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ペンは剣よりも強し

作者: 越坂部 麟太郎

 誰が言い始めたのかは忘れてしまったけど、有名な言葉だ。でも、実際確かにそうだ。殺したい相手が目の前にいるとしよう。そんな相手の目の前で剣なんて中世時代の武器を持ち出して切りかかっても、剣術の心得があるわけじゃない私には甚だ無理な話だ。そんなことを思いながら胸にさしていたペンをテーブルの上に置く。


「君はいつも難しそうな顔をしている」


 私の前でウィスキーをケチ臭く飲みながら彼は言った。私が何度、彼を殺す想像をしただろうか。少なくとも百は超える。非常識な時間にいつもアポも取らずにやってきては、やれ付き合ってる女の愚痴やら、やれ仕事の愚痴やらを散々っぱら私に話し、最後は泥のように眠る。


 私はこの男が嫌いだ。私より優れてる部分が多いのに、私以上に文句を言う。知恵、体力、外面、収入、どれもこれも私の倍はいいだろう。それなのに倍以下の私に愚痴を吐きに来る。


 こんなにも嫌いなのに縁を切れないのは私が弱い人間だからだろう。人に良い顔をして体面を保っている、それが私だ。内面に抱えている感情は内面に抱え込んだまま表には出さない。それゆえに、彼が私のことを親友と思っていることを裏切れずに居る。


今日も好きになった女が居たが、最近、彼女が冷たいという話を永遠としている


「僕の何がイケないんだろう」


 この男ははむかつくのだ。完璧すぎるのに心が弱い。人が羨む才を持ちながら、そんな才をひけらかすこともなく、むしろ卑屈になる。持たざる人間からすればあまりにも贅沢な悩みだ。私が夢も叶わずつまらない仕事をしているのに、彼は夢を叶えて好きな仕事をしている。


 これだけで彼に対する殺意は十分なはずだ。時計の針の音が部屋に響く。もうすぐ彼が眠る時間だ。もう眼は閉じかけていて、頭はゆらゆらと揺れている。


「あーもう限界だ」


 そういうと机に突っ伏して眠りについてしまった。学生時代、私の好きな子が彼に片思いをしていた。彼の寝顔が可愛いと何度も私に言った彼女は可愛かった。だが、こいつはそんな彼女をあっさりとフった。これだけで彼に対する殺意は十分なはずだ。


 1度眠ったら朝まで起きない。ここ数年、何度も彼に対しての殺意を抱いている。三ヶ月前だったか、彼の背中に包丁を突き立てたことがある。服を少しだけ貫き、肌の感触が手に何となく伝わり、痛みで反応した彼の体が動いた瞬間に我に返った。


 人はなぜ人を殺さないのか。罰があるからだ。何も罰がないならばこの世は殺人にまみれている。捕まりたくはない、なぜ恨めしい相手を殺して自分が捕まらなければならないのか。少なくとも嫌いな相手のために人生を棒にはしたくない。


 人はなぜ人を殺さないのか。モラルがあるからだ。この社会では許されていない、それが許されてしまえば社会が崩壊する。故にモラルが殺人を妨害する。


 人はなぜ人を殺さないのか。本能だ。同種族たる人間を人間が殺すなんて動物的本能が邪魔をする。彼が牛や豚や鶏なら私は間違いなくすでに殺している。だが人だ。本能が殺人をさせない。


 だが彼に対する殺意は抑えられない。明確になにか決定的な要因があるわけじゃない。私に愚痴を吐き、頼ってくれる彼の存在は私にとっては嬉しいはずなのに、そんな彼の愚痴を聞き続けて10年以上、細かい何かや失恋が積み重なり、殺意へと変貌した。


 二人きりの時間に私が彼を殺したら、私が彼を殺したことは明白だ。死体の処理はどうすればいい、アリバイは?少なくとも私のマンションの玄関にある防犯カメラに彼がやってきた映像は映っている。ごまかしようがない。完全犯罪など夢のまた夢の話だ。


 だが、私は1つだけ思いついた。ペンだ。何も彼の悪評を周りにうそぶいて風評で殺すわけではない。彼はいつも胸ポケットにペンを差している。これは私もそうだ。このクセが学生時代に彼と仲良くなるきっかけでもあった。胸にペンさえ差してなければ彼と仲良くなることはなかったかもしれない。


 そんな忌々しさすら感じるペン。この胸にささったペンが偶然、彼の心臓を穿けばどうだろうか。彼は酔っている、千鳥足で家路につき、その途中で転んでペンが胸に刺さる。完璧だ。私は涙ながらに警察に語るだろう


「あんなにお酒を飲ませなければよかった」


 グラスに残ったウィスキーを飲み干し、想像の中の自分の演技力にニヤついてしまう。だが、問題はどうするかだ。ウィスキーを注ぎ直し半分ほど飲む。彼と違いチマチマ飲むことなんてしない。私はケチくさい人間ではない。


 寝ている彼の胸元からペンを取り出した。角度が問題だ。ペンの上の方にある金具を少しだけ曲げてみる。いい感じに胸に突き刺さりそうな角度だ。念の為、私の指紋をハンカチで拭き取り彼の手に軽く握らせたあと元の場所に戻した。


 あとは転倒させればいい。都合良く彼は靴紐のある靴を履いていた。玄関に行き、紐を緩ませる。紐が解けて転ぶ確率が高くなるはずだ。あくまでも不幸な偶然を装わなければいけない。


 これで確実に彼が転けて胸のペンが刺さるとは限らない。可能性としては低いだろう。だが、それでいい。そうでなければ疑われる。あくまでも神様のイタズラでなければならない。


 私は自分の中の殺意を満足させ、彼の横でもう1度ウィスキーを飲み干す。心が落ち着く、満足感だ。彼の寝顔が可愛く見えてくる。テーブルの上においたままだったペンを自分の胸にさした。私が眠ったあと、いつも彼はいつの間にか帰っている。今日も眠気がやってきた。明日、朝起きるのは警察からの電話かもしれない。


「友よ、おやすみ」


 やや芝居めいた挨拶をし、私は自分のベッドに"いつものように"倒れ込んだ。少しだけ胸が痛い。やはり罪悪感があるのだろう、ちくりと胸のあたりが痛む。だが、そんな些細な痛みをアルコールが紛らわせる。ドクンドクン。心臓の高鳴りを感じる、楽しみで仕方がない。明日の朝、どうなっているのか。暖かさを感じながら私は深い、深い眠りについた。


「おやすみ、友よ」

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