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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
6/76

国撃

 10年前、アグネスとディートハルトは皇帝ライナルトより、国劇『国家創生』の鑑賞に招待された。

 ディートハルトはアグネスを連れ、宮殿から少し離れたところにある帝国最大の劇場へと足を運ぶ。

 主演を皇帝自らが演じ、上演時間は5時間を超える大作の鑑賞である。

 アグネスは公演日の2週間にその話を聞かされ、公演日を待ち遠しく思い、度々プリンセスガード達を困らせていた。

 一番前の特等席に座り、アグネスにとって忘れられない思い出になる筈だったのだが。


「眠いのう……」

(爺上はこの物語の何が面白いのじゃろう? 正直よくわからんのじゃ……)


 内容は極めて大人向けであり、幼女であるアグネスにとって物語の内容を理解する事は難しく、苦痛でしかなかったのである。

 必死に目をこすり、舞台を眺めているアグネスであったが。


「ん?」


「ZZZzzz」


 護衛である筈のディートハルトはアグネスの隣の席に座り、布切れを目隠しの様に覆って、既に眠っていた。

 思わず身を乗り出しディートハルトの頬をつねるアグネス。


「何で、護衛のお主が寝ておるのじゃ!」


 我儘で傲慢なアグネスであったが、劇場では静かにする原則をふまえ、小声で怒鳴った。


「ん? 大丈夫ですよ姫様。

 危険が迫れば即座に起きて対処しますから……」


 寝むそうに目をこすりながら、面倒くさそうに返答するディートハルト。


「嘘つくでないわ~!」


 苛立ち、耳元で叫ぶアグネス。


「嘘じゃありませんよ! 

 敵が現れればちゃんと起きて敵を倒します。

 だからそれまで寝かせてください。

 昨日は二時間しか寝てなくて……」


「お主! ふざけておるのか!」


「ふざけてませんよ!

 国劇かなんか知りませんが、つまらん演劇なぞ見ても眠くなるだけです。

 姫にとってはこれが面白いんですか?」


「む!? それはその……

 いや、面白い、つまらないの問題ではない!

 護衛が寝るという事が問題なのじゃ!」


「では、姫も一緒に寝てればいいでしょう!」


 ディートハルトの返答は答えになっていなかったが。

 本音は眠いというアグネスの心を揺さぶった。


「し…しかし……」


「あ! というか、それより敵がきたら起してください」


 ディートハルトはまるで名案を思いついた様に言うと再びを目を閉じ布をかけた。


「おい! それでは余が眠れんではないか~!」


「姫! こういう事は、言ったもん勝ち、はやいもん勝ちですぞ!」


「『ですぞ!』ではないわ~!!」


「zzz」


「寝るなバカモノ~!」


「ZZZ」


「わざとらしく、寝息を大きくするでない!」


「ZZZ」


「起きんか~!」


「ZZZ」


「~~」


 そして上演が終わった。


……――……――……――……――……――……――……


 夕方。

 ディートハルトは舞台裏にいる皇帝への挨拶と社交辞令の感想を述べるとアグネスを連れて宮殿に帰還した。

 勿論、感想をどう言えばいいかは事前にヴェルナーから教えて貰っており、それを述べただけである。

 気持ちが全くこもってない棒読みだったため、ライナルトの神経を逆なでしたが、アグネスがいる手前、ブチ切れる様な真似はしなかった。


「お帰りなさいませ! 演劇はいかがでしたか?」


 宮殿に帰還し、ディートハルトの部下であるイザークが二人を出迎える。


「眠かった! ホント何が面白いのかね……まあ国民洗脳の一環なんだろうが」


 演劇の内容に悪態と突っ込みを入れ始めるディートハルト。


「お主は寝ておったではないか~!」


「寝てませんよ!

 こないであろう暗殺者を騙すため、寝たふりをしていただけです」


「嘘つくでないわ~」


 ディートハルトは怒るアグネスを侍女に託し、今日はもう休ませる様に促した。


……――……――……――……――……――……――……


 そして夜も深くなった頃。

 ディートハルトはプリンセスガードの詰所にイザークを呼んだ。


「姫は?」


 ディートハルトはアグネスに聞かれたくない会話をするため、アグネスが休んだかどうかをまず確認する。


「お休みになられました」


 神妙な顔で問いに答えるイザーク。


「全く、あのライナルトさんは姫の好みというものを理解していないから困る。

 自伝演劇なぞ、一体誰得だ」


「はい?」


 イザークはディートハルトの態度がイマイチ理解できなかった。


「伝統劇だかなんだか知らんが、あの内容では子供どころか大人でも眠くなるのがオチだ」


「はあ……」


「というわけで、プリンセスガードの面々で舞台劇を行う!」


「そ…それは何と申しましょうか……」


 イザークはディートハルトが変な方向にむかい始めている事に気付き、軌道修正したいが方法がわからない。


「姫に対しては俺の方がよっぽど楽しい舞台劇をみせる事ができる」

 というわけで、やるぞ!」


「何で熱くなってんですか!

 というか、どうして皇帝陛下に対抗意識もってるんですか!」


 ディートハルトはイザークの問いには答えず、役の名前の一覧を書き始める。


「……それで、一体何をされるんですか?」


 観念したイザークは、疲れた様に聞いた。


「これだ!」


 懐から一冊の本を取り出し得意げに見せる。


「それは、姫に読んで聞かせていた。『水戸黄門』ですか?」


「うむっ! 姫の好きな話の舞台化だから、好みから外れるという事は決してない」


「確かに……」


「それでだな、俺が『カクさん』をやるから、

 イザークは『悪代官』

 ハンスは『悪徳商人』

 カミルは『下っ端の悪党』

 ルッツは『スケさん』

 ローラントは『ミツクニ』

 フロレンツは『苦しめられている領民』

 テオフィルは『苦しめられている領民の一人娘』を……」


「……。リーダー命令とあらば……」

(何で私が悪代官を……)


 イザークは渋々了承した。


……――……――……――……――……――……――……


 当日。


「姫! 見せたい舞台劇があります」


「なんじゃ? もう眠いのは勘弁じゃぞ?」


 アグネスはよっぽど苦痛だったのか、前回の時と違い、まるで期待していなかった。


「わかっております。大船に乗った気でいてください。

 きっとお楽しみいただけるかと」


 自信に満ちた目でニヤリと笑うディートハルト。

 アグネスもその余裕に期待せずにはいられなかった。


「そうか!

 それでは楽しみにしておるぞよ!」


「はっ!」


 ディートハルトは珍しく深くお辞儀をした。


……――……――……――……――……――……――……


 こうして、プリンセスガードの面々による 『水戸黄門』が開演された。

 観客はアグネス一人である。


(皇帝陛下! 来て見て敗北を噛みしめろっ!

 これが俺の実力よ……)


 ディートハルトはノリノリで『カクさん』を演じ、『下っ端の悪党』を演じるカミルを素手でボコボコにする。

 アグネスは食い入る様に劇を見ていたが、表情は険しかった。

 そして、舞台の最後『カクさん』が印籠を取り出し、口上を述べようとした時……


「きぃさぁまら~~~~!!」


 アグネスは我慢の限界に達したかの様に怒鳴り始めた。


「?」


 予想外の反応に面食らう、プリンセスガード一同。


「揃い揃って、『しけい』になりたいのか~!

 これは立派なこっかはんぎゃくざいじゃぞ~~~!!」


 アグネスは席を立ち上がり、地団太を踏み始めるが、プリンセスガードの面々は何故怒っているのかわからない。


「どうするんですか! ディートハルト様!

 姫君、かつてない程のお怒りですぞ!」


 『悪代官』を演じるイザークがその役を忘れ、素に戻りリーダーに指示を仰ぐ。


「落ち着け! まずは探りを入れる。

 姫! 何をそんなにお怒りなのか? 

 ご説明ください」


 ディートハルトは舞台を降り、アグネスの前までいき宥めようと近づいた。


「余をないがしろにしておるからじゃ!!

 何故、その方らだけで『水戸黄門』を演じておるのじゃ!

 余を仲間外れにしおって~!」


 よく見ると、アグネスの目には涙が浮かんでいる。


「それは、申し訳ございません。

 しかし姫が『カゲローオギン』を演じるには20年……

 いやせめて10年は歳を取らねば。

 サービスとしては成立しないという事をご理解……」


「何故余が『カゲローオギン』を演じるのじゃ~!!

 貴様ら如きが余の肌を見ようなどと100年早いわ~~!!」


 『カゲローオギン』とは、水戸黄門に登場するキャラクターで、何かと風呂に入るキャラとして有名。

 いわゆるお色気キャラである。


「では、姫!

 一体誰を演じたいと?」


「そんな事もわからんのか!

 『ミツクニ』に決まっておろう!

 余に『ミツクニ』を演じさせんか~~!!」


『ミツクニ』とは『水戸黄門』主役で老年の男性キャラである。

 つまり、幼女であるアグネスとは真逆のキャラといえた。


「『ミツクニ』でございますか……

 しかし、歳と性別が……」


「(キッ」


「しかし、姫が演じてしまえば、観客が誰もいなくなってしまい、これはこれで劇として成立しないといいますか……」


「そんなもの、爺上、父上、ハルトヴィヒなどを呼べばよかろう!」


「なるほど。それは名案……」

(爺上!?)


 ディートハルトの背筋が一瞬にして凍りつく。


「姫! その……『爺上』というのは

 ライナルトさ……もとい皇帝陛下の事でよろしいのでしょうか?」


「当たり前じゃあ! 他に誰がおるんじゃ?」


「…………」

(しまった!)


……――……――……――……――……――……――……


 アグネスを何とか宥めすかし、プリンセスガードは詰所に戻っていた。


「ふーっ……なんとか首の皮一枚で繋がりましたよね」


 冷や汗を拭うイザーク。


「全く! 次は気をつけてくださいよ。

 姫様がブチ切れてこの事を陛下に伝えれば、本当に死刑になりかねないんですから」


 ディートハルトに対しカミルが悪態をつく。

 劇が途中で終った事により、ボコられ損になった事を根に持っている様だ。


「まあいいじゃないか、済んだ事だし」


 カミルを宥めるテオフィル。

 アグネスの怒りが静まり安堵の声が上がるが、ディートハルトの表情は暗いままであった。

 イザークを残し、プリンセスガードの面々は退室していった。


「ディートハルト様?」


 ディートハルトが暗い顔をしている事に気付き、不安そうに問うイザーク。


「……不味い事になった」


「はい?

 後は『水戸黄門』を姫と一緒に演じれば終わりですよね?」


「そう単純じゃないぞ? ライナルトさんが『水戸黄門』を観たらどうなると思う?」


「?」


「領民の事をどうとも思ってない傲慢皇帝と『ミツクニ』のキャラは相反する」


「あ!」


「そして、『悪代官』みたいな『皇帝の腰巾着』とそう大差ないような奴を成敗する内容がライナルトさんにウケるとは思えん」


「でもこうなった以上、やるしかないのでは?」


「ああ……」

(何事もなければ良いが……)


 ディートハルトは軽はずみな行動を反省するしかなかった。


……――……――……――……――……――……――……


 アグネスは数少ない身内と重臣達を呼び、主演アグネスによる『水戸黄門』が上演された。

 ヴェルナーは笑って鑑賞し、ハルトヴィヒは冷や汗を掻きながら鑑賞し、そしてライナルトは怒りを抑えながら鑑賞した。

 皇帝は、アグネスが自ら主演を演じていたせいかその場では怒りを抑え、声を荒げる様な真似こそしなかったが。

 後日、ライナルトは『水戸黄門』を有害図書指定にし、帝国内に現存する書籍は残らず没収され焼却された。


……――……――……――……――……――……――……


「ええ~! 有害図書指定!?」


 話の一部始終を聞き終えたシーオドアは驚愕の声を上げた。


「ああ……」


 苦々しく頷く。


「やりすぎですよね」


「全くだな……俺の愛読書を」


「しかし、アグネスは『死刑』とか物騒な言葉を子供の頃から使ってたんですね」


「ああ、それは冠老教育のせいだな」


「冠老教育?」


「冠老はさ、国を建国する前から、教育に力を入れる傾向があって、大小多くの教育機関を設立していた。

 それはまあいいんだが、冠老には『帝国皇帝論』って自著があって。

 それが国家指定の教科書みたいになっててな……」


「そうなんですか? 初めて知りましたね」


「それはお前が生まれる頃には、皇太子様が教育機関の発展に大きく関わるようになっていて。

 そんなイタイ本は見事に廃止になりました」


「なるほど!」


「だけど、アグネスだけは冠老が直に教育していたからそれを読んでたんだよ」


「へぇ~」


「帝皇論ってさ『神は皇帝を愛す』ってイカれた一文から始まってて……」


「うわっ!」


「他にも『皇帝が天に背いても、天が皇帝背く事は許さん』みたいな一文もあって……

 要するに教科書っていうよりは洗脳書みたいなもんだな」


「そりゃ、我儘に育ちますわな」


「小さい頃、親父にこの本、皇帝の自画自賛ばかりでキモいって言ったら、ビンタされたよ」


「ははは」


「でも今思えば、主君を批判したからビンタしたんじゃなくて、そういう発言は危険だからビンタしたんだろうな」


「しかし……」


「ん?」


「あ、いえ、なんでもありません」


 シーオドアは、皇帝の右腕と呼ばれたハルトヴィヒや皇帝の長子であるヴェルナーが何故、洗脳されていないのかが気になった。


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