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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
57/76

極秘任務 六

「インゴルフ……

 お前は、何を企んでいる?」


「企む? 人聞きの悪い事を言うな。

 俺はエンケルス騎士団の繁栄を願っているだけだ。

 ライナルトはそう遠くないうちに確実に死ぬ。

 中央の貴族共も、隣国のクーニッツ騎士団もそれはわかっている。

 南のアルフヘイムや、西のアポイタカラも動向には常に気を配っている筈だ。

 大きく国が乱れるのは必然」


「混乱に乗じて国を奪おうと?」


「そこまでする必要もないだろう。

 お前が、アグネスを嫁にして、ハルトヴィヒ様が皇太子に禅譲を迫れば済む問題だと思うが違うのか?」


「なんだと?」


「アグネス様は、随分とディートハルト様に心を開いているようでした。

 幼いので、恋愛感情と呼べるかはまだわかりませんが、恋愛感情に発展する見込みは十二分にあります」


 ウルズラが淡々と補足する。


「俺に、政略結婚をしろと?」


「嫌なのか?

 相手は皇族で次期皇帝、さらにお前を慕っている。

 お買い得じゃないか」


「ディートハルト様……

 アグネス様に相応しい相手に心当たりがあるなら是非聞かせてください。

 いないなら、別に良いのではありませんか?」


「……政略結婚するつもりはない。

 その話を俺にしにきたのか?」


「いや、今の話をハルトヴィヒ様に伝えくれ」


「オヤジが知ったら、お前達を逆賊として粛清するかもしれんぞ?」


 インゴルフはディートハルトの言葉を笑い飛ばした。


「はっ!

 お前は中央でヌクヌクと暮らしているから知らんのかもしれんが。

 クリセの若い衆は皆、中央に強い不満を持っている。

 勘違いしている様なので、はっきり言っておくが、俺に野心はない。

 お前にグレていた過去があろうが、勉強がからっきしだろうが、お前を次期当主と思っている。

 それこそお前が団長になれば、喜んで支えよう。

 たが、斜陽の帝国はどうでもいい、傾くのであれば、そのまま倒してしまえばいいと思っているだけだ。

 俺達が支える必要なぞ全くないし、帝国にこれ以上、膝をつく気はない。

 これはクリセの若い衆の総意と思え!」


 エンケルス騎士団は、建国の頃から国家に仕え、軍事、内治で多大な功績を残してきた。

 しかし、最初に与えられたクリセ州以上の地は与えられる事はなく、中央からは厳しい税(他州のしわ寄せ)をかけられ、冷遇されている。

 自分達はもっと禄があっていい筈だと、若い世代は皆思っていた。


「ディートハルト様、クリセは貴方様が思う以上に深刻です。

 私達を逆賊というなら、そもそもフォルスター騎士団が宗主国と騎士団連合に反旗を翻した逆賊……

 気にする事でしょうか?

 この世は乱世、これは下剋上というものですよ」


 闇術を携えた屈強な騎士団の維持にはそれ相応の軍事費が伴う。

 皇帝や副宰相は、帝国は長らく不戦をしており、遠征をおこなう予定もない以上、予算の無駄として軍を縮小するように圧力をかけ、さらに、取り決め以上の内政干渉も行っていた。

 その癖、他州で何か問題が起きれば、そのしわ寄せをクリセの負担させる。

 中央からすれば、独自の軍隊を持つ騎士団はなんとしても改易したい存在であり、圧力をかけるのも不満を噴出させて改易の口実をつくるためである。

 闇術を使う騎士を『悪魔に魂を売っている』という噂を流し、ネガキャンによる嫌がらせは勿論のこと、クリセから高い税金を徴収して何をするかといえば、貴族達の豪遊に使わせ、わざとその情報を流し挑発もしていた。

 当然、若い騎士達は怒りを覚え、もはや抜き差しならないところまできている。

 苦渋、屈辱に耐えてきたのも、後少しで皇帝は死ぬと言い聞かせてきたから。

 無論、皇太子や宰相であるハルトヴィヒはクリセの改善に奔走しており、この二人がいなかったら、誰かが反乱を起し、鎮圧、改易の流れを辿っているだろう。

 しかし、下の者達にはそれが伝わらないというのが現状である。


「考えてもみろ!

 帝国を支えてきた四騎士団は一体どうなった?」


 四騎士団はエンケルス騎士団以外全て改易されている。

 難癖をつけられて、いつ中央の粛正にあうかわからない。


「もし、私と兄様が死ねば。

 若い騎士達は歯止めが効かなくなり、中央になだれ込むでしょうね。

 形骸化している近衛騎士団や老いた皇帝。

 今の中央にそれを止めるだけの戦力があるとも思えませんが?

 各州の援軍が到着する前に決着がつくでしょう」


 中央の主戦力は、ハルトヴィヒの率いるエンケルス騎士団となるが、文官よりの人間が多く、兵数もクリセに比べて絶対的に少ない。


「中央は俺が守る。お前ら如きに遅れはとらん」


 この言葉により3人の睨み合いが続いたが、ディートハルトはふうっと息を吐き話題を変えた。


「それはパウル様のご意志なのか?」


 パウルとはエンケルス騎士団の副団長。

 つまり、インゴルフの父親でハルトヴィヒの従兄にあたる。

 中央のハルトヴィヒとは常に連携を取り、エンケルス騎士団を支えてきた重鎮。

 若い騎士達の怒りに対しても『挑発に乗るな』と叱責し、長らく抑えつけてきた存在。

 帝国に代ってエンケルス騎士団が中原を支配するという考えに及ぶとは考えにくい。


「……父にはまだ話していない。

 まず、お前にハルトヴィヒ様を説得するよう話をつけ、それから話をするつもりだった。

 順序が逆だったようだがな」


「一体俺に何を期待していた?」


「ふん……

 俺だって道中は、お前をどう説得するか考え悩んでいたさ。

 ところが、市街で会ったお前は、アグネスと仲良さそうに見えたんでな。

 お前はお前で、エンケルス騎士団の事を考え、次期皇帝とお近づきになろうとしていると思ったんだよ。

 ただの勘違いだったわけだか」


「俺がそんな事をするわけないだろう?」


「逆に聞きたいんだが? 何であのガキとあそこまで仲がいいんだ?

 ウルズラの報告によれば、今度、男女混合のパジャマパーティーをするつもりなんだろ?」


 インゴルフは少し小馬鹿にした様に喋り、ディートハルトはウルズラを睨みつけた。

 ウルズラは一笑する。


「そこまでしてご機嫌を取る意味がわからん。

 お前がプリンセスガードに抜擢されたという話を聞いた時、どうせお前の事だから、わざと何かやらかしてクビになろうとすると思っていたのだがな」


「同世代の友達がいない幼い子を可愛がっているだけだ。

 別にその地位や血筋を狙っているわけじゃない。

 残念だったな」


「ああ残念だ。

 皇帝が死ねば、どこかしらが中原に攻めてくるだろう。

 そして俺達が真っ先に戦に駆り出される。

 国を守るのは当然の勤め、だが忠誠の誓えない宗主国や他州にそこまで尽くす気にはなれん」


「国は変わる。

 皇帝が死ねば、皇太子様が跡を継ぐ、皇太子様はオヤジとも親密だ。

 クリセもきっと改善されるさ」


「随分と楽観的だな。

 中原を治めるのに相応しいのはハルトヴィヒ様しかいない。

 ハルトヴィヒ様が国家の主になれば、例えば、クーニッツ、アポイタカラ、アルフヘイムが同時に攻めてこようと戦って国を守れるしそれに値する。

 だが、皇太子ではダメだ。

 中央の奸臣どもに遅れを取る様な奴に、忠誠など誓えるものか!」


 皇帝と皇太子の仲が修復不可能な位に険悪なのは政治に関わる者なら誰もが知っている。

 そして、皇帝が孫のアグネスを溺愛しているのも周知の事実。

 皇帝は邪魔者がいれば迷わず消すタイプだが、皇太子は非情な手段を嫌う。

 その結果、皇室ではエンケルスにとって最も邪魔な存在である副宰相がのさばっている。

 さらにいえば、皇帝が皇太子に素直に帝位を譲るとは思えず、死ぬ前に何かしらの行動にでるだろう。

 逆に皇太子は、皇帝が存命中に無理やり引きずり下ろして帝位につく様な真似はできないだろう。

 インゴルフからすれば、皇太子は呆れる程、お人よしで頼りがいがないというか、尽くす気になれない人物であった。


「オヤジなら誓えるのか?」


 帝国の未来は見えない、このまま進めば自分達は都合のいい様に利用されてそのまま使い捨てられるだろう。

 ならば、自分達の旗を立てようというのがクリセ・エンケルスの若い衆達の望みであった。


「勿論だ!

 お前が騎士団長の座につけばお前にだって尽くすつもりだ」


「……そうか。

 大した忠誠心だな、盲目的というか」


「何だと?

 お前はハルトヴィヒ様に忠誠を誓っていないのか?」


「ああ……

 オヤジの事は父親として慕ってはいても忠誠はない」


「貴様!」


「俺が忠誠を誓っているのは他にいるしな」


「まさか、それがあのガキだというのか?

 いいか? 俺は、別にお前にあのガキを殺せとか物騒な事をいっているわけじゃない。

 情が移ったというならそれは構わん。

 向こうも好意を寄せている様だし、娶れと言っているんだ。

 ただし、お前がディートハルト・フォルスターになるのではなく、向こうがアグネス・エンケルスになる。

 それだけの話だ」


「お前は、勘違いが過ぎるな……

 俺が忠誠というか、この人のためならと思えるのは姫ではなく、その父の皇太子様だ。

 皇太子様が皇帝になるなら俺は全力で尽くす……騎士の前に人としてな。

 この事はオヤジに伝えても構わないぞ?

 オヤジも『それでいい』と言うだろうからな」


「何故だ? 何故そこまで……」


「そうだな……

 皇太子様は、俺が『くにとかきしだんとかどうでもいいです。しゅっぽんしたい!』といえば、それを尊重してくれそうな気がするからかな。

 お前達の事は、他人には口外しないがオヤジには伝えておく、オヤジからパウル様に連絡がいき、追って沙汰があるだろう。

 じゃあな」


 ディートハルトは席を立ち扉へと向かう。


「では、送ります」


 ウルズラが席を立つ。


「結構だ」


「そう言わずに、次期当主であるディートハルト様を一人で帰すワケにも行きません。

 それに、物騒なリザードマンも出没する街の様ですし……」


(リザードマンの一件の口止めがあったか……

 エンケルス騎士団に伝えるなというのがライナルトさんの任務だしな。

 くそっ、話が決裂状態で言いづらい)


……――……――……――……――……――……――……


 ディートハルトは夜道を歩きながら、料亭でインゴルフに言われた事を思い出す。


(政略結婚か……

 そういえば、皇太子様にも、遠まわしに勧められたような。

 両家の繁栄のためにはそれが最適解なのかもしれん。

 だが……)


「ウルズラ」


「はい、なんでしょう?」


「さっき、お前と俺の結婚の話がちらっと出たが、お前はパウル様やオヤジが俺への縁組を勧めてきたら承諾するのか?」


「そうですね、反対はしませんね」


「誰か好きな男とか気になる男とかはいないのか?」


「特におりませんし、いても関係ありません」


「そうか……」


 あまりにも感情のない返答に言葉を失う。


「なんというか、ディートハルト様は随分とロマンチストですね」


「ロマンチスト?」


「ええ、『結婚は恋愛結婚であるべきだ』とか思っていませんか?」


「……別に結婚について深く考えているわけじゃないが。

 確かに政略結婚というものを肯定的に考えていはいないな」


「私は、いつでも喜んで政略結婚の道具になるつもりですよ。

 父様やハルトヴィヒ様に、有力貴族と結婚しろと言われれば、その命に従います」


(これが、エンケルス家の教育の結果か……寂しい奴。

 そういえば、オヤジも有力貴族との政略結婚だったな。

 オヤジは母を大事にしたし、夫婦仲は円満だったから別に不満はないが)


 ディートハルトは幼い頃、3年程だがクリセに送られ、ウルズラ、インゴルフと共に教育を受けさせられている。

 二人は真面目に教育を受けていたが、ディートハルトは屋敷を抜け出しては田んぼに行って、ザリガニを捕まえるのに躍起になっていた。

 優等生である二人の再従兄弟(はとこ)は、それこそ次期当主になれば自分の手足となって盲目的に尽くしてくれるのだろうが素直に喜べない。

 大切な何かを失っている様に見える。


「お前はその……

 例えば皆で『枕投げ』をしてみたいとか思わないのか?」


「いえ、全然」


「そうか……」


 聞くだけ無駄な事を聞いてしまい、どこか気まずいものを感じる。


「憐れむ様な目を向けないでください。

 それよりも現実に目を向けるべきでは?

 市街ですから具体的には申せませんが、大きく乱れるのは避けられませんし、(奸臣ども)はなりふり構わずエンケルスを潰しに来るでしょう」


 ウルズラに詰められ、少したじろく。

 本音を言えば、ディートハルトは帝国の行く末も、エンケルス家の行く末もなるようにしかならないと思っている。

 本人としては、そんな大きな事よりも、もっと身近で小さな事に目を向けたかった。


「それが言いたかったのか?」


「ええ……

 分家にとって、宗家の繁栄が全て……」


「宗主国の衰退や繁栄など二の次……」


 後の言葉は誰にも聞こえない小さい声で言った。


「そちらの話を断った後で言いにくいんだが……」


「何でしょう?」


「インゴルフに、街で見たリザードマンに関しては誰にも漏らすなと伝えてくれないか?」


「わかりました。

 それが次期当主の望みなら厳守いたしましょう」


(次期当主、次期当主、うるせーなコイツは。

 まあ、盲目的で助かった)


「それと最後に……

 ハルトヴィヒ様より、今回の件で自害するように申し渡されても、ディートハルト様を決して恨みません。

 私は喜んで死にましょう」


 ウルズラはにっこりと笑うと一礼をする。

 ディートハルトは寒気を感じた。


(ホラーかコイツは……

 血の気の多いインゴルフの方がまだマシだな……)


 宿屋の前まで到着すると、ウルズラは元きた道を引き返していった。


……――……――……――……――……――……――……


(ふうっ……なんかリザードマンと戦うよりも疲れたな……)


 借りている宿屋に帰還するディートハルト。

 皆寝てしまったのか、中は暗い。


(全員寝ているのか? 何故だれも警護していな……)


 その時、暗闇の中で柔らかい『何か』がディートハルトの顔面を直撃する。


「ファイア!」


 小さな炎が虚空に生み出され辺りを照らす。

 ディートハルトに直撃したのは枕であり、アグネスがドヤ顔で仁王立ちしていた。


「姫!? まだ起きていたんですか?」


「ふっふっふ……

 余を無視して外出しおって、その枕は余の『怒り』……

 身を持って知れ!」


 よく見ると、イザークとコレットがアグネスの我儘に付き合わされているようだ。

 暗闇の中、3人でディートハルトの帰りを待っていた。

 ディートハルトは溜め息をついて、アグネスをまじまじと見つめる。


「な…なんじゃ……その目は!」


(姫は自分の境遇に満足なのだろうか?)


 幼い頃、ワケのわからん教育を受けさせられ、それが嫌でしょうがなかった。

 優秀な親戚達は、決してバカにはせず、むしろ支えると言ってきて、それがどこか心苦しく息が詰まった。

 不自由をした事はないし、自身はまわりと比べて恵まれた環境に生まれた事はわかっている。

 だが、居心地は悪かった。

 姫も自分と似たような環境だろう。

 どうして、そんなに自身の環境を受け入れて笑顔でいられるのか不思議に思う時がある。


(宗家、分家、政略結婚……

 皇帝、帝位、他国、戦争……

 ホントめんどくさいな)

「姫……

 国とか任務とかほっぽり出して、俺と何処かとおーっくへ行きませんか?

 きっとそっちの方が人生楽しいと思いますよ?」


「お前はいきなり何を言い出すのじゃ~!

 そんな事ができるわけなかろう! 余は次期皇帝。

 余の覇道はすなわち人類の夢なのじゃ! 

 寝ぼけた事を抜かすでないわ!」


「そうですよね……今の言葉忘れてください」


「むむ~?」


 アグネスは背伸びをしてディートハルトの頬に手を伸ばし顔を近づける。

 少しげっそりしているように見えた。


「お主、どうやら疲れておるようじゃな。

 枕投げをしてみたかったが、余は寛大じゃから明日に延期としよう。

 今日はゆっくり休むのじゃ!」


 胸を張り、ドヤ顔で寛大さをアピールするアグネス。


「ありがたき幸せ」

(『明日に延期』にした上で、出て行った筈なんですけどね)


 ディートハルトは自身の使用している部屋に入り、ベッドに突っ伏した。


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