三者授業 本音
「本音で話すじゃと……」
「はい。
もう、この際、単刀直入に申し上げますが、やられたらやり返しますよ?
『目には目を』という言葉がございます。
つまり『離間の計』には『離間の計』を。
ですが『目には目を』という言葉の本質は『報復はやりすぎるな』であり、報復は受けた被害の同程度である事が望ましいということ。
私は貴方じゃないので、『貴方』と『姫』の仲を引き裂こうとは思いません。
その様な事をしてしまえば、姫は悲しみますから。
ですので、この件はこれで終わりにしたく存じ上げます。
もしも、今後もこういう事を続けるようであれば、私は貴方の猫の皮を剥ぎ取り、本性を姫の前で暴かせていただきますのでご注意を」
「小僧……わしを脅すか」
ライナルトは胸を押さえながらも、ディートハルトを睨みつける。
「……ええ」
ディートハルトは一瞬答えに迷ったが、はっきり脅すと答えることにした。
晩年狂ってしまう支配者は多い。
はっきり言わないと釘を刺せないと判断したからだ。
さらに言えば、容態からしてもおそらく皇帝はそう遠くないうちに死去する。
その死の間際になればなるほど凶行に及びやすくなるだろう。
なら、生半可ではいけないと判断した。
「陛下。
帝位を皇太子様に譲り、可愛い孫と余生を安らかに過ごせばよいではありませんか。
皇太子様との仲は修復不可能でも、姫は貴方を慕っておられます」
ディートハルトにとって『この世で一番嫌いな人間は?』と聞かれれば、迷わずライナルトを挙げるだろう。
それぐらい、嫌いな人物ではあるが、それでもアグネスの祖父であり、アグネスの慕う人物である。
「はっ! ……何を言い出すかと思えば。
ゆとり騎士は楽でよいな」
皇帝はディートハルトの言葉を笑い飛ばした。
性格の歪んだ人物である以上、致し方なしと判断したが、皇帝の笑いは性格の悪さ故ではなく、明らかにディートハルトをバカにして笑っている。
「お前は何もわかっておらん。
今、わしが死んだらどうなると思う?」
(やはり、死は近いのか……
陛下が死ねば、皇太子様が後を継ぎ……
しかし、その皇太子様は姫に継がせる気はないと言っている)
ディートハルトは考え込むが、ヴェルナーはライナルトよりも遥かにまともであり、今より悪政にはならないとは思った。
「ふはは……
その顔は、ヴェルナーが継いで国家は安泰と考えていそうだな……」
明らかにディートハルトを馬鹿にした笑い。
それは、意地を張っているとか、皇太子に嫉妬しているとかではなかった。
「わしが死ねば、ここぞとばかりにクーニッツ騎士団が中原に攻め寄せてくるわっ!」
机を叩き、ライナルトが怒鳴る。
君主が死ねば、どうしても国は乱れる。
君主交代後、内乱が起きて衰退し滅亡する国は少なくない。
ライナルト帝国は、皇帝のカリスマで築かれた国であり、その皇帝の死は中原全土を揺るがすだろう。
「クーニッツ騎士団が?」
クーニッツ騎士団は帝国を支えた4つの騎士団の一つであり、
その騎士団長ルードルフは、今より33年前出奔し、ヘラスを制圧して国を創っていた。
公にはされていないが、ちょうどこの年、クーニッツ騎士団は帝国を正式に敵国と定めた。
「アグネスは生まれるのが遅すぎた。
だが、ヴェルナーやハルトヴィヒでは国を守れまい」
ライナルトとて、まだ11歳のアグネスに軍事を教えてもどうこうできるとは思っていない。
しかし、頭がお花畑のヴェルナーに託すよりはマシだと思っていた。
「……何をそこまで恐れているのですか?
陛下自身が仰っていましたよね? 中原は豊かであり、動員できる兵が多く、さらに言えば長城によって守られていると。
他国が乗じてきたとしても帝国有利は否めないかと」
国力でいえば、クーニッツ騎士団よりもライナルト帝国が圧倒している。
「ゆとり騎士は本当に気楽でよいな……
お前自身が言っておったではないか、クーニッツ騎士団は帝国で最強と呼ばれた騎士団。
その騎士団に勝てるワケがないとな。
お前は、ルードルフという男をまるでわかっておらん。
まあ、知らないから無理もないが……」
ルードルフがクーニッツ騎士団の団長の座を継いだのはライナルト帝国が建国される2年前。
クーニッツ騎士団はメソガエア州を制圧の最中、敵の罠に嵌り絶体絶命の窮地に追いやられた。
この時、負傷した騎士団長である父親に代わり指揮を執ったのがルードルフであり、神がかった戦術は形勢を逆転させた。
敵の罠に嵌った知らせはライナルトも受けていたが、援軍は送らなかった。
ライナルトは、ここで団長親子が壊滅すると予想しており、送るだけ無駄だと判断したのである。
しかし、予想に反して、ルードルフは勝利を収める。
ライナルトはこの勝利を大いに労ったが、素直に喜ぶ事はできなかった。
クーニッツ騎士団には建国した暁には州を一つ与える事が約束されており、力を持つ者に州一つを持たれるのも考え物だったからである。
今より33年前。
ライナルトは一族の殆どを殺されており、ヴェルナーには子ができず、領土よくを大きく失っていた。
ルードルフはヘラスへの侵攻を何度も進言したが、受け入れられず、独断でヘラスに侵攻した。
この当時クーニッツ騎士団は、バルティア領を召し上げとなりヘスペリアの地を与えられている。
ヘスペリアはチュレニー海に面し、ヘラス侵攻の重要な兵站となる地であり、クーニッツ騎士団は海を渡り、ヘラスを制圧していった。
当時のヘラスは大小いくつもの街や村が自治している状態で一つにまとまってはいなかった。
次々に街を落として行き、軍を進めていたが、ヘラス側は帝国に和平の使者を送り、ライナルトはその時初めて、クーニッツ騎士団の侵攻を知る。
急報に驚く皇帝に側近の一人であるホラーツがそっと耳打ちをした。
『陛下! クーニッツ騎士団を改易するまたとない好機ですぞ!』
ホラーツはクーニッツの独断専行を知っていたが、改易の口実を作るために情報を統制していたのだ。
ライナルトも薄々情報が統制されている事に気づいていたが、クーニッツ騎士団を改易したかったので特にどうする事もしなかった。
ライナルトはヘラス側に『ルードルフは既に帝国を出奔しており、帝国とは一切関係のない賊軍である』と返答。
関係ない賊軍がしている事なので兵を撤兵させる事はできないが、支援は惜しまないとして。兵糧と金銭を送って話をつける。
帝国本国から大軍がヘスペリアへと侵攻し、ヘスペリアに駐屯しているクーニッツ騎士団を追い払った。
ルードルフはこれによって異国の地で完全に孤立したのである。
ヘスペリアからの支援は断たれ、逆にヘラスは帝国から支援を受ける。
さらに、ヘラス北部にある大都市ケクロピアから援軍が駆けつけ、まさに絶対絶命の窮地に陥った。
ライナルトは、クーニッツ騎士団がこのまま異国の地で滅ぶと見ていたが、ここでもルードルフはライナルトの予想を裏切ることになる。
本国から支援が打ち切られようと、ケクロピアから大軍が駆けつけようと、さらには仲間に裏切られようと、ルードルフは勝って勝って勝ち続けたのである。
正に背水の陣となったクーニッツ騎士団は孤軍奮闘し、ルードルフは一騎当千の闘神と化した。
優れた火術の使い手でもあるルードルフの槍は穂先が炎に包まれ、槍を振り回すとそれだけで敵兵を圧倒し、そして魅了した。
ヘラスを完全に制圧し、大都市ケクロピアへ侵攻を始めると、既に送った大軍が壊滅していたケクロピアは無血開城してしまう。
クーニッツ騎士団は大都市ケクロピアを首都と定め、改めて旗揚げする事で、独立国家として建国された。
ライナルトの見解としては、クーニッツ騎士団が中原に上陸した場合、帝国の主力となるエンケルス騎士団では止める事はできない。
ルードルフは単身で突撃し、本陣に切り込んでハルトヴィヒの首を挙げるのではないかとすら思っている。
「ルードルフという男はな……
理屈が通じんのだ。
ヴェルナーやハルトヴィヒではあっさり本陣まで切り込まれて、御首級、挙げられるのがオチよ」
いくらなんでもとディートハルトは思ったが、皇帝の言葉は重く、適当に発言をしている様には見えない。
「……しかし、陛下は仰いましたよね、まずはヘラスを攻めると」
皇帝の話を聞けば、随分とクーニッツ騎士団を脅威に感じている。
しかし、その割にはアグネスにヘラスを攻めさせようともしており、その矛盾した内容に疑問を感じずにはいられなかった。
「『やられる前にやれ!』という事だ。
お前は『やられたらやり返す』というがそんな事では遅い!
受け身の姿勢では、国は守れんのだ」
「しかし、陛下の死に乗じて、本当に攻めてきますかね?
クーニッツ騎士団が」
ディートハルトの立場からしてみれば半信半疑である。
ルードルフはヘラスを制圧した後も、流刑地と呼ばれたエレクトリスや灼熱の砂漠エリシウムに向けて侵攻したが、戦果は芳しくなく、負け戦が続き、ついには守りに徹するようになったと聞いている。
仮に攻めてきたとしてもまずは海戦となり、チュレニー海で戦えば、チュレニー海の海賊達も動くと予測され、三つ巴となり睨みあいが続くだけなのではとすら思う。
「この際だから、もう一つ情報を提供してやろう」
帝国は世界各国に間者を放っている。
間者から得られた情報は、基本的に皇室やそれに出入りできる者としか共有されない。
ディートハルトには他国の情報は殆ど流れてこないのだ。
ライナルトが恐れるとまではいかないまでも、警戒している人物は二人いる。
一人はルードルフ・クーニッツであり、最強の騎士団を率いた元帝国騎士団長。
もう一人は、ジギスヴァルト・クーニッツ、ルードルフの一人息子である。
ルードルフはヘラスを手中に収めた後も戦に明け暮れた。
ライナルトはいずれ自滅すると踏んでおり、その希望に応えるかの様に、暴動やら革命が起きる。
最も、帝国が扇動して起こした暴動もあるが。
しかし、その全てをルードルフは武力で鎮圧。ライナルトは勿論、これが面白くなかった。
とはいえ、軍事費が国の財政を圧迫し、元々政治が得意でもないルードルフは国を大きく衰退させていく。
誰かが、倒さなくても自滅するだろうとライナルトは思った。
ところが、この衰退する国力をV字回復させる者が現れる。
それが、ジギスヴァルトであり、ライナルトやルードルフが、カリスマと恐怖で統治する支配者なら、ジギスヴァルトは人望と懐柔で統治する支配者であった。
7年前に、ルードルフを隠居させ、クーニッツ騎士団の騎士団長となる。
彼の政治は、領民の言葉に耳を傾け、減税し飢饉の時には施しを与えるといったものであり、一見すると、頭の中がお花畑の様だが、実に計算された行動をとっており、ヴェルナーを有能にした様な人物であった。
ヴェルナーと決定的に違うのは『戦争反対!』と言いながら軍備を粛々と増強しており、野望はしっかり持っているところである。
そのジギスヴァルトが今年になって、エレクトリスの海賊を懐柔し、自軍に引き入れ始めた。
考える事は皆同じであり、両国が争えば第一の戦場はチュレニー海になる。
ならば、帝国と戦うなら水軍の強化は必須。
そう思ったのか、ジギスヴァルトはエレクトリスの海賊を引き抜くという行動にでる。
エレクトリスは流刑地と呼ばれ、その成り立ちは世界各国が罪人の捨て場として使っていたとされており、世間からの評判はすこぶる悪い。
聖人君主で通してきた、ジギスヴァルトがそんな事をすれば、民の信用を失い失墜するだろうとライナルトは高をくくったが。
予想に反し、ジギスヴァルトは水軍の司令官には、女性で容姿端麗の魔法剣士を選び、服装と言葉遣いを矯正し、民衆の持つ海賊のイメージを払拭させる。
民衆自由参加の式典を開催し、美人女海賊にして新たな水軍司令官をお披露目。
さらに、海賊を主人公にカッコよく描いている『ロステク小説』や『ロステク漫画』の写本を書かせまくって、図書館に寄贈させ盛大に宣伝した。
そして今現在、準備を整えながら皇帝が死ぬのを今か今かと待っている。
「……なるほど。
しかし、帝国は帝国で水軍を強化すると仰いましたよね?」
「間に合えばな……」
ライナルトはボソリと言った。
確かに今現在、古文書を解読し、巨額を投じて鉄甲船を造船してはいるが、完成の目処は立っていない。
完成する前に自分が死ねば、圧倒的不利なるとふんでいる。
(……クーニッツが攻めてくるか。
考えてもいなかったな……)
ディートハルトは自分の無知を恥じる。
確かに、皇帝が死ねば色々と国が荒れるのは言うまでもない。
現時点でも、皇室は大きく皇帝派と皇太子派に分かれている。
皇帝の肩を持つわけではないが、皇帝が死ぬのであれば。どちらかを粛清しておいた方が安全だろう。
敵を内外に持つのは危険極まりない。
しかし、皇太子の性格からして、皇室の過半数を粛清するとは考えにくい。
(内乱が起こらなければいいが。
おそらく、オヤジが皇帝派の連中を……)
ディートハルトはハルトヴィヒが邪魔な連中を排除すると予想したが不安は拭えなかった。
「陛下が焦る気持ちは理解できますが、それでどうして姫に教育を?」
「君主というものは、即断即決が求められる。
ヴェルナーの様なお人好しでは、どちらか一方しか救援に向かえない場合。
迷っている間に両方とも手遅れになる」
(冷酷な人間の方が、正解を速く決断できると言いたいのか?
極端すぎるな……
皇太子様に継がせるよりも11歳の姫に継がせた方がまだマシと本気で思っているとは……)
「ルードルフのこせがれは、疲弊した国を立て直したというのに。
お前は孫と戯れる毎日を過ごすだけ……
このままでは戦う前から勝負は見えているというもの……」
皇帝はまるで憐れむ様な目で見た後ため息をつき、ディートハルトは何ともいえない怒りを感じた。
(俺をプリンセスガードに配属する事にはお前も同意しただろうが!
このじじーはやはりここで斬ろう)
そんな事を思ったときに、扉が開き、アグネスとゲレオンが部屋に入ってくる。
ライナルトの容態を慮って授業は中止となり、ディートハルトはアグネスを連れて部屋を出た。