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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
5/76

ゴルフ

「ディートハルト様」


「ん?」


「この前の話を聞いて気になったんですけど……

 初代皇帝陛下とはどんな人だったんですか?

 世間一般じゃ、人類最強とかカリスマ皇帝とかまあ稀代の英傑みたく言われ、憧れる人も多いですが。

 ただ、ディートハルト様の話を聞いていると、なんかろくでもない人だったみたいで。」


「まあ、そうだな。

 アグネスの祖父ではあるが、好きか嫌いかでいったら嫌い。」


「孫バカだからですか?」


「そんな生易しいもんじゃないぞあいつは。

 それに、何処までも自己本位でアグネスの事をどう思っていたのか……

 晩年はゴルフに嵌っててな。」


「ゴルフですか――」


……――……――……――……――……――……――……


 18年前までは、競技のロストテクノロジーであり廃れていたが、晩年のライナルトは娯楽のロストテクノロジーの発掘に力を注ぐ。

 ゴルフはライナルトが復活させた競技の一つであり、ライナルトは最もこのスポーツを好んだ。


「あの冠老さんは、唐突にゴルフ大会を開くとか言い出して……」


「老後の楽しみくらい別にいいじゃないですか。」


「まだ6歳の孫を連れて行くか? 炎天下の中?」


「ああ……なるほど。

 アグネスを連れて行くとか言い出しちゃったわけか。」


 親バカならず孫バカである事は容易に想像がついた。


「アグネスが行くとなれば、当然、護衛の俺もそれに付き合わされるワケですよ。」


「確かに行きたくはないですね。」


「まあ、それで、俺とアグネス、『冠老』、『皇太子様』、『根暗騎士』

『産廃』、『奇跡のひと』とかそういうのがもろもろと……」


「うわあ、オールスターじゃないですか。」


「今思うと、凄いメンツだったな……」



……――……――……――……――……――……――……


 10年前。

 皇帝ライナルトは、自身の愛した競技であるゴルフの大会を開くと御触れをだし、重臣達をオルテュギア平原に呼び寄せていた。


「皇帝陛下、この度はゴルフ大会にお誘いいただき真にありがとうございます。」


 皇帝ライナルトに対し、帝国副宰相であるホラーツが頭を下げる。

 帝国宰相であるハルトヴィヒに次ぐ権力の持ち主であり、政においてはなにかとハルトヴィヒと対立していた。

 そのせいか、エンケルス騎士団からは最も嫌われている人物の一人。


「皇帝陛下、今日はとても暑うございます。

 熱中症にはくれぐれもお気をつけください。」


 皇帝の身体を気にかける発言をしたのは、ゲレオンといって帝国では数少ない治療魔法の使い手である。

 老年であるライナルトの主治医の様な存在であった。

 新興宗教団体の会長であり、多くの難病を持つ人を救い『奇跡のゲレオン』と呼ばれている。

 その功績を認められ、皇帝の看護を任されるに至った。


「ふっふっふっ、ワシがこの程度の暑さで怯むとでも?」


 ライナルトは既に80を過ぎていたが、年寄りとはとても思えない筋肉隆々の体つきを維持している。


「それに今日は、孫のアグネスも同席しておる。

 孫の前で醜態は見せられんのでな。

 悪いがその方らに勝ち目はないぞ!」


「それもそうですなあ。

 ですが、姫君が来られたとあらば、この私まで力が漲ってきます。」


「そう簡単に勝たせはしませんぞ!」


 3人はプライベートでも共にゴルフを嗜む、ゴルフ仲間でもあった。


……――……――……――……――……――……――……


 一方、帝国宰相ハルトヴィヒと皇太子ヴェルナーは二人でコースを回っていた。


「はあ……何がゴルフ大会だ。

 父の道楽をどうこういうつもりはないが……

 地位の低い者が父より良いスコアを出すと不審な死を遂げるからな。

 素直に楽しむ気にはなれん。」


「ヴェルナー!」


 宰相ハルトヴィヒが皇太子の苦言を嗜める。


「事実だ。

 それに、6歳のアグネスを連れてくるのも感心しない。」


「まあそれは……

 ゴルフの球速は速い。事故が起きなければ良いが……」

(それ以上に、あのバカムスコが何かやらかさねばよいが……)


 ハルトヴィヒは自身の息子の非常識な行動を憂わずにはいられなかった。


……――……――……――……――……――……――……


「あづいのう……」


 アグネスは炎天下の中、ルールの分からないゴルフを眺めていた。

 正直帰りたくてしょうがなかったが、流石に皇帝の言い出した事もあり、我儘を言えず、気丈に耐える他なかったのである。


「姫! 姫!」


 傍らに立つディートハルトが小声で話しかける。


「何じゃ?」


 アグネスは暑いのもあって、苛立ちながら答えた。


「ディートハルトは釣りがしとうございます。

 あちらに池がありますので木陰で涼みながら魚でも釣ろうかと……」


「何で護衛のお主が、姫である余を差し置いて、自分のしたいことをするのじゃ!

 ふつーに考えておかしいであろう!

 余だって暑いんじゃ! お主も我慢せんかー!(怒号」


 アグネスはブチ切れ、怒りを露にする。


「しかし、姫様!

 このエンケルス騎士団の由緒正しいらしい黒備えの鎧は、炎天下において地獄にございます。

 黒は熱を吸収し、早い話、私は今にも干からびそうで……」


「お主の鎧の事など、余の知った事ではないわー!

 暑いなら脱げばよかろう!

 どうでもいい事を余に申すでないわ!」


「……では。

 このクソ暑い中、何が面白いのかもよくわからないじじー共のたま遊びの一部始終を眺めると……

 姫はそう仰られるのですね?」


 アグネスの怒鳴りには全く動じず、丁寧にそして冷静に問いかけるディートハルト。


「うっ……確かに……

 正直これはきついものがあるのう……

 お主のいう……その『釣り』とやらは楽しいのか?」


「いえあまり……

 部下の中にはドハマリしているヤツもおりますが、私としてはそれ程って感じですね。」


「それでは意味が……」


「ですが!」


「む?」


「じじー共のたま遊びを眺めるよりかは幾分マシかと……」


「なるほどのう……

 しかし、勝手に抜け出しては流石の余も怒られるのではないのか?」


「そこは大丈夫です! 貴方は天下のアグネス姫なのですから。

 勝手に抜け出すのではなく。

 『余は退屈じゃあ! ディートハルト! 余を釣りに案内いたせ!』

 と叫べば、全く問題ありません。

 それが正義となります。」


「そうか! お主も中々悪知恵が働くのう?」


「いえいえ、お姫様程では!」


「何で余が悪知恵を働かせておることになっておるのじゃー!(怒号」


「姫、些細な事は忘れましょう! まずは下知を!」


「う、うむ!

 余は退屈じゃあ! ディートハルト! 釣りに案内せい!」


「はっ! 姫様の仰せのままに!」


 ディートハルトは棒読みのアグネスの号令に対し、無駄にカッコよく軍人らしく叫ぶ。

 号令に動揺する者達を尻目に、ディートハルトはアグネスを馬に乗せ駆けていった。


……――……――……――……――……――……――……


 アグネスはディートハルトに案内され池の前まで来る。

 既に、プリンセスガードの部下も3名おり、敷物や椅子、日傘などを用意していた。


「ふむっ……

 椅子や陣幕を張っているところを見ると……

 お主、さては、この『釣り』とやらを最初から画策しておったな?」


「はっ!

 姫がゴルフ大会に同席される聞き及び、その時から手はずを整えておりました。」


「お主も悪よのう?」


「いえいえ、お姫様程では。」


「むむ!?

 まあよい! ……にして、この『釣り』とは?」


「では釣りについてご説明しましょう。」


 ディートハルトは釣竿を渡し、アグネスに解説していった。

 そして、釣り糸を垂らす事、一時間……


「退屈じゃのう……

 ディートハルト! 釣りというものはこんなに退屈なのか?」


「タマ遊びの見学に戻りたいんですか?」


「いやそういうわけではないが……」


「私ははっきり申し上げましたよ。見学よりは幾分マシと。」


「う~む……」


 その時。


「むっ! ひっかかった! ひっかかったぞ!」


「姫、釣竿を強く握ってください。」


 ディートハルトはアグネスに駆け寄り、釣竿を握る。


「もっと腰を入れて!」


 アグネスはディートハルトと共に釣竿を大きく上げると、魚を釣り上げた。


「さあ! このザルで釣り上げた魚をすくうのです。」


「う…うむっ!」


 アグネスは飛び跳ねる魚を何とかザルですくい汗を拭う。


「ふはは! 余の釣った魚じゃあ!」


 魚を一匹釣ると、ディートハルトはアグネスの相手を部下の一人であるカミルに任せ、自身はハンス、イザークと共に食事の用意を始めた。


「しっかし……」


「どうかしましたか?」


 ディートハルトの釈然としない態度を見て、イザークがその真意を問う。


「冠老は、孫に自分の勇姿を見せたくて、ゴルフ大会に同席させたんだろ?

 ところが、こうして、姫を連れ出し釣りに興じても一向に騒ぐ気配がない。」


「先ほど、ローラントから報告がありましたが、皇帝陛下は、『副宰相』と『奇跡の人』とゴルフに夢中になっているそうですよ。」


「…………。

 ありゃ馬車に子供を置き去りにして殺すタイプだな……」


 ディートハルトは話をしつつも、釣った魚を手際よくナイフで捌いていく。


「む? ディートハルト! 何をしているのじゃ?」


「せっかくですから、釣った魚を食べようかと思いまして。」


「た、食べるのか?」


「あ、無理に食べなくても大丈夫ですよ。

 野戦料理なんて、姫の口に合うかわかりませんしね。」


「う~む。

 食べてみたい気もするが……」


「ふふふ……」


 アグネスが魚を食べる事に興味を示すのを見届けるとディートハルトは得意気に笑った。


「なんじゃ? 気持ちの悪い、その得意気なツラの真意を聞こうか?」


「姫! 魚を食べるには焼いて火を通さなくてはなりません。」


「ふむっ……」


「さて、ではどうやって火を起すのでしょう?」


 ディートハルトはアウトドアーが好きで、この手の事が大得意だったのである。

 何もない所から火を起してみせ、アグネスを驚かせるつもりであった。

 火打ち石を用意していたが、その他にもいくつか発火法を心得ている。

 まずは、手始めに摩擦式による発火法を披露しようと薪などを用意すると――

 

「なんじゃそんな事か。」


「はい?」


「ファイア!」


 アグネスはディートハルトが用意した薪に向って手をかざし、魔法を唱えた。

 放たれた炎が薪を燃やし焚火となる。


「あ!」


 思わず、カミルが声を漏らす。

 ディートハルトの目論見は、自慢げに発火法の講義をすることであった。

 その目論見が見事に泡になったからである。


「答えは魔法じゃな?

 余にとってはこんな問題、大したことではないわ!」


 アグネスは焚火を眺めながらに得意気に言い放ち、逆にディートハルトは黙り込み、虚ろな目で焚火を見つめていた。


「む? どうした? 急に黙り込みおって。」


「あ、では、姫、ディートハルトは釣りに戻りますね。」


 肩を落として、川の方へと向っていく。


「おい! いきなりどうしたのじゃ!」


「姫様! しばらくそっとしてあげてください。」


 すかさず、カミルが笑いを堪えながらフォローを入れる。


「そ…そうか……」


……――……――……――……――……――……――……


 5分程した後、気を取り直したディートハルトは、発火法の出題をした事はなかったかのように調理に取りかかった。


 串に刺して魚を焼き、いい匂いがし始める。


「余も食べたい!」


「どうぞ。」


 アグネスは胸を躍らせながら、串に刺された焼き魚を頬張るが。


「うっ、想像以上に不味いのう……」


 期待とは裏腹に、味気は全くなかった。


「調味料とかはありませんからね。」


 一方ディートハルトはこれが当たり前と言わんばかりに平然と魚を食べている。


「こんな不味い料理をどうして作ったのじゃ?」


「池があると、魚を釣りたくなり、魚を釣ると焼きたくなるんですよ。」


「そういうもんかのう。」


 その時、一瞬にしてディートハルトの顔つきが変わり、アグネスの顔の手前に手を伸ばし、火が爆ぜるような音が鳴り響いた。

 傍から見ると、まるで殴るフリをしたかのようにも見える。


「な…なんじゃ!?」


 一瞬の出来事に、怯えるアグネス。


「申し訳ございません。

 これが……」


 ディートハルトは手の平を広げると、そこには球状の物体があった。


「何じゃこれは?」


「ゴルフのボールですね。」


「コレが例の遊びの?」


「そうですね。」


「これをお主がキャッチしたのか?」


「ええ。」


「大したもんじゃのう。」


「護衛ですから。」


 ディートハルトは改めてゴルフのボールを確認した。

 ボールは石の様に固くなった天然樹脂の塊を球状に加工し、強度強化の為、ミスリルでメッキを施す。

 その後、白で塗装し、誰のボールか分かるように、刻印を刻んでいた。

 そして、そのボールにはエンケルス騎士団の刻印が刻まれている。


(親父のじゃねーか! あいつ姫様に当たったら死刑確定だぞ。)


「姫!」


「何じゃ?」


「このタマをお持ちください。」


「?

 わかった。」


 釈然としないまま、アグネスはゴルフのボールを受け取った。


「しばらくすると、メガネがこのタマを探しに来ますから、そしたら笑顔でこのタマをそこの池に捨ててくださいね!」


「うむっ! 任せておけ!」


 ディートハルトの予想通り、ハルトヴィヒとヴェルナーがボールを求めてやってくる。


「おおっ! メガネとはハルトヴィヒ! お主の事であったかっ!」


「……メガネ?

 これは姫様、どうしてここに?」


「うむっ! ディートハルトがここに案内してくれたのじゃ!

 いや~『じじーどものタマ遊びを眺める』のはつまらなくての!」


「さ…左様でございますか。」

(あのバカムスコ!

 陛下を怒らせる様な真似はするなとあれ程……)


「おおそうじゃそうじゃ思い出した。ハルトヴィヒ!」


「どうしました?」


「このタマをのう……」


 アグネスは懐から、ボールを取り出し見せると。


(ひょっとして、私のボールか?)


「お主の見ている前で、池に捨てろとディートハルトが!」


 アグネスはそういって、ボールを池に向かって投げ捨てた。


「ハハハッ! 池ポチャだなハルトヴィヒ!」


「……バカムスコがっ!」


「父上~!」


 アグネスがヴェルナーに駆け寄ってくる。


「おおっ! アグネス、ここで何をしているんだい?」


「釣りをしておったのじゃ!」


「釣り!?」


 顔面蒼白になるハルトヴィヒとは対象にヴェルナーは笑っている。


「そうか~。面白かったかい?」


「ん~?

 『じじーどものタマ遊びを眺める』よりは面白かったのじゃ~!」


「そうか! それはよかったね~。」



……――……――……――……――……――……――……



「ナイショーッツ!!」


 ライナルトが打ったボールは遥か遠くへと飛んでいく。

 80の老年によるスイングとは思えないものがあった。


「流石は陛下! お見事にございます。」


「フッ……

 ふうっ……」


 ライナルトは一笑したかと思うと、急に深いため息をつき、適当な岩に腰を下ろした。


「どうされました? まさかご気分が?」


「そうではない……

 ゲレオンよ、正直に答えよ。」


「……はい。何でございましょう?」


「ワシは後、一体、何年生きられる?」


「それは……」


 ゲレオンは思わずホラーツへ視線を向け、ホラーツはそれに対し頷いた。


「では、正直に申しあげましょう。

 後、5年は生きられます。

 しかし、10年は生きられないでしょう。

 今は、まだこう答えることしかできません。」


「そうか……

 10年生きる事はできんか……」


 希望をなくしたように、がっくりとうなだれるライナルト。


(アグネスはまだ6つ……

 成人するまでは生きてやりたかったが……)


 ライナルトの狙いは皇帝の座をヴェルナーには譲らず、アグネスに譲ることであった。

 アグネスが生まれてからというもの一切の不摂生を止め、延命に勤めてきた。


(やはり……

 アイツが死ぬほかないか……)



……――……――……――……――……――……――……


 帰路。


「随分と落ち込んでますねディートハルト様。」


 イザークは大会が終わり、王都へ帰還する途中、ディートハルトが一言も喋らずうかない顔をしている事に気がついた。


「ああ、いや、今日の『釣り』と『野戦料理』だが……」


「はい、それが?」


「予想以上に、姫にウケなかったのが、何か悔しくてな……」


「は…はあ……」

(いきなり、どうしたんだ?)


「次はもっとも面白い催しを考えねば……」


「そ…そうですか……」



……――……――……――……――……――……――……


「ええ!? ライナルト様ってあの二人と仲がよかったんですか?」


「ああ……

 晩年は、皇太子様と親父との対立が深くなってたのもあったんだろうな……

 本当、老害だよアイツは。

 たらればの話だが、皇太子様に帝位を譲ってさえいれば、国家の滅亡はなかったと俺は思っている。」



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