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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
15/76

ダイヤモンド

過去に書いた話を再アップするだけではなんなので

新しいエピソードを書きました、

「アグネスよ。流石に外出権だけではなんじゃから、これをやろう」


 ライナルトは教育時間中、一粒の裸石(ルース)をアグネスに渡した。

 庶民の服を着るなと言ったことで、若干アグネスが拗ねてしまい、そのゴキゲンをとろうというワケである。


 渡された石は透明でキラキラと光を反射させ、まるで石そのものが輝きを放っているようだった。

 当然、子供のアグネスはこの輝きに圧倒される。


「爺上、こ…これは!?」


「ほっほっほっ! これは100ctの天然ダイヤモンド!

 クラリティはFL(Flawless)じゃ!」


「クラリティはFLじゃと~~!?」


 アグネスは驚愕するが、クラリティの意味もカラットの意味も理解していなかった。

 ただ、凄いとしか。


 クラリティとは要するに評価基準である。

 FL(Flawless)→ 10倍に拡大しても内部・外部ともに内包物が見つけられない

 IF(Internally Flawless)→ 外部には微細なキズが見られるが内部には10倍に拡大しても内包物を見つけられない

 VVS(Very Very Slightly)→ 10倍の拡大では、内包物の発見が非常に困難

 VS(Very Slightly)→ 10倍の拡大では、内包物の発見が困難

 SI(Slightly Included)→ 10倍の拡大では内包物の発見が比較的容易だが、肉眼では困難

 I(Imperfection)→ 内包物が肉眼で容易に発見できる


 となっており、つまりFLは最高ランクである。

 ダイヤはこの世界においても、宝石の王様のような存在であり、高価で100カラットの天然ダイヤとなれば、それは貴重な逸品といえた。


「キラキラ輝いて綺麗じゃのう~」


「ふっふっふっ……このラウンド・ブリリアントカットは、ダイヤの輝きを最大限に引き出すのじゃ。

 ダイヤはガラスとは違い、光の屈折率や分散度が――

 ――――――

 ――――

 ――」


 ライナルトはアグネスに対して、延々とダイヤの蘊蓄を語りだす。

 アグネスは意味を全く理解できなかったが、とにかく凄い物を貰ったという事は理解し、上機嫌で教育時間を終えた。


……――……――……――……――……――……――……


「よかったですね姫様!」


 侍女のエミーリアがダイヤを光に翳してうっとりするアグネスを見て、声をかける。

 アグネスは現在寝室にいて、侍女のエミーリアと二人である。

 プリンセスガードはテオフィルとフロレンツの二人が寝室の扉の前に門番のようにして突っ立っていた。


「うむっ! 余は上機嫌じゃ!」

(しかし、本当に綺麗じゃのう~、光に当てると、虹色に輝きを放つようじゃ)


 それは、宝石用語でファイヤーと呼ばれる、光が虹色に分散する現象であった。

 ダイヤのような、分散度が高い宝石にのみ見られる現象である。


(そうじゃ、陽の光に当ててこれだけ綺麗ということは、炎に包まれたらどんな輝きを放つのかのう?)


「ファイア!」


 アグネスは掌から炎を発現させ、ダイヤを火で包んだ。

 ダイヤは熱された鉄の様に輝き始める、それは光の反射ではなく、石そのものが光を放っていた。

 そして、徐々に小さくなっていき、跡形もなく消えてしまった。


「むっ?」


 アグネスは何が起きたのか理解できず、何もなくなった掌を見ながら茫然と立ちつくす。

 そして、ようやく状況が呑み込めてきた。


(ああああぁぁ~~~~!?

 ダイヤが消えてしまったのじゃあぁ~~~~)


「ひ…姫様! ダイヤは燃えてしまうので、火にかざしてはいけません」


「もっと早くいわんか~~~っ!」


「も…申し訳ございません」


 エミーリアは頭を下げる。しかし、ダイヤは戻らない。


「ど…どうしますか?」


 恐る恐るアグネスに尋ねる。

 ダイヤ焼失はライナルトの逆鱗に触れるかもしれない。

 アグネスにお咎めはなくとも、その場にいた自分は懲戒もありえるのだ。


「今、考えておる……

 そ…そうじゃ、この事は爺上には伏せておくのじゃ」


「しかし……その……」


「む?」


「渡されたダイヤは裸石(ルース)でした」


「それがどうしたのじゃ?」


「陛下は姫様が成長されたら、その石を宝冠につけたらどうだとか、ペンダントトップにしてみてはとか、色々と御提案なさるかもしれません。

 となれば、隠し通すのは難しいかと思われます。

 いずれ、ダイヤの紛失に気付き、その期間が長ければ長いほど、お怒りは大きくなるかと……」


「む~……」


 アグネスは頭を抱えてしまう。

 そして、悩みぬいたあげく、考える事を放棄した。


「ディートハルトを呼んでまいれ! 本人が今日は休みの日とか、時間外勤務はしませんなどと抜かすかもしれんが、緊急の要件だと伝えるのじゃ!

 急げ!」


「はっ!」


 エミーリアは、テオフィルとフロレンツを寝室に招き入れアグネスの傍らに立たせ、自身はディートハルトを呼びに行った。


……――……――……――……――……――……――……


「姫様……なんか震えていないか?」


「確かに、何かに脅えているようだ。

 妙に落ち着かないというか……」


 テオフィルとフロレンツは寝室の隅でアグネスに聞かれないように小声で会話する。

 寝室に入る時は、ダイヤを貰った事もあって、上機嫌だったのに、エミーリアに呼ばれて部屋に入ると、落ち着かない様子で窓の外を見るばかり。

 二人とは一言も口をきかなかった。


「一体何があった?」


 二人の疑問に答える者はおらず、しばらくすると扉が開き、エミーリアとディートハルトが入ってきた。


「姫! 困りますぞ。

 今日、私は休みだとあれほど申し上げたでは――」


 ディートハルトが、俺にもプライベートはあると言おうとした時、アグネスは泣きだしそうな顔をして飛びついてきた。


「ディートハルトォ~~~~!」


 大声で名を叫ぶアグネスに気圧され口を噤む。


「ひ…姫……どうされました?」


「実はのう……やってしまったのじゃ……」


 アグネスは視線を逸らしながら、吐き捨てるように呟いた。


「殺った!?

 まさか、人を殺めてしまったのですか!?」

(まずいことになったな……となると俺の任務は殺人の隠蔽か……

 おそらく殺されたのは、水戸黄門に登場するような悪代官が姫の逆鱗に触れるようなことでもしたのだろう。

 しかし、殺人は殺人……)


 ディートハルトが現実逃避をしていると――


「何で余が人を殺すのじゃ! 早とちりするでないわーっ!」


「よかったよかった! 誰も殺していないのですねっ!」


「よくないわーっ! 今、一大事なのじゃ……」


「あの……実は――」


 会話が進まず埒があかないので、エミーリアは口を挟んで、事実を伝えた。


「なるほど、実質10歳の誕生日プレゼントとして貰った陛下からのダイヤモンドを燃やして消失させてしまったのですね。」


「う…うむ……わざとじゃないのじゃ……」


 アグネスは涙ぐみながら答えた。


「う~む……しかし、燃やしてしまったものはしょうがないでしょう。

 陛下に謝るしか――」


「そんな事をしたら、余が爺上からお叱りを受けるではないか~っ!

 それに爺上が悲しむしのう……」


「一緒に謝りにいってあげますから」


「そうじゃ! お主が燃やしてしまったことにして、余がお主の謝罪に付き添うという形にするのはどうじゃ?」


(この姫は、俺を殺す気か……)


 そんなことをすれば、ディートハルトは処刑されずとも、ダイヤの価値に見合った額を請求されるだろう。


「何で、私がトカゲのしっぽをやらなきゃならないのですかっ!」


「余を守るためじゃ!」


 ディートハルトはエミーリアの方を向き直り。


「すみませんが、燃えたダイヤはいかほどの物で?」


「天然100ctのFLランクと聞いております」


「……ん?」


 宝石の事はよくわからない。


「額にするとおそらくこれくらいは――」


 それは、ディートハルトの目の玉が飛び出る程の高額だった。


「姫が謝るしかありませんよっ!」


「何で余が謝るのじゃ~~っ!」


「燃やしたのは姫でしょう?」


「それはそうじゃが、余が燃やしたと知ったら、爺上が悲しむではないか~っ!」


「私が燃やしたと思えば、陛下はブチギレますよ!」


「悲しみは怒りよりも優るのじゃ!」


「変な理屈を捏ねないでください!」


「とにかく、この件はなんとかせんか~~っ!」


「わかりました! とにかく、私のした事にして私が謝罪するのはナシの方向で」

(俺の休日が……)


 ディートハルトは状況を整理して考え込んだ。


「こうなった以上、レプリカしかないか……

 ガラス職人に頼んで――」


「それは駄目です」


 エミーリアがディートハルトの案を無慈悲に却下する。


「ガラスとダイヤでは、硬度も分散度も違いすぎます。

 ダイヤは堅く傷が付きにくい宝石ですが、ガラス脆く傷つきやすいのです。

 つまり、1年2年と時間が経過すれば、劣化が顕著になります。

 それに、分散度に差がありすぎて、光にかざせば素人でもわかりますね」


「……」


 ディートハルトは言葉を失った。

 ふと見ると、アグネスが今にも泣き出しそうな顔でディートハルトを見ている。


「わかりました。

 時間はかかりますが、アルシアの結晶術師に頼むしかなさそうですね……」


「アルシアの結晶術師じゃと?」


 結晶術とはドワーフに伝わる魔法で石術とも呼ばれる。

 ドワーフは宝石を掘り出し加工する技術に優れ、それに倣ったのか石を扱う術が発展した。

 アルシアとは中原の西にある山地であり、ドワーフ達の暮らす土地である。


「成程、合成ですか……」


 合成とは、魔法で宝石を創りだす事をさす。

 天然に比べると、価値は落ちるが、同じ物質なので結晶術師に鑑定させない限りバレることはなく、レプリカとしては最適といえた。


(まあ、丁度アルシアに行く口実を考えていたしいい機会だ)


「ふ~む……登山はした事がないのじゃが、良い機会と見るべきかのう」


「何を言ってるんですか姫、行くのは私一人です。

 姫はいつも通りにしていてください」


「そうです姫様、ディートハルト様と二人で登山をしたら陛下に怪しまれますよ?」


「仕方がないのう……」


 アグネスは渋々、登山を諦めた。


……――……――……――……――……――……――……


「100ctの合成ダイヤを作って欲しい?

 ふーむ……純度は最高で、ラウンドブリリアントカットか……」


 ディートハルトは、アルシア山にあるドワーフ達の宮殿ともいうべきアルシア城を訪ねていた。

 世界最大の鍛冶場でもあり、ディートハルトのお目当てのクロムもここにいる。

 現在、ディートハルトが交渉しているのは、優れた鍛冶師でありながらも、結晶術の権威ともいえる老齢のドワーフだった。

 ディートハルトは漆黒の鎧で身を包み、兜もフルフェイスで、誰かわからないようにしている。

 証拠は何一つ残せない。


「お主、自分が何を依頼しておるのかわかっておるのか?

 ダイヤは合成が難しい、天然程ではないにしろ、高額じゃぞ?」


 目の玉が飛び出る程の高額ではなかったが、ディートハルトの懐に大打撃を与えた。


(アルシアへの外出理由の対価としては高すぎるな……)


 合成ダイヤモンドができるまでの間、ディートハルトはクロムに会い、クロムの求めている古文書について尋ねる。

 クロムが求めているのは、伝説の金属について情報を記すものだった。

 アルシア城は、一般公開されており、自由に出入りできるため、ディートハルトは観光を行う。

 本来なら、ここで、プリンセスガードの部下や、侍女、アグネスにお土産を買いたいところだが、合成ダイヤの代償でそれは見送った。


「しかし妙な事があるものじゃのう……」


 ダイヤを受け取る日、老齢のドワーフは不思議そうにぼやいた。


「……何か?」


「いやな、実は、100ctの純度最高のラウンドブリリアントカットのダイヤの依頼がこの前もあって……

 ダイヤの依頼は早々ないから、不思議に思っておった」


「……」

(あのじじー、姫に合成を天然と言ってプレゼントしていたのか……)


 ディートハルトはダイヤを受け取ると、複雑な心境で下山した。

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