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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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家族

 たとえ高校に上がろうと、日常に変化はないと思い込んでいた。夏休みも同様にただ長い休日が続くだけだと思っていた。実際に大きな変化はない。今日も一年前と同じく探すという行為をしているだけである。ただそれが猫からデータに変わっただけであった。そしてそれは予想に反していた。手ごたえはない。だが手中にあった。


 夏季休暇中の教室は原則冷房が使用できない。そしてそれは部室棟においても適用される。故に夏季休暇の部活は校外へ合宿を行うところがほとんどであった。しかし、我々が占有するこの部屋には冷房が効いていた。

「旅を満喫してもらえたようでなにより」

 三人がそれぞれ撮影してきた写真を早速見せてもらう。やはりジュンは特撮に明るく、ほぼほぼ俺の求めんとする画であった。特撮パートには有効活用できるだろう。では反対に特撮に明るくない塩浦はというとそうでもない。むしろ三人の中では一番奇をてらった画が少ない。外したものがなかった。残るハルカはそもそも枚数が異様に少なかった。

「何かあったのか?」

 聞いてみるもはぐらかされる。

「それより、ユウの方はどこまで編集作業進んだの?」

 塩浦に遮られる。

「進捗は、ありません」

 それから部室は塩浦の騒音に飲まれた。

 この数日何をしていたのか、文化祭に参加する気があるのか、そもそも発起人のくせにその体たらくはなんだ。覚えているのはこのくらいだっただろうか。それに応戦して俺もらしくないと自分で思うくらいには声を荒げてしまった。塩浦はひとまずジュンによって予め計画されていた買い出しに連れて行ってもらった。部室には俺とハルカだけが残った。

「これからのこと、少しも考えていない訳じゃないんでしょ」

「もちろんだ。普通の人間とは違う。文化祭の前日の二十四時間あれば余裕さ」

「今更驕る」

 ハルカの言葉は胸をすり抜けていった。

「無論、そこまで無茶なことはしない。ただ、やっておきたかったことがあった。それだけだ。だから、もう気にしないでくれ」

「少し埃の匂いがするのも、それのせい?」

 制服の半袖も、腕もそんな匂いはしなかった。

「そんな匂いするか」

「するよ。それでやりたかったことはちゃんと終わったの?」

「全部とはいかなかった。相手の都合がある。今日も終わらない。いつ終わるのかもわからない」

「だったら、進んでない言い訳には。優先順位ってものが」

 体の不調は口に出したくなかった。しかしそれすら見透かして彼女は言う。

「ねえ、やっぱり顔色悪いよ。今日はもう帰ったら? 私たちも昨日帰ってきたばかりだし今日はもう別に」


 ハルカの提案により部活は午前中に解散となった。体調の心配をした本人は帰り道で俺を一人にしてくれなかった。学校からの順路で言えばハルカの家が一番近く、安曇さんのアパートは非常に遠い。自宅への分かれ道で迷うことなく俺についてきた。そして当たり前のようにアパートの俺の部屋に上がり込んでいた。

「家に帰らないのか」

「病人を一人にできるわけないでしょ」

 病人ではない。

「そんなに悪そうに見えるか」

「体が悪いのか、それとも」

「いずれにせよ彼は病人ではないわ」

 三人目の声がした。さばみそがいつの間にかそこにいた。もうすでにさばみそ以外考えられなくなっていた。この部屋にいるのは。

「わ、私にも見える......」

「こうして会うのは初めてね。波風カナ。今はハルカの方がいいのかしら」

「あなたがさばみそ......さん?」

「よろしくね。いままで色々と迷惑をかけてしまってごめん」

「結果的に助かってるから、それはもう気にしないで」

「やっぱり、あなたって人は......」

 一通りの自己紹介を済ませた後、さばみそは俺に向き直る。

「本題に入るわ。ユウ、今のままじゃあんたは駄目よ。作品を完成させるなんてとても無理よ」

「病人じゃないんじゃなかったのか」

「病気ではないけど、そんな程度の問題ではないわ」

「どうしても止めたくないんだ。あいつにはちゃんと大丈夫だよってところを見せたいから」

「サクラちゃんのこと」

「そのことは、もういいから。あなたのこれからの役目を、勝手に放棄しないで」

「どっちもだ。どれかを選べと言われたらそのどちらも取りこぼさない」

「ねえ待ってよ、あなたはユウになにをさせようとしてるの」

「ユウ、駄目よ。彼女には」

 さばみそが腕を掴む。制止の意志だった。 

「離せ。ハルカも巻き込む以上、知る権利がある」

「私の話はまだ終わっていないわ。今あなたがしなければならないのは、あなたに足りないものを取り戻すことよ。今は何よりもそれを優先するべきなの。そしてそのために、余計な要素は全て排除されている必要があるのよ」

 さばみその手を振り払う。

「俺はハルカの心を裏切りたくない」

 許してほしい。

「ハルカ、今から話すことは誰にも言うな。あいつらにもだ」

「う、うん」

「文化祭が終わった後、俺は――」


「そういうわけだから、今はユウに無理をさせないように見ててあげてね、ハルカちゃん」

 話が終わると、そう言い残してさばみそは俺の中へと消えていった。

「いつから、彼女はユウの中にいるの?」

 つい先ほどまで自分の膝上にいたさばみその感触を確かめるよう、虚空を撫でながら言う。

「つい最近まではハルカの方にいたと思う」

 あれだけ反発していたというのに、ハルカの膝の上に座らされてからは人形のように動いていなかった。長いことハルカの中にいたからか、向こうのほうが落ち着くのかもしれない。

「さばみそちゃんは、やっぱりこの部屋が一番好きだと思うな。ちょっとピリピリしてたのは自分の星域を侵略されてるから、みたいな」

「彼女が誰か、知っているような口ぶりだな」

「もし本当にそうなら、条件に合うのは、そうでしょう。きっと彼女、待ってるのよユウに聞かれるのを」

「なんで待つ必要があるんだ」

「それはあの子にとって、ユウが大切な人だからに決まってるじゃない」

「悪いことしてるかな」

「でもユウが気にしてるのも、わかる気がする」

「そっか。ところで、一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「この部屋、物少なくなってない?」

「やっぱ、気づくよな。もうじきこの部屋を出ていくんだ」

「家賃滞納なんかじゃないよね」

「まさか」

 そのわけは下に行けばわかることだった。部屋を出て一階のベランダ側に回り込む。部屋の中に気づかれないように様子をうかがう。

「安曇さんと、トモユって人......?」

「二人は、実の親子なんだ」

「えっ、親子」

「三人がいない間、俺があの第九研究所に行ったことは、さっき話したよな。その目的の一つがあれだ。生身の人間をプリズマにするには用意した”因子”を打ち込む必要がある。その因子は体内で離散し、身体の隅々まで拡がり、対象をプリズマへと変化させる」

「それと、どんな関係が」

「重要なのは俺達じゃない、因子の方だったんだ」

 プリズマの因子は、上灘夫妻の手によって五つの因子が生み出された。夫妻はそれの使用に積極的ではなかった。だが、その全てが使用されていることもまた事実だった。

「あそこになら、因子が打ち込まれた人間の記録が残されていると考えたのさ。結果はビンゴ。五人分が詳細に記されていたよ。生みの親までしっかりと、四番目の因子のページにな」

「そんな......。そのこと、トモユは知っているの」

「ああ、隣にいた」

「じゃあ、安曇さんがそうだって」

「まだ知らないさ。あいつは親父に嫌気がさして家出中なだけだ。だが、いずれ気づく。安曇さんも、トモユが自分の娘だと、いつか気づけるさ。二人は親子だからな」

「水を差したくなかったってことね」

「ありがとう。そういうことにしておいてくれ」

「それで、ユウは今どこに?」

「桜瀬に戻ってるよ」

 あの家に戻ることはないと思っていたが、俺の帰る家はあそこのようだった。

「そういえば、ハルカはなんで付いてきたんだったか?」

「すっかり忘れてた、えっと、ユウがもし良かったらの話なんだけど」

 ハルカが改まる。

「一緒に、合宿しよう?」



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