三者授業 ダンス
『ホントにそんなので、うまくいくんだろうな?』
『最善の一手と自負しております』
『じじーの前で社交ダンスなんか披露して大丈夫か?
不敬罪とか、プリンセスガードの規約に反してないか?
普通に死刑になりそうな気もするんだが?』
『他に手はございませぬ。万事全てこのイザークにお任せあれ』
『うまくいかなかったら?』
『そのように、弱気な事では困りますぞリーダー!
君主がその様に弱気な事では、いかに軍師が優れた策を献策しても徒労に終わるというもの……』
『弱気だと? お前が言うか?』
『プリンセスガード一の切れ者にして稀代の軍師イザークをお信じください。
さ、姫様がナイトのご到着を待っておられます』
(いつから、こいつはプリンセンスガード一の切れ者や稀代の軍師になったんだ?)
イザークは口が裂けても、『上手く行く』とか『大丈夫』とか『絶対成功します』とかは言わず、ディートハルトを見送った後は態度がうって変わるというか、いつものイザークに戻り、ひたすら天に祈り続けていた。
……――……――……――……――……――……――……
「失礼します」
扉を開け学習部屋に入るディートハルトとアグネス。
(今日でケリをつけてやろう)
笑顔を崩さずにディートハルトを見据える皇帝。
優しい笑顔を作っていはいるが、口元は凶悪につりあがっている。
勿論、傍から見れば、爺が孫を見て笑顔になっているようにしか見えない。
いつもなら、部屋に入るなり、アグネスは机に向けて駆けて行くのだが、今日は違った。
ディートハルト動揺、扉の前に立ったまま動こうとしない。
「どうしたのじゃ?」
動こうとしない二人に不審に思うとディートハルトが口を開いた。
「陛下。
実は授業に入る前に、余興を披露したく存じます」
「余興じゃと?」
「爺上~! 余のダンスを見せるのじゃ!」
アグネスが元気いっぱいに言った。
「ほっほっほっ! それは楽しみじゃのう~!」
皇帝はにこやかに答える。
(本当に効いてんのか?
イザークの話が本当なら、冠老さんは今、笑顔を作るのに凄く無理をしている事になるが……)
ディートハルトは未だ、イザークに言われた事に対して半信半疑だった。
それほど、皇帝の笑顔は完璧だったのである。
……――……――……――……――……――……――……
『いいですかリーダー?
ダンスをただ披露するのではなく、さりげなくいつもみたいな失礼な発言をするんですよ?』
『おい! なんだ失礼な発言というのは?』
『いつもやっているでしょうが!
子供じみた発言というか、ディートハルト節を見せればいいんですよ』
『ディートハルト節?』
『いつも、姫様に対して、子供じみたイジワルをしているじゃないですか。
アレをやればいいんですよアレを』
『バカヤロウ!
あれは、同世代の友達がいない姫の為に、子供視点に立って相手をするという高等技術だ!
子供と同レベルで張り合っているみたいに言うな!』
『あ~え~、では話が進まないので。
姫様を普段の様に、からかいながらダンスを披露してください』
……――……――……――……――……――……――……
「姫!
私の足を引っ張らないでくださいね!」
「何を言っておる? 足を引っ張っているのはお主のほうであろう?」
「昨日、ダンスの練習で、私の足を何回も踏んだ姫がそれをいいますか?」
「足を踏んだのは余でも、引っ張ったのはお主の方じゃ!
大体、ダンスをなんと心得ておる?
もっとれでぃをえすこーとせんか~!」
「わかりました姫。
それでは、このディートハルト!
姫を不肖ながらエスコートさせていただきます」
「む?
わ…わかればいいのじゃ……」
アグネスは少し恥ずかしそうにし、ディートハルトは打算的に動いている自分を恥じた。
ぎこちないダンスが皇帝の前で披露される。
皇帝は終始、笑顔のままであり、ダンスが終わると拍手をしながら口を開く。
「見事なダンスであった!
流石我が孫アグネスよ。
ずっと見ていたい気もするが、ちと時間を押してしまった。
早速授業に――」
……――……――……――……――……――……――……
『ダンスを披露しても冠老がブチ切れなかったら?』
『いいですか? 攻撃あるのみです。
常に主導権を握るというか、自分のターンだと思ってください』
『そうはいっても、ダンスが終われば授業が始まるだろ』
『ダンスが終わっても、強引に話題を切り出し、相手につけいる隙を与えないのです。
相手に攻撃させないようにして一方的にボコる。
古代人はこういう戦術の事を『ハメ技』と称します。
授業に入られたらリーダーの負けと思ってくださいね』
『しかし、強引に話題を切り出せと言われても……』
『何か、姫様と二人だけの秘密みたいなモノはありませんか?
子供はそういうのが好きですからね。
一方、皇帝陛下は、姫様とリーダーの間にしかない秘密がある事を知ればさぞお怒りになるかと。
姫様には申し訳ないですが、この際、陛下の前で秘密をバラすのも手かと思いますよ』
『う~む……』
ディートハルトは考え込む。
この状況を打破するには必要な事かもしれない。
しかし、どうにもこういう行いは罪悪感を感じるのだ。
『それと秘密をバラすと言っても、姫様を敵に回すような結果になるようなモノは避けてくださいよ。
この戦いは、姫様が勝利の鍵を握っているというか、姫様が勝利の女神です』
『キモいなお前……』
勝利の女神と言い出したイザークを嫌悪の目で見る。
ダンスを披露しては? と切り出したのもイザークであった。
話を聞けば少女モノが好きだとか。
『とにかく!
バラす秘密は下らないというか第三者にとってはとるに足らないものがいいですね。
何かそういう秘密はございませんか?』
『下らない秘密ねえ……
何かあったかな……』
『後、第三、第四の話題を用意しておいてくださいよ。
先ほども言いましたが、陛下に喋らせない事です』
『陛下が強引に喋ってきたら?』
『猫を被っている以上、それは無いというかできないと思いますよ。
勿論、姫様が話したり聞いたりして楽しい話題に限りますが』
『姫を利用するのに抵抗がある』
『このままだと、ディートハルト様は解任されてお役御免。
私達も一蓮托生扱い。
下手をすれば、なにかしらの罰を受けるかと思いますけど。
それでも甘んじて、陛下の嫌がらせを受けると?』
『止む無しか……』
やられっぱなしでは、いずれどういう措置がとられるかわからない以上、反撃は必須と判断した。
(目には目を……)
……――……――……――……――……――……――……
「姫! 丁度よい機会ですからあの事を陛下に相談されてみてはいかがでしょうか?」
「あの事?」
アグネスは唐突にふられ、首を傾げる。
皇帝は早く授業に移りたいものの、意味ありげに聞こえた『あの事』が気になってしまい口を挟まず様子を見た。
「ほら! アレですよ。
国旗というか国鳥を『鷹』から『オカメインコ』に変更したいというあぐねす帝国の大改革の件です」
「あ~~~~っ!」
アグネスは大声を上げた。
「お主それは、国家機密じゃと言ったではないか~!
何を爺上の前でバラしておるのじゃ~!」
「申し訳ございません姫。
二人だけの秘密でしたね。このディートハルトつい口が滑ってしまいました」
「バカモノ~~!
『つい』で済むか~!」
アグネスはディートハルトに掴みかかり首をカックンカックンさせ、皇帝はその光景を微笑ましく見ていたが、指先はわずかだが震え始めていた。
そして、その体のサインをディートハルトは見逃さなかった。
(効いている……
ならばこのまま、引っ張るだけ引っ張るか)
ディートハルトは何処か罪悪感を感じながらも、姫と自分の話題を振り続けた。
……――……――……――……――……――……――……
(限界は近い筈……
それにしてもライナルトさんは頑張りなさる。
まあ、ブチ切れる姿なんて孫には見せられないか……)
会話の中で、多少なりとも返事や相槌はしていたライナルトであったが、ついに笑顔を作るのがやっとの状態で無言が続いた。
夢中で無邪気に喋っていたアグネスも、祖父の顔色の悪さに気づく。
「爺上……
大丈夫か? 顔色が悪くみえるぞ?」
不安そうにライナルトの顔を見るアグネス。
ディートハルトは、ライナルトを心配するアグネスを見て心が痛んだ。
「ほっほっほっ……
勿論大丈夫に決まっておろう」
ライナルトは笑ってみせたが、やせ我慢であり、苦しんでいるのは明らかであった。
「姫!」
「む?」
「陛下専属の光術師であるゲレオン殿をここへ呼んできてはいただけませんか?
扉の前で警護をしている近衛騎士を連れていけば、護衛は問題ありません」
「何で姫である余が、護衛の命令を効かなくてはならぬのじゃ!
お主が行けばよかろう!」
「姫、お願いします。どうか……」
神妙な態度で頭を下げるディートハルト。
少し気分を害したアグネスであったが、その神妙さに断わりきれなくなり、困った顔でライナルトを見た。
ライナルトは笑顔で頷くと。
「ワシのため、呼んできてはくれぬか?」
と一言だけ言った。
ライナルトは既に限界に近づいており、これ以上は倒れるか激昂するかの寸前まで来ていた。
どちらに転ぶにしろ、アグネスには決して見られたくない醜態を晒すことになる。
「わ…わかったのじゃ」
アグネスは釈然としないながらも、学習部屋を出てディートハルトの部屋へと向かい、部屋にはディートハルトとライナルトの2者だけとなった。
ライナルトは大きく姿勢を崩すと深呼吸を始める。
(相当無理していたな……
それにしてもイザーク……恐ろしい子……)
「はーっ…はーっ……
まさか……猪武者と思ってた貴様が。
この様な反撃に出てくるとはのう……」
「こっちも、必死ですから……」
「ふん……」
「では、人もいなくなった事ですし、本音で話しましょうか――」