義賊事件(4)
「捜査の状況はどうだ?」
「はっ、陛下」
自衛軍副長が姿勢を正す。
リチャード=ケネスは王立学校を卒業後、父親の背中を追って自衛軍の任を受けた。
意地の悪い貴族連中に『ケネス一族による私物化ではないか』と陰口を叩かれながらも、ひたすら真面目に職務に取り組む優れた公務員だ。
弟のレオンと同じく、アルフレッドの親友でもある。
親しさと上下関係の微妙な使い分けも、もはや手慣れたものだ。
「昨日の御下命通り、盗賊団に関する目撃談や実害など、情報を集めております」
「ほう」
「同輩からは、昨日の今日だから目立った動きをするまい、という意見がありました。まして深夜に伺ったところで貴族がたはロクな応対をしてくれまいと」
自分は敢えて貴族に事情を聞くべきだと主張したのだが……。と言い添えて、リチャードはわずかに苦笑する。
彼の主張は同僚たちに受け入れられなかったのだ。
「そりゃそうだろうな~。俺も王様やってなかったら無視決め込んで寝てると思うわー」
「……自分はクソ真面目なだけが取り柄の男です」
「はははは、すまんすまん──リチャードはどうして、まず貴族から話を聞こうと思ったんだ? カネのある所と言ったらまず王城だろ。他にも成り上がり系の商人に銀行、金鉱山とか職人街……けっこう思いつくはずだが」
「彼らが『義賊』を自称したから、です」
「ふむ」
「自分は帯剣貴族ケネス家の子として、貴族の社交場にも頻繁に顔を出していました。皆が皆、仕方なく笑っているように見えていました。不真面目なたくらみの相談ばかりしているような気がして、嫌悪感しか抱いていなかったのをよく覚えているのです」
「リチャードは真面目すぎるほど真面目だからな。今でもそう思うか?」
「いいえ……。実際に確かめもせず、自分の考えだけで決めつけていたことを今では恥ずかしく思います。ですが……その時の印象が先行して、まず貴族がたを疑ってかかってしまいました」
「しょうがないさ、子どもが見れば悪人ヅラだと思うような人らも多いもんな。話してみたらそうでもなかったりすんだけど、子どもの時はそこまで考えられねぇわ」
「陛下は、貴族がたをお疑いにならないのですか?」
「イメージの良し悪しから言って、まず“義賊団に狙われそう”な感じだよな。でも義賊団は、『悪を為した者から奪う』としか言ってねぇんだよな」
「……! そ、それは……」
「奴らから見れば、俺だって『悪を為している』と映るかも知れん。一生懸命商売してきた連中だって、少しの間違いも犯して来なかったとは言い切れん。普段は真面目な銀行員が、ちょっと魔がさして横領に走っちまうことがないとも言えないだろ? 金鉱山の周りの人らは俺にとっちゃ良い遊び相手だったが、奴らは俺の知らない何かを知っているのかも知れん。だから、あんな言い方をしたんじゃないかと思ってる」
「……直々に自衛軍の指揮を執っていただく方がいいのではないかと思えてきました」
「そんなこたぁねぇよ。自衛軍はリチャードみたいに仕事熱心で、まじめな武官が仕切ってなきゃ」
「そう言っていただけると、救われますが……」
「うん。リチャードはそのままでいいんだ。情熱が伝わる時が、必ず来る」
何か飲むか、と誘い文句を言いつつ、王は問答無用で紅茶の用意を整えた。働きづめの武官のために、魔法でぬるめに調節してカップを手渡す。
「自分は勤務中であります、陛下」
「母上やアルフィミィと同じ事をしたいだけだ。仕事やら考えごとが煮詰まらない時にはとりあえず紅茶でも飲め、ってのが昔からの口癖でな」
「ですが……」
「大目に見てくれよ、俺も喉が渇いてるんだ」
「では……いただきます」
リチャードは微温の紅茶を一口飲み込んで、今日ここに来て初めて、息を深く吸い込んだ。
ゆっくりと吐き出す。
「それで結局、昨夜はどうしたんだ?」
「はい。貴族がたの事情聴取は後日行うこととし、花街で働く人々に向けて、夜を徹して店を開いている商人たちに話を聞きました。不審な動きをする者は見かけなかっとのことでした」
「そうか、成果はなしか……残念だな」
「はい。ですが職人街まで足を延ばしましたところ、わずか数件ながら目撃談を入手しました」
「ふむ。いきなり金製品の周囲に目をつけて来たか」
紅茶を一口飲んだ王も、再び腕を組んで考え込む。
2021/2/5更新。