表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/76

DEA 癒着

 『挨拶』をしたその翌日、ディートハルトはライナルトに呼び出されていた。

 呼び出された部屋には、ゲレオンとホラーツもいる。


「どういうことじゃ? コレは……」


 ライナルトの耳に、アグネスが警護団の給与を2倍にしたという詳細が届いていた。


「勝手は困りますな、ディートハルト殿」


「全く、姫の名を使って好き勝手をなされますね」


 ホラーツとゲレオンがそれぞれ苦言を呈する。


「警護団の給与は安すぎます。

 麻薬がはびこる原因の一つといえるでしょう、その一つを駆逐したまでです」


「それは、つまり賄賂を受け取っている警護団の者がいるという事ですかな?」


 ホラーツが答えにくい事を質問する。

 ここで、ディートハルトが質問内容を肯定すれば、ライナルトは警護団の粛清を行うだろう。

 否定すれば、無駄に給与を倍額にしたことになり、懲罰を受けかねない。


「そうです」


 ディートハルトはきっぱりと肯定した。


「ほう! 賄賂を受け取っている者がいると――

 これは陛下、由々しき事態ですぞ」


 ホラーツは皇帝に粛清を促すように語りかける。


「そうだな、帝国で麻薬に関わる犯罪は死罪と決まっておる」


「しかし、姫は汚職をした者に対し、自首をすれば恩赦を出すと約束しております。

 報酬の増額に関してでもありますが、陛下は姫のした約束を覆されるつもりですか?」


「何と無礼な言いよう……」


 ゲレオンが動じないディートハルトの態度を見て呟く。


「小僧? 誰に向かって口を聞いておる?

 今まではハルトヴィヒの息子という事で大目に見てきたが、アグネスの名を使って好き勝手するようでは生かしておくつもりはないぞ?」


「ならば私をお斬りください。ですが――」


 ここでディートハルトは膝をつき、頭を下げた。


「麻薬を駆逐したいという思いは陛下も同じ筈!

 ならば、ここは姫とわたくしにお任せください!

 必ずや、麻薬と汚職の双方を解決してみせます。解決できなければ、私をいかようにも処罰してください」


「むうっ……」


 ライナルトはディートハルトの片膝をついた土下座を見て、少し態度を軟化させる。

 いつもはふざけた態度を取り、自分の神経を逆なでする男ではあるが、今回は本気で頭を下げ懇願しているように見えた。

 ライナルトはホラーツを一瞥する。


「それ程の覚悟があるなら、任せてもよいのでは?

 しかし、ディートハルト殿。失敗した時はそれ相応の処罰を受ける事をお忘れなく。

 何せ、姫様の名を使って失敗したとなれば、それは姫様の不名誉という事になりますからな」


 ライナルトとしてもホラーツとしても、ディートハルトは嫌いだが、国を蝕む闇組織も麻薬も看過する気はない。

 つまり、人間関係はともかく、利害関係自体は一致しているといえた。

 麻薬犯罪を解決できればそれでよし、失敗すれば処刑すればいい。


「しかし、財源はどうなさいますか?

 警護団の給与を二倍にしたという事は当然、そのしわ寄せがありますよね?

 一部の警護団の報酬を増やせば、他の区域を担当している警護団の不満となりましょう」


 ゲレオンが口を挟む。


「それについてですが、今回の麻薬捜査に当たり姫の傘下に入る警護団を、麻薬取り締まり専門の機関にします。

 その者達の報酬を上げればよいかと」


「確かにそれなら、警護団、全ての給与を上げない言い訳はかろうじてできるでしょう。

 しかし、それでも一部とはいえ給与を上げるのです、それは何処からでるのですか?

 打ち出の小槌でも振れというのですか?」


 いやらしく追求している。

 ディートハルトとしては、報酬の増額は一部とは言わず、全土で行うべきと考えている。

 しかし、ここで、それを要求するには話が大きくなりすぎて無謀といえた。


「この度の麻薬犯罪を許したクラシア地区を納めている貴族や上級官僚達の責任を追及し、報酬を減額すれば事足りるでしょう」


 貴族達の報酬はその納める地区の税収で決まっている。その取り分を減額し、警護団に回せというわけであり

 帝国では貴族やその周囲にいる者達は上級官僚とされ、警護団のような一般役人は下級官僚とされていた。


 しかし、貴族の中にはライナルト支持の者も当然いるし、組織から賄賂を受け取るような貴族は皇帝支持派が多数だろう。

 報酬を減額されれば、皇帝支持を止める恐れもある。


「それはまた随分と乱暴な……」


「陛下! 貴族の中にも賄賂を受け取っている者がいると見るべきです。

 コレを看過しますか?」


 貴族の汚職まで確信はない、しかしディートハルトは人の心は欲望に弱く、賄賂を受け取る者がいないと断言することの方に無理があるといえ、ライナルトもそれは想像がついていた。


「まあよい、よきにはからえ!」


 ゲレオンを退け、ディートハルトを推した。


「ははっ!」


「下がれ」


「はっ!」


 ディートハルトは一礼して退室した。


「よいのですか?」


 ゲレオンがライナルトの決定に不服を唱える。


「アグネスのサイン入りの証文を今更、覆すのは悪手というものじゃ

 今後の教育に支障が出る」


「左様ですか……」


 ライナルトとしては、現在アグネスは自分に懐いているそれが、他の対象になってしまえば自分の志を継ぐ者がいなくなってしまうと考えていた。

 覇道を進まない後継者はいらない。


「しかし、教育を少し失敗してしまった感は否めんな……」


 ライナルトはボソリと本音を呟いた。

 アグネスに本気で自分の志を継がせるのであれば、もっともっと甘やかし心を壊すべきだったのだ。

 欲しがる物は人の命だろうと何でも与え、自分は全てを手に入れて当然と自然に思わせる。


……――……――……――……――……――……――……


 ライナルトから捜査続行の許しを得たディートハルトは警護団の役場であらためてアグネス同席の捜査会議を開く。

 内務に関しては、侍女達の協力も取り付けていた。

 プリンセスガードや侍女達と違って、警護団の表情は何処か暗い。

 会議終了後、汚職を自首する者が出てくるかと期待したが、それはなかった。


「――以上だ。解散!」


 会議を終わらせるとディートハルトはプリンセスガードのテオフィルとフレレンツに、これから話しかける男が闇組織と連絡を取る筈だから尾行するように伝えると、広間を出て行った警護団の一人を追いかける。


「むっ!? おい、余を置いて何処にいくのじゃ~っ!?」


 アグネスの叫びも空しく、ディートハルトは広間を出て行った。


「待て!」


「こ…これはディートハルト様」


 ディートハルトに声かけられた警護団員は、脅えるかのような反応を示した。

 彼に声を掛けたのには、理由がある。

 それは、前回の時もそうだが、彼の反応にあった。


「お前、何か俺に話したいことがあるんじゃないのか?」


 この男に限った話ではないが、前回も今回も明らかに動揺しており、今後捜査が進む事を望んでいない節がある。


「話したい事ですか? 捜査報告は全てしております。

 特に話したいことなど……」


 何とか平静をとりつくろった態度を見せる。

 ディートハルトはこの男が闇組織から賄賂を受け取ったり内通しているかどうかは別として、何かしらの繋がりはあると見ている。

 それは確信に近いものがあった。


「話したいことがあるなら早い方がいいぞ?」


 念を押すように、警護団員の目を見る。

 その視線に圧倒されたのか、団員は後ずさった。


「何を脅えている?」


 露骨に疑っているかのような質問をする。


「脅えてなどおりません。報告はしました」


 団員の目は完全に泳いでいた。


「おいっ! ディートハルト! 一体に何処に行こうとゆ~のじゃ~っ!」


 アグネスがディートハルトを追い掛けてくる。


「む? なんじゃその男は?」


「あ、いえ、彼が中々優秀そうなので、はっぱをかけていたところです」


「この者がか? そうは見えんがの~……

 まあ、お主がそういうのならそうなのじゃろうな……」


 アグネスは半信半疑のような眼差しで、団員のつま先から頭までをジロジロと眺めた。


「まあよい! ディートハルトが他人を褒める事なんてまずないからの~!

 お主! 頑張るのじゃぞ?」


(いや、それなりに褒めてますよ!)


「は…はい! それではこれにて失礼します」


 警護団員は駆け足で去る。

 ディートハルトは遠くから見ている二人の部下に対し、顎で『追え!』と指示を出した。


……――……――……――……――……――……――……


 テオフィルとフロレンツはディートハルトの指示に従い、警護団員の後を追う。

 尾行を始めてから既に半日が過ぎている、今のところおかしな素振りは見せていない。

 長い尾行にテオフィルは退屈を感じ始めていた。

 それも、パートナーのフロレンツはあまり会話を好まないというのもある。

 退屈を紛らわすために、会話を試みる。


「警護団員の汚職か……どう思う?」


 宮廷で暮らすようになった、テオフィルには巷のことが何処か他人事のように感じられていた。

 しかし、今回の任務で改めて、市街の暗部に触れ、考えを改める。

 自分の仕える国が犯罪によって蝕まれているという現実。

 最も、その蝕みはまだ小さいと言えるだろう、しかし、これを先送りにすればするほど大きくなる。


「それは、俺が考える事じゃない……」


 つっけんどんに言葉を返す。


「……」

(会話しずらいな……)


「俺はリーダーの命令を遂行するだけだ。あの男が闇組織とコンタクトを取ればそこを抑えるだけ。

 そこに私情は挟まない」


「あ~いや、そういう事じゃない……

 別にあの男が、汚職をしているしていないじゃなくて、警護団が闇組織との癒着に対し

 どう思っているかって聞きたいんだが?」


「……どう思うも何も、黒だったらしょっ引くだけだろう? 違うのか?」


(会話が続かない……)

「なんというかな、警護団が闇組織との癒着、そしてスラムを中心に麻薬が出回っている。

 10年前は、そこまで酷くなかったと記憶している。

 プリンセスガードになって、宮廷で暮らすようになり、社会の変化というか、市街の変化に気づかなかった。

 自分の事しか考えていなかった自分が何か恥ずかしくてな」


「……だったら、最初からそう言え」


(ん? リーダーってそういやフロレンツといつもどう会話してたっけ?)


 テオフィルは必死に、ディートハルトとフロレンツの会話シーンを思い出そうとするが出てこない。


「そうだな……

 今回の任務は、心情的に辛いものとなるだろう。

 我らは今まで、命を賭して姫様を守るだけでよかった。

 それが我らの誉れであり、存在意義だからだ。

 だが、今回の任務は違う、警護団が癒着しているとしても、そこには止むに止まれない事情があるのだろう。

 それは麻薬に手を出してしまう町民も同じだ。

 貧しい生活で空腹を紛らわすためには必要なのかもしれない。

 今回、我々は闇組織を叩き潰す、だが、本質はそれだけでは変わらないだろう。

 そういう意味で辛い任務になると俺は見ている」


「……」


 ぽかーとした感じでテオフィルはフロレンツを眺めていた。


「ん? どうした?」


「あ、いや、何でもない……心情を聞かせてくれて礼を言う」

(ちゃんと喋れるじゃねーかっ!)


「む?」


 その時尾行対象が裏路地に入っていく、何かしらの捜査かもしれないが、単独に行くには危険な場所だ。

 より警戒を強めながら、尾行に望む。

 人気が全くなく、まるでゴーストタウンの様だ。

 気づけば随分と捜査本部を置いた宿よりも遠い場所に来ている、郊外とはいえないまでも郊外に近い。

 やがて、男はとある建物に入った、廃墟のようだが、その作りから昔は何かしらの宗教施設だったようだ。


「……どう思う?」


「闇組織の拠点の一つかもな……」


 二人の考えは一致した。

 だが、同時に何ともいえない危険も感じる。

 一端戻って報告するという選択肢もあるが、大勢で踏み込んでも既にもぬけの空になっているかもしれない。


「行くしかないな……」


「ああ……」


 二人は、廃墟に侵入した。


……――……――……――……――……――……――……


「不味い事になった……

 国が本気で、ここのシマを潰そうとしている」


 警護団の男は闇組織の者達と密会をしていた。

 中年の男が椅子に座り、その傍らに中年のエルフの男が立っている見た目は同じくらいに見えるが、年齢は大きく違う。

 この建物は、組織のアジトというわけではないが、警護団と密会を行ったり金や物品の受け渡しなどを行っていた。

 組織のアジトは汚職に手を染めている自警団の者であっても知らない。


「……国が?

 では、スラム街を巡回していたという手練どもは――」


「プリンセスガードの連中だ、数は多くないが……

 姫を護るだけあって、警護団よりも遥かに強いな。

 どうやらアスモは殺されたようだ。似顔絵が作成されそれが出回っている」


「……面倒になったな」


 ディートハルトが殺したアスモというエルフは組織の中でも腕が立ち『殺し』も生業にしている。

 それが、返り討ちなったとなると、プリンセスガードとの抗争は多大な犠牲を払うだろう。


「後、アグネス姫が、警護団で汚職をした者に対し自首を呼びかけている。

 自首した者は、過去の罪は問わないという条件で。

 情報をリークする奴が出るのも時間の問題だろう。

 俺もディートハルトというプリンセスガードのリーダーに脅しをかけられた」


 その時、黙って立っていたエルフの男が耳打ちをした。

 その言葉はを聞いて、座っている男の表情が険しくなる。


「どうした?」


「こっちの話だ。それで他に報告は?」


 警護団の男は知らなかったが、闇組織の人間はこの建物に全部で4人いた。

 人間が一人、エルフが3人。他二人は見張りについている。


「まだ幼い姫が動いているということは、当然その後ろには皇帝がいる。

 しばらくは大人しくしておいた方がいいというか街から離れろ」


 警護団の男は、組織にこの区域一帯から手を引いて欲しかった。

 捜査が進み、警護団と闇組織の大きな抗争となったら、どっちにつくとしても命を落としかねない。

 また、アグネスに自首するという選択肢はなかった。

 アグネスは寛大に処すると言ってはいるが、厳格で有名な皇帝が汚職した者を許すなど到底思えないからである。


「話しは終わりか?」


「ああ……」


「そうか――」


 男は何気ない事をするような動作で、警護団の男を刺した。


「がはっ!?」


 血を吐き、膝をつく、その表情は何で刺されるのか理解できないという顔だった。

 エルフの男のした耳打ちとは、警護団の男が腕の立つと思われる男二人に尾行されているというものである。

 エルフの聴覚鋭く、姿は見えなくても、つけられているのは足音から直ぐにわかった。

 組織の男は、内通している可能性も捨てきれないため、とりあえず殺しておくことにしたのである。


「お前、プリンセスガードと内通していたな?」


 血の気を失いながらも、首を横に振る。


「どっちにしてもお前はつけられていて俺達に厄介事を持ちこんだ。死ね!」


 組織の男はナイフを自警団の男の目に刺した。


「どうする?」


 エルフの男が、間もなくここにやってくるであろうプリンセスガードへの対応を確認する。


「殺るしかないだろうな……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ