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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
29/76

野球 後編

「ふふん」


 ドヤ顔でディートハルトの方を見るハルトヴィヒ、二人の表情は正に対象的であった。


「くそっ……」


 ディートハルトは気を取り直して、ボールを投げたが、3番バッターも難なく打ち返す。

 鋭い打球が一二塁間に放たれ、ファーストカミルがなんとか飛びつくものの弾いてしまい、ノーアウト満塁となった。

 塁が全て埋まった事を満足そうに見届けるとハルトヴィヒが立ち上がり口を開いた。


「バカムスコよ。聞く気はないと思うが、一応親切で言ってやる。

 大人しくこの場で負けを認めるなら、姫様にはお前達が勝った事にしてやってもいいぞ?」


「なっ!?」


 要するに、ディートハルトの心に迷いが生じる様に揺さぶりをかけたのだ。

 コッカテイルズが負けた事を知れば、アグネスはおお泣きし、プリンセスガードに幻滅するかもしれない。

 大人しく負けを認めろ、そうすれば名誉だけは守ってやるとハルトヴィヒは言っているのだ。

 とはいえ、現時点では、分が悪いとはいえ、点数的にはまだリードしている。

 この状況で負けを認めることは、屈辱でしかない。


「メガネェ……負けを……認めろだと?」


 怒りを堪えながら、絞り出す用にして喋るディートハルト、その時……


「ターイム」


 キャッチャーであるローラントがタイムをかけて試合を中断した。

 タイムを受けて内野陣がマウントに集まってくる。


「リーダー! 宰相閣下に飲まれすぎですぞ!」


 見かねたローラントがディートハルトに頭を冷やす様に促した。


「う…うむ……確かに奴の思うつぼだったな……」


 少しバツ悪そうにしていると、続けてカミルが口を開く。


「リーダー! 無礼を承知で進言してもいいですか?」


 いつもふざけているカミルがいつになく真剣な面持でディートハルトを見据えている。


「何だ? 言ってみろ」


「リーダーの父親だけあって、宰相閣下は性格悪いですよね」


「やかましい!」


 ディートハルトは拳を振り降ろした。


「無礼を承知でって前置きしたじゃないですか!」


 額を抑えながら、それでも言い返してくる。


「それならこっちも、怒らないとは言ってないぞ」


「リーダー、立ち直らないと殴りますよ」


「何だとカミル?」


「俺、何も言ってないですよ!」


「リーダー! 少し早いですが、出し惜しみできる状況ではなくなりました」


 話が進まないと判断したローラントが、強引に切りだす。


「……止む無しか……」


 ディートハルトは、ローラントの提案に応じマウントへ戻り、試合再会となった。


「無残に負ける方を選ぶかバカムスコよ……」

(しかし……中々良い部下に恵まれておるではないか。

 キャッチャーの男が嗜め、ファーストの男が場を和ませた。

 さらに、何者かが活を入れた?

 ヴェルナーが選抜しただけの事はある。)


 ベンチに踏ん反り返るようにして座り、マウントに立つディートハルトを見据える。

 明らかに暗かった表情が消え、一筋の希望を見出していた。

 ディートハルトがボールを投げ、それを4番バッターが難なく打ち返すと思われたが、ボールは大きく曲がり空振りに終わる。


「なにいぃっ!!」

(カーブを投げただと!?)


 思わずベンチから立ち上がるハルトヴィヒ、ディートハルトがダークナイトエンケルズ在籍時、変化球は一切投げれなかった。

 ディートハルトは試合が決まった後、もしもの時に備え、必死にローラントと二人で変化球の習得に取り組んでいたのである。

 とはいえ、変化球は使うとしても5回は過ぎてから使うつもりであり劣勢は否めない。

 巧みに変化球を織り交ぜ、4番、5番、6番を凡退に追いやる、この回で逆転する腹積もりであったハルトヴィヒは渋い顔でマウントを見ていた。


(変化球を習得しているとは、かつてのバカムスコではないという事か……)


 攻守交代により、チームが入れ替わる。

 ディートハルトは自軍のベンチへ戻る前にハルトヴィヒの方を指さした。


「メガネ! 姫を眠らせた事を後悔させてやるからな」


「何だと? 私が姫様を眠らせたとどうしてそんな事がいえる?」


「簡単な事だ、お前の闇術以外にそんな真似はできない」


「決め付けないでいただきたいな。そんなのはお前の憶測にすぎん」


 疑わしいのは事実だが、立証できるか? となればそれは不可能であった。


「……俺は、試合が終わった後、姫にはメガネが魔法で眠らせたと告げる」


「なに?」


「皇帝陛下が言っていた。皇帝が黒と言えば、例え白いものでも黒になるとな。

 つまり、姫がそれを事実と思えばそれは事実となり、オヤジは罰をうけるという事だ」


 無論、この言葉は夢の中の皇帝が告げた言葉であり、実際の皇帝から聞いたわけではない。

 ただ、実際の皇帝も普段そういう事を言っていてもおかしくはない人物であったため脅しとして使うには十分であった。


「きぃさま~、白い物でも黒になるだと~? 誰に向って聞いたふうな口を……」


 この後、試合は一進一退の攻防が続いたが、経験で勝るダークナイトエンケルズはついに7回裏で、一点リードした。


……――……――……――……――……――……――……


 8回表、逆転を許してしまいコッカテイルズは苦境に立たされていた。


「コレット殿……」


 アグネスの傍らにいるコレットは首を横に振る。

 相変わらずアグネスは気持ちよさそうに眠っていた。


「いよいよ、試合終了が近いな。降伏した方がいいんじゃないか?」


 向こうサイドのベンチからハルトヴィヒの声が聞こえてくる。

 無論、ディートハルトを挑発するためであった。


(メガネェ~~!!)


 必死に怒りを抑えている。その時……


「ふわぁ~~~! よく寝たのじゃ~!」


 アグネスが目を覚まし、大きく伸びをする。


「姫?」


「ん?」


 アグネスは目をこすりながら、スコアボードに目を向ける。

 試合が既に8回まで進み、さらに逆転までされている。

 この事実に憤慨せずにはいられなかった。


「何で余が寝ている間に、試合が進んでおるのじゃ~!」


「ですよね~姫!」


 すかさず、アグネスの肩を持つディートハルト。

 アグネスは、キッとハルトヴィヒを睨みつける。


「余が寝ていた部分は無効試合である。3回表からやりなおすのじゃ~!!」


「……と姫が申しておりますぞ宰相閣下!」

(しかし、腑に落ちん、何故だ? 何故、術を解いた?)


「姫様、その様な事を申されましても……」


 ハルトヴィヒはアグネスの言葉を受けても物怖じせず、試合続行の意志を見せる。

 アグネスは埒があかないと判断し、ハルトヴィヒのいるベンチへまるで殴りこみにでも行くかのように向かっていった。


「ハルトヴィヒ~! 余を誰だと思っているんじゃ~!」


「こらっ!」


 その時、ハルトヴィヒの後ろの席に座っていた人物が立ち上がりアグネスの頭をコツンとこづいた。


「ち…父上?」


 実父の出現に戸惑うアグネス。

 ハルトヴィヒはアグネスを眠らせると同時に、もしもの事態に備え、部下にヴェルナーを呼んで来るよう指令を出していたのである。


「アグネス……そうやって皆を困らせるものじゃありませんよ」


 ヴェルナーはアグネスを宥めるようにして話す。


「し…しかし……」


 アグネスは先程とうってかわり、しどろもどろになる。

 ヴェルナーに諭され、引きさがる他なかった。

 ハルトヴィヒは勝ち誇ったようにディートハルトを見る。


(くっ……皇太子様を呼んでいた? だから術を解いたというのか?)


(バカムスコよ。

 中々の悪知恵だったが、まだまだだったな。

 子が逆らえないモノ……それは親だ!)


 実の息子が逆らいまくっている事実を棚に上げ、ニタ~ッと勝ち誇った笑みを浮かべる。

 それはその場にいる誰もが『性格悪いなこの人』と思わざるをえない笑みであった。


……――……――……――……――……――……――……


 結局のところ、コッカティルズは逆転かなわず、一点差で負け試合終了となった。


「うわぁ~~ん! お主ら何を負けておるのじゃ~~!」


 アグネスは大泣きし、膝をついて頭を下げるディートハルトをポカポカ叩き続けた。


「申し訳ございません姫……」

(くそっ……何たる醜態を……)


「ハハハッ! バカムスコよ! これが完全勝利という奴だ!」


 追い打ちをかける様に勝ち誇るハルトヴィヒ、心底嬉しそうである。

 ディートハルトは歯ぎしりしつつも、アグネスを必死に慰めるしかなかった。

 そんな試合の一部始終を闘技場の上部席から見下ろしている小柄の男がいた。


「ダークナイトエンケルズは中原最強のチームであり、そのチームが試合をすると聞いて観戦していたけど……

 大した事ないな……こんな茶番を見せられるなんてとんだ無駄足だったよ」


 溜め息をつき、やれやれといった感じで首を横に振る。


「まさか俺以外にも観戦者がいたとはな……」


 試合の観戦者は二人いた。こちらは小柄の男とは対照的に大丈夫である。


「まさか!? リビュアの首位打者か?」


 観戦していた男二人は初対面であったが、身体的特徴を確認し、互いにどういう素性のものなのか察しが付く。


「そういう貴様は、バルティアの盗塁王……こんなところで会えるとはな……」


「ふん……やはり、頂上対決はリビュアとの試合になりそうだね……」


「望むところよ……」


 二人は睨みあい、再び相見える事を確信していた」


……――……――……――……――……――……――……


 後片付けが終わらせ、ディートハルトはアグネスを慰めながら宮殿に戻り、一方、ヴェルナーとハルトヴィヒは酒を交わしていた。


「しかし……少しやりすぎじゃないのか?」


「ふん、バカムスコなんぞにわざと負けてやる必要はない、天狗になるだけだからな。

 姫様には悪い事をしたと思うが。ハハハ」


「上機嫌だな」


「まあ、汚い手を使ってくるバカムスコ相手に完封したからな。これほど嬉しい事があるか」


「ふ~ん、じゃあそういう事にしておこう」


「何が言いたい?」


「いや……単純に息子と試合ができたのが嬉しかったんじゃないかと思ってね……」


「ふん……」


 二人は気にも止めていなかったが、この試合がまたの波乱を呼ぶことになる。


……――……――……――……――……――……――……


 試合が終わってから2ヶ月後。

 ディートハルトは皇帝に玉座の間へと呼び出されていた。

 単独で呼び出されるというところに何処か不吉なものを感じずにはいられない。


「ディートハルトこちらに」


 玉座に座る皇帝を前にして膝をつく。


「うむ……今日はなディートハルトよ。

 お前に決闘の話を持ってきた」


「決闘……ですか?」


 過去に皇帝から決闘する様に命じられた事は一度もない。


「正直に言おう。わしはお前がアグネスを守れるかどうか疑わしいと思っておる。

 お前は、この帝国において最強と呼ばれておるが、実際問題お前クラスの騎士などはいくらでもいる」


(また、その話か……)


「野球の様なお遊びとはいえ、アグネスの名を冠するチームに黒星をつけおって……」


 皇帝は2ヶ月前に試合に負けて泣いて帰ってきたアグネスを見て怒り心頭であった。


「何故、ワシを呼ばなかった? ワシがいればアグネスが負ける事はなかったというのに……」


 さらに試合に呼ばれず、孫の試合を観戦できなかった事を無念に思っていた。


(ワシがあの場にいれば、鶴の一声で……試合結果など……)


「……なるほど。それで決闘で証明せよと?」


「そういう事じゃ、決闘はどちらかが死ぬまで戦うものとする」


「それは……」


「案ずるな、殺しても気分的にどうこうなるような相手ではない」


(他国の人間というか? それとも罪人? いやしかし……)

「して、相手はいかなる人物なのですか?」


「それはまだ言えんな、知れば対策を立てるであろう? 臨機応変に対応できるかが問われておるのじゃ」


「……はっ」

(おそらくこの決闘は、皇帝から俺への嫌がらせ……)


「なお、この決闘をアグネスは観戦しない。

 負けて死んだらプリンセスガードは解散となる。

 アグネスにはお前が出奔したと伝えよう」


「……はっ」


「決闘は、今より三日後、闘技場にて正午に行う。

 武器の持ち込み、鎧の着用、魔法の使用を許可する。馬の持ち込みは許可しない。

 万全の態勢を整えて望むが良い」


「……はっ」

(魔法の使用まで許可するとは意外だな……それほど相手が強いという事か?)


 ディートハルトは皇帝に会釈したのち自室へと戻った。


(決闘か……まさか、かつて最強と呼ばれていたメガネのライバルか?

 いや……しかし独立し国を創ったようなのがじじーの腹いせ決闘に応じるとも思えんし……

 ひょっとしてあのじじーは、俺の替えになるような強い逸材でも見つけたのか?)


 ディートハルトは釈然としないまま眠りについた。

こういうのって、勝たせた方がよかったんですかね?

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