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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
46/76

一日領主

 ディートハルトはライナルトからあるお達しを受けてアグネスを連れて、オルテュギア南西部まで馬車を走らせていた。

 王都のあるオルテュギア州といっても、南西部の国境沿いとなるとかなり寂れており、要するに辺境であった。


「ここが南西部か~! 来るのは初めてじゃの~」


 馬車に揺られながら、広がる平原を眺め、大きく伸びをするアグネス。

 この任務はプリンセスガードは総出であり、侍女も4人同行している。

 アグネスからしてみれば少旅行の気分であった。

 オルテュギア州で、もっともマルガリテフェル州に近い南西部。

 そこは、建国されて間もない頃、父親であるヴェルナーが治めていた。

 その名残なのか、中央ではまず見られない芋畑が広がっている。


「おおっ! あれはまさか!」


 アグネスが、いつぞやの旅行で、芋掘りをした事を思い出し目を輝かせる。


「姫! この地に着たのは旅行でも遊びでもなく任務ですぞ?

 芋掘りをする余裕はないかと……」


 ディートハルトが寄り道しそうなアグネスを窘める。


「わかっておるわ! 爺上から仰せつかった『一日領主』の任務。

 余はこの大役を見事こなしてみせるのじゃ!」


(一日領主か……)


 ディートハルトはライナルトに呼び出された事を思い起こす。

 アグネスを連れて、オルテュギアの辺境へと向かい、一日領主を務めさせる。

 まあ、その地を治めている貴族にとってかわって、アグネスが領主の真似事をするわけだが、ディートハルトとしては不安しかなかった。


(一体、あのじじーは何がしたいんだ?

 本気で姫に経験を積ませるつもりでもないだろうし……

 また、さり気なく姫を襲わせて、俺が守れるかどうかを試す気でいるとか?)


「考え事ですか?」


 ディートハルトが難しい顔をしていると、コレットが話しかけた。


「あ、いえ……

 まあ、今回の任務の真意というか目的が何処にあるのか気になりまして……」


「そういうことですか……

 特に深い意味はないかと思いますよ。陛下の気まぐれや、姫様に楽しい思いをさせたいとかそういう」


(楽しい思いねえ……)


 そうこうしている内に、馬車は南西部を治める領主の館へとたどり着いた。


「ようこそ、南西部に起こしいただきました」


 オルテュギア西部の領主ハーラルトが頭を下げる。

白髪交じりの初老の男。

 ヴェルナーが皇太子となり皇室に招かれ、フォルスター騎士団が解散となった時、ハーラルトは西部の領主に任命された。


(しかし、何だってこの爺さんが、姫の相手をするんだ?)


 ディートハルトは何処か腑に落ちないものを感じ取る。

 ハーラルトは地方領主みたいな位置づけだが、皇室にも参列しており、中央の政治にも関わっている人物の一人。

 領民派というか、かねてより帝国の税は高いと訴えており、ライナルトから当然煙たがられている。

 皇室での立ち位置は、皇太子派ではあるものの、ヴェルナーとはイマイチ反りが合わず、皇太子を何処か子供扱いしているふしが有り、エンケルス騎士団に関しては解散しクリセには地方領主を置くべきだと主張、ハルトヴィヒとは仲が悪い。

 皇帝とも皇太子とも違った独自の展望を持っており、実質、皇室の第三勢力の様な存在であった。

 打倒皇帝のため、皇太子と手を組んでいるという形である。

 皇太子の時代がくれば、ヴェルナーとは袂を分かち政敵となるであろう相手、それでもライナルトはともかく、ヴェルナーやハルトヴィヒが排除しようとしないのは、根が善人であるところが大きい。

 政策を競うのであれば、良い好敵手であると。


(一日領主か……

 一体何をさせるのやら……)


 ハーラルトの屋敷で食事を取ると、さらに州境に向けて出発した。


「……それで、ハーラルト殿は、一体姫にどのような領主をしてもらうつもりですか?」


 ディートハルトは、ハーラルトの乗る馬車に乗り込んで話を聞く。

 姫の性格を考え、あまりにもプランが姫向きではなかった場合、口出しするつもりである。


「……大した事は。

 この先には小さな街があるのですが、そこの紛争を解決していただこうと思っております」


「紛争の解決?」


 眉を潜めるディートハルト。


「色々と揉め事がおきますからね……人が多ければ多いほど」


 ハーラルトはあまり語ろうとはしなかった。

 そして何処か迷惑そうにもしていた。

 今回のアグネスの訪問に対して、よく思ってはいないのだろう。

 やがて、馬車は州境の街についた。人口1000人にも満たない小さな街。

 ハーラルトが先導して街の中を進むと、それに気づいた領民が手を振ったり歓声を上げる。


「おおっ! 歓迎されておるようじゃな!」


 アグネスは、領民の反応に気をよくしたが、ディートハルトには、歓声を上げている対象がアグネスではなくハーラルトに向けてのものだという事は察しがついた。


「随分と民に慕われておりますね」


「大した事では……」


 ディートハルトからすれば、ヴェルナーにしろ、ハルトヴィヒにしろ、治めている領域が広いというのもあるだろうが、民に好かれているという印象はあまりない。

 しばらく街を進んでいると、役所ともいえる町長の館へと案内された。

 役所の中央には領主が座る玉座が用意されている。

 

「では、姫様、その玉座にお座りください」


「うむっ!」


 アグネスは玉座に座りふんぞりかえり、その傍らにディートハルトが立った。

 しばらくすると、街の領民がぞろぞろとやってきて頭を垂れた。

 玉座と向かい会うようにして、椅子が並べてある。

 さながら、観客席や傍聴席のように見える。

 ハーラルトが合図を送ると、二人の領民がアグネスの前までやってきて膝をついた。

 二人は男と女であり、歳は30前後、おそらく夫婦だろう。


「領主様……実は……」


「むむっ?」


 一家三人ぐらしの農夫である夫が訴えた内容は、少ない稼ぎとはいえ、妻から渡される自分が自由に使える金があまりにも少ないということ。

 さらに言えば、夫は釣りが趣味で必死に金を溜めていたが、いざ高価な釣り竿を買おうとしたら、妻は激怒し『そんな高い物を買うんじゃないバカタレがっ!』と鍬を振り回して暴れたという。


「……それだけではないんです。

 私の以前から使っていた釣り竿も隠されてしまったんです。

 いくらなんでもあんまりじゃないでしょうか!

 私には釣りをする権利も、釣り竿を買う権利もあると思います」


(小さい街とはいえ、領主に訴える内容なのかコレ?)


 ディートハルトは思わず首をかしげそうになったが、アグネスがどういう裁定を下すか気になったので特に口は挟まなかった。


「よく出来た嫁じゃあ!」


 アグネスは夫に対してブチ切れる。


「お主の稼ぎは少ないのであろう?

 災害による飢饉や疫病が来たらどうするつもりだったのじゃ?

 お主は家を守る。家の主だという事を忘れておるのか?

 家の金が、お主の道楽に消えないよう必死に嫁が守っているだけではないか~!」


 アグネスの説教に対し、妻は喜んだが、夫は目をパチクリさせた。

 信じられないといった顔である。


「大体のう!

 買おうとしているのが、高価な釣り竿を一本というのも気に入らん。

 お主には子もいるのであろう?

 何故、安くても2本……いや3本買おうとはせんのじゃ?

 楽しい思いを一人占めしようとしている魂胆が見え見えではないか!

 余も身近にそういう男がおるからよーくわかる。

 それでいて自分の小遣いが少ないとか、玩具を隠されたとか、お主はさながら子供のようじゃ!」


 夫は悔しそうにうつむいてしまう。


(姫の身近にいる楽しい事を独り占めする男か……

 カミルことかな?)


「裁きを申し渡す。

 釣り竿を買うのはお主の権利じゃ!

 じゃが、嫁には夫を見限る権利があるという事を忘れるでないぞ? (キリッ」


 アグネスはノリノリで裁きを下した。


「次じゃ!」


「はっ!」


 ハーラルトは合図を送り、夫婦を下がらせると次の領民が前へでた。


「領主様……実は……」


「うむっ! 何なりと申すがよい」


「まず私の家は、『建前』から続く料亭です。

 私自身は、家が裕福だったのもあって、帝魔大に合格し卒業後は魔術研究の道を進みました。

 ところが、10年程まえ、家を継ぐ筈だった弟が急死、2年ほど前に親に泣きつかれ、家督をつぎ私が料理長となりました。

 ですが、昨年の凶作によって、原料が高騰してしまい、利益が右肩下がりです。

 だから、私は帝魔大で学習した事を活かし、料理のロステクを取り寄せ解明し、新規メニューの追加、営業時間の延長、屋台を引いて行う出張サービスなど、解決策をこうじて、日々改善に務めました。

 ところが、頑固な副料理長からは『包丁もろくすぽ握れない奴が偉そうにするな!』など、文句ばかり言います。

 本人は簡単な『グラフ』も理解できないというか知らない愚か者なのに、学の無さに泣けてきますよ。

 さらに長年贔屓していた両替商から、一度決まった融資を断られました。

 両替商は『晴れの日に笠を貸して、雨の日に取り上げる』といいますが、まさにそれをされた気分です」


「……なるほど。そういう事か。

 話が長すぎて愚痴かと思ったぞ」


「……従いまして、領主様には両替商に改めて融資を行うように裁定をお願いできればと……」


「うむっ! テクノロジーは残して、お前がロストするのが一番の解決方法じゃな! (キリッ」


「はっ? 今なんと……」


「よいか? お主の店は『健前』からずっと技を磨いてきたのであろう?

 ところが、お前はその技を必死で伝えてきた者達に敬意を払っているようには全く見えん。

 確かに料亭にとって、凶作は脅威じゃ、じゃが、凶作が起きたのは何も昨年だけではあるまい?

 じゃが、お主の改善策とやらは、神頼みならず、ロストテクノロジー頼みときている。

 両替商も副料理長も、お主に協力しないのは当たり前、代々守ってきた技術に何の愛情も持たないお前の様な奴が跡継ぎであるならば、店の技術が失われてしまうのは時間の問題じゃ!

 余もロステク小説を愛読してはおるが、だからといって小説が書けるわけではない、爺上が、失われた競技を再現するのに一体どれほど苦労を重ねたことか……

 付け焼き刃など職人のすることではないわ!」


 予想外の説教に、料理長はだまりこんでしまった。


(……しかし姫は、思いの外、口が立つな……

 何というか、専門知識など殆ど持たないのに、勢いで押し切ってしまうというか。

 血筋か……)


「裁定を下す。

 技術が失われる前に、お主がロスト(出奔)するのが最善じゃ!」


(ひでえ……)


「次じゃ!」


 その後も領民の訴えは続いた。

 正直、ディートハルト的には、領主のする仕事じゃないと思う訴えの方が多かったが、アグネスはどれも真面目に聞き、精一杯それに答えた。

 しかし、どの訴えも基本的にはナデ斬りにしていった。

 アグネスは日頃、黒い騎士に口答えばかりされたり揚げ足を取られてばかりなので、自然と言い返す癖がついていたのである。


(姫はそこまでおかしな事は言っていない。

 あまりにも、トンチンカンな事を言うのであれば窘めるつもりだったが。

 だが……これは嫌われたな……)


 裁定を下された領民はどれも不満そうにし、怨念めいたものが感じとれる。

 アグネスはそれに気づく事なく裁定は進み、アグネス一行は目的を終え、屋敷を立った。

 ふとアグネスが帰り際、馬車から町並みを見ると、裁定に不服だったものが不満そうに眺めていた。

 中には睨んでいる者もいる。

 アグネスは子供だけにその視線に少し恐怖を感じた。


「ディートハルト……」


「どうしました姫?

 さっきまで上機嫌だったのに、随分と思い詰めた顔をしていますね」


「……余が下した裁定は間違っておったと思うか?」


 アグネスは熱くなり、勢いで裁定を下していったが、時間が立って頭が冷却されると、領民の視線もあり自分の下した裁定が正しかったかどうか不安になったのである。

 これでよかったのか? と……


「ん~、気にしなくてもよいのではないですか?」


 ディートハルトは、最初こそ『領主が裁定を下す内容か?』と疑問を持ったが、今思えば、領民やアグネスに大きな蟠りが残らない様、ハーラルトがとるに足らない紛争を予めピックアップしていたのだろう。


「ディートハルト! 余はお前の意見を聞きたいのじゃ」


 いつになく真面目に食い下がるアグネス。

 これを見てはディートハルトも真剣にならざるを得なかった。


「姫、真面目な問いなので、私も決して偽らず正直に答えますね?」


「う…うむっ」


「別に間違った事は言っていないと思いますよ。

 言葉は少々きついものがあったと思いますが……

 少なくても私はそう思います」


(領民は男が多かったし、年下の女の子に偉そうに裁定を下されてはプライドも傷つくんだろうな……

 だが、それは俺の知ったことではない……)


「しかし……領民が余を睨んでおった。

 まるで、余の事を悪人を見るような目で見ておったのじゃ」


「姫、私はメガネと違って治世や政治に詳しくありませんし、どこかの領地を治めた事もありません」


「どうしたのじゃ……急に畏まって……」


「ですが……メガネや陛下、皇太子様を見て、感じた事をいいます」


「うむ、申してみよ」


「善政を敷いたからといって、領民から好かれる訳ではございません。

 メガネに関して言えば、それはもう、領民に限らず帝国民全体から悪魔に魂を売った騎士として恐れられてきました。

 さらにメガネはそれを利用して、優位に領民をコントロールしたと言います。

 陛下は、民に厳格ですが、やはり個人の武勇や建国者としてのカリスマがあり、憧れを感じる領民もいます。

 裁定を下せば、その裁きに不満を感じる者は少なくありません。

 ですから、領民に睨まれたからといって気にする事はないと思いますよ?

 もし突っかかってきたり石を投げてくるようでしたら私がそいつを成敗します」


「む~! しかし、その……」


「ん? どうしました?」


「ここを治めているハーラルトとやらは、やたらと領民に好かれておったではないか!」


 アグネスとしては、街を歩けば手を振られたり、名前を叫ばれたりしたいわけである。


「あ~……それはまあ、好かれる努力をしているからですね」


「好かれる努力?」


「まあ、噂というかざっと聞いた範囲ですけど、街などを巡検し、小さい事でも民の悩みを聞いたりする事が多いらしいですね」


「ふむっ……」


「この辺に関していえば、皇太子様やメガネは、割り切っているところがあるので、民から特別好かれたりはしていないです」


 ヴェルナーは善政をするしないが大事であると考え、特別、民と触れ合おうとはしない。

 これは、自身の嫌うゲレオンが、民に好かれる事で信者を集め、お布施として金を巻き上げるのを心底嫌っているからでもある。

 何処か、民と直接会ったりするのは、偽善の様に感じてしまっていた。

 この辺が、ハーラルトと反りが合わない部分でもある。


「むむ~! どうしてじゃ? 民には好かれた方がよいのではないか?」


「一長一短だと思いますよ?

 善政を敷けば、その善政に感謝するのは少数で、大半はそれを当然と思うようになるというか。

 善政を敷けば、好かれるわけでも悪政を敷けば嫌われるわけでもありません。

 基本的に人の上になればなるほど矢面に立ちますし、人が良い人ほど、矢の量は増えます」


(だから、ライナルトさんは民に冷たい……

 善政しても、民はその事に感謝せず、それが当たり前と思うだけだからな……)


 感謝どころか不満が来るなら、恐怖で縛り付けたほうが楽、それがライナルトの考えである。


「む~! よくわからんのじゃ~!」


「はははっ!」


(まあ、姫にはいい経験になったかな……)


 アグネスの一日領主は任期を終えた。


……――……――……――……――……――……――……


 16年後、国を失ったアグネスは、違う立場となって、再びこの地を訪れた。

 あまり発展していない、オルテュギア南西部を闊歩する。


(む? 親子で釣りをしておる……楽しそうじゃのう)


 小さな子に釣りを教えている夫婦を横目で見ながら、アグネスは立派な看板を掲げている料亭に入った。


「うむっ……よい味じゃ……」


「恐れ入ります」


「料理長、この店は長いのか?

 言葉ではうまく表せぬが、看板を始め、店に風格があるというか、伝統のようなものを感じた」


「はい、この店はライナルト帝国が建国される以前から続いております」


「そうであったか、これからも、その味や技を大事にするがよい」


「今後も技を守り、精進して参ります」


 二人は、思いがけない再開を果たしたわけだが、共に以前、会った事は忘れていた。


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