山茶花ちゃんが食屍鬼であることの一考察
山埜山茶花ちゃんは、私の友達だ。
ロングヘアの毛先だけ紅く染めているお洒落な髪型で、それが抜群に似合う日本人離れなハッキリとした顔立ち。
モデルさんみたいに背も高いので、学校でも街中でも、すれ違った人のほとんどが振り返る。
頭髪やピアスのことで先生に怒られて涙目になったりしていて、お馬鹿だなとも思うけど。
山茶花ちゃんと友達であることは、なんの取り柄もない私の唯一の自慢だ。
しかし最近になって、山茶花ちゃんといっしょにいると疑問に思うことが増えてきた。
それは、”山茶花ちゃんが食屍鬼、グールなのではないか”という疑いだ。
グールとは、人間の死体や小さな子どもを食べる怪物のこと。
伝承によっては、自らの姿を変化させられる悪魔で、美女になって魅了した男を食べたりもする。
ゲームや小説、漫画などにもゾンビと類似の存在として登場するので、すでにご存じの人もいるかもしれない。
フィクションの話と現実を混ぜ合わせている、そう思われても仕方ないだろう。
だから、これから私が山茶花ちゃんを疑うようになった根拠を述べていく。
こうして小論を残すのは自衛のため、ひいては私が山茶花ちゃんに食べられたときの証拠とするためだ。
願わくは、私の推論がまったくの見当外れとなればいいのだが。
◇◆◇◆◇
根拠、そのいち。
序論で述べたように、グールは美貌によって獲物を魅了する。
山茶花ちゃんも例に漏れず、めちゃくちゃ美人だしめちゃくちゃ可愛い。
どうしてそんなに可愛いの、と尋ねたことがあった。
そのときの返答が。
「えぇっ? ヒメちゃんの方が可愛いよぉ、こんなに愛らしい生き物は他にいないしぃ」
「ちょ、ちょっとっ、下ろしてよ」
うむ、これである。
非常に怪しい。
高身長を活かして小柄な私を抱き上げることで、疑問をうやむやにしたのだ。
きっと、私を籠絡するために美人の姿をしていると悟られたくなかったのだろう。
「あんまり足バタバタさせると、パンツ見えちゃうよぉ?」
「や、やだ……」
いま考えると、これも「おとなしくしていないと何をするかわからないぞ」という脅しだったのかもしれない。
私が必死にスカートの裾を押さえるのを、悪い笑顔で眺めていたし。
食屍鬼というだけあって、やっぱり鬼なのだ。
「このまま持って帰っちゃおうかなぁ?」
「は、放せぇ……!」
このときは学校の昼休みだったので事なきを得たが、もし放課後とかだったらお持ち帰りされていたかもしれなかった。
◇◆◇◆◇
根拠、そのに。
学校の屋上で、お昼ご飯を食べ終わってお菓子を食べていたときのことだ。
「ヒメちゃん、このグミ、すっごい不味いんだってぇ」
「いや、なんで不味いって物を私に……むぐっ」
突然に、山茶花ちゃんが手に持ったグミを私の口に押し込んでくる。
ちらっとしか見えなかったが、なんか黒くて変な形のグミだった。
「ぅっ、ぅぐぇっ……!」
不味いらしいけどひと噛みだけしようかな、と好奇心旺盛だった自分を恨みたい。
噛んだ瞬間に口の中に広がった排気ガスのような匂いと味に、思わずグミを吐き出してしまう。
なにこれ、ホントに食べ物なの!?
「ぉえっ、ま、不味すぎる……」
「あははっ、いまのヒメちゃんの顔、ぶさかわぁ」
私が吐き出したグミは、山茶花ちゃんの手に。
次の瞬間、山茶花ちゃんは、私の唾液でてらてらしたグミをひょいっと口に運んだ。
止める間もなかったし、あまりの不味さに止める元気もなかった。
「ぁむっ……うーん、ホントだぁ、激不味いねぇ」
私の口に一度入った物を、にこにこと笑いながら咀嚼する山茶花ちゃん。
この出来事は、おそらく私の唾液を摂取することが目的だったに違いない。
というか、あんなに不味いグミを食べられるという時点で、人間でないのは確定していると言えるだろう。
◇◆◇◆◇
根拠、そのさん。
休日に山茶花ちゃんといっしょにスイーツの食べ放題に行ったことがある。
それなりのお値段なだけあって、ケーキやマカロン、パフェなどの甘い物だけではなく、パスタやサラダなどの種類も豊富だった。
「……山茶花ちゃん、まだ食べるの?」
「ん? まだお腹いっぱいじゃないからねぇ」
私の問いに、山茶花ちゃんはあっけらかんと答える。
何度追加したのかわからない、ケーキが山盛りのお皿を右手に。
普通に一人前はありそうな、たらこパスタのお皿を左手に。
私なんて、山茶花ちゃんが取ってきたケーキをちょこちょこ貰いつつ、ようやくケーキ全種類を制覇したところだったのに。
というか、もうひとかけらの砂糖もいらないぐらいだ。
「いったいどこに入るって言うんだ……」
私は、山茶花ちゃんの腹部を見ながら独りごちる。
今日の山茶花ちゃんはトップスのシャツの裾を結んで、へそ出しコーデ。
綺麗なおへそにも目が引き込まれるが、本当に恐ろしいのはあれだけ食べてもすっきりとしたウエストだ。
「ちょっと、あんまり見ないでよ、えっちぃ」
山茶花ちゃんは恥ずかしそうにお腹を隠そうとする。
しかし、両手にお皿を持っているため上手くできないみたいだ。
私のターンになることは珍しいので、これ見よがしにジロジロと眺める。
「もうっ……!」
口をとがらせた山茶花ちゃんがお皿をテーブルに置いてから、私の隣にとすっと座った。
その状態でもお腹がぷにっとしていないから、やっぱり山茶花ちゃんはグールなのだろう。
私たち人間とは、栄養の摂取方法が異なると考えられる。
「えっちなヒメちゃんなんてペロッと食べられちゃうんだから、覚えておいてねぇ」
一口でパクッとケーキを処理しながら、山茶花ちゃんは私を睨んで言った。
なるほど、山茶花ちゃんがたくさん食べるのは、いつか私を食べるときの予行練習をしているのだった。
◇◆◇◆◇
根拠、そのよん。
私の部屋でくつろいでいるときの話だ。
私がベッドの上に座り、壁にもたれて本を読んでいて。
そして、山茶花ちゃんは、その私の太ももに頭を預けて横になっていた。
「……ヒメちゃんって、なんか良い匂いする」
寝ていたわけではないだろうが、ぽわんとした声が下から届く。
私は読んでいた本を閉じて、とろんとした目に視線を落とした。
すると、綺麗な髪を散らばらせて微笑む山茶花ちゃんが視界いっぱいに広がっていて、少しドキリとしてしまう。
「お母さん、柔軟剤変えたって言ってたから、それかな」
平静を装った私の言葉に、山茶花ちゃんは「ふーん」と小さく返してくる。
自分の家の匂いって自分ではわからないよね。
私からすると、山茶花ちゃんから立ち上る匂いに鼻が奪われてしまっているのだけれど。
なんだろう、しっかりと主張してくるけど全く嫌な感じがしない、不思議な香りだ。
香水でもつけてるのかな。
「ふむ……」
「ちょっと、山埜山茶花、なにをしている?」
中に着ているキャミソールごと私のシャツをめくり、それだけでは飽き足らずもぞもぞと服の中に頭を突っ込んできた山茶花ちゃんに、私は強い口調で詰問する。
山茶花ちゃんの頭でお腹の部分がぽっこりとしていて、妊婦さんにでもなった気分だ。
「柔軟剤じゃないね。ヒメちゃん自身が良い匂いなんだよ」
「ぅくっ、しゃ、喋らないで……!」
もごもごと山茶花ちゃんが喋る息が、お腹に当たって非常にくすぐったい。
逃げようとしても、いつの間にか山茶花ちゃんは私の背中に腕を回していて、がっちりと掴んで離してくれない。
「はぁ、なんか安心する匂い……はふはふ……」
「ぁはっひゃっ、私、ぅふっ、お腹弱いかも……!」
私の要求をまったく聞き入れてくれない上に、大げさに息を吸ったり吐いたりしてくる。
体格に劣る私が山茶花ちゃんを引き剥がせるはずもなく、必死に耐えることしかできない。
さらに、あろうことか。
「……ぁむっ」
「あっ!?」
私のおへその横あたりを、山茶花ちゃんは口を大きく開いてぱくっとくわえ込んだのだ。
見えてはいないから、想定の光景だけれど。
口の中の粘膜か舌が冷たく触れて、変な感じに私のお腹をくすぐってくる。
「はふはふ、れろれろ……」
「ぁっ、ぁああっ……ぃっ、ぃううぅっ、や、やめっ……?」
あむあむと私のお腹をリズミカルに食んでいく山茶花ちゃん。
その唇がくすぐったいのか、それとも吐息がくすぐったいのか、もうわけがわからなくなっていく。
「……えへへぇ、ヒメちゃんのお腹、なんかしっとりしてきたぁ」
しばらく私のお腹を弄んで満足したのか、山茶花ちゃんはもそもそと服の中から頭を這い出してくる。
私は、めくれたままになっているだろう服の裾を直す気にもなれない。
「はぁ、はぁ……」
ちょっと、無理……怒りたいけど、上手く息ができない。
ベッドに横たわった状態で、私はお腹丸出しのまま息を整える。
「あら、やりすぎちゃったぁ? ごめんねぇ」
山茶花ちゃんが謝りながら、まるで治療行為であるかのように私の唇をはむはむとついばむ。
でも、むしろ息がしづらくなるんですけど?
それに、キスぐらいで許される行為じゃなかったんだからねっ!?
ホントに息できなくて死ぬかと思った!
私のお腹を食べちゃう山茶花ちゃんは、絶対にグールっ! 間違いないっ!
◇◆◇◆◇
さて、いかがだっただろうか?
山埜山茶花ちゃんがグールであることが、読者のみんなにはわかってもらえたと思う。
しかし、まだ疑っている一部の人への配慮を行う必要があることも事実だ。
私も研究者として、万人に受け入れられる正しい論文を書きたいからね。
「というわけで、山茶花ちゃん、あなたはグールですねっ!」
学校の帰り、山茶花ちゃんの住み処に乗り込んだ私は、ビシッと名探偵よろしく人差し指を突きつける。
不意も突かれたようで、なにも言えなくなっている山茶花ちゃんの姿は痛快だった。
「ふふんっ、いまさら誤魔化そうたって遅いんだけどね。なにか弁明したいなら聞いてあげなくもないよっ」
「えっとぉ……グールって、なにぃ?」
山茶花ちゃんは、きょとんとした表情のまま首を傾げつつ呟く。
あくまでしらばくれるつもりなのだろうが、私から逃れられると思わない方がいい。
「グールというのは、かくかくしかじか――」
私がグールの説明やら山茶花ちゃんへの疑いの根拠やら話すのを、山茶花ちゃんは「ふんふん」と頷きながら聞いている。
「――というわけで、山茶花ちゃんはグールなの。きゅーいぃでぃっ!」
一気にたくさん喋って疲れたけど、山茶花ちゃんが用意してくれたジュースを飲んで一息つく。
うん、甘くて美味しい。
なんて、私が舌鼓を打っているところに、ガチャと鍵がかけられるような音が響く。
音の方に目を向けると、ちょうど山茶花ちゃんが部屋のドアから手を離すところだった。
「あれ、山茶花ちゃん?」
たぶん、鍵をかけたんだよね?
まさか私を逃げられなくするためでもあるまいし、いったいどうしたというのだろうか。
山茶花ちゃんは、私の呼びかけに答えない。
無表情のまま、ゆっくりと歩み寄ってきて。
ベッドに座る私の隣に、腰と腰がくっつくぐらいの距離で座った。
「ぁっ……えっと、ちょっと待って……?」
少し怖くなって、私は距離を空けようとする。
しかし、いつの間にか背中に手を回されていて、ぐっと肩を引き寄せられた。
「っ!」
一瞬で、触れ合うぐらいに近くなる二人の顔。
山茶花ちゃんの可愛さを5センチ未満で直視するのは危険だ。
そのため、私は慌てて俯いた。
しかし、その視線の先には、シャツのすき間から覗く山茶花ちゃんの胸元が。
あわあわと目を泳がせてから、けっきょくぎゅっと目を瞑って解決させる。
「ヒメちゃん」
うん、わかってるよ。
根本的な問題を後回しにしただけだって。
「な、なに……?」
閉じた視界の中で、私は山茶花ちゃんに問いかける。
すると、耳もとから声が返ってきた。
吐息を感じるぐらいに、近く。
「バレちゃったら、しょうがないよねぇ」
「ぁっ……」
精神的な怖さと物理的なくすぐったさが相乗的に私を責め立ててきて、思わず声が漏れる。
漏れた声を恥ずかしいと感じる間もなく、山茶花ちゃんの返事は続いた。
「えっと、なんだっけ……えっ、グール? グールだから、ヒメちゃんを食べちゃうぞぉ」
よく考えると、この状況はかなりのピンチだ。
退路は断たれているし、目の前のグールには身動きを取れないように捕まえられている。
「いやっ、た、助けて――っ!」
グールだから懇願なんて聞く耳を持たないのか、山茶花ちゃんが私の耳朶をぱくっと口に含んだ。
私の脳髄にピリッと刺激が走り、思考回路をぐちゃぐちゃにしようとしてくる。
「わ、私、食べられちゃうの?」
頭がおかしくなる前になんとかしなければ、本当に食べられてしまう。
そう思って、私の耳たぶを味わっている山茶花ちゃんとの対話を試みる。
いや、腐っても友達、ちゃんと話し合えば必ず助けてくれるはずだ。
「ヒメちゃんのパパとママに挨拶しに行かなきゃねぇ。娘さんをいただきましたって」
「ひ、ひどいっ……!」
山茶花ちゃんと話し合えると思っていた、数瞬前までの愚かな自分が恨めしい。
この怪物は、娘を食べたとお父さんとお母さんに報告しに行くつもりのようだ。
なんて鬼畜な所業だろうか、まさに鬼と言うほかない。
「ちょっと我慢できなくなってきたぁ」
そう呟くと同時に、山茶花ちゃんは私の耳に舌を這わせてきた。
「やっ、ぁっ、だめ……」
耳のでこぼこをひとつひとつ確かめるように、じっくりとねっとりと舌先が踊る。
私は嵐が過ぎ去るのを待つような心持ちで、山茶花ちゃんの腕をぎゅっと掴んでいることしかできなかった。
やがて、嵐が止んだ。
かと思ったら、ただの呼吸、ワンクッション、もっと大きな嵐の前の静けさ――だったらしい。
「ひっ……ぁっ、ぁああぅっ!」
山茶花ちゃんのすぼめられた舌先が、私の耳の穴を侵していく。
奥にまで入り込んでいるはずがない。
それがわかっているはずなのに、山茶花ちゃんの舌から感じるぞわぞわとした音と触りは、私の脳全体に広がって。
正常な私の思考を、余さずに食べていく――
まだ”私”がまともであるうちに、記しておかなければならない。
この一考察は残念ながら、ここで終わりだ。
これ以上、山茶花ちゃんが私を食べるところを書いてしまうと、子どもに刺激が強すぎる。
せっかく書いた論文を、どこにも発表できなくなってしまったら心苦しいからね。
ここまで読んでくれたみんな、どうかわかってもらえると嬉しい。
――では、私は山茶花ちゃんに食べられに戻るとしよう。
みんなも、グールには気をつけるんだよ。