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義賊事件(3)

翌朝の目覚めは悪くなかった。

王はさっそく、自衛軍の副長を務めるリチャード=ケネスを私室に呼び出した。


すぐに現れた彼は夜勤の疲れを見せず、いつも通りの冷静さを保っていた。

「すまんな、リチャード。親父さんが無理をしているのを、見抜けなかった」

「お気遣いを頂きありがとうございます、陛下。しかし、あまりにお気に病まれては却って父のためになりません」

「そうだな……大変なのはリチャード達なのに、俺の方が弱っててどうすんだって話だよな」

「はい。父には一族の者が付いております。陛下はどうか、お気を強く持たれますよう」

「ああ、わかった」


伊達眼鏡の奥の赤い瞳を細めて微笑する年上の友人を、王は頼もしく思う。

さすがは古参の帯剣貴族、ケネス男爵家の長男だ。

──と、言いたいところなのだが。


「リチャード、眼鏡外せよ」


眼鏡をかけている間は上司と部下として、そうでない時は親友として話すと、リチャードの方が決めている。


それを反故にせよと王は言う。

わずかな感情の揺らめきを、彼の赤い瞳の奥に見て取ったのだ。


「はっ」

武官は王の言葉に従い、伊達眼鏡を外した。

「陛下……昨晩の出来事、どう思われていますか」


「連中の言ったことを鵜呑みにするつもりはねぇし、こっちでしっかり調べる。でも正直、……おもしろくねぇ」


リチャードの瞳が、明らかに感情の火で燃え始める。

怒り──義憤、だろうか。


「……なぜ、『おもしろくない』の一言で片づけてしまえるんです? 私の前でまで感情を隠すとは水臭いことだ。昨晩の義賊の言葉は、アルやウィルフレド様の治世に対する非難、批判に他ならないでしょうに」


「うん、まぁ……そうだよなぁ。俺にもこたえたよ」


「アルは優しすぎる。物事や他者に対しても常に真摯しんしに向き合おうとする……それは良い。だが、貴方はもっと感情を表に出すべきだ」


リチャードは更に息を深く吸い、言葉を続けた。

「これから先、怒りを以って当たるべき場面が決して無いとは言い切れない。その時に感情を見せてもらえないのでは共感も出来ないし、友人としても納得できない」


「そうだな……リチャードの言う通りだ。父や祖父を批判されたのは悔しい。でも俺は、悔しいだけでは終われない──その悔しさをどう表すかを、まず考えねばならない。なぜなら、俺がこの国の王を務める者だからだ。先代や先々代にもしも不名誉があるというならば、俺の全身全力を以ってこれをすすぐのみだ」


王は情熱的に言い切った後、美貌の武官に挑発的な視線を投げる。

「……しかし、そう言う貴君こそ少し冷静すぎるのではないか? 義賊団やつらに文句の一つでも言ってやれば良いものを」


「自分は冷静でなければなりません。怒りの言葉をこの場で吐き散らしたとしても、良いことなどひとつもない。状況が前進するわけではないのですから」


「へえ。俺には本音を見せろとか言っといて、自分は感情を誤魔化すわけか、リチャード=ケネス? お前こそもっと感情を見せた方がいい。父親が倒れたんだぞ。冷静でいられるはずがないだろうが」


「ええ……そうですね、アル。本当は僕も悔しくて堪らない。義賊団の行動は芝居のようでした。彼らには貧しい人々を救い、この国にある悪を告発する意志しかなかったのかも知れない、でも父は自らの責任を痛感し……怒りのあまりに倒れてしまった」


「翁の怒りは、義賊団や俺に向けられたものではないと言うのか? なぜ分かる?」

義賊団への憤懣やる方ない、とは翁自身の言葉だったはずだ。


「昨日の深夜に意識を回復した後、零していたのを母が聞き留めたそうです。賊を捕り逃がしたのは、自衛軍の長たる自らの責任であると」


「それを言うなら、俺にこそ責任があるんだけどな……他には何か言ってた?」


「はい。コルトシュタイン貴族の末席に連なるケネス男爵家として、我らもスラム街の人々に対してできることがあったのではないか……と言っていたそうです」


「さすがはウォルト=ケネス男爵。俺らも見習わなきゃな」

「そう思います、アル」

「それで、翁本人は?」


「義賊団をこの手で捕まえるのだと言って、朝から鍛錬に励んでいるとのことです」

「休めっつったのに……」

「母も呆れていました」

「ははは、だろうなぁ」


考えてみれば、休めと言われて休むようなケネス男爵ではない。

長年にわたり自衛軍を指揮してきた矜持と無関係ではないのだろうが、自分にはない強さを持った人物だと、アルフレッドは思う。


何にしても、これで心配事がひとつ、良い方向に向かったと分かった。

2021/2/5更新。

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