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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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友達

 人には生まれた瞬間に決められた運命があると誰かが言った。人間ではない俺にも同じように運命があるとするならば、きっとこのことを指すのだろう。


 俺はついに高校にも行かなくなった。成績などどうでもよかった。ただしばらくの間は彼女らと顔を合わせたくなかった。不快感故の選択である。しかし逃避であることに変わりはない。それを保留と評価されることは認めない。逃避も立派な選択であると己のために、その他の不登校の生徒のために主張しよう。補修は終わっており通常授業しかないのであれば、俺を引き留めるものは何もない。三月までは当たり前に享受していた一人の自由というものを改めて噛み締めていた。土手に一人。ベンチに腰を掛け風を顔で感じる。瞼を閉じると自然に彼女らが浮かぶ。

 「......明日は学校行くかな」


 二日ぶりに登校する俺を彼らは手厚く出迎えた。

 「昨日はどうしたの? もう大丈夫なの? カナちゃん心配してたよ?」

 「問題はない。その、心配かけたな」

 「そういうことは本人に言え」

 「いるか?」

 「いるんじゃない?」

 波風はまだ教室にいなかった。

 「ねえ、ユウはカナちゃんのもう一人の人格と何度も会ってるんだよね? あの子のこと何か知ってるの?」

 「俺は何も知らん、彼女が誰なのか知らない。何故そう思った」

 「カナちゃんよく言ってたんだよ、深海さんとはもう何度もずっと前から会っていた気がするって。記憶をなくす前に会ってないとそんな風には」

 「そのこと、本人には」

 「言ってないよ。本人にその準備がないなら、でしょ」

 「ああ」

 俺にだってその準備はなかった。だが準備などと悠長なことを言っている時間はなかった。

 「お二人ともどうかしたんですか?」

 気づけばすでに波風がいた。

 「カ、カナちゃんおはよう」

 「波風さん、今日の放課後ちょっといいかな」

 「え、ええ構いませんけれど......」

 

 その放課後になっても、俺は本題を切り出せずにいた。屋上に呼び出した波風を前にしてその言葉を口からひねり出すことも満足にできなかった。

 「深海さん、難しいようでしたらまた今度でも構いませんよ」

 気を使わせてしまった。これから先今以上に気を使わせるであろうに。

 「呼び出しておいて済まない。そうさせてくれ」


 普通の人間でないことはだいぶ前から自覚していた。当然その事実を受け入れていた。しかし最近はそうではない。人間でありたい、そう思うことの方が多い。彼らと同じ人間でありたい、彼らの輪の中にいたい、そう思うことが増えていた。足りないものを求めるのは人間の性である。その人間らしさを生まれながらのプリズマが持ち合わせているとは、何と言う皮肉か。


 教室に戻ると塩浦が待ち構えていた。

 「その様子じゃ、満足に話せなかったみたいね。酷だとは思うけど私の質問に答えられる範囲でいいから答えて」

 ジュンはいなかった。立ったままの塩浦を促しつつ自分も席に座る。

 「そんなに手間は取らせないはずなんだけど」

 「最近疲れやすくてな。座ってるほうが楽なんだ。続けてくれ」

 「第一に、この前渡された古い封筒。切手の消印の日付は五年前のものだった。そんなものをなんで今更?」

 「針々木劇団が最近した大掃除で見つかったんだと。それを須澄トモユから受け取った」

 「第二に、事実探偵として活動実績のある自分で調べるのではなく、なんで塩浦の力を借りようとしたの? 自分で調べるのが一番確実でしょう?」

 「これはまだ仮説の段階だが、俺は恐らくこの天乃市から長時間外に出られない。五月の連休で予感した」

 「それってどういうこと?」

 「俺もよくわからん。ここ数日学校をサボっていたがそのときに、数回試しに天乃から外に出てみた。その全てでそのときと同じような反応が出た」

 「手紙の送り主の住所、完全に遠方だよね。それで?」

 「ああ。もっとも、わざわざ現地にまで赴くことは一切考えていなかった」

 「それはまたどうして」

 机の脇に下げていた鞄から一枚の封筒を差し出す。

 「何これ?」

 「例の彼女の妹からだ。養子に引き取られた家は東風平という。先日、向こうから返信が来た」

 「返信が来たって、どうやって最初に突き止めたのよ。調べてくれって言ってたあの封筒って」

 「姉の方だ。昔の住所、昔の家のな。姉の方はずっと行方不明なんだと。妹の方は姉が尊敬していた溝沼ソウスケとなんとしても接触をしたかったらしい」

 「なんでユウと?」

 「姉の私物に俺がプレゼントした『ヒカリビト』のチケットがあったからだよ」

 当然の権利のように、俺はそれに心当たりがなかった。「水之上ハルカ」という名前の女の子を知らなかった。

 「んでその水之上ハルカの妹が、この新しい封筒の『東風平ナギサ』ってわけね」

 「東風平家については、より得意分野なんだろう?」

 「たしかに、パーティー会場で、代表の方を見かけたりはするけど。女の子は見たことないよ」

 「実をいうと、もう会ってきた」

 「なんでそれを先に言わないの」

 「そうかっかするな。結果から言えば今言ったことは全て事実だ。ここまではいい、ここまでは......」

 「それってつまり」

 「ああ、俺は何らかの要因で、“彼女に関する記憶を失っていた”ってことになる」

 作り話のでっち上げならば何も問題はない。しかしそうでないなら、少なくとも五年の間俺は水之上ハルカについての記憶を失くしていたということだ。

 「そのハルカって子と、カナちゃんが同一人物なんじゃないか疑ってるんだね?」

 「その通りだ。水之上ハルカの失踪時期は約五年前。一方波風カナが最初に保護されたのも五年前だ」

 「偶然にしてはってところね」

 「同一人物でなかったとしても、二人には何かしらの接点があったと踏んでいる」

 「それはどうして?」

 「波風カナは自分が誰なのかを忘れた。そして水之上ハルカは俺に存在を忘れられていた。何もないと考えるのは難しい」

 「前に言ってたよね、カナちゃんの記憶喪失にはプリズマが関わってるかもしれないって。プリズマならあり得るって」

 「プリズマは全部で五人だ。そのうち正体を把握できていないのは残り二人。そのどちらかが犯人かもしれない」

 「何か心当たりがあるんじゃないの? 美術部に頻繁に出入りしてたのはそれがあったからなんじゃないの?」

 「流石に気づくか。美術部のOBの舟次郎っていうのは、俺の付き人だった藤井さんなんじゃないかと」

 「確証はあるの?」

 「彼の現役時代は今から約十五年前。その時期に勤務していた教師は一人しかいない」

 「福山先生ね」

 「だから彼に頼み込んで当時の卒業アルバムを見せてもらった。結果はビンゴだった。当時は上灘舟次郎と名乗っており、美術部唯一の部員だった。上灘というのは彼を迎え入れていた家の姓で、実子の上灘マイも当時在籍していた」

 上灘マイ。俺達プリズマがその所在を追っているものの未だに発見できていない、我々にとっての最重要人物。と藤井さんは言っていた。プリズマではない彼女の何が最重要なのかはわからない。

 「その他に収穫はあったの?」

 「これからそれらを確かめに行くつもりだったんだが、今日は止めておこうか」

 座っていた椅子から離れて教室の外の盗み聞きをしている彼女に詰め寄る。

 「いつから聞いていた?」

 「初めの方から。いつから気づいていたの?」

 「初めからだ。波風でないと思っていたから無視していた」

 「私じゃなかったら?」

 「御退場願うところだ」

 「カナちゃん、じゃないんだよね」

 「そうね。私は波風カナとは異なる存在よ」

 「あなたの名前とかは?」

 「あるにはあるけれど、今はまだ教えられないかな」

 「今はなんて呼んだらいいの?」

 「ユウが考えてよ」

 なぜ俺なのか。

 「今度までにな」

 「だめ。今、つけて」

 「お前......」

 「ユウ、つけてあげなよ」

 「じゃあ波風の昨日の夕飯で」

 「さ......」

 「ん?」

 「さばみそ」

 「今からさばみそな」

 「もっとマシな名前にしてあげなよ」

 十分マシだろう。

 「それで、俺にこれから何をさせようって?」

 「名前は癪だけど、必要なことだから一応受け入れるとして。ユウがこれからしなくちゃいけないことはたった一つ」

 やけに含みのある言い方に聞こえた。彼女の正体はまだわからない。だが彼女の存在は俺にとって無視できないものであることを、心のどこかで感じていた。

 「波風カナが好きだと自覚すること。この一つだけよ」

 さばみそは波風の中に消えていった。その場に倒れこむ波風をキャッチした塩浦は俺の顔をしばらくの間覗き込んでいた。



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