贈物
朝食からはほぼ自由行動が許された。企画人の波風カナによるネタ晴らしと、須澄グループにより概要説明がなされた。後には一般人枠と同様のコースのモーニングに混ざった。事情を知っている二人は何も言わずに俺を受け入れた。モーニング後はどういうわけか「超越電神ドリルゼノン」のDVDを持ち込んで、ジュン主催の全話視聴会に参加していた。視聴済み男子勢は原則無言で、女子勢により質問が繰り出された時のみに開口が許されるシステムが採用されていた。二十四分*二十五回分+αの六百分越えの耐久レースは、果たしてこの船の中での過ごし方として適切だったのだろうかと、疑わざるを得なかった。途中に挟まれたランチを込みにしても何故決行されたのかよくわからなかった。
結果塩浦はさほど興味を持たなかった。企画自体にはノリノリだったらしく、ジュンの心中お察しである。一方の波風は思いの外ストライクゾーンだったらしく、最後まで画面にかじりついていた。元々ドリルゼノンのストラップを所持しており、作品自体に興味を持ち続けていたようで、俺としても一安心の結果だった。
「本当に面白かったです、ドリルゼノン。この彼にこんな激闘の歴史があったとは知りませんでした」
波風は自身の携帯につけられたドリルゼノンのストラップを見ていた。
「前から気になってたんだけど、そのストラップどこで手に入れたの?」
「わからないんです。気づいた時には持っていましたので、記憶を失くす前の自分が持っていたものだと思うんですけど」
久々に目にした波風のドリルゼノンは、一種の懐かしさを俺に思い出させた。――今、何かを思い出しかけたような気がした。
「それを見てると何か思い出しそうなんだけどな」
ジュンと危うく被るところだった。
「ジュン、なんて?」
「いや、なんかそのドリルゼノンを見てると、なんか不思議な感じになるんだよね」
「もしかして、ジュンは過去に波風さんと出会っているんじゃ?」
「いや、そんなことはないと思うけど」
ふと塩浦を見る。大分疲弊しきっていた。ジュンのことなら右に出る者はいない塩浦がやけに静かであった。ジュンもそれに気づいて声をかける。
「流石に十時間越えはきつかったと思うんだけど、大丈夫だった?」
「時間を忘れるくらい楽しめましたよ。わざわざ持ち込みまでしてもらって」
「本来ならエリちゃんが見たいって言ってたから企画してたんだけどね」
「ごめんね。私には刺さらなかったみたい」
「気にすることないよ。王道すぎるのは長所と同時に短所だから、この作品」
「当時は続編の企画も上がっていたらしいが、それが日の目を見ることはあるんだろうか」
「続編の企画があるんですか!?」
「噂レベルだけどな。目が黒いうちに拝められればいいが」
「ユウなら、大富豪張りに資金提供しそうなものだけど」
「それもありか......」
「ほんと? ユウさんのお陰でドリルゼノンの続きが見られるなら、何でも協力するよ?」
「少し考えておくが、本気にはしないでくれよ。まずは深海家から出てから、どうするかを考えるところからだな」
「出ちゃうんだ」
「生家ではないし、あの家にいてもいいことはなにもないからな。桜瀬に戻ってもいいが、戻ってもいいものか」
「桜瀬ってあの?」
「二人にはまだ言っていなかったな。以前は桜瀬家にいたが、夫妻の死亡後に深海家に」
「ソレイユの奢りって」
「夫妻が俺に残したお金だよ。自由に使えとは言われているが、あれくらいしかもう使い道がない。腐らせるくらいなら、ドリルゼノンの続編に捧げるのもありかもな」
「御自分で、御自分で作ったりはしないんですか?」
波風が口を開く。
「作るって何を」
「ドリルゼノンの、いえ。又はそれに類した作品です。御自身で作ったりしないのですか?」
「作らない。作らないと決めている。俺が作ったところで、偽物が出来上がるだけだ」
波風は黙り込んでしまった。
「この話は終わりだ。ディナーまでまだ少し時間あるな。誰かトランプ持ってないのか。大富豪やろうぜ」
「僕持ってるよ」
「お前は荷物係なのか?」
「船の中じゃ暇だと思ってね」
「トランプって貸出してなかったっけ?」
「予約満杯だし、自分のものの方が安心できるから」
塩浦は疑問符を浮かべている。彼女にジュンの拘りは理解できないだろう、一生。
「ジュン、辛いな」
「もう慣れたよ」
「なんでそこで意気投合してるの」
「おお、怖い怖い」
「や、やりましょう、大富豪」
かくして、第一回大富豪は大富豪が月島ジュン、平民が深海ユウと波風カナ、大貧民に塩浦エリが収まる結果となった。
「やはりそこまで運は強くないんだな」
「ええ。運が占める割合が少なければ、もう少し無双できますけど」
無双。彼女には不似合いな響きだ。
「そういう深海さんも、思ったより張り合いが」
「ユウ、手加減してたの?」
「まさか。その気になればカードの配置の完全記憶くらいはできるが、疲れるからやりたくない。それに遊びだぞ。命かけてんじゃないんだから」
張りどころを間違えることほど、悲惨なものはない。桜瀬栄一もそう言っていた。
ディナーは一般組と富豪組で時間帯と場所を被らせぬようにして執り行われた。一般組の中でも大人組と未成年組はテーブルごと分けられた。つまりあの三人組との食事となった。思い返せばちゃんとした食事はこの四人組では初めてだろうか。
「ちゃんとした夕飯は久しぶりだな」
「普段何食べてるんですか?」
「いや、昨日の夕飯がコンビニ弁当だったものだから」
スイートルームで食すコンビニ弁当は既にある種の拷問と化していた。
「というかそれはなんだ」
波風は紙袋を抱えていた。おおよそディナーには関係のなさそうなものだった。
「これは、後で必要なものですので。気にしないでください」
「デリカシーないよユウ」
「そうだよそうだよ」
アウェーの理由はわからなかった。
ディナー後、部屋に戻らずに少々の時間その場で待機するように言われていた。
「実は、深海さんにささやかなプレゼントがありまして」
波風は例の紙袋から小包を取り出す。
「開けてみてください」
そこそこの重さの小包を丁寧に開封する。
「これは、携帯電話か?」
「以前から持っていらっしゃらないと、お聞きしていたので」
「私たちも世話になったから、三人で何かお返しがしたいなって」
「そういえば携帯持ってないって、カナ姉さんが」
「わざわざ?」
「あんた塩浦家舐めてんの?」
「セットアップは済ませてあるけど、私たちの番号は入ってないから交換してくませんか?」
初めてのデバイスはいつもなれない。三人に教えられながら電話番号とメールアドレスの交換を行う。
「これでいつでも捕まえられるね」
捕まえる?
「それは言わないでくださいよ」
「どういう意味だ」
「知らないの? 昼休み毎日あんたのこと探し回ってるんだよ?」
知っている。
「何故昼に探し回っているんだ」
これは狡い質問だった。屋上に出ていることは波風しか知らない。波風は秘密を守るやつだと知っている。彼女は二人の前ではそのことは話さないという確信があった。
「そういえば、なんで?」
「逆に探されると善くない訳でもあるんです?」
理由はある。
「あるよ」
「あそこは特別な場所でね、他の人には知られたくないんだ。君に知られてしまったことも本当は想定外だ」
ほとんど事故だった。
「変なところに入って問題起こすのはやめてよね?」
「悪いが少し黙っててくれ。もう一度聞くぞ昼休みに俺を探している理由はなんだ」
この答えを聞き出すことに俺は躍起になっていた。
「――見て欲しかったんです」
波風が重い口を開く。
「深海さんは舌が肥えているようでしたので、私が作った弁当の味を見て欲しかったんです」
そうなのか?
「二人の味覚は信用できないのか?」
「信用しないほうがいいよ。特にエリちゃんは」
本人は黙秘している。
「そのようだな。あまり量は食べられないのでそのつもりでよければ」
「あ、ありがとうございます」
下手に食い下がることは逆効果である。最近学習した。
「今度はこっちの番だ。勿論、抑えてあるんだろうな?」
一度塩浦を見てから波風を見る。
「ええ、勿論です」