プロローグ-2
いよいよ世界の終わりか、という諦めにも似た思いを浮かべながら少年は荒れ果てた都市の、ひび割れたアスファルトの道路を裸足で歩いていた。
2457年9月20日
見上げる巨大なモニターに表示されているのは自身の生きた時間より遥かな未来を指し示す日付。
今生の少年に名前はなかった。
親と呼ぶべき人間の名前も知らなかった。
生まれた瞬間には自我と自身の名を認識していた少年だが、不幸と言うべきか、今生で少年の両親となった者達は翌日には少年を掃きだめの様な路地裏に捨てた。
フォローの言葉を述べるなら、少年の両親は特別悪辣な人間では無かったということだろう。
繰り返された大国同士の戦争、止まらなかった温暖化による地球環境の変化に起因する人知を超えた自然災害の多発により世界は荒廃しきっていた。
人口など知る術もなかった少年だが、僅かに見聞きする情報や、捨てられた少年を育ててくれた廃寺の主の弁を信じるなら世界の人口は既に1億人を割っているはずだ。
そんな世界で、自分たちの明日の糧すら保証されない世界で、赤子を育てる余裕のある者は決して多くはない。
この世界では、人間は誰しもが生きるために必死なのだ。
少年自身も生きる為に犯罪と呼ぶべき行為に手を染めた。
廃寺で共に生きていた家族とも呼ぶべき少年少女たちと生きる為に。
子供に仕事など無く、糧を得る為に幾度となく闇市で、軍の宿舎で、窃盗に手を染めた。
だから、報いを受けたのだろう。
今朝まで少年が暮らしていた廃寺は、すでに無い。
少年を5年間育ててくれた廃寺のおじさんも
共に暮らし、助け合って生きてきた少年少女も
少年を除いた全員が、軍の報復により死に絶えた。
生き残ったのは、闇市に盗みに向かっていた少年ただ一人。
絶望を感じながら、或いは死に場所を求めながらだろうか。
幽鬼の如き足取りでフラフラと少年が歩いていると、突如としてけたたましい警報音が都市全域に鳴り渡った。
『警告。警告。当該都市周辺の安全は失われました。直ちに避難を開始してください。警告。警告。......』
人の根源にある恐怖心を煽るような警報音と共に、機械的な合成音が繰り返し流れる。
散発的な戦闘が繰り返される都市周辺においては、避難を促す警報は決して珍しい事はではなかった。
しかし、今回の警報はいつもと違う気がした。
『警告。警告。当該都市周辺の安全は失われました。直ちに避難を開始してください。警告。警告。...... 』
普段の警報であれば、これほど警報が繰り返されることはなかった。
避難を促す内容にしてもおかしい。
通常は地域を特定し、周辺のシェルターに避難するよう明示される。
それが今回に限っては都市周辺という広大な範囲。
避難先の明示すら無い。これではどこに避難しろと言うのだろうか。
数々の疑問が脳裏を過る中、次の瞬間少年は警報の意味を知る。
けたたましい警報音に紛れ、大気を震わす様な轟音が空から響き渡っている。
轟音に気付いた少年の視線の先では、赤色に光り輝く流星の様なモノが徐々に大きくなっていた。
コロニー。
23世紀半ば、人類が激変した地球環境から逃れる為に求めた新たなる生活圏。
地球の衛星軌道上に建造されたソレは24世紀半ばからの大戦により満足な維持ができなくなり、事実上放棄された。
何故それが落ちてくるのか、理由など少年にはわからなかったが、一つの実感があった。
きっとこれは終わりの始まりなのだろうと。
少年の居る都市から程ない場所に落下するコロニーの直撃を認識する間もなく
少年――前世の名を白崎隼太――は、2度目の生涯に幕を下ろすのだった。