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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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探索

 学校を飛び出し、針ヶ木劇団へと走る。一度こちらから波風に電話かけるが応答はない。再度塩浦に繋ぎ状況の確認を取る。

 「少しの間姿が見えないなと思って、しばらくは気にしてなかったんだけど、一時間以上戻ってこないから、電話かけたんだけど出なくて」

 塩浦の声が震えている。電話越しでもはっきりとわかる。

 「まずは落ち着け、塩浦。ジュンは傍にいるか」

 「いるよ。スピーカーフォンで聞いてたよ」

 「これまでに劇団内を捜索したか?」

 「自分たちが回ったところは見たよ。いなかったけど」

 「どこを回った?」

 「えっと、正面入り口から入って、左側の記念館と、大ホール、会議室で資料映像も見た。あとは中のレストランで昼食を食べて、もう一度大ホールとレッスンルームでそれぞれ別の練習風景を。昼食までは一緒にいたよ」

 「かなり見たな」

 当然そこ以外の場所も頭に入れて探さなければならない。数人で探すのは骨が折れる。

 「誰か劇団のスタッフに話したか?」

 「話したよ、今日は元から空いてる人が少ないらしいけど」

 「そういえば、トモユはどうした」

 「スタッフに混じって探してくれてる。ちゃんと彼女って判別できるのは彼女だけだし」

 「今俺も向かってる。まだ市役所の近くだ。まだ時間はかかる」

 市役所から劇団まではまだ距離がある。いいや、直接向かうよりも確実な方法がある......。

 「二人とも、切らずに静かにしていてくれ」

 「わ、わかった」

 もう一度、あの日のように。瞳を閉じてただただ純粋な願いだけを心に浮かべる。この短いスパンでは上手くいかないかもしれない。だがここでやらねば。


 彼女を、探し出すために――。


 何かが俺を目掛けて飛んでくるのを感じる。この感覚、あのときと同じものである。一切の拒絶をせずにそれを受け入れる。自らの中で受け止めたそれを徐々に慣らしていく。ジュンのときとは違いこの工程が必要となる。慣らしたそれをたった一つの目的のために、解放する。

 電話に彼女が出ないということは、出ることができない状況にあるということ。身元の分かるものは肌身離さず持ち歩いている波風である。携帯電話も同じように持ち歩いていると考えるのが自然である。であれば、対象はたった一つでよい。ドリルゼノンのストラップだ。遠隔では精度が犠牲となる。だとしても今から到着まで波風が安全だとは限らない。ここでやるしかない。意識を研ぎすますと段々と劇団の敷地内全体のビジョンが見えてくる。多くの人間を感じる。このどれかが波風である。しかし探す対象は人間ではない。ドリルゼノンのストラップである。これまでに何度か見、そしてこの手にじかに触れたそれを強く思い起こす。これで出てこなければ最悪のケースだ。


 「深海君......」

 一瞬波風の声が聞こえた気がした。


 ......あったッ!!


 劇団の建物の一階の北西の角に反応があった。記憶が正しければ、この場所は資料室のはず。記念館とは違い表に出さない記録映像や資料の保管がされている一室である。そしてそれらの閲覧も可能である。

 「二人とも今劇団のどこにいる?」

 「一回のエントランスロビーだよ。一般の人はここから出入りするしかないから」

 ということは既に防犯カメラのチェックは済んでいるのだろう。ならば資料室にいる可能性が高い。

 「ジュンはそこで念のために救急車の通報の準備を。塩浦はそこから一階の資料室に行け。そこに波風がいる」

 「どうしてわかるの」

 「説明は後だ」


 俺が劇団についた時点で波風がエントランスに運び出されるところだった。

 「遅くなった。今運び出されたのか」

 「それが、部屋に鍵がかかってて、開けるのに手間取ってたの」

 「救急車は呼んだんだけど」

 波風は意識がなかった。目立った外傷は見当たらない。以前のようなショックだろうか。いずれにせよ、するべきことは決まっている。

 「ジュンは自動体外式除細動器、AEDを持ってきてくれ。守衛室にあるはずだ」

 「取ってくるよ」

 「そ、そんなに彼女やばいのかい?」

 「ちょっと大袈裟なんじゃ」

 劇団スタッフが聞いてくる。はっきり言って邪魔なだけだった。これだからこの劇団は嫌いなんだ。

 「塩浦はここに残れ、一次救命処置の経験は?」

 「ない」

 「居ないよりはマシだ」

 「わ、わかった」

 肩を叩いて波風を呼ぶが返事はない。首筋に脈は感じられない。手首も同様である。胸の上下も観測できない。心肺停止状態である。このままでは助かるかどうかも怪しい。心肺停止状態になってからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。しかし考えている暇はない。こうなれば一秒の遅れが命に係わる。

 両腕を伸ばし甲と平を重ねて上体の力をロス無く波風へと伝える。胸骨圧迫は力のかけ方を誤ってはならない。地面に垂直に腕を立て、深く胸が沈むように、一分間に定められたリズムでひたすらに圧迫を行う。

 「死ぬな、波風」


 やがてAEDをジュンが持ってきた。その間に繰り返していた胸骨圧迫、人工呼吸では脈と呼吸は復活しなかった。

 「ジュンはこれで周囲の目隠しを頼む」

 脱いでいた俺の制服を指さし、支持をする。エントランスはガラス張りの正面入り口からは丸見えである。

 「塩浦はこれから電極パッドの貼り付け作業を手伝ってくれ。パッドは金属に触れてはいけない。下着を避けて取り付ける。パッドに取り付けるべき位置が描かれている」

 この間も胸骨圧迫は続けなければならない。一人ではこの作業は不可能である。貼り付け作業を終え、AEDの指示に従う。電気ショックの必要あり。ショックが行われる。再度胸骨圧迫に取り掛かる。三十回の圧迫と二回の人工呼吸を救急車が到着し隊員に引き継ぐまで繰り返し行う。

 「がはっ」

 波風が意識を取り戻した。一安心といいたいところだがまだ油断はできない。波風尾の身身体を動かす。心臓のある左胸を上にし。左手は顔の横に。右手を伸ばして平を地面につける。右足は伸ばしたままで左足を曲げ、身体が動かぬようにストッパーとする回復体位を取らせる。

 「波風、俺がわかるか」

 「深海さん、来てくれると思ってた」

 救急車の到着は現在の天乃市においても七、八分はかかるとされている。その時間だけを有していたとしても、地獄のように長い時間が過ぎていたような感覚だった。救急車には塩浦とジュン、劇団スタッフ一名が同行した。当時の状況は彼らにしか分からなかった。

 一休憩の後、俺は問題の資料室に来ていた。既にここを辞めた俺にとっては立ち入り禁止だが、そんなことはもうどうでもよかった。

 「雪之丞さん、御免なさい。私貴方とはもう一緒にいられません」

 「弥千代、待ってくれ。君がいなければ私はどうやって生きていけばいいんだ」

 資料室に設置されたTVは、観客のいない舞台を流し続けていた。

 「これは......」

 「私たちの最初で最後の共演作、『ヒカリビト』よ」

 いつの間にかトモユが背後にいた。

 「トモユは今までどこに」

 「団長に呼ばれてて、あんなことになってるなんて、知らなかった」

 「実は前から彼女に頼まれてたのよ。『ヒカリビト』が見てみたいって。この私に」

 「そんなの、出演者ならDVDが」

 「もうほとんど当時の出演者はいないのよ。私も劇団の中で紛失していたし」

 「紛失?」

 「ここ、私たちの想像以上に管理が杜撰なのよ。貴方の私物もいくらか無くなっていたみたいだし」

 「心当たりはあるな。他の劇団員の嫌がらせ程度にしか思っていなかったが」

 「ま、そんなことしてたら経営が傾くのも納得いくわね」

 「あいつは、波風はそうして出てきたお前の私物を鑑賞していたのか」

 「ええ。彼女が一時コースから外れることは他の二人は知ってるって言ってたから、てっきり」

 「無断でか......」

 「カナちゃんがあんなことになったのは、きっと私のせい」

 「お前は悪くない」

 「二人ともここにいたんだ」

 リュウジがようやく到着していた。

 「監督の先生に説明するのに手間取って。どうかしたか?」

 「いや、何でもない。この部屋はこのままでいいか、トモユ」

 「いいよ」

 「須澄君、そこで何をしてるんだい?」

 スタッフに声をかけられる。五年振りに見ても当時と全く変わらない風貌の男がそこにいた。

 「そちらの二人は見学者さん? ここは一般は立ち入り禁止だから、その戻ってくれるかな」

 「さ、二人とも外に出よう?」

 トモユに促され劇団を後にする。

 「さっきの人、知り合い?」

 「この私が入った当時からいる先輩だよ。今は劇団のスタッフやってるけど。先輩もさっきの斎藤さんが教育係だったよね」

 「そうだったかな」

 「教育係だったのに、教え子のこと忘れてなかったか?」

 「じゃあ俺は病院へ行く。じゃあな」

 「あとで俺達も行くよ」

 「あっ待って、これも出てきたから、一応渡しておくね」

 古びた封筒には溝沼ソウスケの宛名が記されていた。送り主は......、記憶にない名前だった。

 「これだから嫌いなんだ、あの劇団は」

 塩浦とジュンが待つ病院へ歩き出した。

 


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