義賊事件(6)
どんなことでも話せる親友同士でいようと、確かに誓ったことを、王も思い出した。
「茶菓子でも買っとくんだったかな」
「それより話をしましょう、アル」
リチャードにしては珍しく、次々と話を引き出そうとする。
仕事の方針を決める話し合いの間、自分はどれだけ分かりやすい表情をしてしまっていたものだろうかと、王は内心で自らを疑ってしまう。
「義賊団について話し足りないことがあるんじゃないんですか、アル? 先ほどからずっと顔に書いてありましたよ」
王は「やっぱりかぁ」と苦笑してから、ゆっくりと話し始める。
仮説を立てるにも至っていないことだし、あくまでも自分の考えに過ぎないことを言うのだから、親友の前でも言葉を選ぶ必要があると思った。
「俺……さ。義賊団を泳がせて──不正が本当にはびこってるんだとしたら、そっちを何とかするべきなんじゃないかと思うんだ」
「義賊団を放っておくということでしょうか」
「そうじゃない。けど……もし、奴らの言うことの方が正しかったらと思うとな」
「なぜ、そう思うんですか」
「……漠然と、な」
「分かる気がします」
王は濁した言葉の先を追及しない親友の態度に、多少とも安堵していた。
自分のしてきた努力が不足だったのではないか、という考えが、頭の中を大きく重く占領している。
正直、今ここで親友に──親友だからこそ、リチャードにはそんな後ろ向きな考えを決して気取られたくない。
だからアルフレッドは、“もしかしたら”と言う程度で考えている、もう一つの可能性を示すことにした。
「オフレコで頼む」と前置きしてからリチャードに背を向けた王は、書架から取り出した本をめくる。
目当ての箇所をすぐに見つけて、示した。
「読んでくれ」
「……“義賊が義賊として居られるのは、悪を為したる者から奪うが故である。もし一度でも弱き者から奪えば、彼らは凡百の盗人に堕するであろう”。アル、これは……!」
圧倒的な技術と覇気にも似た義侠心、そして異能を持ち合わせる義賊を大胆な筆致とユーモアで描く超ロング・セラー冒険小説『怪盗紳士サー=ジョーカー』。
その公式スピンオフとして原作に劣らぬ人気を博している漫画『安楽椅子探偵バートランド』の主人公、バートランド教授の台詞だ。
「義賊団は、そのセリフを引用したんだと思う。漫画や小説に憧れたんじゃないか……なんて、現実的な推測じゃないんだけどなァ」
「母が言うには外国や異なる大陸では、物語の人物が現実に現れた例がいくつもあるとか。ならば、物語の中の人物に倣おうと思う者が居ても不思議はありません」
リチャードは笑みを崩さずに言った。
「とはいえ、わが国を舞台に暴れ回られるのでは困りますね。何せ、他人事として楽しむことができません」
ド真面目な武官が放つ彼なりのジョークを、王はとても気に入っている。
「だよな……本当にそうだ。義賊団の真意、っていうのか? 早く知りたいぜ」
もしも義賊が義賊たり得る条件を満たすような国づくりをしてしまっているなら、責められるべきは国王である。
だが──自ら良かれと思う施策を何もなさぬうちから、国民の不興を買いたい君主がどこにいるだろう?
銀行員も、金鉱山の荒くれ者たちも、商人も。
皆が真面目によく働き、不正や犯罪には見向きもしない。
そんな平和な国を作りたかった。
理想に過ぎない?
わかっている。理想を夢を追いかけて何が悪い?
……いくら考えてみたところで、結論など出てくるはずがなかった。
「リチャード、俺は……」
「大丈夫だ、アルフレッド!!」
「!?」
親友らしからぬ大声に、王は思わず驚いてしまう。
遮音結界を張っておいてよかった。
「僕にはアルの悩みの全部を理解することはできない。でも、少しでも解決できるよう、動くことはできる!」
リチャードは力強く言い切り、伊達眼鏡をかける。
「──捜査に全力を尽くします。ご期待下さい、陛下」
自衛軍式の敬礼を見せてから、颯爽と去りゆく背中を、王は呆然と見送った。
2021/2/5更新。