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本当のプロローグ

 静かに目を覚ます白崎隼太。


 二度の死を経験した隼太にとっては三度となる新たな目覚め。


 前回と同様に確かな意識と記憶を持って目覚めた隼太は違和感を覚える。


 身体を起こし周囲を見渡した隼太の視界に広がる、地平線すら見渡せない白に染まった広大な光景。


 上を見上げるも、そこに広がるのは周囲と同様の真っ白な空。


 光源など無いにも関わらず、自身の体を見下せば、そこには白崎隼太としての最後を迎えた時と同様の紺色のジーンズに黒のジャケット姿。


 「なんで......」


 自然と疑問のつぶやきが口から零れ落ちる。


 確かに自分は死んだはずだ。


 死の瞬間は隼太にとって鮮烈な記憶となり確かに刻まれていた。


 愛する少女に思いを馳せた末期の記憶が


 絶望的な世界で迎えた不可避の最期が


 自身の歩みの最期は、紛れもない現実だった筈だった。


 しかし、今、隼太の置かれた状況はそんな現実を否定するかのようなものだ。


 状況を飲め込めない隼太だったが、それでも立ち上がる。


 白崎隼太としての最期の記憶から、恐る恐るながら両の足に力を込めるも、拍子抜けする事に僅かな痛みすらない。


「目覚めたようだな」


 重なる困惑を覚えながら立ち尽くす隼太の背後から鈴の音を転がすような声が語り掛ける。


「えっ――」


 自身以外の何も無いと思っていた空間で、突如として掛けられた声。


 振り返った隼太の視線の先には


 直前に見渡した際には誰の存在も認められなかった空間には


 一人の少女が、立っていた。


「恍けた顔をするな、白崎隼太」


 何故自分の名前を知っているのか、そもそもここは何処なのか


 そんな疑問を余所に、隼太は眼前に居る少女に見惚れてしまい言葉を紡げなかった。


 140cm程度だろうか。少女相応の身長ながら、超然とした雰囲気を発する少女は、床に届く程の銀髪――髪そのものが輝きを発している様な美しい銀髪だ――にパッチリと大きな銀の瞳、ありえない程に均整の取れた目鼻立ち、正に絶世の美少女と呼ぶべき純白のドレスに身を包んだ少女は、見惚れる隼太の様子を面白がる様に、口元に僅かに笑みを浮かべながら容姿と同様に美しい声で言葉を紡ぐ。


「まずは自己紹介から始めよう。私の名はシラホシと言う。君たちの言葉で言うところの、所謂神様というやつだ」


 鈴の音の様な美しい声で紡がれた言葉は、果たして隼太にとって到底理解の及ばない内容だった。


 白崎隼太という人間は、多くの日本人がそうであるように無神論者だった。


 クリスマスやハロウィンを盛大行う傍ら、盆には先祖を参り、新年には正月を満喫する。


 異国の少女も愛した隼太であったが、根本的には日本人的な感覚が染みついている隼太にとって、シラホシと名乗る美しい少女が自らを神と称した事に実感が湧かないのだった。


 状況に対して理解の及ばない隼太であったが、しかしどうにか言葉を紡ぐ。


「俺は白崎隼太......って言っても君は俺の名前を知っているみたいだよな。何か知っているなら教えて欲しい、ここは何処なんだ?君は一体......」


「真っ当な質問だろうな。故に答えるとしよう。ここは何処でも無いセカイ。或いは世界の外」


 世界の外という要領を得ない回答。


「そして私は、先ほど言ったように神というやつだよ」


 続けられた神という単語。


「申し訳ないんだが、正直意味がわからない......」


 隼太は自身の思った言葉をそのまま口にする。


 そんな隼太に対して、今度は呆れた様な表情になったシラホシが言葉を紡ぐ。


「思うに白崎隼太、お前が私の言葉を理解できない理由はお前自身の短い人生、2回併せても25年と言う短い時間に身についた常識が原因だろう。一度ソレを捨て、私の言葉を素直に受け入れろ。でなければ私とお前の会話はこれ以上に先に進むことはできないぞ」


「なっ......!」


 シラホシの言葉を受け驚愕の声が口を突く隼太。


 彼女が今語った内容は――


「少しは私の言葉を信じる気になったか?そうであれば一度座ると良い。立ち話はなんだからな」


 言いながら、シラホシが右手を軽く振ると、一瞬の煌めきの後隼太とシラホシの間に豪奢な装飾のされた椅子と机が出現した。


 腰を下ろしたシラホシは、自身の向かいに座るよう顎で示す。


 自分以外が知るはずの無い事を語り、今もまた何もない空間に椅子と机を生み出した――そうとしか表現のしようがない――少女に対して反論の言葉が見つからない隼太は、示された椅子に腰を下ろす。


「話の続きができそうで安心したよ、白崎隼太」


「受け入れられた訳じゃない......だけど、自分の目で見た事を信じない訳にはいかないだろ」


「それで構わない。大事なのはこれから話す内容の方だからな」


 満足気な表情のシラホシはいつの間にか持っていたティーカップに口を付けながら言葉を続けた。


「まずは確認からだ。白崎隼太、お前は全てを覚えているな?」


「全て......」


「そう、全てだ。切り込んだ言い方をするなら1度目の人生と2度目の人生について」


「それは......あぁ覚えている。俺は別人として、だけど2度目の人生は1度目の人生の記憶を持って生きて、死んだ。その全てを、俺は覚えている」


 納得するように一度首を縦に振ったシラホシは、手に持っていたティーカップを机に置いた。


「そうであれば話は早くなる。お前が経験した2度の人生は確かに本物だった。そしてすべてが事実だった。この意味が分かるか?」


「それは、つまり2度目の人生で目にした25世紀の有様の事を指しているのか......?」


「その通りだよ、白崎隼太」


 あの世界が、本当に訪れた現実だったと断言するシラホシ。


 勿論、隼太自身頭では理解しているつもりだった。


 5年という短い人生ではあったけど、そこで過ごした時間は、感じた全ては本物だったと。


 だが、今この瞬間、白崎隼太として、傷一つ無い体で此処に座っていることで、薄々ではあるが、あの人生を夢だったのではないかと疑問に思い始めていたのだ。


 シラホシの言葉は、そんな隼太の疑問を即座に打ち砕くものだった。


「あんな世界になったのか原因は何だと思う?」


「それは、戦争や自然災害が理由なんじゃないのか?」


 つい、質問に質問で返すように答えてしまう隼太。


 シラホシの語る様に、もちろん隼太自身25世紀で疑問に感じた。


 そして未来で知った断片的な情報から、戦争と自然災害こそが理由だと隼太は納得していたのだ。


「なるほど、確かに直接的な理由はお前の語るとおりかもしれない。だが、私が言っているのは原因......根底にある、流れの大本の事なんだよ」


「流れの、大本......」


「そうだ。――わからないか?」


 瞬間、シラホシの表情が消える。


 人間離れした美貌を備える彼女の無表情に、言葉に出来ない恐怖を感じる隼太。


 底冷えするような冷たい視線で、無表情なシラホシは隼太に向けて指を指す。


「お前だよ、白崎隼太。お前こそが、あの荒れ果てた世界、どうしようもなく袋小路に行き詰ったあの世界の原因だよ」


「......俺が、原因......?」


 無表情のまま、美しい銀の瞳が俺を射抜くように見つめる。


 意味がわからなかった。


 自分が原因だと言われ、自身の20年の人生を思い返してみても理由などわかるはずも無い。


 そもそも、一人の人間の、それも20年と言う短い生涯で成した行いが原因で、あんな世紀末の様な世界になったなどと納得できるものではない。


 それはあまりにも滑稽で、ふざけた話だと一笑に付してしまっても仕方ない事に思える。


 ......だが


 ありえないと言うしかない、その内容を語ったのは、神を名乗る少女。


 そこまでの過程で語った言葉は、目の前で彼女の手によって起こされた現象は、彼女の存在を認めるより外には無いと隼太に感じさせていた。


 暑さなど微塵も感じ無いにもかかわらず、隼太の頬を汗が伝う。


「俺が一体、何をしてしまったんだ......」


 彼女の言葉を受け入れ、感じるままに疑問を口にする隼太。


 そんな隼太の向かいに座るシラホシは、無表情から一転、怒気を露わにして隼太に捲し立てた。


「何をもなにも、お前が7股掛けた挙句答えも出さないまま勝手に死んだからに決まっているだろうがっ!!」


「な、7股!?」


「そうだ......お前は一人で突っ走り、自己犠牲でもって愛する少女達を助けたつもりだろう。なるほど、確かにあの瞬間についてはその通りかもしれない。政敵によるウイルステロは失敗に終わり、アリア王女をはじめとした少女たちは救われた」


 だが、と一度言葉を切り、なおもシラホシは続けた。


「お前は代わりとばかりに彼女たちに決して消えない心の傷を残した。残された者達のその後を少しでも考えたか?答えを聞けず、誰も選ばれずに想い人に置いて行かれた少女達の気持ちが、お前にはわかるか?」


 シラホシの語る言葉は、置いて行ってしまった少女達の心を慮ったのかという問いかけは、隼太の心に深く突き刺さった。


 彼女達をないがしろにしたつもりなど無かった。


 己の良心に従い、自身の全力を尽くし、彼女達の為に生きたつもりだった。


 だが......そうだとしても、結果はどうだったのだろうか。


 どこまでも真っすぐな彼女たちの気持ちに答えも出さず、なぁなぁにしながら、出すべき答えを出さず過ごした暖かい日々。


 ともすれば彼女達に甘えながら、明確な答えを出すこともなく死んだ自分は......


 うなだれる隼太に対して、シラホシは更に言葉を続ける。


「お前が知る由もない彼女達のその後を教えてやろう。白崎かなで、草薙藍那は時を置かず自死した。エイナ・ハーネスはお前を死に追いやった者達の残党狩りに人生を捧げその最中で命を落とした。朝風春華は心が壊れた。アリア王女と朱鈴々は子をなさず、孤独に民と構成員を率いて生きた。そして速水リオンは死者の蘇生と言う不毛な研究に一生を費やした」


 聞かされる、愛した少女達の末路。


 最早顔を上げる事も出来ず項垂れる隼太の両の瞳からは、とめどない涙が流れる。


「もしもお前が彼女達との関係にしっかりとした答えを出していれば、或いは出会ってすらいなければ彼女達は間違いなく世界に大きく貢献していたはずなのだ。特に速水リオンが無駄にした頭脳は、本来であれば後の世界で人類の為に大きく活かされた筈だ」


 隼太は無言でシラホシの言葉を聞き続ける。


「もう一度言おう。白崎隼太、お前の人生は、選択は間違いだったのだと」


 告げられる、神の言葉。


 存在の否定に等しいその言葉を受けた隼太の心は、絶望という真っ黒な感情に染められていった。


 今になって、隼太は思う。


 この場所は、或いは天国と地獄への振り分けを行う神による審判の場なのではないかと。


 2度目の生を記憶を保持したまま迎え、凄惨な未来を直視させたのも


 1度目の人生の過ちを聞かせられるのも


 罪の意識を自覚させるための、審判の過程なのではないかと、そんな風に思えた。


 そんな隼太の思いを証明するように、おもむろに隼太に歩みよったシラホシは、隼太の胸倉を掴み上げ、強引に隼太の顔を自身に向けさせ問いかけた。


「白崎隼太よ。問おう――己の選択に僅かでも後悔はあるか?」


「......俺は......」


「お前に告げた結果には一つの偽りもない。何者も救えず、愛する者を傷つけたお前は、彼女達と出会うべきではなかったのではないか?」


 断罪するような口調で神は静かに隼太の顔を見つめる。


 神の審判を受ける隼太の胸を過るのは、昔日を過ごした少女達との思い出。


 自身が傷つけた少女達の顔を思い出しながら、折れかけた隼太の口から、自身の過ちへの後悔が、零れそうになる。


 だが――


 絶望に染まった隼太の心 


 その奥底に、パンドラの箱の底に眠ると言われる希望の如く光る少女達からの言葉


『助けてくれて、ありがとう』


『大好きだよ、隼太ハヤタ(お兄ちゃん)』


 そんな少女達から向けられた言葉一つ一つが、折れかけた隼太の心を支えていた。


 そうだ――出会わなければよかっただなんて、思えるはずはないのだ。


 自己満足だと言われようとも、たとえ神様から間違っていたと断じられたとしても


 少なくとも、その一瞬一瞬で彼女達を救うために命を懸けた自分の選択は、決して間違ってはいなかったと。


 結果として地獄に落とされる事になったとしても、心を偽る事はやめよう――


 決意を秘めた瞳で、隼太は眼前のシラホシと瞳を合わせる


「俺は、そうは思わない。彼女達への罪悪感は死んでも償えない様な絶望的なものだったとしても......俺は自分の選択に後悔はしたくない。まして彼女達と出会わなければよかったとは、嘘でも言えない」


「それはつまり、もしまた同じ人生を生きるとしても、同じ選択を選ぶということか?」


「――ああ。」


「そうか。それが白崎隼太、お前の答えなんだな」


 銀の瞳を閉じたシラホシは、隼太から手を放すや、空中に現れた銀の剣を把持し、隼太の胸に突き立てた。


「その言葉、絶対に忘れるなよ」


 銀の剣に胸を貫かれた隼太の意識は、痛みを感じる間もなく、暗闇に落ちていった。


 意識を失うまでの僅かな時間


 隼太の視界に映った、両手を前に突き出し眩い銀色に輝くシラホシの姿は、紛れもなく神様なのだと、隼太に強く感じさせるのだった。

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