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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
26/76

国鳥

 建国49年。

 とある街の宿屋に滞在しているアグネスは、賞金首を探さず、部屋でお絵描きに勤しんでいた。


「何を描いているんですか?」


 テーブルの上で必死に絵を描いているアグネスを訝しげにみるシーオドア。


「ふっふっふっ……

 建国した際に必要になる国鳥の絵を描いておったのじゃ!」


「はあ……」

(気が早い……)


 正直に言えば、建国に必要な資金が集まる事は現状では決してありえない。

 シーオドアは呆れる他なかった。

 アグネスの描いた鳥の絵を見ると、知らない鳥が描かれている。

 鳥を見た事がないのか、絵がヘタクソなのかはわからない。


「これはなんて鳥です?」


「む? お主はそんな事も知らんのか!」


 アグネスは鳥の図鑑を開いて見せた。

 可愛らしい鳥が描かれているが……


「まさかとは思いますけど、この鳥を……その……

 国旗とか紋章とかのデザインにするおつもりで?」


「うむっ! その通りじゃ!」


 頭を抱えるシーオドア。

 その国を守る騎士団の盾や鎧に刻まれる紋章が、可愛らしい鳥であったら、マヌケな事この上ない。


「ふざけないでくださいよ!

 大体、ライナルト帝国の国鳥は鷹でしょう?」


「それはライナルト帝国の国鳥じゃ! あぐねす帝国ではオカメインコが国鳥となるのじゃあ!」


……――……――……――……――……――……――……


 建国42年。


「ディートハルト! 今日こそお主にはっきり言っておくぞ!」


「……何ですか?」


「余は、動物に例えれば『獅子』、花に例えれば『薔薇』、そして鳥に例えれば『鷹』となるのじゃ!

 断じて、『ひまわり』や『うさぎ』などではない!」


「なるほど!

 動物に例えれば『うさぎ』、花に例えれば『ひまわり』、そして鳥に例えれば『オカメインコ』ですか!

 よくわかります!」


「じゃからそうではないと~……ん?

 ……オカメインコ?」


 聞きなれない鳥の名前に怒りを忘れて聞き返してしまう。


「あれ? 姫はご存知ないようですね。

 それでは、このディートハルト!

 ひとっ走りして書庫まで行き、図鑑を取ってまいります」


「あ? おい待たんか~!」


 アグネスの制止を無視して、ディートハルトは図鑑を取りに書庫まで向かい、嬉々として戻ってきた。


「これです! これがオカメインコですね!」


 嬉しそうに図鑑のページを開く。

 ディートハルトはこのテの生き物を調べる事に余念はない。

 常に、何かしらの例えとして持ち出す用意ができている。


「むむ?」


 アグネスはディートハルトの開いたページに目を向ける。

 体は灰色の羽毛で覆われ、頭部は黄色、そして頭頂部にはトサカの様な羽根が生えている。

 頬には赤い羽毛が生え、クリクリお目目の可愛らしい鳥であった。


(か…可愛いのじゃ……

 しかし……こやつの事じゃから、どうせ余を怒らせる何かがあるに違いない……)


 アグネスは図鑑に描かれた鳥を可愛いと思う反面、ディートハルトの企みを警戒する。


「どうして、余を鳥に例えるとこれになるのじゃ?」


「ここを見てください」


 ディートハルトは図鑑に描かれたオカメインコのトサカの様な羽根、冠羽を指差す。


「む?」


「アホ毛が生えております!」


「そんなもん、余には生えておらんわ~!」

(いかん! ここで、怒っていてはこやつの思うつぼ。)

「よいか! この図鑑には冠羽と書いてある」


 アグネスは深呼吸をして、怒りを鎮めた。


「……はい?」


「アホ毛ではなく、これは冠なのじゃ!」


 アグネスはそう言うと、図鑑を見てニヤニヤし始める。


(まさか、普通に気に入ったのか!?)

「姫、ひょっとしてオカメインコが気に入りましたとか?」


「む? そういうわけではないが……

 この図鑑! しばらく借りるぞ!」


 アグネスはそう言って図鑑を掴んで離さない。


(オカメインコを気に入るとは予想外だったが……

 まあいいか……)


 ディートハルトは少し面白くなかったが、オカメインコの絵を愛でるアグネスを見てよしとした。

 この後、凄まじく後悔する事を知らずに――


……――……――……――……――……――……――……


 教育時間。


「爺上~! 今日ははっきり言っておく事があるのじゃ~!」


「おおっ? どうしたのじゃアグネス。

 はっきり言っておくとは、穏やかではないのう」


 アグネスとライナルトの仲は極めて良好であり、アグネスがライナルトに対し物を言う事は殆どない。


「余はライナルト帝国を継ぐ気はないとという事を言っておきたくてのう!」


 アグネスはライナルトが最も聞きたくない言葉をきっぱりと言い放った。


「なっ!?」


 歳のわりには若く見えるライナルトであったが、アグネスの言葉を受けると、一瞬にしてやつれ、歳相応の老人と化す。


「何を言いだすのじゃっ! 一体ヴェルナーに何をそそのかされた?」


 ライナルトはアグネスにかけよると、まるで子供の様にうろたえだし、それこそ今にでも泣きだしそうな表情をしている。

 片足を棺桶に突っ込んでいる老い先短い皇帝にとって、後継ぎだけが心の支えであった。


「父上は関係ない! これは余の意思じゃ!」


「ワケを言わんか!」


 アグネスをあまり叱る事をしないライナルトであるが、この時ばかりはわずかばかりの怒気を込める。


「爺上!」


 怒気に怯むことなく、キッとライナルトを見据えるアグネス。

 皇帝はその眼光に気圧された。


「爺上にとって余はどういう存在じゃ?」


「アグネス……

 お前は余にとって唯一の孫。

 そして、世界にとって、人類にとって、無二の存在じゃ!

 いずれ、全ての人間がお前に跪く!」


「そうであろう!

 その唯一無二の存在である余が何故、ライナルト帝国を継がねばならんのじゃ!

 お下がりなどいらんわ!」


「む?」


「余が唯一無二の絶対的支配者であるならば、あぐねす帝国が国家名として相応しいであろう! (キリッ」


「おおっ……」


 まるで神の啓示でもうけたかのようにライナルトは涙ぐみ、アグネスを崇める様に見る。


「改名でも何でもお前のやりたい様にするがよい。

 余は決して誰にも負けるわけにはいかなかった。どんな事をしてでも国を守らねばならんと!

 しかし、アグネス! お前だけは別じゃ! ライナルト帝国はお前のためにある。

 余の屍を乗り超え、ライナルト帝国を踏み台にするがよい」

(やはり、この子は余を超える存在……)


 ライナルトは感動しアグネスを抱きしめると子供の様に泣きだした。


「爺上、何を泣いておる?」


「フッ……これで心おきなく死ねると思うてな……」

(いや……まだあいつがいる!

 あいつだけは余がなんとかせねば……)


「そうじゃのう、余は良い子じゃから、即位してからしばらくはライナルト帝国の皇帝として務めるのじゃ~!」


「うんうん……好きにするがよい」


(爺孝行を済ませた後は、あぐねす帝国の皇帝として君臨し、手始めの政策として、国鳥と国旗を鷹からオカメインコにすげ替える!

 オカメインコの可愛さの前に、家臣も国民も大喜びじゃ~!

 ふははははははは!

 爺上がまさかこんなにあっさり、承諾してくれるとはのう。

 やはり、なんでも言ってみるもんじゃな。)


(アグネスが皇帝(覇王)として君臨する事だけが我が望み……そのためには!)


……――……――……――……――……――……――……


 教育時間が終わり、ディートハルトが迎えにくる。


「姫、何か良い事でもあったんですか? 妙にうかれた顔をしているといいますか」


「ふっふっふっ……その通りじゃ!」


「一体何が?」


「実はのう、爺上にはっきり言ったのじゃ! ライナルト帝国を継ぐ気はないとな!」


「ええぇっ!?」


 ディートハルトはバカでかい声をはり上げる。


「お主! 声が大きいぞ! 耳が痛いではないか」


「し…失礼しました」

(皇太子様が、アグネスが皇帝になる事はないと言っていたが……まさか?)

「そ…それで、陛下はなんと?」


「感動し、余を泣いて抱きしめてくれたぞ」


「はい?」

(あのじじー……遂にボケたか?

 帝国の存続だけが、生きがいと思っていたのだがな……)


「それでのうディートハルト。

 あぐねす帝国が建国された暁には、そちを軍の総司令官に据えようと思っておる。

 そなたの父も泣いて喜ぶじゃろう。 (キリッ」


「……あぐねすていこく?」


「む? なんじゃその顔は?」


「あ、いえ……その……何ですかソレ?」


「『何ですかソレ?』とはなんじゃ~~!!

 余が皇帝として君臨する国家の名前に決まっておろう!

 ライナルト帝国の『ライナルト』とは爺上の名前!

 ならば、余の帝国はあぐねす帝国でなくてはならぬ!」


(そういう事か……)

「はあ……それでどうして皇帝陛下が感動するんですか?

 改名するとか言って怒ったりしませんでした?」


「爺上はそんな器の小さい男ではない!

 余が絶対的支配者として君臨する事を誰よりも願っておる!

 『爺上のお下がりなどいらん!』と叱責したら、余の揺るぎない意思を誰よりも理解し、感動して泣いてくれおったわ。

 お主と違ってな!」


(なるほど……

 叱責されて泣くとかあのじじーは、ドSにしてドMでもあったのか……)


「そして、聡明な余は皇帝に即位した時に行う改革も既に考えておる」


「へぇ~」


 もはや、どうでもよさそうに言葉を返す。


「聞きたいか?」


「いえ、別に……」


「まあ、そういうでない。

 大サービスでお主にだけは聞かせてやろう。

 爺上ですら知らぬ、国家機密じゃぞ?」


(強引に語り出してきた……)


「まず、国鳥と国旗を鷹からオカメインコに変更する。(キリッ」


「はい?」


「ふっふっふっ……」


 オカメインコの描かれた国旗を想像しているのか上を眺めながらニヤニヤし始める。


「なりませぬ! それはなりませぬぞ姫!」

(オカメインコが国旗に描かれる!? どんなファンシー国家だソレ!)


「何故じゃ? 余をオカメインコと称したのはお主であろう!」


「いいですか?

 オカメインコという鳥は、さびしがり屋のかまってちゃんで、何かあるとパニックを起す臆病な鳥なんですよ?」


「貴様~! 余をさびしがり屋のかまってちゃんで臆病と申すか~!」


「あ~いえ! 姫がそうだとは言っているわけではございませぬ。

 オカメインコがそういう鳥だと言っているのです。

 悪党に立ち向かう姫の勇猛(無謀)さは、決してオカメインコ等ではございませぬ。

 このディートハルト、髪の色と頭部の羽毛の色を見て姫らしいと勘違いしてしまいましたが、やはり大事なのは中身ですな」


 基本自分の過ちを認めたがらないディートハルトであるが、この際、そこは折れる事にした。


「よいかディートハルト!

 オカメインコは寂しがり屋でかまって欲しいのではなく、人類に人の和を大切さを教えておるだけじゃ!

 助け合いが必要な事を体をはって訴えておる! 困っている人がいたら、可愛いオカメインコの様に思って助けよとな!

 それに何かあるごとにパニックを起すのは国民も同じ!

 つまりこれは皇帝たるもの覇道も大事じゃが、国民がパニックを起さない様に内治に努めなくてはならんという事を伝えておる」


 アグネスは自分でも何を言っているのかよくわからなかったが、とにかくオカメインコを国鳥にする事だけはゴリ押す気でいた。

 鳥の本来の習性など関係無い、自分が気に入ったかどうかが重要なのである。


「しかし姫!」


「くどいぞ! 皇帝の決定は覆らん!」


「まだ皇帝ではないでしょう?」


「まあ、そうじゃな……

 皇帝になるまでの辛抱じゃ! ふははははははは!」


(不覚……俺が図鑑を見せたばっかりに姫がトチ狂ってしまうとは……)


……――……――……――……――……――……――……


 玉座。


「珍しいですね、父上が私を呼び出すとは……」


 皇太子であるヴェルナーは、皇帝に玉座まで呼び出されていた。

 玉座の間には二人以外、誰もいない、既に人払いをしてあるという事は、何か重い話をするという事が窺える。


「……ヴェルナーよ。

 帝位の継承権を辞退しろ」


「これはこれは……

 要するに廃太子になれと?」


 皇帝はヴェルナーを皇太子として皇室に迎え入れている。

 これは、後継者として認めたということを意味しており、アグネスを次期皇帝にするには、まずヴェルナーから、皇太子の持つ帝位継承権を放棄させ、廃太子にする必要があったのだ。


「……そういう事だ」


「承諾できかねますね。

 今になって私を廃嫡(はいちゃく)すると言うなら、それなりの名目が必要ですが……

 さて、いかなる理由で私を廃嫡(はいちゃく)すると?」


 廃太子にする場合、素行、血筋、能力、健康、等に問題があればそれが名目となる。

 ヴェルナーは至って健康であり、正室の長子で血筋に問題もなく、素行も極めて良好で、女性問題や酒乱、遊興に走る事もない。

 能力に関しても、凡人の域を出ず、若い頃は凡愚として、下げずまれていたが、現在では宰相ハルトヴィヒと深い友情を築きあげ、有能な文官の部下を多数抱えており、公務において多大な実績を残している。

 本人の能力だけを理由に無能扱いする事はできない。

 ここで、唯一の廃嫡(はいちゃく)の理由となりえるものが、現皇帝との対立ではあるが、それだけで周囲を納得させる事は不可能といえた。

 誰がどう見ても孫バカで乱心しているようにしか見えないからである。


「現皇帝である貴方が私を廃嫡(はいちゃく)すると言うなら、せめて皇室による評議や採決によって決めるべきです。

 評議をするというなら、それには応じましょう」


 まだ成人もしてないアグネスを、ヴェルナーを廃太子にしてまで、即位させるという評決を行ったところで否決されるのは目に見えている。

 この時、皇室はハルトヴィヒを始め、ヴェルナーを慕う者が過半数を超えていた。

 勿論、副宰相ホラーツを始め、ライナルト派の文官も多数いるが、過半数を超えるのは厳しいといえる。


「話は終わりですか? それでは仕事がありますので……」


「……貴様は皇帝になったら何をする?」


「……さあ?

 父上が知らない方がいい事ですよ」


 ヴェルナーの望みは帝国を終わらせる事であった。

 ここで適当な答えを言って誤魔化す事ができないのが、ヴェルナーの弱いところでもある。


(やはり……こいつは帝国を……)

「お前には野望というものがないのか?」


「野望? 少なくても焼け野原を見て喜ぶ趣味はありませんね。

 さらに言えば、自分の娘を焼け野原を見て喜ぶように育てるつもりもない」


「貴様!?

 お前にはアグネスの才能がわからんのか!」


「アグネスに才能があるかどうかはわかりませんが、貴方の頭がイカれている事だけはよくわかりますよ!」


「なんだと?」


「この際、はっきり言いましょうか?

 アグネスが皇帝として君臨する事はない。娘の幸せを考える事が親の務めであると思っていますので。

 貴方とは違ってね」


「ふざけるな! 娘に国を残してやろうとは思わんのか!?」


「私は、貴方の息子として生まれた事に幸せを感じた事は一度もない。

 幼いころから弟達と比較され、貴方からは、課題か何か知りませんが、死ねと言わんばかりの無理難題を突き付けられてきた」


「アグネスには皇帝(覇王)としての才能があると言っておるだろう!

 凡愚のお前とは違う!」


「皇帝として君臨する事が幸せですか?

 理解しかねますね」


「幸せとは何だ? 言ってみろ!」


「私が一番幸せを感じたのは、うまくいかない西部の開拓を妻と一緒に試行錯誤を繰り返した末に、豊作が訪れた時ですかね。

 農民や私を慕う部下達と思わず涙したものです」


「ふざけるなっ!」


「貴方はわからないまま一生を終えるでしょうね。

 心配しなくても既にアグネスに幸せにする事ができるであろう者達は見つけております。

 あの者たちなら必ず娘を支えてくれる。

 ライナルト帝国は一世一代の夢幻と思ってください」


「おのれっ! 余の築き上げた帝国を潰す気か!」


 ライナルトは玉座から立ち上がり剣を抜いた。

 ヴェルナーに向って走るが、急に体を動かしたからか、胸の痛みに襲われる。

 痛みでバランスを崩してしまい、地面に伏した。

 剣が手から離れてしまい、這って剣を取ろうとするが、その前に剣をヴェルナーに踏まれてしまう。


「父上……」


 ヴェルナーはライナルトを見下すように見降ろすと、しゃがんで胸倉を掴み強引に立ちあがらせた。


「いい加減にしてくださいよ!」


 顔を近づけ睨みつける。


「うっ……ごほっ……」


 胸倉を掴んだまま、押す様にして歩き、玉座に向かって投げる様にして座らせる。


「ごほっ……ごほっ……」


「貴方はここで死ぬまで座っていればいい。

 ライナルト帝国は責任を持って私が終わらせます」


 ヴェルナーは冷たく言い放つと背を向けた。


(できる事なら、穏便に済ませたかったが……

 やはりお前は死ぬしかない。)

あぐねす帝国の旗の鳥はオカメインコです。

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