプのこと?」

「その後どうなんだ。進展がないなら一つ、話をしたい」

「お願い」

「お前が気になっていた美術部の先輩は俺の知り合いだ。物心ついたときにはもう一緒にいた。父親ではないと聞いているが、実質父親みたいなものだ。でもそんなことはどうでもいいんだ」

 藤井さんは俺の父親ではない。

「生物学上の生みの親は別にいる。育ての親も他にいる。その二人が俺にとっての親だと思っている」

「ねえ、前から気になっていたんだけど」

「なんだ」

「どうして、そういう深いところの話を、私にしてくれるの?」

 落ち着いた声で、慎重に彼女は俺に問いを明かす。それが触れないほうがいいことだとわかりきっているから。その先にあるのが「幸せ」ではないとわかっているから。

「私に話してて、辛いんじゃないの」

「ああ、辛いさ」

 家族のこと、己の生まれのこと。それらはどこまで探ろうとも、どこまで取り繕おうとも己がこの地上のほとんどの人間にとって望まれていないこと。そして己の存在を願った人間が存在し、それにより涙が生まれたこと。全てが事実である。

「その話をするときのユウ、全然笑ってないよ。どうしてそんなに辛いのに、痛いのに」

 再びサリヱの手が触れた。暗闇のまま、星を観たまま、互いの顔は見ないままで、手だけが触れ合っていた。サリヱの啜り泣きが聞こえてくる。


 やがて星はみえなくなった。


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