義賊事件(2)
王はケネス翁とともに、極度に緊張したまま映像を──盗賊の反応を注視する。
「誓って、偽りはない」
盗賊は言った。
言葉をかみしめるように、誓って見せた。
「僕らは一度たりとも、善き人から奪うことはしない。凡百の盗賊でなく! 弱きを助け強きを挫く、心ある義賊として振る舞うと誓う! 黄金王よ、僕らは挑み続ける──止められるならば止めてみたまえ!」
蒼い影は宣言を終えると、集まった人々に次の約束を伝え、素早く姿を消した。
王はアルフィミィに急ぎ帰還するよう伝え、魔導具を置く。
「ケネス翁、大丈夫か」
「……問題、ありませぬ。……これより、自衛軍を招集し、捜査に……向かいます」
老騎士の身体が震えているのが分かった。
常にはないことだ。
「翁! ウォルト=ケネス! どうしたっ!?」
「問題、ございませぬ……盗賊共、への、憤懣、やる方なく……くっ……!」
何かに耐えるように立ち上がろうとしたが、ケネス翁はどうしても立ち上がれない。
身体から力が抜けているようだ。覗き込むと、目を回しているとわかる。
明らかに尋常ではない様子に、アルフレッドはすぐに動いた。
ケネス翁の奥方を魔法で呼び出す。
数秒と間を置かずに現れた彼女は優れた魔導師であり、また優れた医師である。
すぐに夫の症状を見抜き、この場で薬を調合して飲ませた。
王は翁が落ち着きを取り戻す間に城の警備兵を魔法で招集し、彼を担いで下がるよう言った。
「陛下……!」
兵士ふたりの持って来た担架に乗せられながら、翁が唸るように言葉を発する。
「陛下……! なにとぞ……!」
「わかっている、ウォルト=ケネス。俺に任せて休め、いいな」
「はっ……申し訳、ございません」
翁は悔しそうにそれだけ言うと、屈強で気の優しい兵士が運ぶ担架に身を任せた。
静かに一礼した後に夫を追いかける奥方を見送った後、若き王は机に向かい、書類を一筆作った。
静かな春の深夜である。
沈黙だけを供にして考えにふけっていると、小さなノックが扉を叩いた。
「開いてるぜ」
「失礼いたします、陛下」
アルフィミィだ。
ケネス翁が運ばれて行くのを見たはずだが、冷静さを失ってはいないようだった。
「“影”のうち数人に頼んで、薬を手配しました。数日もせぬうちに回復するでしょう。よきご判断でありました、陛下」
「俺は医学とかあまり分かんねぇけど……放っといたら血管キレちまいそうだったからな」
明るく言った王の言葉に、伝令官は首をかしげる。
「どうしました、アル。ケネス男爵なら心配いりませんよ?」
「ちょっとな……怖かったんだ。人が倒れるのを、見たことがなくてさ」
本心をぶっちゃけた気恥ずかしさで、少しだけ彼女から目をそらした王は次の瞬間、その目を見開いた。
「アルフィミィ?」
「この姿でないと……小人族の姿じゃ、」
人間の背格好になった伝令官は遠慮なく王のベッドに上がり込むと、「こんなことはできませんからね……」
王のクセっ毛を優しく撫でた。
美しく愛らしい顔が近づく。
子どもの頃の、とびっきり褒めてくれる時の仕方だった。
その頃の記憶が脳裏をよぎったが、王はそれを口に出さなかった。
「アルがちゃんと、大きくなってくれたからね」
ふふふ、と優しく笑んだ最側近は、次の瞬間には小人族の姿に戻っていた。
……照れるヒマもありゃしない。
「あれでよかったんかな。休ませるための書類はさっき、作ったけど」
「うん。治るまで休め! とでも書いておけばいいと思う」
「本人のためだけど、命令するってのは慣れないな」
「アルは誰に対しても、強く命令しないものね。色んなことの調整役って感じ」
「まぁね。国王になったって言っても、まだ二年目の“なりたて”だし。自分の判断で他人を動かすってのがさ、……怖いんだよな」
なるほどねぇ、とアルフィミィが腕を組んだのは、ベッドサイドの引き出しの上だ。
「アルはこのあたりの統治者の中でもいちばん若いんだから……もっと大暴れしてもいいと思いますけどね。私みたいな優秀な部下もいるんですし」
伝令官は自慢げに胸を叩いてみせた。
「自分で言うかねソレ」
「ふふふ! アルには一刻も早く、元気になってもらわないと困りますからね」
「ああ。心配をかけたな、アルフィミィ。もう大丈夫だ」
「では、今日はもうお休みください。明日からまた、がんばればいいのです」
笑顔を残して颯爽と去る伝令官を見送り、眠れないながらもベッドに横になる。
今夜はよく眠っておかなければ。
2021/2/5更新。