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7 自称ファン、現る

「ヒスイって、これから先の目標とかないの?」


 マンモスボア討伐の翌日。

 私たちは広場のベンチに座って、朝食を取っていた。

 ただ、朝食といっても財布に余裕のない私とシドは露店で購入した野菜のスムージーのみ。


 一方、討伐報酬を手に入れて懐の潤ったヒスイは、追加でやたら大きなハンバーガーを頬張っている。

 なんだこの格差は……。こんな事なら、ヒスイから報酬の一部でも受け取っておくんだった。

 遠慮する素振りを一切見せないヒスイが、パンを飲み込んで遠い目をした。


「目標ですか? そうですね……やっぱり、お腹が一杯になれる生活を続ける事ですかね。空腹でフラフラになりながら、食べられる野草を探し求める日々には戻りたくないです」


 ホームレス生活が長かったせいか、思ったよりも慎ましい目標。

 知らない人が聞けば、なんて控えめな少女なのだろうと感心するかもしれない……けど。


「つまりはこれから先も私に寄生して、自堕落に過ごしたいと……」

「寄生などという言い方はやめてください。トキさんがこうして私を養うのは、快復魔法を見た者としての義務なのですから、仕方ないじゃありませんか」

「快復魔法ねえ……」


 私の何気ない一言に、ヒスイが不満げな顔に変わる。


「むっ、何ですか? 我が一族に伝わる魔法に何か文句ですか?」

「いや、別に魔法自体に文句はないよ? ただ、魔法を見た人に生活を養ってもらおうっていう、詐欺みたいなやり方に納得ができないだけ」

「なるほど。では、トキさんはこんな小さな子供を寒空の下に放り出すのが正しいと言うのですね? お前なんか雑草を食って餓死してしまえと……そういうことですね?」


 私の抗議に、ヒスイはわざとらしいほどハキハキとした口調で返す。

 その声は周囲にいる人たちにも聞こえたようで、みんなが私の方を見ながらひそひそと会話を始めた。

 ……まずい、このままではあらぬ誤解が生まれてしまう。


「わ、分かった! 分かったから! まったく……他に人もいるんだから、変な言い方しないでよね。私が児童虐待でどこかに連れていかれたらどうするの……」

「トキさんが、わたしを追い出そうとなんてするから悪いんですよ? さて、それではわたしは飲み物のお代わりを取ってきますね」


 私を見事に言い負かして満足したらしいヒスイは、そう言って立ち上がると人混みの中へ消えていった。

 あのクソガキめ……!

 と、ヒスイを見送ったところで、スムージーを飲み干したシドが口を開いた。


「ちなみに俺の目標は、ギャンブルで一山当てて優雅な暮らしを送ることだぜ!」

「いや、あなたの目標は私と一緒に天界に戻ることでしょうが」


 こいつはこいつでどうなってるんだ。

 ヒスイも大概だが、シドに関しても何を考えているのかまるで分からない……。


「ねえシド、あなたどうなりたいの? 昨日はあんなに『善行がー!』って騒いでたのに、今日は全然だし。私としては、もっと熱意を見せて欲しいんだけど……」

「失礼な! 俺に熱意が足りないだと! 俺だってお前の見えないところでは色々やってんだぞ! 昨日の夜だって、お前が寝た後に計画書を練ってたし……ほら、これを見てみろ!」


 シドはそう言って、どこからか一枚の紙を取り出した。

 紙には「馬」や「ボート」、「自転車」といった単語の他、たくさんの数字が書き込まれている。


「……これは?」

「ふっふっふっ……。聞いて驚くな? これは俺が独自に研究した、下界のギャンブル期待値一覧表――」

「誰がギャンブルについての熱意を見せろっつったの! このバカ!」


 シドの説明を聞き終わる前に、私は紙を真っ二つに裂いてやった。


「そ、そんな! せっかく頑張って考えたのに……! あんまりだーーー!!」


 計画書(?)をダメにされ、ショックを受けたらしいシドはヒスイに続いて人混みの中へ消えていった。

 いっそ、このまま戻ってこなければいいのに……。




 二人がいなくなり、ようやく落ち着いてスムージーが飲めるようになった私は、広場を眺めながらストローを咥える。

 と、そんな私の元へ背後から近づいてくる人影。

 私がヒスイでも戻ってきたのだろうかと思って、振り向くと……。


「見つけた……。やっぱり、これは神の示した運命なのね……!」


 そこにいたのは、ヒスイでもシドでもない、とびきり美人のお姉さんだった。

 なんだか興奮した様子の彼女は、肩で息をしながらこちらを見つめている。


 ウェーブのかかった明るい金色のロングヘアは、風に揺られ絵になるような美しさ。

 無駄に装飾の施された華美な鎧に身を包んでいるが、高身長な彼女はそれを見事に着こなしている。

 まるでモデルさんみたいだ。女の私でも見惚れてしまうのだから、さぞモテるに違いない。


「えっと……何か?」


 急に話しかけられた事に驚いた私は、ストローを口に咥えたまま尋ねる。


「あんた昨日、ここで困ってる人を探してたわよね。あの活動……今はもうやってないのかしら?」


 お姉さんは、その場をを指差しながら言った。

 そういえば、昨日困っている人を探してたのも、このベンチの辺りだったっけ。


「別に終わった訳じゃないよ。今日はお休みしてるけど、気が向いたらまた再開する予定だから」

「ふ、ふ~ん。じゃあ、またやるのね……。ねえ、あたしもその活動、手伝ってあげてもいいわよ?」


 私が雑に説明すると、お姉さんはやけに嬉しそうに食いついてきた。

 いや、見ず知らずの人に、急に手伝いを申し込まれても怖いんですけど……って、昨日私たちがしてたのも似たようなものか。


「あー、ウチ今のところ募集とかしてないんで……。それに、あなたみたいな騎士様に手伝って貰うほどハードな事はやってないし」


 私がやんわりと断るも、お姉さんはそれを聞いて目を輝かせた。


「その謙虚な断り方……うん、やっぱそうだわ! あんた、あたしと同じ神に仕える者よね!」

「え?」


 このお姉さん、今なんと?

 聞き間違えでなければ「神に仕える」とか言った気がしたんだけど……。

 もしかして……私が天使だってバレてる?

 私が警戒した目でお姉さんの顔を覗くと、その視線に気付いた彼女は慌てて頭を下げた。


「ああ、ごめんなさい。こんなこと、いきなり言われたらびっくりするわよね。でも、安心して。あたしもあんたと同じ、『シド様』を愛してやまないファンの一人だから!」


 ……なるほど、別に私の正体がバレた訳ではないらしい。

 しかし、なんだろう。今、とても不愉快な言葉を聞いた気がする。


 お姉さんは一体何を崇拝してるって? ダメだ、脳が拒否して聞いたはずの言葉を思い出せない。

 ただ、私の勘がこの人とはあまり関わらないほうがいいと告げている。


「……ごめん。あなた一体、私を何と勘違いしてるの?」

「何って……もちろん、我らが偉大なる大地の神、シド様のファンクラブの人よね? 一目見た瞬間に気付いたわ!」


 お姉さんはそう言うと、私の手をがっしりと握ってきた。

 ……これ以上は無理だな。ここまでハッキリ言われたらもう無視はできない。

 どうやらこのお姉さんは、神……とりわけシドのファンのようだ。


 ちなみに、下界には天界を一括りにして崇拝する宗教は認可されていても、特定の神を崇拝する宗教は認可されていない。

 そのため、天を崇拝する場合は「信者」、それ以外の特定の神を崇拝する場合には「ファン」と呼称されるのが一般的だ。


 シドだって一応は神。下界に崇拝する人がいてもおかしくはない。

 いつかそういう人と出会う可能性もあるとは思っていたけど……可能な限り出会いたくなかった。


「昨日だって広場で困ってる人を相手に慈善活動を行ってたのよね! 連れの人なんか、丁寧にシド様のコスプレまでしちゃって……やるわね!」


 そして、何故か称賛を受ける私。

「あれ、本物だよ」とは、言わないほうがいいよね。


 あんな神とはいえ、下界に降りてきているなんてことがバレたら、どんな混乱が起こるか見当がつかない。

 仕方ないけど、この場はどうにか誤魔化しておこう。


「あの……何か大きな勘違いをしているようだから言っておくけど、私そういうのじゃないから。昨日のあれだって、慈善活動なんて立派なものじゃないし」

「そうよね。シド様のファンたるもの、恩着せがましく『あれは慈善活動です』なんて言わないわよね」

「いや、そういうことが言いたいんじゃなくて! なんていうのかな……とにかく、私は特定の神を崇拝していないし、慈善活動も一切やってないので!」

「うんうん、そうよね! 熱心なファンほど、自らの至らぬ点を把握しているから『ファンを名乗るなんて恐れ多い!』ってなるものよね!」


 本当に何これ。怖い怖い怖い怖い……。

 私の手を強く握り、言う事全てに頷いてみせるお姉さん。


 それを見て、私は不思議と納得した。

 シドを崇拝するような人間に、まともな人がいる訳ないと……。

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