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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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残花

 あんな夢を珍しく見てしまったせいだ。珍しく見たと思ったらろくな夢だったためしがない。どうせなら見ない方が幸せだ。

 事務所で軽くしばらくPCで、ネットサーフィンののち、アパートに帰ってきたときには日が沈んでいた。

 鞄を自室に置いて安曇さんの部屋へ向かう。とうの安曇さんは既に酔いが回っていた。うれしいことがあったときにはアルコールに手を出すことはわかっていたが、今までない酔い方をしていたので少し引いてしまった。すみませんでした。酔っぱらいの介抱には自信がない。

 「ただいま。大丈夫?」

 「あっ、あなた。おかえり~」

 あなたについて尋ねたい衝動に駆られるが止めておく。触れられたくない話題は誰にだってある。俺だってそうだ。

 食器棚からコップを取り出して水を汲んでお出しする。これを飲んでもらうまではこの場を離れない方がいいと思った。姉と呼ぶには年上で、母と呼ぶのは申し訳なかった。

 「安曇さんただいま。とりあえず水飲んで」

 「あ、ユウちゃんか。おかえり。ありがとう。晩酌に付き合ってくれるの? 珍しいね」

 「まあね。ちょっと、聞いてほしいことがあって」

 「いいよ。どうしたの」

 「人に頼られた時って、安曇さんならどうする?」

 「これまた急ですな~」

 コップを揺らしながら安曇さんは考え込む。

 「私は考えるより体が動いちゃうタイプだから、あまり参考にはならないかもしれないけど。いいの?」

 うなずく。

 「違うタイプだからこそ、話が聞きたいというか。自分の中で考え込んで、答えが出なかったから、参考にしたい」

 「そっか。私としては、その人に必要なのが自分かどうかなんて、考えるだけ無駄だと思うよ。ユウちゃんだって、本当はそう思ってるんでしょ」

 「なんでわかったの」

 「ふふふ」

 「安曇さんが、そう思う理由はあるの?」

 「んーと、理由って程のものじゃないけれど、きっとそうやってめぐり合うってことは”必然”ってことだと思うんだ。その他の人でいいなら、そもそも自分に頼まれたりしないと思う。そうなったってことは、それは”なるべくしてなった”ってことだと、私は思ってるよ」

 安曇さんは、ボトルから酒を追加して話を続ける。水を飲んでほしいのだが。

 「なるべくしてなったことだから、なるようにしかならない。ってね」

 あまりお酒に強くない安曇さんは、先ほどの一杯も飲み干した。お酒に強くないのに。

 「私は”光り人”じゃないから、過ぎたことはどうにもできないしね。手から零れた水は、二度とその手には戻らないから」

 「万能の力じゃないよ、それ。時間には干渉できないし。肝心の”光り人”は、探し出すのが難しいくらい、数がいないんだから。たとえ”プリズマ”を全員集めたとしても、”力”がないんだから、存在意義すらないに等しいよ」

 「ユウちゃん、人は『なにができるかじゃなくて、なにをするか』だよ」

 「かっこいい言葉だ」

 「君のお父さんの受け売りなんだけどね」

 父さんの──。俺の育ての父親、桜瀬栄一。そういえば、なぜ波風カナは父の名前に反応を示したのだろうか。

 「そういえば、お屋敷の掃除って四月にやる予定だったよね? 藤井君がまだ帰ってきてないけど、どうする?」

 藤井さんと桜瀬の家の掃除をする予定があったのだが、当の本人に連絡がつかず、宙に浮いたままになっていた。

 「土曜日までに藤井さんと連絡が取れなかったら、五月の連休の間にやっておくよ」

 その際に父さんの周辺を調べてみるというのも、悪くないはずだ。

 「それにしても、藤井君はなにかあったのかな」

 「お酒もほどほどにして、水飲んでよ」

 「はいはい」

 「今日はありがとう。もう少し、頑張ってみることにする」

 「無理はいかんぞ、少年。おやすみ」

 安曇さんの部屋を後にして、夜の空気に身を委ねる。ようやく暖かさを取り戻しつつある天乃の夜は、静かなものだった。この静かさは俺が勝ち取ったものでもある。誰にでも夜の静寂は平等だ。見上げれば月が雲間からその面を挙げている。俺はなぜか、懐かしさを感じた。

 俺の足は波風と初めて出会ったあの公園へと向いていた。あの公園はその名を「──公園」という。公園にあるものはベンチが一つと、久遠劫と名が付いた桜の樹が一つ。それ以外にはなにも存在しない。虫はおろか久遠劫以外、草木の一つも自生しない特異な空間でもある。


 公園には人影が一つ。背中で判別できた。波風だ。 彼女はあの日と同じように桜の木の前に佇んでいた。同じ背中、同じ髪型。あの日と違うのは、彼女が祈りを捧げているように見えたことだった。胸の前で小さく手を組んで祈りを捧げていた。


 ────、…………。


 俺はいつの間にか公園の中に入っていた。波風に気づかれぬように、外から様子をうかがっていたはずなのに。当然砂の音で彼女に気づかれてしまった。まるで夢でも見ていたかのような綺麗で幻想的な時間は終わってしまった。


 「こ、こんばんは、波風さん」

 「し、深海さん。こんばんは。どうされたんですか」

 「ここに不意に来たくなった、というか。昔はよくここに来ていたものだから、つい」

 「誰も深海さんを責めたりしませんよ。人には人の事情があることくらい、私にもわかりますよ」

 「言い訳にしかならないが、今日の俺は辛い夢をみた影響でだいぶ可笑しかったと思う。それ以前のことから詫びなければ意味ないよな。すまなかった」

 「わかりました。もうここであなたも水に流してくれますか?」

 「ありがとう、であっているだろうか」

 波風の隣に立ち桜を見上げる。あの日と変わらない桜がそこにいた。

 「あの日も、ここでお会いしましたよね。もう何年も昔のことのようです」

 俺もなぜだかそんな気がしていた。奇妙で不思議な感覚だ。

 「実はさっきまでお祈りをしていました」

 「なら、俺も祈っておこうかな」

 「なにを祈るんです?」

 「試合に勝てるように。とか......」

 「そうですね、そうですよね」


 試合優勝への祈りを捧げて、俺たちはただ一つのベンチに並んで座していた。夜風に流れる桜の花びらだけが、俺と波風の前で遊んでいた。

 「俺が探していた猫、サクラって名前をつけたこと、言ってなかったな。そのサクラの情報を持っている人もようやく見つかった。でも、どうやらサクラの一件、あの二人によくないものをもたらしていたみたなんだ」

 「よくないもの?」

 「まあ、これは全て片付いたら話すよ」

 彼らのものだったはずの幸せを少しでも取り戻してあげられたらいいなと思ったことは事実だ。俺には特別な力はない。

 「俺にできることは、こうやって祈ることぐらいだ」

 「祈るだけでもいいんじゃないでしょうか。心の中で思うだけでも、忘れないことが償いとなることも、きっとあると思います」

 なんと残酷な言葉だろうか。彼女にこんなことを言わせてしまう自分が、とてつもなく嫌になる。

 「もし忘れてしまったとしても、人はいつかは思い出せると俺は信じている。だから、忘れてしまっても悲観する必要はないと思う。人はそんなにヤワじゃない。人は、強い」

 「深海さん......」

 精一杯の励ましは彼女にちゃんと、届いたのだろうか。

 「深海さんが、そう考えているのでしたら、深海さんがこれまでサクラちゃんを探し回ったことも、きっと無駄ではないはずです。忘れることがなかったんですから」

 「君は自分で言っていて、苦しくないのか」

 「忘れてしまったことは、取り消しようのない事実です。今思い出すことができないのは、きっとその時ではないからだと思うんです。私が記憶を失くしたことも、きっと」

 光り人の力に時間に干渉できる能力があったならば、どんなによかっただろうか。人がどれだけの大罪を犯せば、これだけの罰を背負うことになるのか。

 「私は記憶が戻らなくてもいいかなと、最近思えるようになりました。深海さんや、エリちゃん、ジュン君と過ごす毎日が楽しいです。きっと一年前に目覚めたときには考えられなかったことだと思います」

 それは違う。誰かに記憶を奪われて、それでも今が楽しいから問題ない? そんなことがあっていいはずはない。記憶とは、思い出とはその人の強い想いと深くリンクしたものであり、それはその人の光り人の力の源となるものだ。波風から記憶が奪われた原因が、もしも本当にプリズマであるのならば、それは己の目的のために彼女の記憶を犠牲にしたということだ。それはあってはならないことだ。決して。

 「昨日はああいったけど、やっぱり君の手伝いをさせてほしい。あの二人への償いと同じように、俺が今するべきことだと、思うから」

 彼女を出汁にしているだけかもしれない。それでも、これが俺の成すべきことだという、強い確信があった。しっかりと息を吸い込んで、彼女の目を見て今の自分の想いを伝える。

 「俺は、君の過去を探し出したい」

 風に乗り、桜の花びらが二枚、波風の元へ降りてくる。君は微笑んでいた。


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