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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
41/76

偽装食物の計 前編

「イザーク! ちょっと付き合ってくれるか?」


「あ、はいなんでしょう?」


「エンケルス騎士団に頼んでおいたモノが届いてな」


「届いたもの?」


「俺の部屋に運ぶのを手伝ってくれ」


「わかりました」


 エンケルス騎士団の詰所には木箱と俵が届いていた。

 ディートハルトは明らかに小さくて軽い木箱を持つと、俵の方をイザークに渡す。


(重い……)

「ひょっとして、米俵ですか?」


 俵とはわらを編んで作られた袋であり、米俵とは文字通り米を運搬する目的で作られた俵を指す。

 米は王都では殆ど食されない穀物であり、俵も利用される事は殆どなく、実物を見るのはイザークも初めてであった。


「そうだ。

 待ち遠しかったな。

 ククッ……」


 ディートハルトはそういって、米俵を見ながらほくそ笑む。


(リーダーのこの笑いの意図は……)


 ディートハルトは部屋に向かう途中、鼻歌を歌いだし、イザークはその浮かれぶりに戸惑う。

 新たな悪巧みの予兆を感じ取り、胃の痛みを感じ始めていた。


……――……――……――……――……――……――……



「何? ディートハルトの奴が悪巧みをしているかもしれないじゃと?」


 胃の危険を感じ取ったイザークは、ディートハルトが密かに入手した米の件をアグネスに報告していた。


「はい、リーダーのあの笑いは悪巧みをしている時の笑いでした」


「そうか……余も舐められたもんじゃのう。

 して、その米俵とは一体なんじゃ?」


「米を運ぶ藁で編んだ袋なのですが。

 おそらくリーダーはこの米を使ってなにかしらの嫌がらせをしてくると思います」


「米とはなんじゃ?」


「クリセで親しまれている穀物ですね。

 こちらがその米になります」


 イザークは白米の現物をアグネスに見せる。

 アグネスには硬くて白い粒々にしか見えない。


「ほ~、この様な穀物もあったのか」


 アグネスは感心したように白米を手にとって眺める。


「リーダーはクリセを治めるエンケルス騎士団に所属しておりますので、米を食べていても不思議はございません。

 米は、リーダーの父君であるハルトヴィヒ閣下にもたらされた穀物にございます。

 ライナルト帝国は建国した直後は内治に力を入れました。

 皇太子様が飢饉対策のため芋に目をつけたように、クリセを治めるハルトヴィヒ様は米に目をつけたのです。

 水資源が多い地域でなら、米栽培のほうが麦よりも単位面積当たりの収穫量が多く、比較的少ない農地でも、多くの人口を養え……」


「イザーク! 本題に入るのじゃ!」


「コホン、リーダーはクリセからこの米を取り寄せたという事は、何かしらの嫌がらせをしてくる事が予測されます」


「ふ~む! 情報が少なすぎるのう……

 まあ、あやつの事じゃからお主をいう事を全否定はせぬが」


 アグネスは顎に手を当て、うんうん唸っている。


「仕方ないのう。悪知恵には悪知恵で対抗せねばなるまい!

 プリンセスガードの伏龍カミルを呼んでまいれ!」


「はっ! 畏まりました」

(何でカミルが伏流で、私が鳳雛なのか……)


 イザークは一礼をしたのち、プリンセスガードの詰所にいるカミルを呼びにいった。


……――……――……――……――……――……――……


「伏龍カミルこちらに……」


 アグネスの前まできて膝をつくカミル。


「うむっ。

 話はイザークから聞いておるな?

 お主の意見を聞きたい」


「承知いたしました。では、用意いたしますので少々お待ちを」


 カミルは持ってきた弁当箱を開ける。

 中には白い三角形の塊と小さな赤い球状の丸薬の様な物が入っている。


「む!? なんじゃそれは?」


「米を調理した物……『おむすび』にございます」


 カミルはドヤ顔で白い三角形の塊を手にとって見せる。


「米を麦とするとパンみたいなものであるとお考えください」


「うむ。続けよ」


「その前に、試食されますか?」


「……ではいただこうかの」


 正直、アグネスにとって得たいの知れない食べ物であったが、好奇心が勝ってしまい食べる事にした。


「塩の効いた味じゃのう。それにネチャネチャする」


 アグネスの感想は『とりわけ旨いわけではないが特別不味いわけでもない』であった。

 カミルは、次に赤い球状の物体を皿に入れ、箸を添えて差し出す。


「では姫様。こちらもご試食ください。

 これは、クリセプラムを干した物であり、『梅干』とクリセでは呼ばれております」


「む?」


 アグネスを顔を引きつらせながら、慣れない箸を梅干に刺し、口に運ぼうとする。


「姫様、味見をするだけと言うか、口に入れるのは少しだけにしてください」


 カミルが助言をする。

 『梅干』は、強烈なしょっぱさと酸っぱさを併せ持つ食べ物であり、一個丸々口に頬張るのは危険であると言えた。


「そ…そうか……」


 アグネスは、すこしだけ梅干をかじって味を確かめる。

 すぐさま顔が引きつった。


「凄まじい味じゃのう……凄い酸味じゃ」


「リーダーの狙い……

 それはおそらく、『おむすび』に『梅干』を仕込み、姫様に食させる事……」


「な!?」


 アグネスの顔が驚愕の表情へと変わる。


「おそらく、リーダーは姫様がリーダーの部屋を尋ねてくる事をよんでいるのでしょう。

 姫様が、部屋に来れば。

 美味しそうにおむすびを食べてみせ、姫様が興味を示したらすかさず梅干入りのおむすびを渡す。

 何も知らない姫様がおむすびを頬張れば、阿鼻叫喚の地獄が待っているという策略にございます」


「ゴクリ……

 ディートハルトの考えそうな事じゃ……」


 唾を飲み、苦々しく呟く。


(確かにメソガエアに旅行に行ったとき、似たような事をしていたな……)


 イザークは紫芋の菓子をアグネスに差し出した時の事を思い出す。


「ふ~む、どうしたものかの~」


 アグネスとしては、ディートハルトの部屋へ突撃したいところではあるが、罠があるかと思うと踏ん切りがつかず悩みだす。


「姫様。

 今日は、リーダーの部屋へは行かず、別の事をして一日を過ごされてはいかがでしょうか?」


 イザークは一番揉め事の起こらない、自分の胃に優しい一日の過ごし方を提案するが、アグネスの表情は険しくなった。


「イザーク! 心して答えよ。

 余に、ディートハルト如きに背中を見せよとそちはそう申すのか?」


「い…いえ……決してそういうつもりでいったのでは……」


「ならん!

 余は次期皇帝! 護衛に背中を見せる事などあってはならぬのじゃ!

 罠があろうと退いてはならぬ。

 逆に罠を看破し突破するのじゃ!

『虎穴に入らずんば虎子を得ず』というではないか! そんな事もわからんのかお主は!」


 アグネスは皇帝の顔負けの貫禄でイザークを叱責した。


(姫様! 本音はリーダーの部屋に行きたいだけですよね?)


「カミルよ。

 何か良い策はないか?」


 アグネスがカミルに対し献策を求めると待ってましたと言わんばかりに、カミルの口角が吊り上る。


「血も凍る策をご用意しております」


(何処の策謀家だ!)


 思わず突っ込みたくなるイザークであったが、アグネスに再び叱責されそうなので潔く黙る事にした。


「ほう! 期待できそうじゃな。

 では聞こうか?」


「はっ! それでは用意して参りますので、今しばらくお待ちを!」


 カミルは一礼して姫の部屋を退室した。


「流石はカミル! 

 一体どんな策を用意したのか楽しみじゃのう」


(手際の良いところを察するに、既に予め用意していたのか……)


 部屋の扉がノックされる。


「入れ!」


「失礼します」


 カミルはお盆に菓子パンを載せて部屋に入ってきた。

 まるでケーキの様な菓子パン、円柱状の形状で、上部には緑色のクリームが乗っかっている。

 菓子パンの数は2つ。


「ふむっ、菓子パンじゃな……」


「左様……

 話の前に、まずは試食をお願いします」


 カミルはパンをアグネスに差しだした。


「うむっ」


 アグネスは菓子パン手に取り頬張る。


「この味は……メロンか?」


「流石は姫様。ご名答にございます。

 では次はこちらのパンを試食してください」


 今度はもう片方のパンを差し出す。

 一見すると同じパンにしか見えない。

 アグネスが大きく口を開け、頬張ろうとするが、慌ててカミルがそれを止めた。


「姫様! クリームを少しだけ舐めてください」


「む? わかったのじゃ」


 アグネスは指でクリームをすくうと少しだけ舐めてみて味を確かめる。


「うっ! なんじゃこれは、鼻に染みるのう……」


 強烈な風味。

 アグネスは鼻にツンとくる独特の刺激的辛さに襲われる。

 イザークも指にクリームをつけ、舐めて味を確かめる。


「ワサビか……」


「流石イザークさん。正解です」


 メロンクリームのパンと、ワサビクリームのパン。

 一見すると同じパンに見える事から、カミルの策に察しがつく。


「え~、ワサビはやはりハルトヴィヒ閣下がクリセにもたらした植物であり……

 食材といいますか、香辛料の一つとして……」


「イザーク!」


「はい、なんでございましょう?」


「黙るのじゃ!」


「あ…は…はい。す…すみません」


 講釈をたれようとしたイザークに釘を刺す。

 ワサビの蘊蓄には全く興味がないというよりは、この後に続く、カッコいい自分の台詞を遮られるのが我慢できなかったのである。

 アグネスは気を取り直して口を開く。


「なるほどのう」


 一見すると同じパン。

 しかし、片方は強烈な香味による爆弾が仕込んであるといっていい。

 これが何を意味しているのかは大体想像がつく。


「姫様! これを『偽装食物の計』と呼びます」


 カミルは得意げに自身の策に名前をつけ、それを古くから伝わる定番の計略の様に演じた。


「カミル! お主も中々悪知恵が働くではないか」


「姫様! 褒めても何もでませんぞ!」


「ふははははは!」


「ははははは!」


 カミルとアグネスは悪人の如く高笑いをあげはじめた。


「姫様は何食わぬ顔でリーダーの部屋へと行き、差し入れすればよいのです。

 普通に部屋に行けば、疲れているからまた今度といって追い返そうとするでしょうが、差し入れを持ってきたとなれば話しは別。

 リーダーは食い意地がはっておりますからね。

 それに何気に甘党でございます。

 菓子パンには目が無いかと……」


「お主もワルよのう?」


「お褒めの言葉として受け取っておきますぞ、姫様!」


「…………」

(あれ? 何か胃が痛くなってきたぞ?)


 カミルとアグネスの悪いやりとりを間近で見て、イザークは胃の痛みを感じ始めていた。


「姫様、この『偽装食物の計』採用なされますか?」


 最終確認をとるカミル。

 アグネスはそれに答えるかのように目がギラッと光った。


(姫様、殺る気マンマンだ)


「イザーク! カミル!

 この『偽装食物の計』をもってディートハルトを討伐する!

 ついてまいれ!」


 ビシっとポーズを決める小さき皇帝。


「はっ!」


「いざ出陣じゃあ~!」


クリセの食文化はアジアに似ている部分がありますが、

あくまで、西洋的な文化だった地域にアジアの食文化を取り入れたような感じです。

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