死闘遊戯 五
「ヴァイオレント!」
ディートハルトはある程度近づくと闇の魔法を放つ。
闇の塊の様な球体がリザードマンへ向かう。
魔法はリザードマンに直撃したが、それでも向かってきた。
激痛を与える魔法だが、物理的なダメージは一切なく、戦いによってアドレナリンが分泌されているような状況では然程痛みも感じていないだろう。
(やはり、突っ込んで来たか……
ここから)
リザードマンは両手で持ったツヴァイハンダーを振り下ろす。
ディートハルトは片手で持ったロングソードでそれを向かえ打った。
激しい金属音が鳴り響き、ロングソードはへし折れたが、身体を翻したディートハルトはツヴァイハンダーをかわし、リザードマンの首に飛びついた。
ヘッドロックをかけるようにして背後へ回り、折れた剣で喉元をバッサリと斬る。
リザードマンには何が起こったのかわからなかった。
自分の剣は、相手の剣ごと相手を両断する筈だったのだ。
何故、自分の剣がかわされたのか? それを考える間もなく、喉元を斬られた。
リザードマンは最後の力を振り絞り、ディートハルトの右腕を掴む、リザードマンの握力なら人間の腕など軽く握りつぶせるだろう。
「ヴァイオレント!」
しかし、それよりも早く、左手から放たれた激痛の魔法が喉の傷の痛みを倍増させる。
リザードマンは強烈な痛みに意識が飛び、そのまま力尽きた。
観客席から歓声が上がり、勝者はディートハルトとなった。
北の門に階段が架けられ、皇帝の座る玉座まで一直線の大階段となる。
ディートハルトは階段を上り、玉座の前で膝をついた。
「ディートハルトよ。
此度の戦い、真に見事であったと言いたいところだが、並みの個体にこうもてこずるようでは先が思いやられるぞ?」
「肝に銘じます」
「湿原には、数は少ないが人並みの知能を持った個体や、未確認ではあるが、人並み以上の知能を持った個体もいると聞いておる。
その様な個体とお前が戦えば、お前はまず間違いなく瞬時に殺されるであろうな」
「はっ」
「アグネスはいずれ湿原を焼き尽くす、足を引っ張るでないぞ」
「はっ」
「下がってよい」
「はっ」
ディートハルトは立ち上がり、一礼して階段を下りていった。
階段を下りるディートハルトに拍手や歓声が沸き起こるが、嬉しさを感じる事はなかった。
(ふん……しかし、妙だ。
一瞬といっていいほどの短い間ではあったが、渾身の一撃を放とうとしたリザードマンが怯んだ。
そしてあいつは黒い炎の様なものに包まれていた?)
リザードマンとディートハルトが互いの誇りを賭けて交錯した時、皇帝の目には、ディートハルトが黒い炎に包まれている様に見えた。
両断するかと思われたリザードマンの剣は宙を薙ぎ、ディートハルトに背後をとられる結果となった事からも決して錯覚などではない。
(あれは一体?)
……――……――……――……――……――……――……
湿原よりも南にはクロニウス海と呼ばれる海が広がっている。
海上のとある帆船にて。
「ねーねー! 大体どの本がどういう事について書かれた本なのかはわかるんだけどさ。
どうしてもこの本だけが、何の意味があって書かれているのかわからないんだよね」
怯える船員に、リザードマンでは珍しく魔道師の格好をした少年が無邪気に問いかける。
「これはどういう本なの?」
「えーとそれは~その……」
船員は怯えながらも答えに困る。
「あのさ、僕は野蛮じゃないから別に君達を食べようとか殺そうとか思わないけど。
この船に乗り込んだ他のリザードマンはそうじゃないと思うよ?」
「ひいぃ! そ…それはその自分を慰める本です」
「慰める?」
「は…はい……持て余した性欲を処理するというか、長い航海の必需品といいますか」
「ふーん。要するにこの絵を見ると性欲を処理できるんだ」
ページをめくりながら、仮説を確認する蜥蜴少年。
「そういう事ですね……」
「確認するけど、人間は女性体の裸を見ると持て余した性欲を処理できるって事?」
「は…はい」
「これは新発見だな、研究のしがいがありそうだ。やっぱり人間は面白いね」
蜥蜴の少年は積み上げられた本を片っ端から風呂敷に包んでいく。
特に、性欲処理本はかなり気に入ったようだ。
「ちなみに、ここにある書籍は貨幣にするといくらくらいの価値があるのかな?」
男は震えながらも、本の価格を答えていく。
「へえ! この性欲処理本って結構価値あるんだね」
「そ…それはもう。
描き手によって、大きく値が変動しますが」
「なるほど! 芸術的な側面があるのか~。
正直に答えてくれたから、君をメッセンジャーに推薦してあげるよ」
「メ…メッセンジャー?」
「うん、基本この船にいる人間は皆殺しにされると考えていいんだけど。
全員殺してしまうと、警告にならないじゃん? 生き残りがいてこの惨劇を本土のお偉いさん方に伝えてもらう必要があるんだ。
僕達が船を港まで運航するわけにもいかないしね」
「は…はい、是非私をメッセンジャーに」
「一応、掛け合ってみるよ。あまり期待はしないでね。
後、そうそうこの惨劇を目の当たりにしているから、わざわざ説明するまでもないと思うけど、リザードマンを生け捕りにして実験するなんて命知らずな行為やめたほうがいいよ。
僕と違って他の連中はとにかく短気だからね。
どんな仕返しされるかわからないよ」
「それはホントによく理解できました」
「じゃ、リーダーのところに行ってくる」
蜥蜴の少年は船室を出ると、蜥蜴の首領と話をするため船長室へと向かう。
船長室では、首と両手足のない死体が椅子に座っており、蜥蜴の首領とおぼしきリザードマンは、剣に血をつけるとそれを振るい、壁に血文字を書いていた。
「うわっ! えーと、何をしてるの?」
「この船の持ち主である帝国は、昔、警告してやって事があるんだが。
どうも、忘れているようなのでな、当時の事を思い出させてやろうかと」
皇家虐殺と呼ばれる、帝国にとって屈辱的な事件がある。
その事件で、ライナルトの一族はその殆どを殺された。
当時、宮殿の留守を預かっていたライナルトの従兄弟であるエッカルトの遺体は首を刎ねられ、手足を両断された状態で玉座に座っており、それを思い出させてやろうというわけである。
壁には血でストレートに『思い出せ』と書かれている。
「こんなところか……」
「ちゃんと上に伝わるかどうかわからないよ?」
「まあ、それならそれでいいさ……
船を運航するのに必要最低限の人員だけ残して他は殺せ。
それが終わり次第引き上げるぞ」
「あのさ、情報提供に協力的だった人を残してあげたいんだけどいいかな?」
「好きにしろ」
「うん、じゃあそうさせてもらうね」
(このまま船に残って人間社会を見学してくるのもアリかな……)
蜥蜴の少年は人間の文化に興味を示すと好奇心,を抑えられなくなっていた。