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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
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極秘任務 五

 討伐隊の本陣として使われている宿屋の食堂で、アグネスとプリンセスガード一同は食事を取っていた。


「何かいけすかん奴じゃったの~」


 アグネスは今日会った、インゴルフの事を思い出す。

 なんというか、徹底した礼儀作法にかえって接しにくいものを感じていた。

 何より、曲がり角を曲がった時に見た、漆黒の軍勢はアグネスの度肝を抜き怖がらせた。

 クリセ・エンケルス騎士団の第一印象は最悪である。


「ですよね~。

 まあ、エンケルス騎士団は根暗な奴が多いですから!」


 ディートハルトもソレに同意する。


「しかし、副団長補佐という事は、お主よりも偉いのか?」


 ディートハルトの肩がピクっと動く。


(姫様! それは触れちゃいけないことなんじゃ!)


 イザークはディートハルトの気持ちを察し、アグネスを嗜めたいところではあるが、怒らせてしまうのじゃないかと思ってしまい、言うに言いだせない。

 副団長補佐と聞けば、騎士団内の序列は3位の様にも聞こえるが、厳密に言えば4位である。

 エンケルス家は、皇室に招かれ国家全体の政に携わる宗家と、クリセ州を治める分家で、大きく二つに分かれている。

 団長は皇室へ、副団長がクリセを治めるため、それぞれの副官的業務は、団長補佐、副団長補佐が行う。

 つまり、団長補佐という、団長の副官が序列3位と呼べる存在だが、現団長のハルトヴィヒはこれを空席にし、ディートハルトを末席にあてがっていた。


「はい、エンケルス騎士団の序列では私よりも偉い事になります」

(ですが、私は次期皇帝にあらせられるアグネス姫様のプリンセスガード第一の騎士!

 私の方が、格上にございます!

 何ていっても虚しいだけだな……うん)


「お主! あんな奴に負けるでないぞ?」


「勿論でございます」


 その時、カランカランと出入り口のドアベルが鳴り、黒い鎧を着た黒髪ロングの女性と、その後ろに同じ鎧を着た男性4人が入ってくる。


「な…なんじゃ?」


 突然の黒い来客に内心怯えてしまうアグネス。

 5人の男女は、ディートハルトとアグネスの前に来ると揃って膝をついた。


「お初にお目にかかりますアグネス様。

 エンケルス騎士団のウルズラと申します」


 ディートハルトとその女性ウルズラは面識がある。


「街で会ったインゴルフの妹です。

 後ろの4人は、遠縁だと思いますが、興味ないのでどんな関係かわかりません」


 ディートハルトがアグネスに耳打ちする。

 団長の息子である以上、ある程度人間関係、親戚関係は把握しておかなければならない事であるが、幼少期グレて過ごしていた事もあり、クリセの親戚の細かい事まではよくわからない。

 団長の息子としてはあるまじき失態ではあるが、アグネスには『眼中にありません』言っている様に聞こえ、むしろ気をよくしていた。


「あやつの妹か……

 それで余になんの用じゃ?」


「いえ、用があるのはアグネス様ではなく……

 ディートハルト様、兄の命により、ここへ来ました。

 今夜、兄が会って早急に話したい事があるそうです。

 私はお迎えに上がりました」


(インゴルフが俺に? 一体何の用だ?

 そもそも副団長補佐が王都に来ることが何故事前に知らされていない?)


 親戚の突然の来訪を不信に思うディートハルト。

 本来ならばハルトヴィヒにまず書状を送り、こちらに来るとなれば、自分に事前連絡が来るのが普通である。

 ディートハルトが考えを巡らせているとアグネスが口を開いた。


「それは残念じゃったのう。

 今宵は、侍女達とプリンセスガード皆で寝巻を着こみ、『枕投げ』を行う事が決まっておる!」


 ウルズラはアグネスの言葉に面食らいディートハルトの方を見る。

 ディートハルトは視線を逸らし恥ずかしそうに頬をかいた。


(リザードマンを目撃した事を口止めしないとならんからな、インゴルフと会えというならむしろ好都合だが……)


 問題は、少し落ち着いたアグネスの機嫌を再び損ねかねないという事であった。

 本日、アグネスを保護した後、イザークやカミルに姫のガス抜きをして欲しいと頼まれている。

 何とか機嫌というかストレスを発散させるため、苦し紛れに思いついた策が『枕投げ』であった。

 正直、この様な催しを提案して、アグネスが喜ぶかどうか疑わしいものがあったが、予想に反してアグネスはそれを楽しみにした。


(う~む……姫の性格からして、俺がここを出る事を快くは思わないだろうな。

 しかし、こいつらが何をしにきたのか? インゴルフの口止めはしておかねばならん)


「姫、今夜は急用が入りました。

『枕投げ』はまたの機会に致しましょう」


「む!?

 お主は余の相手をするよりも、そいつらの相手をする事の方が大事と申すか?」


 アグネスの声が怒気を孕む。


「そういうわけではございません。

 逆に姫はこれまで身を粉に奉公してきた私が、どちらが大事かを天秤にかけたうえで、ウルズラの方を選んだと。

 そうおっしゃられるのですか?」


 ディートハルトは怒気に怯まず、毅然と言い返す。


「……い、いやそういうワケではないないが。

 す…好きにするがよい」


 アグネスはそう言って、そっぽを向いた。

 心の中で溜めた息を吐き、なんとかなったと思った矢先、ウルズラが口を開く。


「ディートハルト様、兄の命は確かに伝えました。

 後、もう一つ、私の個人的な願いがございます」


 その言葉を聞いた瞬間、アグネスがウルズラを睨みつけるが、ウルズラは全く動じない。


「何だ? 言ってみろ」


「私と手合わせを」


 ざわっと、食堂がどよめいた。

 同行した4人もこの事は知らなかったらしく、明らかに動揺している。

 アグネスは、怒鳴り声を上げようとしたがそれよりも早くディートハルトが口を開いた。


「わかった」


「ディートハルト!?」


 勝手に同意したディートハルトを非難がましい目で見るアグネス。


「姫、明日の『枕投げ』の前に、良い余興を思いつきました」


「余興じゃと?」


「前座といいましょうか……

 お前ら、悪いがテーブルと椅子を片付けてくれ」


 プリンセスガードがテーブルを隅に運び、戦えるだけのスペースを作る。

 アグネスのテーブルは食堂の奥に置かれ、食事を取りながら観戦できる様に取り図られた。

 ウルズラが剣を抜く、その構えや隙の無さから、相当な手練れであることは誰の目から見ても明らかだった。


「しかし、リーダーが挑戦をうけるなんて……」


 カミルが疑問を呟いた。

 宮殿では稀にディートハルトに決闘を挑もうとするバカが現れる。

 プリンセスガードに相応しいのは自分だとして。

 ディートハルトはこのテの輩の相手をする事は決してないし、基本的に挑戦状を叩きつけられても『面倒だから嫌』で片付ける。

 いくら、親戚の者とはいえ、こんな急な来訪で、さらにその場で勝負を受けるのは何処か不自然な感じがした。


(冷たくて近寄りがたい雰囲気といい、黒くて長い髪といい、まるで魔女のようじゃ……)

「ディートハルト! あんな奴に負けるでないぞ?」


 アグネスの言葉はどこか不安めいていた。

 その言葉を聞いて、ディートハルト一笑する。


「何がおかしい!」


「姫! 

 ひょっとして、私の事を心配しておられるのですか?」


「うぬぼれるでないわー! お主の事など心配しておらん」


「ですよね。

 心配されるいわれもありませんし」


「む……そ…そうか」


 ディートハルトの自信に満ちた返しはアグネスを少し安心させた。

 剣を抜き、ウルズラを見据えるディートハルト。

 審判はエンケルス騎士団の男が行う。


「これより、姫様の御前で決闘を行う……

 始め!」


 開始が合図されると同時に、ディートハルトは瞬時に間合いを詰め、ウルズラの剣を弾き、喉もとで剣を寸止めした。

 『勝負は一瞬で決まる』という名言通りの結末。


「参りました。

 流石はディートハルト様」


 ウルズラは負けを認め、頭を下げる。


「うむっ。腕を上げたなウルズラ」


 一瞬で終わった試合、ディートハルトの本気の剣捌きを見て静まり返った会場であったが、その沈黙を破ったのはアグネスの声だった。


「ふははははは! 見事じゃディートハルト!

 いや~! 相手が悪かったのう。

 とはいえ、明日の『枕投げ』の前座としては中々じゃったぞ!」


 アグネスは心底嬉しそうに振る舞う。


(姫様、嬉しそう。

 これで少しは機嫌をよくしてくれればいいけど)


 イザークは喜ぶアグネスを見て、この機嫌がいつまでも続けばいいと思った。


「では、姫。少しの間、席を外します」


「うむ。直ぐに戻ってくるのじゃぞ?」


「承知いたしました」


 ディートハルトはエンケルス騎士団分家の者達と宿屋を後にした。


……――……――……――……――……――……――……


「来たな」


 とある料亭の個室貸し切った状態でインゴルフは待っていた。

 人払いは済ませてあるようで他には誰もいない。

 エンケルス騎士団の団員達は、個室の周囲を警護しており、いかにも密会という感じであった。


「一体何の用だ? こっちに来るなら事前に書状くらい寄こせ」


「そう怒るな……」


 問いには答えず、上座に座っていたインゴルフは席を立ち、ディートハルトを上座に座らせる。


「何の真似だ? 副団長補佐のお前の方が序列は上だろう?」


「おいおい、エンケルスの次期当主であるディートハルト様を差し置いて、俺が上座に座るなどありえないだろう?」


 だったら最初から下座に座って待っていろよと思ったが、話がそれるので口には出さない。


「それで? 用件を聞こうか?」


「その前に……」


 インゴルフは同席しているウルズラに目をやり、ウルズラはインゴルフの側へ寄ると耳打ちした。


「フッ……めでたいな」


 ウルズラは報告を終え、最も扉に近い末席が座る席についた。


「さて、用件だが俺がディートハルトを訪ねた理由は2つある」


「2つ?」


「ああ……

 一つはお前の様子をこの目で確かめるためにきた。

 もう一つは、噂に過ぎないがSマスターの魔道師が宮殿にいると聞いて、その辺について何か知っているんじゃないかと思って聞きにきた」


「俺の様子を見にきた?

 未だに俺はエンケルス騎士団の末席だが? 満足か?」


「そう謙遜するな。

 それに、ハルトヴィヒ様が団長補佐を空席にしている意味を考えろ。

 遠くない内に、お前を団長補佐に任命するさ」


 インゴルフはウルズラに酒を注がせる。


「しかし、お前も隅に置けんな。

 まさか、あそこまで、アグネスを手なずけているとは思わなかったぞ。

 これで俺達の勝利は決まったようなもんだな」


(手なずけている? 勝利?)


「兄様!」


「わかっている。

 Sマスターの存在もまだ謎だし、俺だってそこまでうかれているワケじゃない。

 だが、この事は喜んだっていいだろう?」


「お前は何を言っている?」


「ディートハルト、人払いは完璧だ。

 今回動向した団員も身元は全て洗っている。

 ここから情報が漏れる事はないから安心しろ」


(……こいつらは、国を簒奪するつもりか)


「しかし、父はウルズラとディートハルトをくっつけて、宗家と分家の絆をより強くしたいと願っていたが、この状況だとそれは無かった事になりそうだな」


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