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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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伝説

 五月の終わり際、鈴懸高校は体育祭を直前に控えていた。本日は予行日につき通常授業はない。しかし深海ユウはトラブルに見舞われていた。

 「体操服がない?」

 教室に朝一に到着し、後から来た塩浦や波風も持参を確認し、証人となってくれているが福山先生はにわかに信じ難い反応だった。

 「深海さんはちゃんと持ってきていましたよ、誰かに盗まれたとしか思えません」

 「カナちゃんの言う通りです、ちゃんと彼は持ってきていましたよ」

 「あ、どこに行ったかは別にいいのだけれど、今日はどうしたらいいかの指示を仰ぎたいのですが」

 「まあ良くて見学だろう。制服を汚されても困るからな。放課後一緒に探すからそのつもりでな」

 結果裏方作業に回されることになった。翌日の本番の諸々も覚えておかなければならないのは少々酷にも感じるが、体操服がない事実は変わらないので受け入れるしかない。

 「それにしても犯人は随分と手先が器用なようね。私たちが教室から離れた少しの間に体操服を盗むなんて」

 体操服は俺がスクールバッグから取り出したビニール袋から取り出した後から来た塩浦たちに廊下へ呼び出され、袋をスクールバッグに戻し教室を離れた。戻ってきたら袋ごと無くなっていた。二人は袋に戻すところを見ていた。塩浦は鞄を背負ったまま廊下にいたので俺の傍には来ていない。波風も当然教室に入っていない。二人は犯人ではない。

 「放課後は私たちも探すの手伝いますよ」

 波風が協力を申し出てくる。

 「気持ちは非常にありがたいのだが、福山先生と個人的な話もしたいんだ。それに二人は明日の本番に向けてしっかり休んでおけよ」

 二人にはなんとか納得してもらえた。塩浦はともかく波風に福山先生との会話を聞かれることは避けたい理由があった。

 

 放課後、ほとんどの生徒の帰宅を待ってから捜索は開始された。まず初めは俺の所持品検査からである。灯台下暗しでは困る。

 「確かに無くなっているようだな。だが別に一着分しかないわけではないのだろう?」

 「ええ。家にはありますよ」

 「しかし窃盗となれば......」

 「福山先生は、犯人像をどのように考えていますか」

 「犯人か。朝は強いだろうな。それと......」

 「このクラスの人間しかいないと思いますよ」

 「おい、どこへ行くんだ。教室の中を調べなくていいのか」

 教室の中にはない。教室後方の個人ロッカーには錠が掛けられており、与えられた個人の領域以上に手出しはできない。しかし教室という衆人監視の中に他人の所有物を置いておくのは得策ではない。ロッカー以外も同様である。あいつに裏をかく度胸はない。

 「あっ、先生ここにいたのね」

 教室後方のドアを開けて美千子先生が入ってくる。目的は言わずもがな福山先生だった。 「先生、用事が終わってからでいいですよ。自分でも探しておきますんで」

 「深海くん、福山先生借りていくね。ごめんね」

 以前サリヱから聞いていた通りに福山先生は何かと理由をつけて美千子先生を避けていた。

 「深海、た、助けてくれ」

 「福山先生、そろそろ約束守ってくださいよ。十五年も待ったんですよ?」

 美千子先生曰く、十五年前に教師と生徒の関係で、美千子先生から告白したが当時は実らず。しかし将来自分が教師としてこの学校に戻ってきたときにはもう一度真剣に考え直してくれとお願いし、福山先生も承認していた。しかし実際に戻ってきてみたら一対一での対話を逃げるばかりで話にならないということだった。福山先生の放課後の不在もこれによるもののようだった。

 「もしかして、美千子先生って”伝説のレシピ”の......?」

 伝説のレシピ。あかねえがかつてその製作に関わったという。このレシピを使用した甘味を好きな男子に食べてもらえるとその男女は結ばれるという言い伝えがある。そしてその効能故に、我が鈴懸高校に伝わる七伝説の一つに加えられているのだという。七伝説の下りは嘘であるが、詳細情報は全て塩浦から聞いた話であり、ホームメイキング部は男子禁制である。

 「私その当事者だからね......。福山先生も」

 「そんなことだろうと思ってました」

 「自分は一人で他を探してきますね」

 正直なところ付き合いきれないし下手に首を突っ込むことでもないので離脱したかった。昇降口へ降りてきて適当に時間をつぶす。探し物をするわけでもなく、念のためにそいつの下校を確認する。そいつの上履きがあることを確認し安堵する。次に向かったのは職員室がある二階。職員室の廊下には忘れ物の一時保管場所が設けられている。体操服も袋もそこにはなかった。中身の確認はするはずなので、ここにある可能性は元から低い。体操服は上下ともに名字の名入れが施されているからである。もちろんアレも届けられていない。ここまでは順調だった。

 「それじゃあまた明日」

 聞きなれた声に思わず物陰に隠れてしまった。隠れた訳は勿論その言葉が俺に向けた言葉ではなかったからである。

 「おう、明日はお互いに頑張ろうな」

 この声は、波風。それと篠田リュウジ......。

 「深海、待たせたな」

 「先生......」

 いつの間にか福山先生が背後にいた。

 「どうした?」

 「いえ、何でもありません。先生の方は済んだんですか」

 「なんとか。さて次はどこを探すんだ?」

 どうも落ち着かない。しかし本題はこちらである。今しなければならないのはこっちなのだ。

 「先生、俺は白状しなければなりません」

 「白状?」

 「取り合えず、付いてきてくれますか」

 二階から階段を上り五階へ向かう。校舎東側の職員室からの移動なので五階の東側に出る。五階の東側には音楽室しか一般生徒の用事がある教室は存在しない。他には今はもう使われなくなった空き教室が残るだけである。屋上への階段といい、あまり手の行き届いていない空間がこの校舎には多い。もしかしたら部室棟など他の校舎もこうなのかもしれない。

 「このロッカーなんですけど」

 しばらく使われていない様子の掃除用具入れ。それの中身の確認をお願いする。中には探していた体操服を入れていた袋が置かれていた。

 「これ、深海のじゃないか」

 「この袋も見てくれませんか」

 俺はロッカーの上に置かれた紙袋を指さす。

 「これは、カメラじゃないか......」

 「自分は、今日自分の体操服が盗まれることを事前に察知していました。そしてここに何者かが隠しに来ることを。あらかじめここにカメラを仕掛けていました。ここに隠しに来た犯人はそこに映っていると思いますよ。そのカメラは先生に預けます。どうするかは先生にお任せします。今日はなんだか体調も良くないのでもう帰ります。さようなら......」

 「深海、お前......」

 誰もいない教室に戻り一人で思考を巡らせる。これからどうするべきか。身の振り方は一層の注意が必要である。しかしいくら考えたところで弾き出される結果は変わらない。やるべきことは一つだけだ。

 「あ、いたいた」

 美千子先生が俺を見つけて教室に入ってくる。どうやら俺を探していたらしい。

 「深海くんだよね? さっきはありがとうね。おかげで上手くいきそうだよ」

 「自分は席を外しただけですよ。上手くいったのは先生が十五年も思い続けたからなのでは?」

 「そのことなんだけど、君はどこであの”伝説のレシピ”のことを?」

 「塩浦エリからですよ。それと、考案者と知り合いなもので」

 「知ってるの!? 彼女のこと」

 「ええ。本人かどうかは分りかねますがね。彼女がそう言っていただけですので」

 「きっとあの子で間違いないわね。今どこにいるかわかる?」

 「喫茶店でスイーツ作ってますよ」

 「そっか。彼女の作ったお菓子、食べたことある?」

 「ありますよ。とっても美味しかったです」

 「なら良かった。卒業してから全然連絡付かなくなっちゃったから」

 「あの人は、何故そんな状態に......?」

 「きっとあの子の個人的な問題だと思うよ。私も詳しくは知らないから」

 あかねえにそんな過去があったとは知らなかった。

 「これで名実ともに”伝説”にできたと思うんだけどな。十五年もかかっちゃった」

 「伝説って何が伝説なんですか?」

 「当時から言い伝えじゃ、結ばれることになってたけど、私もあの子も失敗してるから伝説なんてないんだけどね。いつの間にか結ばれることになってたんだよね。あの子には悪いかな。あの子によろしくね。明日は頑張ってね、深海くん」

 あかねえにも、相手がいたということなのだろう。ソレイユに常連はそれなりにいる。しかしあかねえに声をかける男性陣はいても、あかねえ本人は適当にあしらうのみで、特別な関係にみえる人間は一人もいない。女性陣にしてもだ。だが人には、暴いてはならない過去があるものである。俺にだってある。


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