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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
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落とし所

「しかし、まさか皇太子様の心に深い闇があったとは……」


 部下と侍女達を集め、プリンセスガードの詰め所で、アグネスを適当に遊ばせている。

 しばらくすると、ハルトヴィヒが入ってきた。

 ハルトヴィヒは、ライナルトとヴェルナーの激しい憎悪を感じ取り、教育部屋へと向かい仲裁に当たっていた。

 それが終わったのだろう。


「機転が効くな、姫様を連れ出してくれて助かったぞ」


「あの場に置いて、喧嘩の一部始終を見せる必要はないですからね。

 しかし……」


「何だ?」


「皇太子様は姫と随分と距離をおくとは思っておりましたが……」


「別に愛していないわけではない、それは確かだ。

 ただ、姫様は皇太子妃であるヴィクトリア様をそのまま小さくした様な容姿をされている。

 見ているだけでも辛いのだろう」


 ディートハルトはハルトヴィヒと別の部屋に入り話を再開する。


「陛下が出産を強行したと申しておりましたが……」


「言葉通りだ。

 陛下が出産を強行し、それによって高齢だったヴィクトリア様は死亡し、姫様がご誕生された」


「姫は……その……

 皇太子様の実の娘なのですか?」


「何を疑っているバカムスコが!

 正真正銘のご息女で、そこに間違いはない。

 大体、ヴェルナーの子じゃなかったら、陛下があそこまで溺愛するワケないだろう?」


「それは確かに……

 しかし、今まで全く子ができなかったのに、急にできるなんて事が?」


「それには無論、理由がある」


「ヴェルナーとヴィクトリア様が、ご結婚された後、子を授かる事はなかったが、陛下は対して気に止めていなかった。

 陛下は子ができない事を理由に、帝位を次男であるヘルフリート様に譲るつもりだったからな」


「しかし、『皇家虐殺』が起きてしまった」


「その通り、血筋が断絶してしまう事を恐れた陛下は、ヴェルナーに子供作るように迫ったが、一向に子供はできない」


 ライナルトは当時姑の如くヴィクトリアに『子を産め』『子を産め』『男を産め』『子を産め』とネチネチ迫ったのである。

 当然、ヴェルナーとの仲は悪くなる一方。


「ヴェルナーは帝政を終わらせるつもりだったから、子ができない事を特に気にしていなかったし、帝政を終わらせるにはそっちの方が都合がよかったのだが、ヴィクトリア様は違った。

 女として生まれた以上、純粋に子供を生みたかった」


「ここから先の話は、推測が交じる部分もあるが、その時、帝国には『奇跡』を起こすという評判の男がいてな……

 そいつが、陛下に近づいた」


「ゲレオン……」


「あの男は、詐欺師の様な奴ではあるが、光術の研究だけは真面目に取り組んでいて、不妊治療の研究を行っていた。

 子を望む人は多いし、上手くすれば法外な額を狙えるからな」


「クズがっ!

 何故、あんな胡散臭い奴が、陛下の傍らに立っているのか不思議に思っていましたが……」


「帝国にとって本当の奇跡を起こしたからな。

 陛下は光術による不妊治療を行うと決めた時、ヴェルナーではなくまずヴィクトリア様にその話を持ちかけた。

 子が欲しかったヴィクトリア様はそれに同意。

 子を授からない原因が、どちらにあるかはわからなかったが、ヴェルナーに伝えれば、ゲレオンを信用できないとして、破談させる事は目に見えていたため秘密裏に行われた。

 子供を授からない原因はヴィクトリア様の方にあったらしく、光術による治療が功を奏し、ヴィクトリア様は懐妊した。

 だが、検査の段階でわかったらしい。

 高齢や不妊魔法による負担が大きく、出産すれば、高確率で母体は死ぬということが。

 当然、皇太子妃の死の責任を負いたくないゲレオンは、陛下にその事を伝えたが、陛下はヴェルナーには事実を伏せ出産の方向で話を進めた」


「…………」


「姫様は無事生まれたが、ヴィクトリア様は死亡。

 長年自分を支えてきた妻の死、そして見方によれば実の父親に殺されたようなもの、ヴェルナーは喪失感に囚われ、育児・教育に積極的になれず、陛下に遅れをとった。

 だが、さっきも言ったが、姫様を愛していないわけじゃない。

 ただ、どう接していいかわからないだけだ。

 ヴィクトリア様は、出産に入る直前に

 『私の身に何が起きても、この子を幸せにしてね』と伝えたらしい。

 ヴェルナーはそれを守ろうとしている。

 姫様が生まれた時、既に陛下は80を過ぎておったからな。

 そう遠くないうちに引退するだろうと思っておったが、まさかあの陛下が不摂生をやめ長寿に務めるとは……」


「本当に長生きしましたよね」


「だが、それも限界だろう」


「親父は、皇太子様が皇帝になったらというか、皇太子様は帝国をどうするつもりなのですか?」


「帝位を降りて、民主政に変えるつもりだ。

 私はそれに尽力する」


「陛下はワシが死ねばクーニッツが攻めて来ると言ってましたが」


「そこは外交だな、情報によればジギスヴァルトという男は、今時珍しく、世間体を気にする様だから。

 帝国が民主国家にかわれば、悪の独裁国家を征伐するといった主張はできなくなる。

 長城もあるし守りに徹した中原に遠征するような無謀を犯すとは思えん。

 国が乱れなければ、西のドワーフも大人しくしているだろう」


「エンケルス騎士団は?」


「解散する。

 帝国が終焉を迎えるなら不要だ。

 騎士団員だったものへの支援は惜しまないし、皆、選りすぐりの騎兵であり魔道士だ。

 職に困る事はない。

 今後も国防の軍隊自体は必要だからな」


「姫の意志は? 皇帝となって天下を取るんだと夢見ておりますが?」


「時間をかけて諭すしかあるまい……

 帝政が終われば、お前も自由だ。

 旅に出たいなら出るが良い……

 好きな事をやれ、今まで悪かった」


「親父……」


 ハルトヴィヒは、この時初めて、英才教育を施そうとした事を謝罪した。


……――……――……――……――……――……――……


 副宰相ホラーツは、喧嘩の後、ライナルトに呼び出しを受けていた。

 喧嘩による負担は激しく、玉座ではなく寝室に呼ばれている。

 副宰相のホラーツといえど、皇帝の寝室に入ることは殆どない。


「随分と派手に喧嘩されたようですな。

 ここで死なれては皆が困りますぞ? 陛下」


「フン、白々しいな……」


「それで、寝室に私を呼ぶとは何用ですか?」


「ワシの死も近い。

 今日は本音ではなすというか、落とし所を決めようと思ってな……」


「落とし所……

 まるで、私が陛下の死後、国家にとって害悪となるような言い方ですな」


「とぼけるな……

 本音で話そうといったばかりではないか」


「わかりました。

 話は聞きましょう」


「ワシが死んだ後、お前が国をどうしようとお前の勝手だ」


「ほう……」


「だが、帝国と皇家は残せ!

 存続させろ、ワシの血を絶やすな」


 ライナルトの理想はアグネスに帝位を継がせ、アグネスが天下人になる事であったが、現実的にそれは厳しい。

 ならば、せめて権力は放棄しても、国家の象徴として存続させる事を望んだのである。


「なるほど……

 しかし、それは私に言うことですか?」


「ヴェルナーやハルトヴィヒに託してどうなる?

 どうせあいつらは、速やかに帝政を終わらせる気でいる。

 私が生涯かけて築いたモノを失ってたまるか。

 ワシは偉大な帝国の初代として語り継がれるべき存在なのだ」


「しかし、ハルトヴィヒは難敵……

 私が勝つとは限りませんぞ?」


「お前には切り札があるではないか。

 ワシが死んだ後、権力争いで勝つのはお前とみた」


 ホラーツの口元がやらしく歪む。


「しかし、私を信用して良いのですか?

 それに、お飾りとなる姫様がお可哀そうでは?」


「アグネスは可愛いが、生まれて来るのが遅すぎた、致し方あるまい。

 帝国と皇家の存続が最優先だ」


「わかりました。

 陛下の仰せのままに……

 と言いたいところですが、しかし、それを承諾して私に何の利が?」


 皇家を存続させるというライナルトの望みを叶える事は、ホラーツにとって不利益にはならないが得もしない。

 引き受ける道理はなく、引き受けるなら見返りをよこせということである。


「わかっておるわ。

 お前が、存続を約束するのであれば、邪魔者の排除に力を貸してやろう」


 この言葉には流石のホラーツも返答に詰まった。


「……陛下。

 その様な話をここでしてもよいのですか?」


「案ずるな、ここは宮殿内で唯一ハルトヴィヒの結界が及ばない場所だ。

 闇術の結界を貼る時、ワシにもプライバシーというモノがあると言って、ここだけは除外させた」


「何故それをもっと早く」


 ハルトヴィヒの結界のおかげで、ホラーツやライナルトが悪巧みをするのはかなり制限されていたからであり、それの及ばないところがあればかなり楽ができたからである。


「お前が、頻繁にここに出入りしていれば、ハルトヴィヒに警戒されるであろう?

 自分に勘付かれては不味い事を話しているのではないかとな、だから、最後までとっておいたのだ」


「なるほど……邪魔者の排除といいましたが、具体的には?」


「ワシの存命中に、ヴェルナーを殺す好機をお前にやる」


 ヴェルナーが死んでいる状態で皇帝が死ねば、速やかに帝位はアグネスに降りる。

 だが、生きていればヴェルナーが皇帝となり、直ぐにとはいかないだろうが、帝政を終わらせかねない。

また、ハルトヴィヒをヴェルナーよりも先に殺せば、少なくても切れて焦ったヴェルナーは弱った皇帝を殺すなど強行策にでたり、予測のつかない事態になりかねない。

 強攻策は乱暴だが、クリセのエンケルス騎士団は指示するだろうし、下手すれば、ゴタゴタに巻き込まれて、陛下のついでに自分も殺されるだろう。

 ホラーツのプランとしては、まずは陛下の死を持って、ハルトヴィヒを殺し、あくまでヴェルナーとは皇室の評議などで正攻法で挑みつつ、じっくり殺す機会を伺うつもりだった。

 この事は、国家の権力を速やかに掌握したいホラーツにとっては予定をショートカットできる願ってもない話である。

 ヴェルナーはハルトヴィヒにガッチリ警護されているため、暗殺は難しい、しかし、ハルトヴィヒを遠ざける事ができるなら、それも叶う。


「ワシは死ぬ前に、クリセをもう一度みたいといって、ハルトヴィヒを連れ出す。

 ハルトヴィヒの忠誠心など、とうに無くなっておるが、義理堅い性格だからな、ワシの命と最後の望みとあれば引き受けるだろう」


「確かに悪くない話ですが、私が約束を守るとでも?

 生きている陛下の命は聞いても、死んだ後まで聞くとは限りませんぞ?」


「先程から、妙に反対するではないか。

 しかし、お前は約束を守るとワシは思うておる。

 いや、お前が約束を違えない様に、今ここで誓ってもらおう」


「誓い? 陛下に誓えというのですか?」


 ライナルトがホラーツを見透かしているようにニヤリと笑う。


「ワシではない、ヘルフリートに誓え!」


 ヘルフリートとはライナルトの次男であり、ホラーツはそのヘルフリートの専属料理人であり実質参謀であった。

 若い頃は、ヘルフリートを帝位に就けるべく数々の献策を行っていた。


「……知っておったのですか?」


 ホラーツが狼狽える。


「まあな……ワシが気付かないとでも思ったか」


 ヘルフリートは同性愛者であり、ホラーツはその愛人でもあった。

 しかし、ライナルトは同性愛者を嫌っており、ヘルフリートはそれを隠して生きていたのである。


「無論、周囲にそれがバレる。

 もしくはワシにカミングアウトしてきたら容赦なく首を刎ねたがな。

 ワシは同性愛者には寒気がするタチでのう」


 ライナルトの言葉に唾を飲む。

 余談だが、セシリアはヘルフリートを失脚させるため、同性愛者である事を掴み、それをライナルトに伝えようとしていた。

 しかし、先手を打たれてしまい、自身が失脚させられてしまったのである。


「お前がここで皇家の存続を誓うのであれば、ワシはお前とヘルフリートの仲を認めよう」


 死んだ者との仲を認めたところで、何の得にもならないが、この言葉はホラーツの心を打った。


「……わかりました。

 皇家は存続させましょう。ヘルフリート様に誓って!」


「フッ……交渉成立だな。

 しかし、リザードマンの暗殺者の存在を知った時……

 ヘルフリートも大胆な事を考えると感心したわ」


 ヘルフリートはライナルトの性格を色濃く受け継ぎ、お気に入りの次男であった。

 リザードマンの暗殺者に殺される事を悟った時、その場にいるホラーツにハルトヴィヒの暗殺を依頼をする様に伝えたのである。

 ホラーツはその時、自身は皇室どころか、ヘルフリートの専属料理人に過ぎなかったので、宮廷で力をつけるため、殺しの決行はライナルトが死んだ後にと注文をつけた。

 ライナルトが倒れるまでの間、順調に邪魔者を失脚させ、自身の手駒を増やしていった。

 ライナルトも直前までどちらに国を託すか悩んでいた。

 ホラーツがハルトヴィヒに負ける事も十分考えられるからだ。

 しかし、リザードマンの暗殺者の報告を受け、決心がついたのである。


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