死闘遊戯 三
アグネスは、チェックポイント③に到達していた。
『②』はクロスワードパズルであったが、2~3問だけ自力で解くと飽きてしまい、残りはイザークが解いた。
「第3問!」
黒いマントを羽織ったハンスがビシッと人差し指を立てる。
「おおっ! げしゅにんハンスではないか!
お主は裏切ったというより、元々スパイだったというわけじゃな。
じゃが、お主が敵方だったという事など、余は薄々気づいておったわ~!」
アグネスにとってはその場のノリで言っただけの発言にすぎなかったが、その言葉は容赦なくハンスの心をえぐる。
火付け盗賊改め騒動は、ディートハルトの配慮により、関係者は一切、他人にこの事を漏らしてはいけないし、本人に触れてもいけないという事になっている。
なので、イザークやカミルといったプリンセスガードのメンバーも騒動については全く知らされていない。
しかし、それだと、再犯に及ぶというか、本人が反省しないかもしれないので、罰としてアグネスがハンスを呼ぶときは『げしゅにん』という言葉をつけて呼んでもいい事になっている。
ディートハルトは直ぐにアグネスが飽きて、普通に呼ぶようになると踏んでいたが、一向にアグネスは飽きなかったのである。
「3問目は4択クイズになります。
1.オカメインコ
2.ひまわり
3.鷹
4.うさぎ
この4つの中で、仲間はずれはどれでしょう?
なお、この問題は、4択である以上、答えを知らなくても、何回も解答すれば、いずれ正解に辿りついてしまうので。
不正解を当ててしまった場合は、30分のペナルティを受けて次に進めます」
「おのれディートハルト~! 余を愚弄するか~!
要するに余に『鷹』と答えさせたいというわけじゃな!」
いつぞやの事を思い出し、屈辱で震えるアグネス。
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルア……」
「お待ちください姫様!」
アグネスが答えを言おうとしたとき、それをイザークがとめる。
「む? どうしたイザーク?」
「これは、引っ掛け問題です」
「引っ掛け問題!?」
「左様……
ディートハルト様はおそらく、姫様が『鷹』を選択する事を見越した上でこの問題を作っております」
「ふむ、余としてはあやつの事じゃから余に対するいつものあてつけかと思うておったが……
お主は違うと申すか……」
「はい、姫様は兎をなんと言って数えますか?」
「む~?」
「例えば、虫だったら、一匹ニ匹と数えますよね」
「そういうことか、兎も匹と数えるであろう」
「実は、兎は鳥と同様一羽二羽と数える動物なのです」
「なんと!?」
「見てください、オカメインコ、鷹は鳥であり、兎は鳥同様の数え方をする動物。
この中で、一羽二羽と数えないものは一つしかありません!
そう、真の答えは『ひまわり』です」
「おおぉ~~!
流石はプリンセスガード一の切れ者! 稀代の軍師イザークじゃ!」
(姫様! それはいくらなんでも盛り過ぎです。
でもちょっと嬉しいかな……)
「おのれディートハルト、危うく騙されるところであったわ!」
「では、正解は『ひまわり』という事でファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサーじゃ!」
「不正解!」
「な!?」
「え?」
「え~正解は『鷹』。
理由は、『姫っぽくないから』だそうです」
「余の言った通りではないか~!!」
アグネスはイザークをポカポカ叩く。
「ひ~! も…申し訳ございません」
「では、ルールなので、30分間待機でお願いしますね」
ハンスは、用意してあった砂時計を逆さにした。
……――……――……――……――……――……――……
「リーダーは何故闇術を使わない?」
「おそらく……切り札は最後までとっておくという奴かと……」
テオフィルの問いに答えるフロレンツ。
ローラント、ルッツ、フロレンツ、テオフィルの4人は闘技場に赴き、観客に紛れて決闘を観戦していた。
剣だけで戦い続けるディートハルトに疑問を感じる。
魔法抵抗力が低い種族であるリザードマンは魔法を使う事でかなり有利に戦える。
ディートハルトは魔法が得意ではなかったが、幼い頃、父親の教育によって簡単な闇術の攻撃魔法くらいなら使う事ができる。
「しかし、リーダーは切り札を最後までとっておきすぎて、結局使わずに負ける事も多いから」
テオフィルは不安を口にする。
仲間同士で嗜む、カードゲームなどで、ディートハルトはその手の失態を何度か犯し、勝てる勝負を取りこぼす事もしばしあった。
「現状の戦いは、体力を温存しつつ互いに手の内を探りあっている」
ローラントがこれまでの戦いを分析する。
「どっちも、相手はこれまで経験した事のない未知の相手。
切り札を使うなら、確実に仕留めたいところ。
闇術を使わないのは、相手に『魔法』という手札を見せないため」
(しかし、闇術は手札の一つであっても切り札にはならない……)
戦いは拮抗した。
防戦一方になったかと思われたディートハルトであったが、リザードマンと人間の違いをある程度理解し、戦法を改め態勢を立て直したのだ。
互いに勝負を仕掛けるタイミングを計っている。
(おそらく奴は、肉を斬らせて骨を断ちにくる)
ディートハルトの出した答えは、リザードマンは高い再生能力と筋力を活かして、こちらの太刀をくらいつつも首を取りにくる。
もし、組み付かれパンクラチオンの様な原始的な戦いに持ち込まれたら骨を砕かれひとたまりもないだろう
ならば、一撃で仕留めるのが最良、問題は一撃で仕留めることができるか? である。
……――……――……――……――……――……――……
3日前。
プリンセスガードは全員参加の会議を行い、命を賭けた決闘が行われる事を知った。
「リーダー! 抗議しましょう。
こんな馬鹿げた決闘を行う必要はございません」
「おそらく、これは皇帝陛下の独断。
皇太子様や宰相閣下にこの事を伝えればきっと動いてくれます」
「いや、皇太子様にはあまり迷惑をかけたくない。
それに大騒ぎして、決闘を中止においやったら、関係ない誰かがライナルトさんの八つ当たりを受けるかもしれん」
八つ当たり……
大人げない行為の代表格だが、我儘な権力者ほどこの行為を行使する。
会議は、アグネスには絶対にこの事を漏らさない、漏らせばどんな罰を受けるかわからないので、厳守する事。
当日ディートハルトの代わりはイザークが行うという事で終了した。
「それでは、解散。
カミル、ハンス、お前達は残れ」
「あ、はい」
プリンセスガードが退室し、残されるカミルとハンス。
「それで、なんでしょうか?」
「今から、俺の部屋に来い」
「は?」
「いいから」
「わかりました」
二人はディートハルトの部屋まで行くと、工具を渡される。
「一体何を?」
ディートハルトは自室の鍵穴を外し始めた。
「決闘当日、俺の勇姿を観戦できない姫の為に、ちょっとした催しを行おうと思ってな……
一人で用意しようと思ったが、後二日しかないんじゃ人手が必要だ。
そこで、お前らに手伝ってもらおうと思って……」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ!」
「そうですよ。勤務時間外に働くのはリーダーの主義に反しますよね?」
「バカヤロウ! これは労働じゃなくてボランティアだ。
何を言っている」
「いやいや、ボランティアは他人に強制してはいけませんよね?」
ハンスとカミルは、タダ働きを必死に回避しようと駄々をこねる。
「……お前らは何か?
俺が決闘から凱旋すれば、姫は何故、自分に観戦させなかったとお嘆きになられるだろう。
だが、十二分に催しで楽しませておけば、観戦しなくてよかったと思う筈だ。
それなのに、手伝う気が全くないと、そういうのか?」
「えっと……それは姫に決闘の事を黙っていれば済む話で……
それにこんな事している暇があったらそれこそ特訓した方が……」
「二日特訓したところで何になる?
付け焼刃が通用するような相手をライナルトさんが用意すると思うか?
なら、悔いのないようにイベント開催に全力を尽くすのが男というもの」
二人は渋々、イベント開催へ向けて大工仕事に協力した。
決闘前日深夜。
「寝なくていいんですか? 特訓しろとは言いませんが、流石に睡眠はとったほうがいいですよ。
決闘は明日というか、今日の正午ですよね?」
「移動には馬を使うから、昼前に宮殿を出れば十分間に合うし、決闘前に仮眠はとるさ。
というよりもお前らが遅いからだろ俺が寝れないのは!
急げ! 大分押しているぞ」
「相手は舐めない方がいいと思いますよ。
死んだらそれで終わりです」
「舐めてなどおらん。
必要以上にネガティブに考えないだけだ」
当日。
「いいか、カミル。
お前の任務は姫がゲームオーバーになりそうと思ったら、さりげなく助け舟を出して、ゲームオーバーを回避する事だからな。
姫は我儘だ。暴走すると面倒な事になるから上手くやれよ。
俺の部屋まで辿り付けるかどうかはお前にかかっているからな」
「姫様が無事に部屋まで辿り付けるかどうかよりも、自分の身を案じてくださいよ」
「おい! 俺達の仕事はなんだ?」
「……姫様をからかう事ですか?」
「そうだ! 断じてじじーの介護じゃない。
優先順位はこっちで上で、向こうがついでだ! そこを勘違いするな」
「いやいや、皮肉で言ったのに、ドヤ顔で肯定しないでくださいよ!」
現在。
カミルは、催しに夢中になるアグネスを見て、リーダーは何処までもリーダーなんだなと思った。