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8 勧誘

「さっきは早とちりして悪かったわね。あたしの名前はカナリア。シド様を愛するファンの一人よ」

「私はトキだよ。よろしくね、カナリア」


 広場に面した小さな喫茶店。

 私とカナリアは、小洒落た音楽が静かに流れる店内で優雅に紅茶を飲んでいた。

 ちなみに、シドとヒスイは戻ってくる気配がなかったため、そのまま放ってきている。

 さて、所で私がどうしてこんな場所にいるかというと……。


「じゃあ自己紹介も済んだところで、あらためてシド様の素晴らしさについて語らせてもらうわね」

「まあ、話を聞くだけなら構わないけど……本当に聞くだけだからね?」


 そう、カナリアの勧誘のターゲットにされたからである。

 ……カナリアと広場で出会った後、私は小一時間の説明の末、ようやく誤解を解くことに成功した。


 しかし、カナリアは私がファンでないことを知るや、今度は必死に勧誘を始めたのである。

 私はもちろん断ったのだけど、カナリアは思いの外しつこく、結局は半強制的にシドの素晴らしさについて聞かされる羽目になったという訳だ。


「よいしょ……っと」


 カナリアは私に確認を取ると、鞄の中から分厚い冊子を取り出した。

 表紙には「我が愛するシド様」などという、身の毛もよだつタイトルが記されている。

 ……まさか、今からこれを全部読むつもりじゃないだろうな?


「では、まず始めにシド様がどういった神様なのかを説明するわね。あなたも知っていると思うけど、この世界には五人の偉大なる神様が存在するとされているわ。五人はそれぞれ『火・風・水・土・無』の属性を司るといわれ、シド様はその中でも土を司る大地の神と呼ばれているの。大地とは、生命の誕生においてなくてはならない存在……。要するに、大地の神であるシド様はあたしたち人間にとって最も近く、かけがえのない存在な訳よ!」


 カナリアは私に見えるように冊子を広げると、大きな声で力説する。

 ……ああ、これ絶対に長くなるやつだ。




「――さて、これだけ話せばシド様がどれほど偉大な神であるか、理解してもらえたわよね。という訳で、次はもっと具体的にシド様の力を示してみようと思うんだけど……そうね、せっかくだし今度は、シド様があたしたち下界の人間のために考案されたという運勢占いを実践してみようかしら。とりあえずあんた、この三つのサイコロをお椀の中に同時に振ってみてくれる?」


 あれから二時間ほど後、説明を終えたカナリアが、三つのサイコロと大きめなお椀を差し出してきた。

 どうやら、今度は信者の中で信仰されている占いを披露してくれるようだけど……なんだろう、この占いどこかで見た覚えがある。


 あれは確か……そう、天界にいた頃、別の世界を覗いた時に見たんだ。

 あっちの世界では、占いとして活用されていなかったはずだけどなんだったろうか?

 私は頭に疑問を浮かべながら、指示に従ってサイコロを振る。


「よし、振ったわね。どれどれ、結果は……!?」


 カナリアはお椀の中を覗くと同時、目を見開いて固まった。


「どうしたの……ってあれ? 三つとも一の目だね。これは凄いの?」


 お椀の中のサイコロは、全て一の目。


「凄いってもんじゃないわ、今日のあんた超ラッキーよ! 一切狙わずにこんな目が出るなんて聞いたことがない! こんなのまるでシド様のご加護を受けているみたいな……」


 と、カナリアはそこまで言って、にやりと笑みを浮かべた。


「……ねえトキ、あたしと勝負しない? あたしが左右どちらかの手にサイコロを隠すから、あんたはそれを当てるの。もし、あたしが勝ったらあんたはシド様のファンになるってのは……どう?」


 は? 急に何を言い出すんだ、こいつは。


「いや、『どう?』じゃないよ! 私、話を聞くだけって言ったじゃん! ファンになる気なんかこれっぽっちもないから!」

「もちろん、あんたがファンになるつもりがない事は分かってる。あたしだって、最初はシド様について語ることができればそれでいいと思ってたわ……。でも、こんな逸材を見つけちゃったからには、逃す訳にはいかないのよ! 簡単には諦められない……だから勝負よ!」


 約束が違うと憤る私に、カナリアはビシッと指を指した。

 なんて滅茶苦茶な言い分……。

 こういうタイプは面倒だぞ。ここで、ハッキリと断らなければどこまでも粘着してくるに違いない。


 となると、多少強引な手を使ってでも、ここでケリをつけたほうがいいだろう。

 幸い、私にはこういった勝負に対しての必勝法がある。


 ――「天使の矢」と同じく、天使のみが持つ特別な力、その名も「聖なる眼」。

 邪念を感じ取るこの眼を使えば、意図的に隠したサイコロを見破ることなど造作もないだろう。

 ……よし、やってみよう!


「分かった、いいよ。その代わり一つ条件、私が勝ったら二度と勧誘しないでね」


 私の言葉を聞いて、不敵に笑って見せたカナリアは、お椀からサイコロを一つ取り出しどちらかの手に隠した。


「ええ、それで構わないわ! ……さあ、来なさい!」

「じゃあ……いくよ!」


 私はそう言って、「聖なる眼」を発動。

 視界が白く染まり、邪念を感じる部分だけが黒く浮き上がって見える。

 さあ、サイコロはどっちの手だ?


 私がカナリアの手に視線を向けると……!

 結果は……両手とも真っ黒だった。


「……ねえ、それ本当にどちらかの手にちゃんとサイコロ握ってる?」

「ギクッ! き、急に何かしら? そんなの、ちゃんと握っているに決まってるじゃない!?」


 私が尋ねた瞬間、カナリアの顔が急激に青くなる。

 なるほど、やけに自信満々に勝負を挑んできたのはそういう訳か。

 私は席を立とうとするカナリアの手首を掴むと、次の瞬間、彼女の顔を正面から鷲掴みにした。


「ちゃんと両手を広げて見せてみろや! コラー!」

「ぎゃあああーーー! ご、ごめんなさいーーー!!」


 私のアイアンクローを受けたカナリアの叫び声が、静かな店内に響き渡った。


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