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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
13/73

決着

 深海ユウはつい最近聞いた、一番身近な酔っぱらいの言葉を反芻していた。

 「『なにができるかじゃなくて、なにをするか』、か。確かに父さんらしいかもしれないな」

 マスターがなにも言わずに貸してくれた自転車を全力で漕いで、彼女の待つ球場へ駆ける。

 球場では波風が俺の到着を待っていた。

 「深海さん、来てくれたんですね。よかった」

 「安堵するのはまだ早い。それで、ジュンはどうした」

 「こっちです」

 波風に腕を引っ張られて辿り着いた先には「期待の新星」の残骸があった。彼らに気づかれぬようにジュンの様子をうかがう。

 ジュンは肩を痛めていた。安静にすることが一番の薬だろうが、そんな余裕は彼らに残されていない。

 「代わりの人間を用意できなければ、試合続行不可能で負けになると」

 「はい、それで深海さんにお電話を。深海さんは投手もできますよね」

 俺が投げてもいいが、俺はジュンが投げることに意味があると思っている。果たして、彼の代わりにマウンドに立つことが、彼女のためになるのだろうか。

 「まあいい。物は試しだ」

 「深海さん?」

 波風にはベンチに戻らせて、塩浦のせき止め役をしてもらう。ジュンを男子トイレに呼び出してもらう。

 「来てたんだ。助っ人?」

 「いいや、ちょと失礼」

 彼に手を触れて、”もう一人”との交信を試みる。


 ──。


 「レミーさんは、答えてくれなかったんだね。ま、当然と言えば当然か」

 「答えられるだけの”力”が残されていないんだ。自らの存在をお前の体に結び付けておくだけで精一杯な状態だ。正直よくここまで持ち堪えているくらいだ」

 「そんなに危ないの?」

 「お前、速い球投げるのはいいが、頻度を考えろよ。敵チームにはそろそろ対策されてきているんじゃないのか」

 俺と同じく、プリズマの須澄トモユは俺ほどではないにせよ、最大値で常人を超越した感覚神経や運動神経を有している。剛速球の一片倒しでは、適応と対策は時間の問題だった。

 「僕はこれしかできないから、できることをやっておきたかったんだ。でもこの肩じゃもう、なにもできない」

 「最後の望みで、レミーさんの力が余っていたならば、その力を元にして肩の治療ができたかもしれないんだが、それもできないとなると」

 俺は月島ジュンと塩浦エリのために、力を貸すことを決めたのだ。練習に付き合いはしたが、肝心の今日の試合にはなに一つ嚙んでいない。それはむしろ波風カナのほうが貢献していることなのだ。

 俺は”光り人の力”を操るP5でありながら、”光り人の力”に一度も接触したことがない。それは「一度もプリズマとして、現実への干渉を起こしていない」ということである。それではただの人間と同じどころか、それ以下だ。俺が”光り人の力”を少しでも持っていたら。


 そのときだった。異様な気配を感じた。”なにか”が、俺を目掛けて飛んでくる。屋内にいるというのに、真っ直ぐ俺に向かって飛んできている。だが不思議と恐怖はなかった。そして”それ”は俺の体の中に溶け込み、馴染んでいった。温かい。このような温かさは、初めてだった。

 「まさか、これは”光り人の力”……。いけるかもしれん」

 自然と、そう思えた。ならば、やるべきことはひとつだ。

 「ジュン、動くなよ。これからお前の肩を治す」

 「信じていいんだよね、ユウさんのこと」

 「ああ。いくぞ」

 純粋な願いを受けた光は、手の触れた先で輝きを放ち、奇蹟を起こす。


 球場には、俺と彼女しか残っていなかった。残りの人員は撤退した後だった。これからの時間は、俺と彼女の時間。

 「試合には来ないと思っていたど、ちゃんと約束は果たしに来てくれたんだね、先輩」

 「ああ、お前がその気になったんだ。答えなければ失礼だろ」

 「私は純粋に先輩にもう一度舞台に立ってほしいだけ、なんだけどな」

 須澄トモユは溝沼ソウスケに、異様な執着をみせる。病的なまでのそれに、俺は不安を覚えていた。一度でも偶像となった経験のある人間には、復活を望む声というものが、さぞや耳障りの良いものに聞こえるのだろうが、俺は違った。須澄トモユという己を超える才能の出現、自らの舞台に立つ意味の喪失を経験した溝沼ソウスケに復活はありえない。

 「トモユ、俺は舞台を降りたことを後悔していない。ただ、君を傷つけたことをずっと悔やんで生きてきた」

 「先輩が、いつ私を傷つけたの?」

 「須澄トモユ、俺は──。いや、終わってからでいいだろ。さあ、早くマウンドに上るんだ」

 「私が一回だけ投げて、先輩がホームランを打てれば先輩の勝ち、それ以外は私の勝ち、でいいんだよね」

 「ああ。さあ、こい。須澄トモユ。俺は絶対に勝つぞ」

 「いくよ、先輩」

 振りかぶるトモユ。僅かの間にみえる球の握り、フォームの癖、離球のタイミング、風速、気温、その他の情報をもとに導き出される球種、球速、軌道を考慮し、弾き出された最適解のバッティングを、寸分の狂いもなく実行する。全てはプリズマの能力があればこそだ。

 響く打球音。球は青空に吸い込まれかけて、やがて得点板へとその行き先を変える。完勝の二文字しか存在しなかった。


一度も後ろを振り返らずにマウンドから降りるトモユを眼前で呼び止める。

 「須澄トモユ、俺は君を見つけたあの日から、君を舞台の上でなく、観客席からみてみたい、そう思った。だから、俺は舞台を降りた。それだけは、君に伝えておきたかった」

 「じゃあ、キスして」

 「俺たち、別れただろ」

 「いいから、今先輩にしてほしいの。とってもずるいって、自分でも思うけど」

 トモユに一歩詰め寄り、肩に手をのせる。久し振りに間近でみる彼女の顔は非常に端整で、視線を奪われるもので、僅かに残る幼さが、彼女に負わせた傷の重さを俺に突きつける。ゆっくりと彼女の唇に俺の唇を近づける。果たして、これは最適解なのだろうか──。

 「深海さん、そこでなにをしているんですか」

 急いでトモユから離れる。というより彼女に強く突き飛ばされる。姿勢を崩しながらも転倒だけはなんとか回避し、突然の訪問者の姿を確認する。

 「な、波風さんこそ、どうして」

 「タオルを忘れていたので、回収しにきたんです。そちらの方は、”ケルビンズ”の方ですよね」

 「私は須澄トモユ。そういうあなたは”リットルズ”の……、どなた?」

 「私は波風カナといいます。──私たち、今日が初対面ですか?」

 「そうだと思うけど」

 逆ならば、波風の過去への手掛かりとなるところだが、これはどういうことなのだろうか。

 「あなた、もしかして”南トモユさん”ですか」

 「久し振りにその名前で呼ばれたよ。正解。今は休業中だけどね」

 やはりそういうことか。

 「私、舞台の『ヒカリビト』について詳しく知りたいんですけど、お話聴かせてもらえませんか」

 衝撃が走る。波風の口から「ヒカリビト」の名前が出てきたこともそうだが、波風のより深層を垣間見たような気がした。

 「針ヶ木劇団の資料館くらいなら、予約してもらえば誰でも見学できるはずだけど。そうだったよね?」

 「俺に聞くな、現役生」

 「だから私は今休業中だって」

 「俺が辞めたのはもう五年も前だぞ」

 「深海さんって、針ヶ木劇団に入団していたんですか」

 「ああ、まあ」

 「ちょっと」

 トモユに引き離される。波風には聞こえぬような声量で続ける。

 「針ヶ木にいたこと、話してないの? ていうか、私には気づいたのに、先輩に気づかないって、どういうことなの。そもそも彼女は先輩と、どういう関係なの」

 「波風さんは、隣のクラスで、今日の試合のために練習をみていた」

 「そう」

 「俺と彼女はお前が思っているような関係ではない」

 「今はその言葉、信じておくことにする」

 「今度ソレイユのスイーツ驕るよ。じゃあ」

 精一杯のフォローのつもりだった。我ながらこういうことは下手だ。下手なりにトモユを案ずるが、どこまで行っても本人の問題なのであった。

 「深海さん、いいですか」

 「ああ、どうした?」

 「いえ、深海さんではなくて須澄トモユさんになんですけど」

 「わ、私?」

 「連絡先、交換してくれませんか。須澄さんがよろしければですが」

 「別に問題ないわよ」

 ベンチの鞄から携帯電話を取り出し波風と連絡先交換を済ませたトモユが俺に聞く。

 「ねえ、先輩の連絡先も教えてよ」

 「あぁ悪い、結局買ってないんだよ携帯」

 「高校入ったら買うって、言ってなかった?」

 「それ二年前の話だろ。いろいろあってな。買う予定もない。悪い」

 トモユは先に帰ってしまった。呼び止める台詞は思いつかなかった。溝沼ソウスケ時代からアドリブは苦手なままだった。

 

 まるで再放送のような光景だった。違うのは隣にいるのがトモユではなく波風だであること。

 「深海さんは、今日これからなにか予定がありますか?」

 「一旦喫茶店に戻る。乗ってきた自転車はマスターから借りたものだし」

 「そういえば残って二人でなにをしていたんです」

 「さっきも話したことだが、俺とトモユは針ヶ木劇団に所属していた。トモユはまだ続けているが、俺は五年前に辞めた。トモユはどうやらそれが非常に許しがたいらしくてな。これまでも何度か復帰してくれと言われてきた。その都度お断りしてきた」

 「それと今日のはどんな関係が?」

 「最後にしてほしかったから、あいつが投げた球を俺がホームランにできなかったら、復帰する。できたら……、忘れたけれど、まあそんな感じだ」

 「結果はどうなったんです」

 「勿論、ホームランだ。そういえば球回収していなかったな。取ってくる」

 戻ってくるとバッターボックスに波風が立っていた。

 「深海さん一回投げてみてくれませんか」

 「そもそも、グローブとバットと球はトモユのものだ。返さなければ」

 「須澄さんの了承は得ていますよ」

 たまに波風は行動が速すぎる。

 「なら、いいけどさ」

 練習のとき、波風は打率がお粗末なものだった。今日の様子は知らない。

 「なにか賭けるのか?」

 「それでは、今度私の家に遊びに来てくれませんか」

 「俺は君が思っている以上につまらない人間だよ。それでも?」

 事実、深海ユウはクラスで孤立している。男子の友人はいない。女子は塩浦と他数名のみ会話が可能なだけだ。内部進学組のクラスであり、最たる原因は中学時代のトモユとの交際にあるのだが、あるときから自分では気にならなくなっていたし、考えることすらしなくなっていた。それ自体が自分がつまらない人間という評価を、自ら下す要因ではない。ろくに他人と接触を図ろうとしない自分を、つまらないと評しているのだ。

 「今度は、私の作る料理を、食べて欲しいんです。余計なお世話かもしれませんが」

 「君の家でなければ、いけないのかい」

 なんとなく、あの家に行きにくい。

 「私に勝ってからにしましょう、そういう話は。ほら、早く投げてくださいよ」

 煽るというよりは一緒に遊んでほしい子どものような波風に戸惑う。普段目にしていた彼女からは、想像もつかないような言動。

 「いくぞ」

 内角高めの狙いでストレートを投げ込む。変化球も投げることは可能だが、ここ最近で一番目にしてきたストレートが一番再現がしやすかった。それでも球速は極めて遅い。スピードよりはコントロールを選んだのは波風に対する傲りがあったのかもしれない。

 「よっ」

 いとも簡単にそれは撃ち返された。そして二塁手前まで飛んだ。

 「お願い、変更しますね。ソレイユであるという今日の打ち上げ、深海さんも必ず参加してくださいね」

 「それでいいのか?」

 「はい。では、行きましょう」

 「だから、球の回収を」

 後片付けをして二人で街を練り歩く。波風は一度家に戻る算段だった。私服に着替えた彼女と元から私服の俺とで天乃市をソレイユまで歩いていた。

 「深海さんは、散歩お好きですか?」

 「好きな方だと思う。波風さんは?」

 「自分でもよくわからないんです。今日まで、皆さんと関わり合う中で、自分のことなのになにもわからないんだと、再認識しまして」

 「そんなことが」

 「はい。ジュンさんは野球が好きで、エリちゃんの事が大好きで、とにかく好きなことにまっすぐだなと。でなければ肩が壊れるまで投げ続けるなんてできないと思います」

 「ジュンにはジュンの事情があったが、それでも塩浦の力になりたいという気持ちを持っていて、実際に行動できるのは、彼のかけがえのない長所なんだろう。俺も尊敬する」

 「あれが愛というものなんですかね」

 「そうかもしれないが」

 「なにか?」

 「今日の波風さんは、いつもと違う感じが」とは言えなかった。


 天乃市の南には大きな河川が流れている。名前は矢米川。四人で野球の練習をした土手は、矢米川の土手。波風と初めて出会ったあの公園はこの川沿いに存在する。河川に沿い長い道が続いている。かつては車の通りもそれなりにあった道路も、今ではただただ寂しいだけである。それはこの天乃市の衰退をそのまま意味する。

 俺がトラックに撥ねられたのも、ちょうどこの辺りだ。そんなことを思い出しながら長い道を二人で歩いていた。誰かと一緒に過ごす休日は久しぶりだった。今朝見た装いの人影を前方にみた。

 「あれ、万奈美さん?」



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