DEA カツ丼
本部に戻るとディートハルトは闇組織の者の尋問を行った。
アグネスと二人で部屋で待ち、警護団の者が縛られた組織の者を連行して椅子に座らせる。
男の歳は20代前半、汚い髭を生やし、目は虚ろである。
自身でも麻薬を吸っているのかもしれない。
「全くっ! その方ら、麻薬をばいばいするとは、国家に対する損失全く許し難しじゃっ!」
「……」
「むっ? 何を黙っておるっ! 何か申さんか!」
「……」
アグネスに対して、男は無言で通している。
「なんじゃこいつは~っ! ここは、証拠を出せとかキンさんを出せとか言うところであろう~!」
(そいつ、キンさんは知らんだろっ!)
「おい、麻薬の売買は『極刑』だが、姫は寛大だ! 知っている事を全てを吐け!
減刑してやるから、麻薬を何処で製造しているか教えろ?」
踏み込んだアジトには、麻薬の保管場所は見つかっても原料の植物を栽培しているところはなかった。
河川敷で見つけたように、ディートハルトはディエス河付近だと思ってはいるが範囲が広い。
「そうじゃ! そうじゃ!
余は寛大じゃ、素直にはくじょーすれば、うちくびごくもんではなく、遠島を申しつけてやるのじゃ!」
(この国に遠島はありませんって……)
ディートハルトは心で突っ込みながら、男の返答を待つが、男は鼻をグズグズと鳴らすだけで口を開かなかった。
一端、警護団にその男を牢屋に戻させ、別の者を取調室に招くように伝える。
「なんじゃアレは黙りおって~っ! ディートハルト!
どうするつもりじゃ!」
「まあまあ落ち着いてください。全員黙秘を決め込むと決まったわけではございません。
4人いますし、最初に白状した者だけ極刑を免れるという条件を出せば、一人くらいは吐きますよ」
「そうなればよいがの~っ!
ディートハルト! 手緩いのは余の好むところではない――」
アグネスの瞳がギラっと光る。
「……拷問しろと?」
「手段はお主に任せるが、余も歳をとったせいか、気が短くなっての~っ!
そんなには待てんということじゃあ~!」
少女とは思えない低い声で喋る。皇帝仕込みのドスの効かせ方だが、最早プロ級である。
(姫はここにいる誰よりも若いでしょうがっ!)
「でも姫、例えばえぐいやり方をしても、本当の事を吐くとは限りませんよ?」
「む? どういう事じゃ?」
(子供にこういう事を話すのは罪悪感を感じるが……)
「例えばですね、爪と指の間に串を刺したとします」
「お主、いきなり何を言い出すのじゃ~っ!
そんな事をしたら、痛いではないか~っ!」
アグネスは全身に鳥肌が立ったのか。首や体をを掻き毟る動きをする。
「ああまあ、そうですね、痛いですね。
相手の口を割らせようとした場合、こういう手段を取る場合もあります」
(闇術があれば、傷つけずに痛みだけを与える事もできるが、これはこれでえぐいからこの事は黙っておこう)
「むうぅ……」
何処か不満そうなアグネス。
「しかし、こういう手段を取るとですね。
本当は何も知らないのに、苦痛から逃れるためだけにデタラメを言いだす者もいるのです」
「なんじゃと!? それでは意味がないではないか!」
「そして、その相手を痛めつける事に快感を覚える奴や――」
「それはそれで悪ではないか~!」
「激しい拷問の末、重要参考人を死に至らしめ、吐かせた内容がデタラメだった場合。
罪に問われるのを恐れた審問官が、その事実を隠ぺいし、さらに暴走した捜査を始める事もわりとよくある話ですね」
(特にライナルトさんの周囲ではなっ!)
ライナルトは若い頃から失敗や失策を誤魔化すために暴走する事は多々あり、ハルトヴィヒやルードルフはその後始末に追われる事もあった。
「駄目じゃ! 駄目じゃ! 余はそういうやり方は好かん!
ごーもんはなしじゃ~!」
「そうですよくありませんね」
ディートハルトは嬉しそうにアグネス頭をぽんぽんした。
「お主いきなり、余の頭に手を置くとか何をするのじゃ~!
無礼であろう!」
「失礼しました。つい嬉しかったので――」
(じじーみたいにならないで本当に……)
ライナルトは別に拷問好きと言うわけはなかったが、拷問する事に躊躇はなく、凄惨な事にも躊躇はない。
拷問の果てに死んだ無惨な死体を見せしめに晒すなどもした事がある。
「なんで、嬉しいのかよくわからんが、今後、姫の頭の上に手を置くような無礼な真似はするでないぞ?」
「はっ! 申し訳ございません。二度とこのような真似は――」
ディートハルトが頭を下げ、真摯に謝ると、アグネスはその態度に頬を膨らませる。
「なんじゃ!」
「はい?」
「いつもの口答えせんのか?」
「いえいえ、次期皇帝陛下であらせられる姫君に口答えなど――」
「なんか納得いかんのじゃ~っ!」
アグネスはディートハルトの着ている服を引っ張った。
その時、取調室がノックされる、自警団が別の犯人を連れてきたのだ。
……――……――……――……――……――……――……
取調べが一通り終わったが、情報を吐く者は現れなかった。
今日はもう切りあげ、明日にしましょうという話になり、アグネスはベッドへと入る。
深夜を回った頃、アグネスはふと目を覚まし、侍女のコレットを連れトイレに向かった。
「むむ!?」
侍女のコレットと廊下を歩いていると美味しそうな匂いが鼻をつく。
匂いに釣られていくとそこは厨房であり、どうやら調理をしている者がいるようだ。
しかし、時刻としては夜遅いので料理を作るような時間ではない。
「ディートハルトお主、何をしておる?」
厨房に入ると、ディートハルトが何やら料理らしきものを作っている。
「姫、まだ起きていたのですか? 夜遅いですよ?
それに移動する時は護衛をつけてください」
「目が覚めてしまったのじゃ! それにトイレに行くのに男の護衛など不要じゃ!」
(まあ、コレットさんがいるし、そこまで危険はないと思うが……あいつら)
ディートハルトとしては、アグネスが危険というよりも、アグネスが嫌がったからといって同行しない自身の部下にイラっときた。
「ディートハルト様、イザークさんとカミルさんには私が同行しなくてよいと言ったのです」
ディートハルトの表情を読み取り、慌ててフォローを入れるコレット。
「それよりもお主! こんな夜遅く厨房で何をしておるのじゃ!
さては、抜け駆けで美味しい物を一人占めしようとしておるな?」
「人聞きの悪い、私は尋問をより円滑にしようと努力しているだけでして――」
「何故、尋問に料理が必要なのじゃ?」
「では、解説いたしましょう」
ディートハルトは少し嬉しそうにすると、アグネスの前にドンブリと呼ばれる食器を力強く置いた。
中には、豚肉を衣つけて揚げたカツレツと千切りキャベツが入っており、ソースがかけてある。
アグネスには過去に見た事もない料理だった。
「な…なんじゃこれは~!?」
「姫、これは、罪人の口を割らせる為の料理、カツ丼にございます。
罪人や参考人は基本、臭いメシと呼ばれる、不味い食事しかでませんからね。
このカツ丼を食べると、あら不思議、心がコロッといくみたいですよ」
ディートハルトは椅子に座ると両手を合わせカツ丼を食べ出した。
「うむっ……我ながら良い出来だ……」
食感や味を確かめながら、その出来栄えに満足そうにしている。
「卵とじもいいが、衣のサクサク感を殺してしまうのは考えものだな……」
独り言を言いながら、カツの食感を吟味する。
「おいっ! 余の分は?」
そして、自分一人で美味しそうに食しているディートハルトはアグネスにとって不快以外の何物でもなかった。
「ありませんよっ! 何で権威あるお姫様が、罪人や参考人と同じものを食べるんですかっ!」
「お主だって食べておるではないか~!」
「これは味見というものです。下手なものでは相手の心をころっといかせることはできません。
故に、衣のサクサク感や肉のジューシーさ、味と食感を確かめているのです」
「味見にしては量が多いではないか!」
ディートハルトは一般的などんぶり一杯のカツ丼を食べており、味見というのには無理があった。
「わかりました。言葉を訂正させていただきます。
『味見』ではなく『試食』ということでっ!」
「お主が単に夜食を食べたいだけであろう!」
「姫! こういう事は申したくありませんでしたが……」
「む? 言いたい事があるならはっきり言わんか!」
「夜中にカツ丼の様なモノを食べると太りますぞ、揚げ物は油成分が多いですからな」
『太る』それはアグネスにとって恐怖以外の何物でもなかった。
「む~っ! ……しかし、それならばお主は何故食べておる?」
「私は、鍛錬を欠かしませんからな、脂肪など一瞬で燃焼させて見せましょう! ハハハ」
「よくわらかんが、納得いかんのじゃ! 余にそれを食させんか~っ!」
見かねたコレットが、懇願するような視線を向ける。
「……わかりました。『味見』ですよ?」
ディートハルトは、一切れのカツをご飯に乗せ、アグネスの前に差しだした。
アグネスは恐る恐る、それを口に入れる。
(むむっ? これは……)
アグネスの口の中にサクサクした衣の食感の後に、豚肉のジューシーな旨味が広がっていく。
「どうですか姫、ころっと行きそうですか?」
「うむっ!」
量は少なかったが、アグネスは満足した。
「それは、よかった。食べた後は、きちんと歯を磨くんですよ?」
「わかっておる」
「後、一番重要な事ですが、参考人食を食べた事は皇帝陛下には伏せてくださいね?」
「わかっておるわっ!」
アグネスは歯を磨くと寝室に戻り、就寝したのだった。