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みずき台本置き場  作者: みずき
7/11

『happy end』1:1

『happy end』1:1


田中多郎♂

※Mは全てお年寄りです。


山田華子♀




多郎M「はぁ……今思い返してみると、ワタシは孤独を望んでいた。一人で生きていけると、一人でも大丈夫だと、そう思っていた。なのにアイツときたら、いつもワタシにちょっかいをかけて来て……ワタシはそんな彼女が、好きではなかった」



1、春(小学生)



多郎M「彼女との出会いは、春の陽気が差し込む暖かな日だった。あの頃のワタシは親の都合で転校ばかりを繰り返して、折角友達を作っても、すぐに別れが来てしまう。いつしかワタシは友達なんて必要ない、一人でも大丈夫だと、そう思うようになっていた。だが、あの子はワタシを一人にはしてくれなかった」


多郎「……」


華子「ねえ!」


多郎「……」


華子「ねぇてば!」


多郎「……僕?」


華子「うん!」


多郎「なに?」


華子「なんでいつも一人でいるの?」


多郎「……」


華子「わたし山田華子!みんなで遊ぼ?」


多郎「……」


華子「どうしたの?お腹痛いの?」


多郎「ほっといて」


華子「ほっとかない!」


多郎「ほっといて」


華子「ほっとかない!」


多郎「ほっといてよ……」


華子「遊ぼ、たーくん」


多郎「たーくん?」


華子「多郎だから、たーくん!」


多郎「……」


華子「遊ぼ?」


多郎「やだ……」


華子「なーんーでー?」


多郎「なんでも」


華子「意味分かんない!」


多郎「だって……友達を作っても意味ないから」


華子「そんな事ないよ!私はたーくんの友達だよ!」


多郎「え?」


華子「とーもーだーち!」


多郎「友達?」


華子「そう!友達!」


多郎「友達……」


華子「行こ!」


多郎「どこに?」


華子「みんなのとこ!」


多郎「なにするの?」


華子「かくれんぼ!!」



華子「じゃんけんぽん!あいこでしょ!さくちゃんがオニ!!」


みんなが一斉に隠れ場所を探しに走り出す。多郎はどうしていいか分からない。


多郎「うぅ……」


華子「たーくん、行こ!!」


多郎「う、うん」


二人は走る。でも、多郎は足が遅い。


華子「たーくん、早く早く!」


多郎「ま、待って……あわっ!(転ぶ)」


華子「たーくん!」


多郎「痛ってて……」


華子「大丈夫?」


多郎「大丈夫……」


華子「手、貸して!」


多郎「え?」


華子「一緒に走ろ!(手を差し出す)」


多郎「……うん!」



華子「はぁ、はぁ、ついた……」


多郎「でっかい木……」


華子「ここに隠れよ!」


多郎「う、うん」


華子「ここだったらきっと見つかんないよ」


多郎「でも、ここ皆んなが普段遊んでる公園だよね?」


華子「そだよ!」


多郎「すぐに探しに来るんじゃないかな?」


華子「大丈夫!この木はすっごい大きいから!」


多郎「そういう問題?」


華子「でも、私達がここでよく遊んでるってよく知ってたね?」


多郎「それは……まぁ」


華子「あ、シー!誰か来た……(小声)」


足音が近づいてくる。


華子「さくちゃんだ……なんでバレたんだろ……(小声)」


多郎「いつも遊んでる公園なんだから、当然だよ(小声)」


華子「えぇ〜そうなの?先に言ってよ(小声)」


多郎「言ったよ(小声)」


華子「近付いてくる(小声)」


多郎「このままじゃ見つかっちゃうよ(小声)」


華子「こうなったら……(小声)」


多郎「華子……ちゃん?(小声)」


華子「えい!私はここだよ!!」


多郎「華子ちゃん」


華子「シー!(人差し指を口に当てて)」


多郎「う……うん」


華子「ブイ!(ピースサイン)」


多郎「華子ちゃん……ぷっ」



多郎M「楽しかった。初めて、友達と遊ぶのが、楽しくて、嬉しくて仕方なかった……でも」


多郎「……」


多郎M「あの子がオニに捕まってから、何時間経っただろう。ワタシはずっと大きな木の陰に隠れていた。だが、どれだけ時間が経っても、ワタシはオニに見つかる事はなかった。

オニに見つかるかもしれないというハラハラとした気持ちが、いつのまにか見つけて貰えないのではないかという不安へと変わっていく」


華子『私はたーくんの友達だよ!』


多郎M「その言葉だけを信じて、私は一人木陰に隠れる。そして、夕日も落ちて、辺りが真っ暗になった頃」


多郎「……」


華子「たーくん……」


多郎「……っ?」


華子「たーくん……私だよ」


多郎「……」


華子「行こ……」


多郎「みんなは……」


華子「……」


多郎「みんなは……どこ?」


華子「………帰っちゃった」


多郎「……っ」


華子「……」


多郎「やっぱり……友達なんて」


華子「たーくん……」


多郎「友達……なんて……うっ(泣きそうなのを堪えて)」


華子「たーくん……ごめんね……ごめんね!」


多郎「……うっ……くっ」


華子「ごめんね……ごめんなさい」


多郎「(泣く)」


多郎M「その日から、ワタシはより一層、人から距離を取るようになった」



2夏(高校生)


多郎M「高校の夏。相変わらず、ワタシは一人でいる事が多かった。ただ一つ、放課後を除いて。人と関わらないワタシの周りからは、どんどん人がいなくなっていく。でも、彼女だけは変わらずワタシの前に立ち、手を差し伸べてくる。ワタシが何度その手を振り払おうと、懲りる事なく、何度も何度も」


多郎「あっつ……」


自転車に鍵をさす多郎。そこに華子がやってくる。


華子「あ、多郎!また先帰ろうとしてる!」


多郎「先に帰るもなにも、別に“お前”と一緒に帰る約束をした覚えはないぞ」


華子「……」


多郎「ん?」


華子「……送ってってよ」


多郎「やだ、一人で帰れ」


華子「だって自転車の方が早いんだもん!どうせ通り道でしょ?」


多郎「重いからやだ」


華子「ひっど!」


多郎「なんとでも言え」


華子「このケチンボ!ダメって言われても乗るんだから!」


無理やり自転車に乗る華子。


多郎「わっ、ちょ、急に乗るなって!危ないだろ」


華子「しゅっぱーつ!」


多郎「ったく……今日だけだからな」



華子「ねぇ!部活とかやんないの?」


多郎「やると思うか?」


華子「やれば良いいのになとは思ってる」


多郎「“お前”はやらないのかよ」


華子「……」


多郎「ん?おい!大丈夫か?」


華子「あぁ、うん。私はやらない!」


多郎「なんで?」


華子「なんでもー」


多郎「あっそ」


華子「多郎がやるなら考えてあげても良いよ?」


多郎「やらない。ってか、“お前”が部活やろうが、やらなかろうが俺には関係ない」


華子「あっそ……あ、とうちゃーく!」


-華子の家に着く。


多郎「じゃあな」


華子「……」


多郎「(自転車に跨る)」


華子「ねえ!……多郎」


多郎「ん?なんだよ」


華子「……」


多郎「おい、どうした?」


華子「名前、呼んで」


多郎「は?」


華子「……名前、呼んでよ」


多郎「なんでだよ」


華子「呼んで」


多郎「山田」


華子「違う……」


多郎「なにが」


華子「違うの!」


多郎「なんだよ、ハッキリ言えよ」


華子「……」


多郎「ん?」


華子「もう、いい(家の中に入ってしまう)」


多郎「なんだよ、あいつ」


間(翌日)


華子「多郎!送ってって」


多郎「待ち伏せかよ……」


華子「今日、ちょっと寄りたいところあるから、ついでに付き合ってよ」


多郎「やだ」


華子「嫌でも連れて行きまーす」


多郎「あ、こら、また……」


華子「よっこいしょ!さぁ、しゅっぱーつ!」


多郎「ったく……今日だけだからな」



華子「久し振りに来たね!この公園!」


多郎「ここに何しに来たんだ?」


華子「ん?うーん、遊びに?」


多郎「は?」


華子「ブランコ!押して!」


多郎「一人でも漕げるだろうが」


華子「押してもらうのがいいんじゃん!」


多郎「はぁ……なにが目的だよ。何の為にこんな所に連れてきた?“お前”はまず目的を先に言え。時間の無駄だろ?」


華子「……」


多郎「目的がないなら、帰るぞ」


華子「この公園さ!小さい時は凄く広く感じたのに、久し振りに来たら意外と狭いんだよねー私達も、成長したってことかな?」


多郎「は?……変わんないと思うけど」


華子「多郎は……成長出来てないって事かな」


多郎「……」


華子「多郎、私の事名前で呼んで」


多郎「またそれかよ……」


華子「もうずっと、私の事名前で呼んでないよね?いや、私だけじゃない。多郎が人の事名前で呼んでる所、あの日から見てない」


多郎「それは……お前だって俺の事、たーくんじゃなくて多郎って呼ぶようになっただろ?それと一緒だよ」


華子「違う!私が多郎って呼ぶようになったのは……その……周りから噂されたりするのが……恥ずかしいからで」


多郎「噂?」


華子「でも、多郎は違う……人の事、お前お前って、最低限名前を言わないといけない状況でしか、人の名前を呼ばない……そんなの、ダメだよ」


多郎「……人の勝手だろ、そんなの」


華子「避けないでよ」


多郎「避けてない」


華子「避けてる!」


多郎「俺は、一人でいい」


華子「一人じゃ、生きていけないよ」


多郎「かまうな」


華子「やだ!」


多郎「お前には関係ない」


華子「関係ある!」


多郎「なんで」


華子「好きだから!」


多郎「……え?」



華子「あ……ごめん、今のは違くて」


多郎「……」


華子「私、帰る」


多郎「おい……はなっ……くっ!」


多郎M「その時、ワタシは喉まで出かかった彼女の名前を、呼ぶことが出来なかった」



3.秋(会社員)



多郎M「漸く私は彼女から解放された。その後、彼女は私を避けるようになり、気まずい関係のまま高校を卒業する事になった。だが、志望していた大学に全て落ちてしまい、一年間の浪人生活。そして、一年後大学受験に受かったはいいが、勉強についていけず、更に一年留年する形で大学を卒業した。何の因果か、入社した会社には彼女の姿があった。彼女は仕事の出来る、まさにキャリアウーマンと言った女性へと成長していた」


華子「田中君、ここミスしてる」


多郎「え、あぁ、すいません」


華子「最近ミスが目立つから気を付けて」


多郎「はい……気を付けます」




華子「カラーで印刷してって言ったよね?白黒になってる」


多郎「すみません……」




華子「田中君、またミスしてる」


多郎「すみません」





華子「こんな簡単な事に何時間掛けるつもり?」


多郎「すみません……」




華子「ケアレスミスが多過ぎる、何度言わせるの?」


多郎「すみません……」



華子「田中君」


華子「田中君」


華子「田中君!」


多郎「すみません!」




華子「……え?どうしたの?」


多郎「あ、いや、何でもないです……何ですか?」


華子「今から皆んなで呑みに行くんだけど、来るでしょ?」


多郎「いや……辞めときま(す)」


華子「来るわよね?」


多郎「は、はい……」



間(飲み屋)



華子は酔っている。


華子「店員さぁん!お酒!!」


多郎「こいつ……こんなに酒癖悪かったのか……」


華子「なんか言った?」


多郎「言ってません」


華子「田中君ももっと飲みなさいよ!」


多郎「俺はもう結構です」


華子「なによーノリ悪いなぁ」


多郎「悪くて結構です。元々そう言う性格なんで」


華子「ふーん。で、最近どうなの?」


多郎「最近?まぁ、仕事にはだいぶ慣れてきましたけど」


華子「仕事なんてどうでもいいの!私が聞いてるのは……」


多郎「聞いてるのは?」


華子「彼女とか出来たのかな〜って」


多郎「は?」


華子「いや、ほら!田中君は昔から人付き合いが苦手だったから、未だに童貞なんだろうな〜って!」


多郎「放っておいてください」


華子「その反応はいないなぁ?」


多郎「……逆に、いると思いますか?」


華子「えぇ?まぁ、居て欲しいなと思ってる自分と、居て欲しくないなって思ってる自分がいる」


多郎「どう言う意味ですか?」


華子「えぇ?えっと、まぁ、それは……(お酒を一気に飲む)」


多郎「ちょ、飲み過ぎですって」


華子「ぶはぁ……田中君!」


多郎「ん?」


華子「……私も処女だから!」


多郎「は?」


華子「私も、処女だから!」


多郎「いや、何のアピールですか」


華子「だから、安心して!」


多郎「何の安心ですか?ってか、相当酔ってますよね?


華子「酔ってない!酔ってないんらから!えぇーい!!ガンガン酒持ってこぉい!!」



華子「おえぇぇぇえ!!」


多郎「はぁ……大丈夫ですか?だから飲み過ぎだって言ったのに……ってか他の奴ら、俺に酔っ払い任せてさっさと帰りやがって」


華子「うぅ……気持ち悪い……」


多郎「はい、水」


華子「ありがと……」


多郎「何でそんな無理してまで飲んだんですか?」


華子「飲まないと……多郎と話せなかったから」


多郎「は?」


華子「うっ……また吐く」


多郎「ちょ、こっち向いて吐かないでくださいね!」



華子「ごめんね、田中君……家まで送って貰って」


多郎「あんな所で一人捨てて帰れませんよ。今日はもうゆっくり休んでください」


華子「ねぇ、田中君」


多郎「はい?」


華子「もう一杯付き合ってよ」


多郎「いやです」


華子「えー」


多郎「酔っ払いの世話はもうこりごりです」


華子「一人暮らしの可愛い女の子の家に潜入できるんだよ?」


多郎「酔っ払いでって語頭につけてみてください?一気に無価値になるんで」


華子「酔っ払いで、一人暮らしの可愛い女の子の家に潜入できるんだよ?」


多郎「なんか、尻軽感が増したな……兎に角、嫌です」


華子「一杯だけ付き合ってよ!帰りのタクシー代出すから!」


多郎「……嫌です」


華子「ねぇ!!ねぇ!」


多郎「……」


華子「お願い、お願いお願い、お願い!」


多郎「だぁ!ったく、今日だけですよ!」


華子「あ、それ……多郎の口癖」


多郎「口癖って……言っときますが、俺はあくまで、あなたがこれ以上飲み過ぎないように、見張るのが目的で付き合うだけですからね!後、きっちり タクシー代も頂きます。それと、一杯飲んだらすぐ帰ります!以上!」


華子「お!ツンデレ?」


多郎「デレてません」


華子「はいはーい!いらっしゃーい!」


多郎「ったく……」



華子「缶ビールと缶チューハイ、どっちがいい?」


多郎「缶チューハイ……」


華子「可愛いぃ」


多郎「うるさいです」


華子「でも、良かった」


多郎「何がですか?」


華子「私、もう田中君とは会えないと思ってたから」


多郎「……」


華子「まさか田中君が、私の働く会社に、後輩として入ってくるなんて……神様って本当にいるんだなぁ〜って思った。まぁ、会社では気まずくて、めちゃくちゃ当たりキツくなっちゃってたけど」


多郎「まぁ、仕事出来ない俺が悪いんで」


華子「それはそう!ミスし過ぎだから!」


多郎「す、すみません……」


華子「でも、本当はもっと普通に話したかった。ずっと、田中君に……多郎に謝らないとなって思ってたから……だから、お酒の力を借りて、謝罪させて頂きます」


華子はお酒をグッと飲む。


華子「……あの時、いきなり変なこと言って、ごめんなさい」


多郎「……別に、全然気にしてないです」


華子「えぇ〜少しは気にしてて欲しかったなぁ」


多郎「気にはしてないですけど、気になってました。いったい、俺のどこを好きになったんですか?」


華子「そんな恥ずかしい事、よく聞けるわね。酔ってるの?」


多郎「酔ってないです。しいて言えば、仕返しですかね?」


華子「性格悪ー」


多郎「知ってます」


華子「好きになった理由なんて、全然覚えてないわよ。でも、一個確かに思ってた事があるとしたら……」


多郎「ん?」


華子「……一人にしたくないなぁって」


多郎「は?」


華子「あぁ、えっと、やっぱ恥ずかしい!この話!なんかおつまみでも食べる?柿ピーならあるけど」


多郎「ちょっ」


立ち上がり柿ピーを取りに行く華子。


華子「えっと……柿ピー、柿ピー……っ(目眩)」


多郎「どうしました?」


華子「ごめん、なんか急に目眩が……」


多郎「大丈夫ですか?」


華子「うん、飲み過ぎただけ。大丈夫」


多郎「やっぱり今日はもう、飲むのはやめて、寝て下さい」


華子「やだ……」


多郎「言う事聞け」


華子「……」


多郎「……あ」


華子「ふふふ……じゃあ、寝るまで居て」


多郎「……」


華子「お願い……」


多郎「はぁ……今日だけですよ」


華子「うん」


多郎「ったく」


華子「多郎……」


多郎「ん?」


華子「ありがと」



多郎「書類のチェック、お願いします」


華子「……」


多郎「あの」


華子「え?」


多郎「だから、書類のチェックを」


華子「あぁ、分かった。そこ置いといて」


多郎「大丈夫ですか?」


華子「なにが?」


多郎「最近ボーッとしてる事、多い気がするんですけど」


華子「そんな事ないわ」


多郎「そうですか」


華子「うん……」


多郎「まぁ、いいですけど」


華子「……」


多郎「本当に大丈夫ですか?」


華子「大丈夫だって言ってるでしょ!」


多郎「……すみません」


華子「いや、ごめん……今のは、私が悪い……ちょっと疲れてるみたい」


多郎「……」


華子「ごめん、ちょっと風に当たってくる」


多郎「分かりました」



多郎M「最近の彼女の様子は、誰が見ても明らかにおかしかった……季節が秋から冬へと近づく中で、時々彼女は、冷たい床に膝を折って、うずくまっている事が増えていった」



華子、部長と話している。


華子「すみません、ちょっと立ちくらみで……大丈夫です。少し疲れてるだけだと思います。はい……いや、休まなくて平気です。でも……分かりました。すみません」



華子「……」


多郎「倒れたって聞いたんですけど、大丈夫ですか」


華子「倒れてないわ。少し立ちくらみしただけ」


多郎「今月入って、もう五回目ですよ?病院とか行った方がいいんじゃないですか?」


華子「なに?珍しい……心配してくれてるの?」


多郎「茶化さないでください」


華子「えへへ……」


多郎「……」


華子「病院には……行きたくない」


多郎「なんで」


華子「……」


多郎「ん?」


華子は胸を押さえている。


華子「兎に角、今日は仕方なく休むけど、私がいないからってサボらないようにね!」


多郎「……分かってますよ」


華子「じゃあ、頼んだわよ」


多郎「お疲れ様です」


華子「お疲れ……」


間(退勤時間)


多郎「はぁ……なんとか今日は定時で帰れそうだな」


多郎「……」


多郎の携帯が鳴る。


多郎「はい、もしもし?……あぁ、どうしました?……用はないって……用がないなら切りますけど……え、ちょ泣かないでくださいよ!冗談ですから……どうしたんですか?……え、入院?……はい……はい……大丈夫なんですか?……ならいいですけど……分かりました、部長には伝えておきます……お大事に……はぁ」



昔、華子に言われた事をふと思い出す。


華子(小学生)『私はたーくんの友達だよ!』


華子(高校生)『好きだから!』


華子(会社員)『一人にしたくないなぁって』


多郎「くっ……あれ、なんで俺……不安なんて感じてんだ」


多郎M「電話の向こうで、彼女は泣いていた。きっと何かあったに違いない……そう思うと、なぜだか胸がざわついて、居ても立っても居られなくなった。

おかしい……普段のワタシなら、彼女が入院すると聞いても、動揺する事なんてなかったのに。

彼女が遠くへ行ってしまう気がして、ワタシの胸は締め付けられる感覚だった」


華子(社会人)『多郎……』


多郎M「遠くへ行ってしまう……そう思った時に、ワタシは気づいてしまった。彼女は、ずっとワタシのすぐ近くに居たんだと……」



華子「田中君……お見舞いなんかいいのに」


多郎「体調はどうなんですか?」


華子「うーん……絶好調かな?」


多郎「本当に、ですか?」


華子「……」


多郎「はぁ……無理、しないで下さい。一応今は俺がいるんで、なんかあったら言ってください」


華子「じゃあさ……一個頼めるかな?」


多郎「なんですか?」


華子「今日だけでいいからさ……敬語、外して?」


多郎「え?」


華子「お願い……多郎」


多郎「……分かった」


華子「ありがと」


多郎「……」


華子「……」


多郎「まぁ、早く治るといいな」


華子「……うん」


多郎「……」


気まずい空気。


華子「私ね……癌なんだって」


多郎「え?」


華子「乳癌……目眩はお酒の所為だぁ、とか、疲れやストレスの所為だぁとか……笑っちゃう。自分の体の事なのに、何にも分かって無かった。でもね、本当はなんかの病気かもって思ってはいたの……胸にね?シコリがあって……ネットで調べたらさ、余計に怖くなって……本当は病院に行くのも怖かった。でも、知らないままにしておく方が怖くて……」


多郎「……」


華子「私……死ぬのかな?」


多郎「え?」


華子「死にたくないなぁ……死にたくない」


華子は泣きそうな気持ちをグッとこらえて、泣くのを我慢している。


多郎「……」


華子「私ね……夢があるの」


多郎「夢?」


華子「うん……私、結婚したい。結婚して、旦那さんと死ぬまでずっと一緒に生きて行きたい」


多郎「……」


華子「出来れば、子どもだって欲しい。子どもと旦那さんと幸せな家庭を築きたい……あぁ、でも……旦那さんが子ども嫌いって言ったらどうしよ……その時は喧嘩になっちゃうだろうなぁ……でも、なんだかんだ説得して、子ども作って、沢山の笑顔に囲まれて……それで、旦那さんよりちょっとだけ長く生きたい」


多郎「……」


華子「多分だけど、私の旦那さんは寂しがりやだから……最後の最後までずっとずっと、一緒にいてあげるんだって、そう……決めてた……決めてたんだけどなぁ……」


多郎「……」


華子「……」


(沈黙)


多郎「ごめん……俺、なんて言っていいか、分からない……声掛けたいのに、言葉が出てこないんだ」


華子「……」


多郎「……」


華子「まったく……多郎はしょうがないなぁ。簡単な事だよ……」


多郎「え?」


華子「名前……呼んでよ」


多郎「……」


華子「名前……呼んで?」


多郎「……」


華子「……」


多郎「は……なこ」


華子「……」


多郎「はな……こ」


華子「……」


多郎「……華子」


華子「……っ(涙が溢れる)あれ?おかしいな……ごめん、我慢してたんだけどなぁ……ダメだぁ……ずっと、ずっとずっと……名前、呼んで欲しかった……多郎に……ずっとずっと、呼んで欲しかった……」


多郎「華子……ごめんな」


華子「私……今凄い幸せだよ」


多郎「大袈裟なやつだな」


華子「大袈裟じゃないよ……もしかしたら、この先の人生含めても……一番の幸せかもしれないなぁ」


多郎「それは、絶対にあり得ない……」


華子「なんで?」


多郎「俺が……幸せにするから」


華子「え?」


多郎「俺が幸せにする」


華子「……」


多郎「俺さ……俺の人生はずっと孤独で、これからも一人で生きていくんだって思ってた。一人でも大丈夫だって……でも、振り返ってみれば、俺の頭の中の記憶には、全部華子がいるんだよ。華子のいなかった何年間かの俺は、多分死んでたんだと思う。だから、俺は一人では生きていけないんだって……今ようやく分かった。華子と出会った時点で、俺は孤独じゃなかった。ずっと華子がいた。だから、これからも死ぬまで、一緒にいてくれませんか?」


華子「多郎……気付くのが遅いよ、ばか……私が、多郎とずっと一緒にいてあげる」


多郎「先に言っとくが、俺は子どもは嫌いだからな!多分喧嘩になる。目一杯喧嘩して、目一杯話して、そんで……なんだかんだ説得されて、子ども作って、沢山の笑顔に囲まれて、俺が死ぬまでずっと一緒にいろ」


華子「うん……病気なんかに負けないで、ずっと一緒にいてあげる」


多郎「俺と……結婚して下さい」


華子「……はい」


小さく笑い合う多郎と華子。




4.冬(老後)


華子「多郎さん……おはよ。すっかり寒くなったわね。外は雪で真っ白よ」


多郎「……」


華子「今日はいつもより、いい顔をしてるわね……幸せな夢でも見てるのかしら」


多郎「……」


華子「あぁ、そうそう、最近紫郎(しろう)君がね、お母さんの真似をするんですよ……今日だけねって。それを聞くたびに昔を思い出して、一人でクスッと笑ってしまうの」


多郎「……」


華子「多郎さん……いろんな事があったわね……今でも多郎さんとの記憶はどれも掛け替えのない大切なものですよ。多郎さんに会えて良かった……今まで本当に、ありがとうございました……私もすぐに行きますから、もう少しだけ、待ってて下さいね」



多郎M「今思い返してみると、ワタシは孤独を望んでいた。一人で生きていけると、一人でも大丈夫だと、そう思っていた。なのにアイツときたら、いつもワタシにちょっかいをかけて来て……ワタシはそんな彼女を……愛していた」


end

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