『夏波揺籠(なつなみゆりかご)』2:3
夏波揺籠
斎藤和夫♂ 斎藤家のお父さん。
斎藤玲子♀ 斎藤家のお母さん
斎藤風太♂ 斎藤家の息子
斎藤美稀♀ 斎藤家の娘
ヒナ♀ 海で倒れていた謎の少女
夏の海
SE波の音
風太は海を見つめている。思いつめた表情だ。
風太「はぁ……ん?」
倒れている女の子を見つける風太。
ヒナ「……んん……」
風太「だ、大丈夫ですか!?」
ヒナ「……ん……ここは……どこ……?」
風太「あぁ……」
ヒナ「私は……誰?」
風太「えっと……凄いベタなセリフだけど……もしかして……」
ヒナ「あなたは……誰?」
風太「記憶喪失?」
ヒナ「……わからない」
風太「えぇ……」
ヒナ「……」
風太「あぁ……取り敢えず警察……」
SEお腹の鳴る音
ヒナ「……お腹空いた」
風太「え?」
ヒナ「お腹空いた」
風太「えっと……うちに、来る?」
ヒナ「(うなずく)」
風太「……」
間
斎藤家の食卓。
ヒナ「(ご飯を凄い勢いで食べている)」
美稀「で?お兄ちゃん……この人は?」
風太「さぁ」
美稀「さぁって……」
和夫「まぁ、いいじゃないか!飯は人が多い方が美味いってもんだ!」
美稀「そう言う問題?」
ヒナ「おかわり!!」
美稀「え、これで三杯目だけど……」
玲子「いいじゃない!よく食べる子は良く育つって言いますし」
ヒナ「お~か~わ~り~!」
美稀「はぁ……」
和夫「そう言えば、お嬢ちゃん、名前は?」
ヒナ「名前?」
和夫「そ、名前!ちなみに俺は和夫だ。斎藤家の大黒柱をしている!」
ヒナ「和夫」
風太「俺は風太」
ヒナ「風太」
美稀「……」
風太「おい……」
美稀「……斎藤美稀です」
ヒナ「美稀」
玲子「斎藤玲子です。斎藤家のお母さんですよ~」
ヒナ「えっと……私は……」
考えるが自分の名前を思い出せない。
和夫「自分の名前、思い出せないのか?でも、それだと色々と困るなぁ」
玲子「じゃあ、私達でこの子の名前を考えてあげましょ」
和夫「そうだな……じゃあ、俺達で考えるか!」
美稀「え、この人の名前を?」
風太「俺達が?」
和夫「君らしい名前を考えてやる!」
ヒナ「うん……面白そう!考えて!」
和夫「そうだなぁ……」
風太「う~ん……ちびこ」
ヒナ「却下!」
美稀「めいちゃん……とか」
ヒナ「う~ん」
和夫「エリザベス!!なんてどうだ?」
ヒナ「なんで外国人!?」
風太「パー子……」
美稀「タマちゃん……とか?」
和夫「ジョセフィーヌだ!!」
ヒナ「う~ん……」
玲子「じゃあ……ヒナちゃん、なんてどうかしら?」
ヒナ「ヒナ……ヒナがいい!」
和夫「お、いいじゃねえか!ジョセフィーヌの次にいい!」
美稀「その名前はダメ!!」
ヒナ「……え?」
風太「どうしたんだよ、急に大きな声出して」
美稀「いや……えっと……」
ヒナ「?」
美稀「何でもない……私……お皿洗ってくる!」
風太「おい、美稀!」
和夫「あぁ……悪いな、あいつ難しい年頃なんだよ」
ヒナ「う、うん……」
和夫「気にすんな!さ、もっと食え食え!」
玲子「……」
和夫「あぁ、そう言えば。記憶がないって事は、帰るところも思い出せないって事なんだよな?」
ヒナ「はい……」
和夫「じゃあ、しばらくうちに居ると良い!」
風太「いいのかよ」
和夫「仕方ないだろ?帰る所も分からない女の子をほっぽり出す訳にはいかん!」
玲子「はい!自分のお家のように、くつろいでくださいね!」
ヒナ「いいんですか?」
玲子「はい!」
ヒナ「じゃあ、お言葉に甘えます!」
風太「一応、年頃の男の子もいるんだけど……」
ヒナ「よろしくね!風太!」
風太「お、おう……」
間
SE波の音
風太が一人で海に来ている。
風太「……はぁ」
海を見つめながらきらきら星を歌う。
風太「きらきらひかる……お空の星よ……まばたきしては……」
ヒナ「ふうたを見てる……きらきらひかる……お空の星よ 」
風太「なんだ……ヒナか……」
ヒナ「風太、よくこの海に来てるね」
風太「……うん。ここに来ると落ち着くんだ」
ヒナ「そっか」
風太「……」
ヒナ「……」
風太「そう言えば、何か思い出せそう?」
ヒナ「う~ん……全く」
風太「そっか」
ヒナ「あ、でも……私も好きなの。きらきら星」
風太「きらきら星?」
ヒナ「さっき歌ってたでしょ?」
風太「あぁ……母さんがさ、よく歌ってくれたんだよ。子守歌」
ヒナ「子守歌」
風太「うん」
間
ヒナ「そう言えばさ……風太、学校には行かないの?」
風太「え?」
ヒナ「ほら、美稀は毎日学校行ってるのに、風太が学校に行ってるの見た事無いなぁ~って」
風太「ほっとけ……」
ヒナ「まぁ、いいならいいけど」
長めの間
風太「俺さ……死のうと思ってたんだ」
ヒナ「え?」
風太「……俺がいない方が、色々上手く行くんじゃないかって思って」
ヒナ「なんで?」
風太「高校受験……失敗して、行きたい高校に行けなくて……高い授業料払ってさ、私立の高校入って……それだけでも凄い家族に迷惑かけたのに、人間関係で失敗して、今では全く学校に行ってない。毎日毎日、死んだように生きてる……だったらいっそ……死んだ方がいいかなって」
ヒナ「ダメだよ!!」
風太「え?」
ヒナ「死んだらダメだよ……死んだらダメ……絶対にダメなんだから!」
風太「ヒナ?」
ヒナ「私は、風太が生まれてきてくれて凄く嬉しかった……本当に本当に嬉しかった……だから、もう二度と、死にたいとか言わないで」
風太「……」
ヒナM「あれ?なんで私、こんな事言ったんだろ……」
風太「……」
ヒナ「あ……ごめん……」
風太「いや……ありがとう」
ヒナ「うんん……こちらこそ、ありがと?」
風太「何のありがとうだよ」
ヒナ「えっと……生まれてきてくれて……かな?」
風太「ぷっ……(笑う)なんだそれ……そろそろ、家に戻るか」
ヒナ「うん」
間
斎藤家の食卓。
ヒナ「おかわり!」
美稀「……(ご飯をよそってあげる)」
和夫「沢山食えよ、ヒナ!」
風太「ヒナ、醤油取って」
ヒナ「はい(醤油を渡す)」
風太「さんきゅー」
美稀「……はい(ご飯のお代わりを渡す)」
ヒナ「ありがと、美稀!(ご飯を沢山食べる)」
和夫「いい食いっぷりだな!ヒナ!」
玲子「育ち盛りですもんね」
ヒナ「育ち盛りって言っても、風太と美稀よりは年上だけどね」
風太「ん?……そうなの?」
ヒナ「うん!私18歳だもん」
風太「俺の2個上か……見えない」
ヒナ「チビで悪かったわね!」
和夫「ヒナ、醤油取ってくれ」
ヒナ「はい」
美稀「……」
玲子「美稀ちゃん?どうしたの?」
美稀「……」
和夫「どうしたんだよ」
美稀「お父さんは……何とも思わない訳?」
和夫「ん?何がだよ」
美稀「……」
ヒナ「美稀?」
美稀「馴れ馴れしくしないで」
ヒナ「あぁ……ごめん」
美稀「お父さん、なんで普通な顔してこの子をヒナって呼べるの?それとも、本当に忘れちゃったの?」
和夫「……何のことを言ってるのか、さっぱり分からん」
美稀「……最低!(走って外へ出て行ってしまう)」
風太「美稀!」
玲子「美稀ちゃん!!」
風太「美稀の所、行ってくる」
和夫「あぁ、頼んだ……」
風太、美稀を追いかけて行く。
ヒナ「……ヒナって名前に、何かあるんですか?」
和夫「ヒナは、気にしなくていい」
ヒナ「……」
玲子「和夫さん……」
ヒナ「……(和夫を見る)」
玲子「……」
和夫「…………はぁ……分かった。ヒナ、少し話したい事があるんだが……いいいか?」
ヒナ「……うん」
間
美稀は海辺で泣いている。
美稀「……(泣いている)」
風太「美稀……」
美稀「お兄ちゃん……こっち来ないで」
風太「んな訳には行かねえだろ……」
美稀「……」
風太「はぁ……ヒナの何が気にくわないんだ?」
美稀「別に……あの子の事が気にくわないんじゃない」
風太「じゃあ、なんなんだよ」
美稀「お兄ちゃん……お母さんの日記、読んだことある?」
風太「は?日記?そんなのあるのかよ……知らなかった」
美稀「この前、偶然読んじゃったの……まだ、お兄ちゃんも生まれて無かった頃の日記」
風太「それで?それとヒナにどんな関係があるんだよ」
美稀「お姉ちゃんの名前……」
風太「は?」
美稀「お姉ちゃんの名前……ヒナって名前は、生まれて来ることが出来なかった……私達のお姉ちゃんの名前なんだよ」
風太「……」
間
和夫「ヒナって名前は、俺と玲子の間に出来た、初めての子どもの名前なんだ」
ヒナ「……え?」
和夫「美稀はそれを知って、だから、ヒナをヒナと呼ぶことが許せないんだろう」
ヒナ「そんな……和夫さん、玲子さん。私を違う名前で呼んで!私がもし美稀の立場でも、それは怒る……と言うか、今私は怒ってる!なんで私に、そんな名前……今すぐ別の名前で呼んで!」
玲子「それは、出来ません!」
ヒナ「え?」
和夫「そうだな……俺も、ヒナの事はヒナと呼び続ける」
ヒナ「なんで?」
玲子「それが、あなたの名前だから」
ヒナ「私の……名前?」
玲子「そう……あなたの名前」
ヒナ「どう言う……」
玲子「あなたの顔を見て、すぐに分かった……あなたが、ヒナちゃんなんだって」
ヒナ「……っ!?(頭に声が響いて来る)」
玲子M「和夫さん……女の子ですって」
和夫M「おぉ、そうか!じゃあきっと、玲子に似て美人な子なんだろうな!」
玲子M「和夫さんに似て、不器用で優しい女の子ですね」
和夫M「あ、そうだ!名前を考えよう!」
玲子M「そうですね!」
和夫M「エリザベス……ジョセフィーヌ……」
玲子M「真面目に考えてください」
和夫M「いや、俺はいたって真面目だ!」
玲子M「う~ん……ヒナ……ヒナがいいです!」
和夫M「おぉ!いいな、ヒナ!ヒナ~お父さんですよ~」
玲子M「ヒナちゃ~ん、元気に生まれてきてくださいね~」
和夫M「きっと元気に生まれて来るさ!」
玲子M「そうですね……きっと!」
お腹をさすりながらきらきら星を歌う。
玲子M「きらきらひかる……お空の星よ……まばたきしては……ヒナちゃん見てる……きらきらひかる……お空の星よ」
間
ヒナ「……私が……ヒナ……?」
玲子「そう……あなたはヒナ……」
ヒナ「……私が……ヒナ……」
玲子「そう……あなたがヒナ……私達の」
和夫「俺達の子だ」
ヒナ「……くっ……(涙を流す)お母さん……お父……さん……」
玲子「ヒナちゃん……」
玲子がヒナを抱きしめる。
ヒナ「うぅ……ごめんなさい……私……生まれて来れなくて……いっぱいいっぱい、お母さんとお父さんの事、悲しませた……ごめんなさい……ごめんなさい!!」
玲子「うんん……謝るのは私の方……産んであげられなくて……ごめんね」
ヒナ「(泣く)」
和夫「よしよし……大丈夫だ……大丈夫(二人を優しく抱きしめる)」
まるで産声のようにヒナの泣き声が部屋に響いた。
間
ヒナは泣き疲れて玲子の膝で眠ってしまった。
ヒナ「……(眠っている)」
玲子「寝ちゃいましたね」
和夫「本当にヒナ……なんだよな」
玲子「ええ……」
和夫「って事は……この子も」
玲子「……はい」
和夫「そっか……」
沈黙。
玲子「和夫さん……」
和夫「ん?」
玲子「私は和夫さんの事……大好きですよ」
和夫「な、なんだよ……急に。照れるじゃねえか」
玲子「この子を見てると……いや、三人の子ども達を見てると、和夫さんと一緒になれて良かったなって思います」
和夫「……俺も、玲子で良かった。ありがとうな」
玲子「ずっと一緒にいましょうね……」
和夫「……」
ヒナ「……」
間
ヒナM「ゆらゆらゆらゆら……波に揺られながら、思い出す……やり残した事……三つ……私は両親に謝りたかった……弟と妹に伝えたい事があった……お願いです神様……少しでいいです……私に時間をください……ゆらゆらゆらゆら……波の揺れが徐々に小さくなっていく……そして気付いた時、私はあの場所に倒れていた……やり残した事、あと二つ……私にはきっと……時間がない」
次の日。
美稀「お父さん!私、出て行く!」
和夫「は?」
美稀「これ以上この子の事をヒナって呼び続けるつもりなら、私はこの家を出て行く!」
風太「美稀……お前なぁ……」
美稀「私は本気だから!」
和夫「……」
美稀「なんでお父さんは平気な顔して、その子をヒナって呼べるの?大切な名前なんじゃないの?それとも、お父さんにとって、子どもってその程度のものなの?」
和夫「……なに?」
美稀「何よ!だってそうでしょ?死んじゃった私達のお姉ちゃんの名前なんだよ?その名前を、こんな見ず知らずの女の子に……信じられない」
玲子「美稀ちゃん……」
和夫「はぁ……出て行くってんなら好きにしろ……出て行けるもんならな」
玲子「和夫さん!」
美稀は泣きそうな表情を浮かべる。
美稀「……お父さんは……この子をとるんだ……私じゃなくて……」
和夫「……」
美稀「私の事……恨んでるんでしょ?」
和夫「……」
ヒナ「恨む?」
美稀「私のことが憎いんだ……だからお父さんは、私よりこの子をとるんだ!私なんて……生まれてこない方が良かったって、そう思ってるんでしょ!」
和夫「……っ!」
ヒナ「ちょっと、美稀!お父さんがそんな事思ってる訳ないでしょ?」
美稀「うるさい!あんたには関係ない!私達家族の事に首突っ込まないで!だいたい、あんたがここに来たから悪いんだ!」
ヒナ「……」
美稀「嫌い……嫌い嫌い大っ嫌い!みんな大っ嫌い!あんたなんて……あんたなんて死んじゃえばいいんだ!」
和夫「(美稀の頬を叩く)」
美稀「っ!?」
和夫「ヒナに……謝りなさい」
美稀「っ!!(家を飛び出していく)」
ヒナ「美稀!(美稀を追いかけていく)」
和夫「……(自分の掌を見つめる)」
風太「……今のは、父さんも悪い」
和夫「あぁ……分かってる……最低だ」
風太「なんで父さんは……ヒナって呼ぶ事に拘ってるの?」
和夫「あの子が、ヒナだからだ……それ以外の理由は無い」
風太「……」
和夫「……」
風太「父さん、俺達に隠してる事あるでしょ」
和夫「ねえよ……そんなもん」
風太「ねえ、母さん……」
和夫「っ!?」
玲子「ん?なに?ふう君……」
風太「俺、父さんと話があるから、ちょっと席外して貰えるかな?」
玲子「う、うん……分かった」
和夫「……」
間
ヒナが美稀を追いかけている。
ヒナ「美稀!待って!」
美稀「待たない!ってか、何であんたが追いかけて来るのよ!」
ヒナ「それが私の役目だから!」
美稀「何言ってるのか、さっぱり分かんない!」
ヒナ「つ~か~ま~え~たぁぁぁぁ!!」
ヒナが美稀の手を掴む。
美稀「きゃっ!」
ヒナ「もう逃がさない!」
美稀「離して!」
ヒナ「離さない!」
美稀「離してよ!」
ヒナ「嫌だ!」
美稀「離せ!!」
ヒナ「いや!!」
美稀「離して!!……離してよ……」
ヒナ「……美稀」
美稀「……なんで」
ヒナ「……」
美稀「なんでお父さんは、私の事選んでくれなかったの?やっぱり……私の事……(徐々に涙がこみあげて来る)」
ヒナ「美稀……」
美稀「お父さんは……私の事……」
ヒナ「大好きだよ!」
美稀「え?」
ヒナ「お父さんは、美稀の事、本当に大切にしてる……だから、大丈夫!」
美稀「でも、あんたの事選んだじゃん……」
ヒナ「それは……色々理由があって」
美稀「どんな理由?」
ヒナ「それは……とにかく!お父さんは、美稀の事本当に大切に思ってるから。だから、大丈夫だよ」
美稀「……本当に?」
ヒナ「うん。それに……もうすぐ私はいなくなるから」
美稀「え?」
ヒナ「だから、大丈夫!」
美稀「思い出したの?」
ヒナ「うん……思い出した……全部」
美稀「全部……って事は、名前も?」
ヒナ「……うん。私の名前はヒナ!だから、お父さんが私の事をヒナって呼ぶのは、美稀のお姉ちゃんの名前だからじゃない。私の名前が、ヒナだから」
美稀「……」
ヒナ「って言っても、信じて貰えないかもだけど……でも、もうすぐいなくなるからさ、それまでちょっとだけ我慢して貰えないかな?」
美稀「……分かった。今はそれで納得する」
ヒナ「はぁ……(安堵のため息)」
美稀「でも!お父さんのあの態度は許せない!だから、もう少し家出は続ける」
ヒナ「頑固だなぁ……そう言うところ、お父さんにそっくり……」
美稀「似てない!」
ヒナ「(笑う)あ、そうだ……ついでだから一つ、やり残したこと済ませちゃお……」
美稀「え?何?」
ヒナ「生まれてきてくれて、ありがとね!」
美稀「はい?」
ヒナ「美稀と風太が生まれて来てくれたから……お父さんとお母さんは元気になったんだよ……だから、ありがと!」
美稀「どういう事?何言ってるのか」
ヒナ「分からなくていいよ!今は……さ、家に帰ろ!最後のやり残したこと……やんないといけないから」
美稀「ちょ、ヒナさん!勝手に話し進めないでよ!私はまだ帰んないんだから!!」
間
ヒナ「ただいま!」
美稀「ただいま……」
玲子「おかえりなさい!」
ヒナ「風太とお父さんは?」
美稀「え?」
玲子「二人はダイニングでお話してます」
ヒナ「そっか……」
美稀「えっと……え?」
戸惑う美稀を他所にダイニングに入っていく。
ヒナ「風太、お父さん!美稀の事、ちゃんと連れて帰って来たよ!」
風太「……」
和夫「あぁ、ご苦労!」
風太「父さん?」
部屋に気まずそうに美稀が入ってくる。
美稀「……お父さん」
和夫「……美稀」
美稀「……」
美稀と和夫が同時に頭を下げる。
和夫「ごめんなさい」
美稀「ごめんなさい」
和夫「あぁ……かぶったな」
美稀「う、うん……」
和夫「ぷっ……(笑い合う)」
美稀「(笑い合う)」
ヒナ「ほんと、似たもの親子だね」
美稀「に、似てない!」
ヒナ「似てるよ~」
美稀「似てないって!」
和夫「似てる似てる!なんたって、俺の子だからな!」
美稀「お父さんまで、辞めてよね!」
風太「……」
ヒナ「風太?どうしたの?」
風太「……」
美稀「お兄ちゃん?どうしたの?……なんか顔色悪いけど」
風太「なぁ、美稀……もしかして、そこに……ヒナいたりする?」
ヒナ「……」
美稀「え?何言ってんの?ヒナさんならここに……」
風太「あぁ、もしかして……美稀もグル?俺をからかってるの?」
美稀「それって、どう言う……」
風太「見えないんだよ!」
美稀「え?」
風太「見えないんだ……ヒナの事……」
美稀「どういう事?」
和夫「風太!……本当に、見えないのか?」
風太「見えない……見えないよ」
和夫「……」
ヒナ「えへへ……意外と早かったなぁ……」
美稀「ヒナさん?」
ヒナ「さっき言ったでしょ?……もうすぐ、居なくなるって」
美稀にもヒナの姿が見えなくなる。
美稀「え……あれ?ヒナさん?お父さん……ヒナさんはどこ?」
和夫「……美稀まで」
風太「どういう事だよ、父さん!なんで見えないんだよ……今朝は見えてたのに……なんで……」
美稀「ヒナさんはどこ行ったの?さっきまでここにいたのに……なんで?お父さんは何か知ってんの?」
和夫「……ヒナ」
ヒナ「もう……時間がないみたい」
和夫「……そう……か」
風太「説明してくれよ!父さん!」
美稀「お父さん……」
和夫「……っ……ヒナは……本来、この世にいるべき存在じゃないんだ……」
風太「……は?」
美稀「何言ってるのか分からないよ」
和夫「この子は……斎藤日奈……俺の娘で……お前達のお姉ちゃんだ」
美稀「……え?でも、お姉ちゃんは……死んだって」
和夫「あぁ、死んだ……でも、確かにここにいる」
風太「幽霊……ってこと?」
和夫「……」
美稀「……っ!?」
ヒナM「あ、そうだ……ついでだから一つ、やり残したこと済ませちゃお……」
美稀M「え?何?」
ヒナM「生まれてきてくれて、ありがとね!」
美稀M「はい?」
ヒナM「美稀と風太が生まれて来てくれたから……お父さんとお母さんは元気になったんだよ……だから、ありがと!」
美稀M「どういう事?何言ってるのか」
ヒナM「分からなくていいよ!今は……」
美稀「さっき言ってた……やり残したことがあるって……ヒナさんはその為に?」
ヒナ「……」
風太「どういう事?」
美稀「さっき、ヒナさんが私に言ったの……やり残した事があるって……生まれて来てくれて、ありがとうって」
風太「え?……あっ……(ヒナの言葉を思い出す)」
ヒナM「私は、風太が生まれてきてくれて凄く嬉しかった……本当に本当に嬉しかった……だから、もう二度と、死にたいとか考えないで」
風太M「……」
ヒナM「あ……ごめん……」
風太M「いや……ありがとう」
ヒナM「うんん……こちらこそ、ありがと?」
風太M「何のありがとうだよ」
ヒナM「えっと……生まれてきてくれて……かな?」
風太M「ぷっ……(笑う)なんだそれ」
間
風太「俺にも……そんな事言ってた……生まれて来てくれて、ありがとうって」
和夫「ヒナは、お前達に……ありがとうって伝えたかったんだ」
風太「ヒナ……なんで」
美稀「……ヒナさん、最後のやり残したことをやるって言ってた……」
和夫「……」
風太「最後のやり残したこと?」
和夫「……」
ヒナ「お父さん……」
和夫「……」
ヒナ「お父さん……ごめんね」
和夫「(大きな溜息)……分かった」
風太「父さん?」
和夫「玲子、こっちに来てくれ……」
美稀「え?」
風太「……」
玲子が顔を覗かせる。
玲子「……嫌です」
和夫「玲子」
美稀「ちょっと待って……もしかして……お母さん、そこにいるの?」
和夫「あぁ……ずっと、俺の側にいた……ずっと、お前達の側にいたんだ」
玲子「……」
風太「たまに、父さんが独り言を話すから、初めは幻覚でも見てるのかって思ってた……だって母さんは美稀が産まれてすぐ、死んだんだから」
美稀「そう……お母さんは、私を産んですぐに死んだんだよ……身体が弱いのに、私を産んだから……」
和夫「玲子はそこにいるんだ!!」
美稀「っ!?」
ヒナ「……」
和夫「玲子は……そこにいる」
風太「……」
玲子「和夫さん……私……嫌です!和夫さんと離れたくない……美稀ちゃんと……ふう君と離れたくない……離れたくないです!」
ヒナ「……お母さん」
玲子「ふう君は弱くて、誰かが守ってあげないといけません!学校でもイジメられてるんです……私が……守らないと……美稀ちゃんは、私が死んだのは、自分が産まれた所為だと思ってます……私の代わりに、お母さんになろうとしてます……だから、私が……お母さんがいてあげないと!」
和夫「……」
玲子「和夫さん……お願いです……私を……一人にしないでください……お願いします……お願いします」
ヒナ「……」
和夫「ダメだ……」
玲子「和夫さん……」
和夫「ダメだ……玲子、お前は成仏しないといけない」
玲子「嫌です……嫌嫌嫌!」
和夫「ヒナはどうする!!」
玲子「っ!?」
和夫「ヒナも……俺達の子どもだろ」
玲子「……」
ヒナ「……」
和夫「ヒナが成仏したら、誰があの子の側にいてやるんだ……お前しかいないだろ!」
玲子「……ヒナちゃんも……ここにいましょう。そうしたら、家族全員で……一緒にいられます」
ヒナ「……」
和夫「ダメだ……」
玲子「どうして」
和夫「俺にも、もうヒナの姿が見えないんだ……」
玲子「え……」
和夫「だから玲子……ヒナの側にいてやってくれ……ずっと一人だったんだ……だからお前が……あの子の側にいてやってくれ」
玲子「……ヒナ……ちゃん」
ヒナ「お母さん……ごめんね。私、一人で消えようとも思ったんだよ?でも、ダメだった……どうしても、一人は嫌だって思っちゃた……お母さんは、風太と美稀のお母さんだけど……私のお母さんでもあるんだって……そう、思いたかった……」
玲子「ヒナ……ちゃん……私は、ヒナちゃんのお母さんだよ……ごめんね……もう、一人にしないから」
ヒナ「お母さん……お母さん!!」
玲子「ヒナちゃん……」
抱き合う二人。その二人の姿が徐々に見えてくる。
風太「……っ!?ヒナ……かあ……さん?」
美稀「お母さん……?」
玲子「……美稀ちゃん、ふう君……大きく育ったね(涙を拭いながら)」
風太「うん……」
美稀「お母さん……私、お母さんにずっと謝りたかった……私さえ産まなかったら……お母さんはきっと、もっと生きられたのに……私の所為で……本当に……本当にごめんなさい!」
玲子「美稀ちゃん……私が死んだのは美稀ちゃんの所為じゃない……私は美稀ちゃんが産まれて来てくれるなら、死んでもいいって思ったんだよ。それに、美稀ちゃんがこんなに元気に育ってくれて、本当に……本当に嬉しかった」
美稀「……お母さん……」
玲子「ふう君や和夫さんだけだと不安だけど…… 美稀ちゃんがいてくれたら、お母さんが居なくなっても、安心……いつもお母さんの代わりをしてくれて、ありがとう」
美稀「うん!」
風太「……」
玲子「ふう君……辛い時は逃げてもいい。でも、生きることから逃げちゃダメ……生きてたら、何とかなるから、だから生きなさい。お母さんの分まで元気に!」
風太「……心配かけて、ごめん……俺、もっと強くなる。強い人になるから……母さんの分まで元気に生きる!だから……もう心配しなくて大丈夫だよ。俺、頑張るから!」
玲子「うん……美稀ちゃんの事、お願いね。お兄ちゃんなんだから!」
風太「うん!」
玲子「後……和夫さんの事もお願いね。和夫さんは強いように見えて、本当は凄く弱い人だから」
風太「知ってる」
玲子「ヒナちゃんの事を産めなくて……私と和夫さんは凄く落ち込んでた……でも、あなた達が産まれてくれて、あなた達が元気に育ってくれて、私達は救われたのよ……本当にありがとう!ふう君、美稀ちゃん、ヒナちゃん。三人は私の宝物です!」
和夫「……」
玲子「……和夫さん」
和夫「あぁ……ははは、玲子は……世界一の女だ!世界一の男である俺が言うんだから、間違いない!」
玲子「……無理……しないでください(笑顔で)」
和夫「無理なんて……して……ねえよ……くっ……うぅうぅぅ!!」
玲子「よしよし……そんな泣き虫でどうするんですか……ふう君と美稀ちゃんの事、よろしくお願いしますね」
和夫「……(鼻をすする)あぁ!」
玲子「和夫さん……愛しています」
和夫「俺も、愛してる!」
玲子「(にっこり笑う)……ヒナ……そろそろ行こっか」
ヒナ「うん」
美稀「ヒナ……お姉ちゃん!」
ヒナ「え?」
美稀「お母さんの事、お願いね」
風太「うん、頼んだぜ、姉ちゃん!」
ヒナ「……うん……うん!」
ヒナと玲子が光に包まれ成仏する。
間
和夫「行っちまったか……」
風太「父さん……俺、明日からちゃんと学校行くから」
和夫「……」
風太「……」
和夫「……ふっ、何当たり前のこと言ってんだよ!(頭を軽く小突く)」
風太「痛って!何すんだよ!」
美稀「ほら、馬鹿なことしてないで、ご飯にするよ~」
和夫「おう!」
料理をしながら鼻歌を歌う。
美稀「(鼻歌で、きらきら星を歌う)」
間
玲子「きらきらひかる……お空の星よ……まばたきしては……みんなを見てる……きらきらひかる……お空の星よ 」
end