果たし状
予告編みたいなものです。
オルテュギア宮殿、エンケルス騎士団詰所、ハルトヴィヒの執務室。
帝国宰相でもあるハルトヴィヒは自身の執務室で、書類の山と戦っていた。
そこに官僚でもある団員の一人が駆けこんでくる。
「団長!」
「どうした?」
騎士団員は、封筒をハルトヴィヒに差し出した。
差出人のところに目をやると、ディートハルトと書かれている。
(バカムスコから手紙? 珍しい事もあるものだな……)
詰所が離れているとはいえ、同じ宮殿内で働いている以上、互いに書状を書くという事は殆どない。
「ディートハルトからの果たし状です」
「果たし状だと? あいつめ気でも狂ったのか……」
封を開け、書状に目を通す。
一対一の決闘ではなかったが、エンケルス騎士団とプリンセスガードの威信を賭けた決闘の申し込みであった。
「クククッ……
面白い! 返り討ちにしてくれるわ!」
「団長!? まさかその……受けるおつもりですか?」
ハルトヴィヒの反応にうろたえる騎士団員、ハルトヴィヒなら無視すると思っていたからだ。
「無論……
総員に伝えよ! 最強の布陣でもって迎え打つとな!」
団長の反応にうろたえつつも、戦う事が嬉しいのか、団員の口元は笑っている。
「はっ! 承知致しました」
深くおじぎをすると、駆け足で詰所を出て行った。
「バカムスコめ……
私とお前とでは格が違うという事を思い知らせてくれる。
ふははははははは」
執務室では、しばらくの間ハルトヴィヒの高笑いが鳴り響いていた。
……――……――……――……――……――……――……
2週間前。
「ディートハルト! 野球という競技があるそうじゃが、一体どのような競技なのじゃ?」
アグネスは城下に遊びに行った時、野球の話で盛り上がる町民達の話を盗み聞きしていた。
「……まあゴルフ同様、皇帝陛下が復活させた球技の一つで、町民にはゴルフよりも人気があるようですね。
ルールは正直複雑というか説明が難しいです」
「ふむっ……面白いのか?」
「いえ全然!」
ディートハルトは、きっぱり答える。
何処か、個人的感情が入り混じっているようだ。
「ふ~む……」
「メガネが好きな競技なんですよ野球は」
「何? ハルトヴィヒが?」
「ええ……
エンケルス騎士団はメガネを監督とした野球チーム持ってますからね」
「なんと!?」
「メガネ的には、戦略・采配がどーとかこーとかで面白いらしいですよ」
「ほほう」
「まあ、俺もエンケルス騎士団に在籍していますし、そのダークナイトエンケルズのチームメンバーでもあったんですけど……
とある試合で、俺が打てる! っていってんのにメガネがバントのサインを送ってきやがりまして……」
「?」
唐突に野球を語りはじめるディートハルト、バントとかサインとか言われてもアグネスには何の事かわからない。
「まあ、サイン無視して、ホームランをかっ飛ばして、自軍に勝利を献上したんですけど。
そしたらですね、次の試合からスタメンから外されまして……ふざけんじゃねえよっ!」
拳を握りしめながら、暗い思い出を回想し愚痴りはじめる。
「5試合くらい干されて、もうチームを辞めようかと思っていた時にですね。
ダーナイが窮地に陥る試合がありまして……
そしたらメガネの指示で代打として打席に立たされたんですよ。
そんな事をされれば『ご都合主義だなこのメガネは!』って思うじゃないですか。
だから、わざとファウルを打って、味方のベンチの方へかっ飛ばしてやったんですよ。
そしたら、打球がメガネを直撃しまして……その場でチームから除名ですよ。
まあ、それがきっかけで、エースストライカーディートハルトが誕生するわけですが……」
愚痴っぽい喋りから、得意気な喋り方へと切り替わる。
チームを除名された後、ディートハルトは人気の高い競技、蹴球に鞍替えしていた。
勿論、相手のゴールキーパーごとゴールにブチ込む必殺シュートは開発済みである。
そのおかげでディートハルトがいるチームは試合を受けて貰えず、現在はすっかり干されていたが。
「ZZZ」
「姫! 何を寝てるんですか!」
「……む? すまん……全くわからなくての……」
「話を最後まで聞いてくださいよ!」
「お主がそれを言うか~! 余の話はろくすぽ聞かんくせに~!」
「……以上により、野球は嫌いな競技ですね」
「そうであったかー……」
アグネスは少しがっかりした感じである。
「姫? まさか野球がやりたいんですか?」
「む? 別にそういうわけではないが……
折角、プリンセスガードという騎士団を持っている以上、皆で戦う様な何かがしたくての~。
戦をするにはまだはやいし……
野球という競技を聞いて……ならばと思ったのじゃが……」
「ふむっ……」
ディートハルトは皆で団体競技を行う事を考える。
一連の経緯があって野球から遠ざかってはいるが、競技そのものが嫌いになったというわけではない。
部下をはじめ、信頼する者達とチームを組めるのであれば、やるのも悪くないと思った。
そして、あの時の屈辱を晴らす計画を思いつく。
「わかりました」
「む?」
「皆で野球をやりましょう」
「おおっ!!」
「早速、部下達に伝達して参りますね」
(メガネ……あの時の屈辱を倍にして返してやるからな……)
「今から楽しみじゃのう~!」
「ですな~!」
「えーすでよばんアグネスか~、良い響きじゃのう」
「ハハハ! 何を言っているんですか!
エースで4番は私ですよ」
「なんじゃと!」
美味しい所を奪われると思ったアグネスの表情が途端に険しくなるが、ディートハルトは妙に落ち着いている。
既に一つの計画が出来上がっていた。
「姫には、監督をお願いします」
「監督?」
「要はチームで一番偉い人ですよ。
チームは監督の指示で動きます」
「そうか! 余に相応しい役割じゃのう」
「そうですよ~、監督は姫にしかできません」
(チームの勝敗は監督で決まる!
メガネ! 覚悟しておけよ。)
ディートハルトの腹の中ではどす黒い感情が蠢いていた……
……――……――……――……――……――……――……
「行くぞ!」
「そらっ!」
ディートハルトは野球で使うボールをバットで打ち、それを捕らせる。いわゆるノックをしていた。
プリンセスガードの面々は日頃から厳しい鍛錬をこなしているので、運動能力は高い。
「ふぅ~……」
(やはり、こいつらなら、それなりの強さをもったチームが組めるな……)
ノックをしながら、自軍の強さを確認する。
「休憩!」
ディートハルトは休憩の指示を出し、ポジション等について考える。
「リーダー!」
しーん。
「キャプテン!」
「何だイザーク?」
(この人は……)
練習中、ディートハルトはリーダーと呼ばれても返事をせず、キャプテンもしくは主将と呼ばないと返事をしなかった。
「野球を皆で行うのはわかりましたが。しかし、単純に人数が足りなくないですか?」
プリンセスガードの面々は全部で8人しかいない。
「……まさか、姫様を出すつもりで?」
「バカいうな! 流石に危ないだろ!
姫の前でその話をするなよ、試合に出たがられると面倒だ」
「……8人で戦うんですか?」
「いや、既にコレット殿にお願いして承諾してもらっているし、他の侍女からもバックアップつまり補欠として代走や代打を約束してくれている。
姫の侍女達は皆、戦闘訓練を受けているから、運動能力は問題ない」
「女性を出すんですか?」
「別に正式な決闘じゃあるまいし、お遊びなんだから別に男女混同したっていいだろ」
「私の知り合いにあたって見ましょうか?」
「侍女達にお願いしていると言っているだろ!」
「まあ、本人達が同意しているなら、私からは何も……」
ディートハルトの固い決意を知り、渋々引きさがる。
「快諾してくれている。問題ない!」
ディートハルトが侍女をチームに加えたのには理由がある。
「いいかイザーク! 侍女達氷術師が入れば、こっちの攻撃になっとき、氷の入った飲み物が飲めるだろ?
それだけで、女にもてないメガネに精神的嫌がらせをする事ができる!」
(この人は……考える事が本当に小学生というか……)
「しかし、それでハルトヴィヒ様に勝てるんですか?」
「勿論そのつもりだ。
ざっと作戦を言うとな。
俺がピッチャーで相手を全てノーヒットノーランで抑え。
俺が全打席でホームランを打てば勝てる!」
「…………」
(一人で勝つつもりだこの人……)
チームプレイというものを全否定するかの様なプランに唖然とするイザークであったが。
「流石リーダー! 見事な作戦ですなあ!」
いつの間にかそこにいたカミルは、ディートハルトの作戦を拍手しながら褒め称えた。
「だろ?」
「という事は、俺達の出る幕はありませんよね?
では、今日の練習はここらで切り上げさせていただきます」
一礼してその場を去ろうとするが、ディートハルトが首根っこを掴んで引きよせる。
「バカヤロウ! お前らは俺の練習相手として必要だ」
「やですよ!
一人で、素振りと壁にボール投げてりゃいいじゃないですか!」
「でもリーダー」
「ん?」
「単純に、それだとリーダーが敬遠されて終わりじゃないですか?」
イザークが思った事を口にする。
ハルトヴィヒの様なタイプは、打たれると分かっいて勝負させるような選択をするとは思えないからだ。
というのも、どこか男と男の勝負や騎士の決闘といった、そういう習わしを馬鹿にしている節がある。
騎士の誇りなど捨て置け、勝つ事が第一と考えるだろう。
「ふふふ……メガネの考えそうな事だな……
そこで、我らの監督『姫』の出番だ」
「姫の?」
「あ~なるほど……相変わらず考える事がせこいっすね!」
ディートハルトはすかさず拳骨をカミルに振り降ろした。
「とにかく、基本の戦略は今言った通りだが、試合では何が起こるかわからない。
だから、練習は今後も行っていく、いいな?」
「「はい」」
「声が小さい!」
「はいっ!」
試合までの間、プリンセスガードは猛特訓を続けていた。
「やっておるのう! よい心掛けじゃあ!」
練習の最中、侍女二人と護衛二人に囲まれて、アグネスが練習場を訪れる。
視察といったところだろう。
「はっ! ブラックナイトエンケルズ主将ディートハルト。
必ずや、姫に勝利を献上します!」
「ブラックナイトエンケルズ? なんじゃそれは!」
「チームの名前ですが……」
「ふざけた事を申すな! チームの名前はアグネスコッカテイルズじゃ!」
「いえ! ブラックナイトエンケルズです」
「テオフィル! フロレンス!」
アグネスは激昂するように、両脇にいる護衛二人の名を叫ぶ。
「はっ!」
「チームで一番偉い者は誰じゃ?」
「はっ! それは『監督』にございます」
「確認するぞ? 『監督』『主将』偉いのはどちらじゃ?」
「はっ! 『監督』にございます」
「チームの命名権は誰がもつべきじゃ?」
「監督にございます」
「余は誰じゃ?」
「はっ! アグネスコッカテイルズの監督にして、偉大な皇帝ライナルト様の跡を継ぐ次期皇帝にございます」
「余の口は?」
「皇帝の口にございます」
「ふははっ! 聞いたかディートハルト? そういう事じゃ!」
「…………」
(こいつらは……)
チーム名はアグネスコッカテイルズに決まり、決闘当日まで、猛特訓が続いた。