死闘遊戯
決闘当日。
プリンセスガードの交代の時刻となり、カミルとイザークがアグネスの居室に入室した。
「む? ディートハルトはどうしたのじゃ?」
アグネスはディートハルトが警護にあたる時間になっても姿を見せず、代わりにイザークが来た事を疑問に思う。
疑問というよりは不満といった方がいいかもしれない。
「実は、今日リーダーは風邪をひいてしまいまして……」
警護に当たるイザークは前もって用意されていた答えを伝えた。
「風邪? 珍しいというかそんな事は初めてじゃのう」
アグネスとディートハルトが顔を合わせてから、ディートハルトが体調を崩した事は一度もなかったので、違和感を覚える。
というのも、ライナルトとの学習時間も、今日は仕事が立て込んでいるという理由で中止になっており、偶然にしては出来すぎていると思うのも無理はなかった。
「リーダーも人間ですから」
「それでは、お見舞いに行かなくてはならんのう。余はなんという騎士想いの素晴らしい姫なのじゃ!」
「風邪がうつるとよくないので絶対に部屋に入れるなと仰せつかっております」
目を閉じ、胸に手を当て自画自賛するアグネスであったが、当然ながらイザークは何が何でも姫を止めるように厳命を受けていた。
心を鬼にしてアグネスを止めにはいる。
「む? 余がお見舞いに行くと言うておるのじゃ!」
アグネスの表情が変わり、少女とは思えないドスを聞かせたかのような声で喋り始める。
「なりません。
姫様に風邪をうつしてしまえば、プリンセスガードは皆、打首となり、その首は河原に晒されるでしょう」
「大げさじゃのう。そんな事になるわけないではないか」
アグネスはないないとばかりに手を振るが、皇帝の性格を考えると楽観視はできない。
(確かに、打首はないけど、厳罰は普通にありえる)
「余を案内致せ!」
「なりません」
強行しようとするアグネスに強く言い返すイザーク。
普段は反発しない人物だけに、強い言い返しはアグネスの神経を大きく逆撫でした。
「貴様! 余に口答えするか~!」
「姫様! それよりもディートハルト様より、本を読み聞かせるよう仰せつかっております」
イザークはディートハルトより、アグネスが駄々をこねたり、聞き分けなかったりした場合は、すかさず話題を代えるよう言われていた。
「何?」
「今日、リーダーはここに来れない事を本当に悔しそうにしておりました。
この本はその際に渡されたものでございます。
この本を読んで、俺の代わりに姫様を楽しませてやってくれと……」
イザークはディートハルトから手渡された4冊の本を見せる。
「む? そ…そうか……してその本とは?」
アグネスはディートハルトをどこか疑ってしまった事を少し恥じた。
「え~、『阿弥陀羅断層の怪』『うずまき』『ギョ』『死人の恋わずらい』の4つとなっていますね」
「どれも気味の悪い話ばかりではないか~~!」
アグネスは絶叫した。
イザークが上げたジャンルはホラーと呼ばれ、アグネスが最も嫌うジャンルの作品だったからである。
「即刻、あのバカをここまで連れて来るのじゃ~!」
激昂したアグネスは強権を発動し、イザークはそれを必死に止める。
「ですから! それはできないと」
「連れてこんか~!」
(リーダー!
貴方はこうなる事がわかって、この4冊の本を私に渡しましたね?)
イザークは胃の痛くなりそうな一日を嘆かずにはいられなかった。
……――……――……――……――……――……――……
帝国闘技場、正午まで後一刻といったところ。
ディートハルトは言われたとおり闘技場の中央にて、対戦相手を待っていた。
ライナルトが御触れでも出したのか、観客席は既に8割が埋まっている。
闘技場は円形であり。上下3層に分かれた観客席が取り囲み、さらに下層から上層をつなぐ大階段で、4分割されている。
北に向かって伸びる大階段の周辺だけは4層となっており、上層より上にある席は皇族専用となっていた。
北の大階段の終着点に皇帝が座る玉座が置かれ、玉座に座るライナルトの傍らには、副宰相であるホラーツと自身の主治医でもあるゲレオンが立っている。
ディートハルトは南の門から入場していおり、皇帝とは向かい合う立ち位置にいた。
固唾を呑む中、北の門が開く、対戦相手の入場というわけである。
北の門からは大男が二人入ってきた。
二人の男は柱の様に太い木の棒を肩に乗せ神輿のようにして檻を運んでいる。
檻の中にいるのが対戦相手だろう。
檻の後ろにはさらに二人いて、同じように木の棒を担いでいる。
檻の中を見た観客達がざわめき始める、中にいるのは人間ではなかったからだ。全身鱗に覆われた二足歩行の蜥蜴。
(……まさかリザードマンか!?)
観客に限らず、ディートハルトもリザードマンを見るのは初めてであった。
リザードマンが生息する湿原は、中原から遠く離れたところに位置し、人間社会で生きていればまず出会う事はない。
(あのじじーは、わざわざ湿原でリザードマンを生け捕りにしてきたのか……)
リザードマンは人間よりもふたまわり程、体が大きく筋力も人間より遥かに強い。
帝国側が与えたのか、ツヴァイハンダーを手にしていた。
大男達は、檻をディートハルトから20メートル程離れた位置まで持ってくると降ろし、檻の開錠はせずに北の門へと戻っていった。
北の門が閉じられ、観客席が静まりかえる。
死ぬまで殺し合うという単純なルールのため審判はいない、今現在、闘技場の土を踏んでいるのはディートハルトのみであった。
(殺しても気分的にどうという事はない相手か……)
リザードマンからすれば、帝国に拉致され戦わされるわけで、皇帝の悪趣味の被害者でもあり、ディートハルトからすれば、そんな相手と戦うの事は、決して気分のいいものではなかった。
太陽が最も高く登ると同時に、皇帝が手を挙げ合図を送る。
魔法による何かしらの仕掛けが施されていたのか、リザードマンを閉じ込めている檻が開錠されると、リザードマンはゆっくりと檻から出てきて、ディートハルトと対峙した。
ディートハルトはロングソードを両手で構える。
盾を嫌い、両手で攻防一体にして戦う事を得意としているからだ。
一方リザードマンは、両手剣であるツヴァイハンダーを片手で持っていた。
「さて、リザードマン相手にどう戦うか……見させてもらうぞ」
ライナルトは対峙する二者を見ながら、酒を口に運ぶ。
皇帝とリザードマンの間には決して浅くない因縁がある。
ライナルトにとってリザードマンとは根絶やしにしなくてはならない種族であった。
「しかし……良いのですか陛下?」
副宰相ホラーツが口を開く。
今回の決闘はある程度、事情や経緯を知っている者からすれば、権力者の嫌がらせに過ぎない。
ホラーツは自分と対立する宰相の息子であるディートハルトの事を快く思ってはいないが、利用価値自体はあると思っている。
「何がだ?」
「いえ、もしディートハルトが負けてしまえば、単純に人材を一人失う事になります。
我が国にとってマイナスでしかありませんが?」
リザードマンは勝敗に関係なく、この戦いが終われば火術師達による焼却処分が待っている。
帝国にとってリザードマンが勝つ事によるメリットは一切ない。
ホラーツを自身の好き嫌いを問わず利用できるモノは何でも利用するゲスとすれば、ライナルトは嫌いなモノはどんな手を使っても徹底的に排除するゲスであった。
「リザードマンに負けるならそれまでの男だったという事よ。
そんな者にアグネスを任せる気はのうてな」
仮にも帝国最強と呼ばれる騎士が、滅ぼすべき相手に負ける事があってはならない。
負けるようならさっさと死ね、それが皇帝の答えである。
……――……――……――……――……――……――……
「姫様落ち着いてください」
「これが落ち着いてられるか~!」
地団太を踏むアグネス。
ディートハルトが姿を見せず、間接的に気味の悪い本を読み聞かせようとしたことを知り怒り心頭であった。
「イザーク! 今すぐ余をディートハルトの部屋まで案内するのじゃ!」
「ですから、それは……」
「逆らうのか! 貴様~!」
感情的になるアグネスを見て、見かねたカミルが小声で声をかけた。
「イザークさん……リーダーの部屋まで姫様を連れて行きましょう」
「……止む無しか。
わかりました姫様。それではご案内いたします」
「わかれば良いのじゃ!」
アグネスは得意げに胸を張ると、イザークとカミルの後をついていった。
ディートハルトの部屋の扉には『検疫隔離』と書かれた札が貼られており、扉の鍵穴は明らかに以前のモノとは違う鍵穴に取り替えられていた。
容易には入れないようにしている事が見て取れる。
「なんじゃこの『けんえきかくり』というのは?」
アグネスは札に書かれた言葉の意味が分からず質問する。
「え~、要するに感染するから危険なので、部屋には入らないでくださいの意かと……」
「ふん、その程度の札で余が怯むとでも思ったか!
ディートハルト、いるのはわかっておるのじゃ! 部屋から出てこんか~!
余に気味の悪い話を聞かせようとしおって~!
覚悟はできておるんじゃろうな~!」
アグネスは居室の扉を強くノックするが返事はない。
「リーダーは、きっと病気で眠っております。無理に起こされるのは……」
「イザーク! お主は余とディートハルト、どっちの味方なのじゃ!」
「そ…それはその……」
返答に困る質問され、しどろもどろになるイザーク。
アグネスは再び、扉の方を向き直ると、扉を何度も叩き続けた。
「無駄な抵抗はやめて大人しく出てくるのじゃ~!」
その時、扉に貼られた札から、紙切れが落ちる。
札と扉の隙間に挟んであったようだ。
「む?」
アグネスは紙切れを拾い上げると、その紙には何やら手書きの地図とディートハルトからのメッセージが綴られている。
内容は、部屋の鍵は宮殿の何処かにある。
地図に印のつけられた所にそのヒントがある。
後は、アグネスを挑発する文章であった。
「なんじゃこれは~!!
余を挑発しておるのか~!?
何様のつもりなのじゃあやつは~!」
「これは要するにリーダーから姫様に対する挑戦状ですね」
紙切れを読みながら冷静に答えるカミル。
「挑戦状じゃと?」
「はい……姫様には自分のいる部屋の鍵を見つけられるわけがない。
見つけて部屋に入れば姫様の勝ち、見つからなければリーダーの勝ち……
といったところでしょう」
「なんと……」
カミルは淡々と伝え、アグネスは驚きの新展開に先ほどの怒りを忘れていた。
「姫様! リーダーのこの挑戦……受けますか?」
「当然じゃ! ディートハルトめ身の程知らずもいいところじゃ!」
「では、まずこの『①』と書かれた場所に行くのが最良かと」
「うむっ、案内致せ!」
「はっ」
(何か、釈然としない……)
カミルはアグネスをチェックポイントへと案内し、イザークは何処か腑に落ちなかった。
……――……――……――……――……――……――……
鋭い金属音が闘技場に鳴り響く。
先に仕掛けたのはリザードマンの方だった。
ディートハルトまでゆっくり歩きながら距離を詰めていくかと思った瞬間、急に加速し剣を振るった。
(速い!)
剣を防いだものの、リザードマンの体重を乗せた一撃は、ディートハルトの身体を宙に浮かせた。
吹っ飛ばされながらも、バランスを崩すことなく、地に足をつける。
ディートハルトが相手の攻撃に対し、反応がおくれたのも無理はない。
リザードマンは獲物を狩る時に走る場合、フック状の足の爪を地面に食い込ませて走る。
実世界でいう陸上競技のスパイクと同じ原理であり、動物でいえばチーターの加速方法と同じ。
並みの剣士であれば、反応が遅れ、一瞬にして身体を両断されていただろう。
ディートハルトは、ニ撃目はかわし、反撃に転じた。
リザードマンは致命傷はかわすものの剣に斬りつけられ出血する。
「力は互角、剣技の技術は圧倒的にディートハルトが上といったところですな」
「人間より、遥かに身体能力に優れるリザードマンと戦い力負けしないとは……」
ディートハルトはリザードマンと剣を打ち合っても力負けしていなかった。
それどころか、日頃の鍛錬の成果もあって、巧みに剣を操りリザードマンを翻弄し圧倒する。
リザードマンの身体はみるみるうちに生傷が増えていった。
ゲレオンとホラーツは、人間離れしているディートハルトの動きに感嘆の声を上げ、ディートハルト有利と見ていたが、皇帝は未だディートハルトが不利と見ていた。
「フッ……
ワシがわざわざディートハルト如きに優しい相手を用意すると思うか?」
皇帝としてはディートハルトが死のうと特にどうという事はない。
ならば、ディートハルトを殺しかねない相手を用意した方が、ディートハルトが勝つにしても接戦となり、面白い戦いが見れると思っていた。
「いえ。しかし、ディートハルトは未だ敵の攻撃を貰っていませんが、リザードマンの方は無数の傷がついております」
ゲレオンにとってはどっちが勝とうとどうでもいい事だが、現時点ではディートハルトが押しているように見える。
いくら皇帝が強い相手を用意したといっても、事実は変わらない。
「あんなのは、リザードマンにとってはかすり傷に過ぎん」
「再生能力ですかな?」
リザードマンの治癒能力は人間の比ではなく、戦闘中であっても傷が治ってしまう事で知られている。
「そうだ。だがリザードマンの脅威はそれだけではないぞ。
まあ、見ていればわかる。
ディートハルトの奴があっさり負けるのではないかと懸念しておったが、中々、面白い死合が見れそうじゃ」
皇帝は、何処か嬉しそうに戦いを眺めていた。
(くそっ……急所だけはしっかりかわしている)
ディートハルトは攻めあぐねていた。
剣の交えた最初の感想は、身体能力が高いだけのど素人。
力は強くても技術はなってない、そんな印象だった。
しかし、リザードマンはディートハルトの剣技をかわしきれず負傷する事はあっても、何故か手首や首筋といった動脈を狙った攻撃はかすりもしない。
そこだけは、しっかり守るように訓練を受けているのかもしれないが、それにしては他の部分がお粗末すぎる。
ディートハルトは初めて戦う異種族リザードマンに未知の恐怖を感じ始めていた。+
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