成★敗
「な、なんなんだよお前ぇ!?俺達がなにしたってんだ!謝るから勘弁してくれぇ!」
「俺もだ!土下座でも何でもするから」
命だけは
口にはしなかったが、二人のセリフの末尾にはどちらもこんな嘆願が当てはまるようであった。
「......」
そんな男達を、冷たい視線で射抜くように見つめながら無言で立つのは、所々露出が激しくコスプレ感の否めない衣装に身を包んだ銀髪の美少女――魔法少女に変身した隼太だ。
隼太達が住む雪銀市からほど近い場所に位置する、周辺で随一の規模を誇るショッピングモールのその一角。
週末の夕方時であれば、多くの家族連れや、或いは恋人達が賑わしているショッピングモールであっても、当然と言うべきか例外となる場所はある。
魔法少女に変身した隼太と、3人組の男――前世の春華を傷つけた、また今世においても放置していたならば同様の末路を迎えるであろう3人が今居るのは、そんな場所の一つであった。
3人組を追い詰める先として打ってつけだったその場所は、1区画丸々行われている改装工事によって、一時的に営業を休止していたテナントの一つ。
理由は不明ではあるが、休工となっていたが為に、人で賑わう休日のショッピングモールにおいて死角の様に人気のない場所である此処に、隼太は魔法を駆使しつつ追いかけて2人を誘導したのだった。
そう、2人である。
冒頭で哀れなほどに怯え、許しを請う2人こそが追い詰められた獲物。
3人組の残る1人である、耳にピアスを幾つも開けた茶髪の男は、追走の初っ端に身体強化した隼太の右拳を腹部に貰い気絶していたところを、隼太が引きずりながら連れてきていたのだった。
追走の始まりの瞬間、隼太の美貌に一瞬視線が釘付けになった3人組は、果して茶髪の男が一撃で意識を刈り取られた場面を目撃した事で全力での逃走を選択した。
だが、大の男一人抱えていようとも身体強化の魔法でもって常人離れした脚力を実現した隼太から逃げ切る事は不可能だった。
余裕を持ちながら追い立てる隼太によって追い詰められ、自ら選んだ逃げ道の先に待っていたのは袋小路の行き止まり。
行き詰まり、活路を求めて振り返った意識のある2人は、1人の人間を抱えながら難なく追いつき、更には呼吸すら乱していない少女が立つ姿を見て、完全に戦意を喪失していた。
今にも失禁しそうな男達を前にして、美しい容貌に無表情を貼り付け射抜くように見つめていた隼太が、口を開く。
「どうして春華の後を付けていた?嘘は身を救わないぞ」
冷然とした表情で、まるで裁きを下す者の如き威容を以って男達に問いかける隼太。
そんな隼太の姿に対して、男たちは口々に言い訳を口にする。
「あ、アンタ春香ちゃんの友達かなんかなのか?俺達はただのファンなんだよ!」
「そ、そうだ。偶々モールに来てみたら偶々見かけて、それでつい出来心で少しだけ後を付けただけなんだよ」
「そんな言葉を信じられると思うのか――言ったよな、嘘は身を助けないって」
男達の言い訳を聞いた隼太は、言うや否や男の片割れ――半ばまで色落ちした薄汚い金髪の筋肉質な男の腹に右拳を叩き込む。
「おげぇ!!」
「もう一度だけ聞くぞ――目的は、なんだ」
1人目の時とは違い、気絶させない程度に手加減をしておいた金髪の男の胸倉を右腕1本で掴み上げ、無理矢理に持ち上げられた顔面の怯えた瞳を、大きな美しい銀の瞳で見つめる。
美しい容貌に備わった、いっそ神秘的なまでの美しさを湛える銀の瞳に見つめられた金髪の男がとった行動は果たして、
「俺が、俺達が愚かでした、女神様ぁぁぁ!!!!」
どこにそんな力があったのか――或いは火事場のバカ力というやつなのかだろうか。
男は隼太の腕から逃れるや、両の瞳から涙を流しながらその場に土下座をし、許しを請い始めた。
「リョ、リョウ君......」
隼太の魔手から逃れ、壁際で震えながら事の成り行きを見ているばかりだった3人組の最後の1人、小太りの男は、恐らくは金髪の名と思われるモノを呟きながら、困惑した表情で事の成り行きを見つめている。
「......は?」
片腕とは言え、隼太の腕を離れて土下座を始めた事にも驚いたが、突然女神様などと叫び出した男の姿に、隼太は若干引いた表情で後ずさった。
「今回は女神さまに俺達のバカな行動を踏みとどまるチャンスを貰えて感謝しかないっス!!俺達、近い内にゲキマブなハルカちゃんを拉致ってブチ犯す予定でした!!危うくガチの犯罪者になるところでした!!!!」
大声で自供しながら、地面に頭を擦り付け挙句の果てには感謝の言葉すら述べ始めた男の姿は、流石に隼太の想定外過ぎた。
「今後は心を入れ替えて、真面目に生きるっス!!!!ハルカちゃんにも二度と近づきません!!!」
「あー、なんだ、うん。わかればいいよ、うん」
正直なところ、最初は前世の恨みもある事から軽く問答をした後は死なない程度に血祭りに挙げるつもり満々だった隼太だったのだが、金髪の変わり身ぶりに完全に毒気を抜かれてしまった。
春華を事前に守るという最重要事項は守れたことだし、何よりも今世の此奴らは今日一日春華と俺を付け回した程度の悪さしかしていない。
これ以上やってしまうと、それこそ悪役が完全に入れ替わりかねない。
「これに懲りたらもう周りに迷惑かけなんだぞ、うん」
「はいっス!!」
半ば信者の様になった金髪の男は、出来る限りの直立不動の姿勢で隼太の言葉を受け止める。
「あ、あとそっちの奴も」
「は、はいいいいい」
こちらはこちらで、隼太から直接的な暴行を受けていないにもかかわらず、誰よりもビビりまくっていた。
そんな小太りの男に数歩近づいた隼太は、耳元に口を寄せ、
「お前には一発も入れてないけど、他の二人と同罪だ......もしなんかあったら殺すからな」
どこまで効果があるかはわからないものの、精一杯ドスを効かせた(つもりの)声で、一番強い言葉を使って脅しておいた。
「は、はいいいいぃぃぃぃ!!!!」
そんな隼太からの言葉を受けた小太りの男は果たして、怯えたのか興奮しているのかイマイチわからない様子で絶叫の様な声を上げる。
なんなんだコイツら......
「わ、わかったらそっちの茶髪連れてさっさと行け!」
既に若干どころか大変引いていた隼太は、3人組に関わるのが心底嫌になってきたので一方的に解散を指示した。
「「はいっス!!!」」
二人で測ったように声を合わせて返事をした金髪の男と小太りの男は、最初から最後まで伸びたままだった茶髪の男を抱えて足早に隼太の前から姿を消すのだった。
余談ではあるのだが、その後この3人組は雪銀市を中心として『銀の女神ファンクラブ』なるものを設立、最終的な会員数は全国で10万規模という一大組織となるのだが、これはまた別の話である。
「今凄い勢いで走り去る男達とすれ違ったんだが、もしや奴らは朝風春華の......?」
先ほど3人組が走り去っていた方向から、テナント内に入ってくる喋る白い子猫――シラホシは、大方の事情を察していたのか本質的な質問を投げかけてくる。
「あぁそうだよ。喫茶店で尾行されてる事に気付いたから、事前に何とかできないかなと思ってさ」
「なるほどな。隼太よ、その試みは正に理想的だな」
「だよな......俺もそう思うんだよ。勿論全ての事件・事故で同じ様に未然に防ぐなんてことは出来ないけど、今回みたいに未然に事件を防げれば春華の心も守れるし、あの3人組も事件を起こさずに真っ当に生きるだろうし......簡単な事じゃないってのはわかるけど、シラホシに言われた事のやり方が少しわかったっていうかさ」
「言う通り、全てで同じ方法はとれなだろう。だが、今回に関して言えば朝風春華も守り、正体も隠しきり――更には加害者側まで救って見せた。誇って良い結果だと思うぞ、隼太」
そんな風に手放しで褒められると妙な恥ずかしさを覚えてしまうが、同時に充足感も感じながら隼太は呪文を唱え、親しみ慣れた男の姿に戻る。
かくして、朝風春華を巡る、白崎隼太にとっての最初の関門――事件は、人知れず大団円で終わりを迎える――筈だった。
ブブンブブン
男に戻った隼太のジーンズ、その左ポケットに収納されていたスマートフォンが、メッセージの着信を受けて数回バイブレーションする。
なんだろうか――スマートフォンを取り出し、画面を確認した隼太の瞳に飛び込んできたモノは
『隼太、今どこ』
『ごめん返事欲しい』
『着信アリ』
『助けて』
『たすけて』
殆ど間を置かず、断続的に送られてきていた、朝風春華からの助けを求めるメッセージだった。
「な、これって――」
春華の身に何が起きたと言うのだろうか、シラホシに向けて声を掛けようとした、正にその時
ブーンブーンブーン
隼太のスマートフォンに、春華からの着信が入る。
「春華!?どうした!?何かあったのか!?おい!返事してくれ!!」
身体中から冷たい汗を流しながら、或いは最悪の予感を感じながら、それらの悪夢を振り払うように、直ちに着信に反応した隼太は、通話先に居るであろう春華に向かって、余裕のない声で幾度となく呼び掛ける。
『............』
しかし、そんな隼太の声に対する返事はなかった。
通話越しに聞こえるのは、痛いほどの無音。
『ブッ、ツーツー』
そして、春華からの恐らくは助けを求めるであろう通話は、空しく途切れてしまう。
「っ!!!」
「待て、隼太!どうするつもりだ!」
「どうするもなにも!助けに行くんだよ!」
「落ち着け、隼太。冷静さを失ってはダメだ」
「こんな状況で冷静さなんて――「朝風春華は、恐らくまだ無事な筈だ」
冷静さを失い、取り乱したような隼太の言葉に被せるようにして、あくまで落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「無事って、だって、何の保証があるんだよ......」
「あくまで推測だが、まず朝風春華の身に何かが起こったとしてもそれは今まさにこの瞬間であると言う事だ。即座に命を奪われたのでなければ、まだ無事に生きている可能性の方が高いだろう。そして何よりも、幸いにも、今の私は朝風春華の位置を特定する術を持っていると言う事――つまりは、今すぐにでも朝風春華の元に向かうことができる、そういうことだ」
「だったら!言うとおりに今すぐにでも!」
「だから、落ち着けと言っているのだ!何が起きたかわからないこの状況で、頼みの綱のお前が冷静さを失っていては救える筈のモノも手のひらから零れ落ちる事になるぞ......!」
シラホシの言葉を受けて、突然の状況に焦り、冷静さを失っていた隼太は頭部を強打された様な感覚を覚えた。
確かに、シラホシの言う通りだ。状況を一早く察知し春華を助ける為に動けるのは隼太だけなのだ。
この状況で、隼太が冷静さを失い、万が一にでも失敗すれば――その先に待っている結末は、決して良い方向性のものではないだろう。
「......ごめん、シラホシの言うとおりだ。もう、落ち着いたよ」
想定外の事態によって荒れ狂う感情の波を、意思の力でどうにか抑えて平静に近い声でシラホシに語り掛ける隼太。
そんな隼太の様子を見て、シラホシは言葉を続ける。
「良い。状況が状況なので手短に言う。昼間、朝風春華が私に頬刷り等の不敬な行動の数々を行った結果、今現在朝風春華には私の神気とも呼べる残り香が付いている――それを辿る事で、居場所まで辿り着くことが出来るはずだ」
「わかった。案内、頼めるんだよな」
「当然だ。私をしっかりと安全に抱いて行けよ。速度は気にしなくていい」
「了解だ――マジカル♡ミラクル♡メタモル♡ポン」
シラホシとの打ち合わせを終え、呪文を唱える隼太の姿を虹色の光が包み込む。
一瞬の光の後に姿を現したのは、所々露出の激しいコスプレ感のある衣装に身を包んだ銀髪の少女――白崎隼太改め、魔法少女ハヤタ★マジカだ。
(無事でいてくれよ――)
心の中で切に願いながら、ハヤタ★マジカはシラホシを抱き上げ、モールの屋上に駆け上がる。
目指す場所は、愛する少女の捕らわれる場所だ。