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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
14/76

買い物

 10歳の誕生日プレゼントとして、外出許可を貰ったアグネスは早速街に出る事を決意する。

 昨日は、密かに憧れていた街での買い物を想像し、ろくに眠れなかった。


「ディートハルト! 今日は街に出て買い物をする。

 供を致せ!」


「やです!」


 ディートハルトはそれをきっぱり断った。


「お主に断る権限などないわーっ!」


「今日は、久しぶりに寂しい中年親父のローラントと二人で寂しくトランプでもしようかと。」


「どうでもいい理由ではないかー! 何で寂しい事を自らするのじゃあ!」


「まあ、どうでもいいのは確かにその通りなんですが、姫の買い物に付き合わされるのはもっとどうでもいいというか……」


 ディートハルトは女の買い物に付き合う気はさらさらなかった。


「ぬうぅ! 

 これは命令じゃ! わかったらさっさと仕度を済ませるのじゃー!」


「ふうっ……わかりました。」


 ディートハルトは渋々承諾する。

 ディートハルトが渋った理由は他にもいくつかあった。

 それは、外出の条件の一つに自分が必ず同伴しなくてはならないというもの、また、二人ではなく四人体制が義務付けられている事。

 つまり、アグネスが外出すればするほど、プリンセスガードの労働時間が増えてしまうのだ。

 ディートハルトは定められた労働時間以上は決して働きたくないタイプの人間であり、俗にいう休みは欲しい人であった。


……――……――……――……――……――……――……


 5人は宮殿を出て城下町を歩く。


「それで姫、一体何処へ行くおつもりですか?」


「うむっ! まずは服屋に行きたいのじゃ!」


 この言葉を聞き、イザークとカミルとルッツの3人は『なるほど』と思った。

 実に女の子らしい発想である。

 服屋さんに行き、気に入る服を探し、見つけたら試着してみたいという事だろう。


「服なんて、皇帝陛下に頼めば一流の職人に仕立てて貰えますよ?

 わざわざ安ものに手を出す必要は……」


 しかし、自分の興味のない買い物を楽しいと思わないディートハルトは、空気を読まずめんどくさそうに答えた。


「何でお主は、先程から余の気を削ぐような事ばかりいうのじゃあ!

 とにかく進まんかーっ!」


「あーはいはい……」


(リーダーやる気ない……)


 イザークは胃が再び痛む事を憂わずにはいられなかった。

 商店街を歩いている途中、とある店の看板がディートハルトの目に止まった。

 剣を交差させた看板を掲げた武器屋である。


「姫! 手始めにこの店に入りましょう!」


(完全に自分本意だこの人……)


「むむっ? どうしてじゃ?」


「いいから!」


 ディートハルトはアグネスの返事も聞かずに我先にと店へ入っていく。

 仕方ないのでアグネスも一先ず中に入る事にした。


「へぇ~! 中々いいじゃない。」


 ディートハルトは早速、店に置いてある剣を抜き白刃を物色し始めた。

 今の所、どの武器も筋がいいというか、水準以上の出来栄えである。


「お客さん中々良い目をしておられますね。

 そうなんですよ。この店の武器は全てアポイタカラから輸入したものです。」


 アポイタカラとは、中原の西にある山地アルシアに居を構えるドワーフの勢力である。

 鍛冶技術に優れたドワーフ達で構成される職人集団であり、大陸で最も標高の高いアルシア山に聳え立つアルシア城は世界最大の鍛冶場でもあった。


「む~! よくわからんのう。」


 並べられている剣や槍などを眺めながら呟くアグネス。

 正直、何がいいのかわからない。

 カミルやイザークも軍人であるため、実際に剣を手にとって白刃を確認していた。


「むむ!?」


 その時、アグネスの目に一つの剣が目に止まった。

 鞘や柄に装飾が施してあり、それがとても美しくセンス抜群だったのである。


「おいディートハルト! この剣なんかどうじゃ?」


「どれどれ……」


 ディートハルトはアグネスの指差した剣を手に取る。


「娘さん、お目が高いねえ! その剣は人気の品なんですよ。」


「当然じゃ!」


 えっへんと胸を張るアグネス。

 ディートハルトは剣を抜き、白刃を物色した。


「姫……この剣はダメですね。」


「どうしてじゃ?」


「確かに装飾は立派でカッコいいんですけど。

 肝心の刃がこの店の水準の域を出ていないです。

 それなら、同じ水準で価格の安い武器を買った方がいい。」

(デザインの良さが人気なんだろうな……)


「ふむっ……そういうもんかのう。」


 剣を鞘に戻し、所定の位置に戻す。

 その時、ディートハルトの目に安売りされている剣が目に止まった。

 何となく気になって、手にとって抜いて見るとその美しい白刃に驚かされる。


「これは……」


 いわゆる業物であった。

 この店の武器はどれも水準以上であったが、この武器はさらに群を抜いている。


「おい親父! どうしてこの剣は安いんだ?」


「単純に売れ残っているからですね。

 こっちも商売でやってますから。」


「なるほど……」


 確かに売れ残るのも理解できる。

 柄や鞘などに一切飾りっ気がないのである。刃を見て目利きができなければ、何処にでもあるような変哲のない剣にしか見えないだろう。


「おい、親父! この剣を打ったのは何て職人だ?」


「あ~すいません。それはわかりませんね。

 アポイタカラは誰が作ったとかは一切教えてくれないんですよ。

 使い手が目利きできればそれで済む問題だってね。」


(頑固職人という奴か……)


 確かに、目利きができて駄剣と名剣を見極める事ができるなら、誰が打ったかどうかはあまり重要ではない。

 コレクターなどになると、そういうわけにもいかないだろうが、職人としてはそういう者の手に渡したくないのだろう。


「ふ~む……」


「ディートハルト! その剣はそんなに凄いのか?」


 剣の良さなどまるでわからないアグネス疑問を口にする。

 その言葉を聞いたディートハルトの口元が笑った。


「おいカミル! 剣を抜いてそこに立て。」


「はい? 何でですか?」


「いいから!」


 ディートハルトが語気を強めたので、カミルは言われた通りに剣を抜いた。


「姫! よーく見ててくださいね?」


「う…うむっ……」


「はっ!」


 ディートハルトが安もモノの剣を抜き一閃する。

 カミルの剣は綺麗に両断されていた。


「おおっ! み…見事じゃ……」


 アグネスはあっけにとられ、呟くように言うと拍手を始める。


「ハハハ! 一流の使い手と業物が合わさって初めてできる芸当ですね。

 親父! この剣もらっていくぞ!」


 ディートハルトは得意気に言うと、澄ました表情で剣の代金を親父に渡す。


「まいど!」


 親父が剣につけられたタグを外し、ディートハルトが剣を受け取ろうとすると、その剣をカミルが横からかすめとった。


「……何の真似だカミル?」


「『何の真似だ』じゃないですよ。人の剣を両断しといて!」


 当たり前だがカミルは自分の剣が無駄に両断された事を怒っていた。

 自分の剣を使えなくしたんだから、この剣は自分の物だというわけである。


「おい、だったらお前もここで買えばいいだろ?」


「何で私が、買わなきゃいけないんですか!

 私の剣を両断したのはディートハルト様でしょう?」


「カミルお前……俺から金を取ろうというのか?」


「あ、すいません。この剣お願いします。」


 唐突にイザークが親父に代金を渡し剣を購入する。


「はい、カミル。」


 イザークは買った剣をカミルに手渡した。


「え!? いいんですかイザークさん。」


「うん。

 リーダー、もう、これで終わりにしましょうよ。

 剣の代金くらい、自分が持ちますから。」


 ディートハルトは自分の行為を恥じたのか、イザークの払った代金をイザークに渡した。

 一段落したところで改めて店を見渡してみる、店はかなり広さであり、探せばもっと良い物が見つかるかもしれない。

 物色を再開しようとすると流石にアグネスが怒りだした。


「おい! ディートハルト! いつまで眺めておるのじゃ!」


 アグネスとしては本来の目的の服屋に一刻もはやく行きたいのである。

 それが、唐突に入った武器屋で多大な足止めを食わされたのだ。


「あ~姫! でしたら、一度城に戻り、姫を部屋に置いてから。一人でまたここに来ますよ。」


「ふざけるでないわ~~!!」


 アグネスは絶叫した。

 流石に、部下3人もこの発言は酷いなと思わざるを得ない。


「ディートハルト様! いくらなんでも姫様がかわいそうですよ?」


 イザークがアグネスの肩を持ち。


「そうですよ。姫様の買い物に付き合うのが私達の任務なのに、何で姫様をリーダーの買い物に付き合わせているんですか?」


 カミルもそれに続いた。


「リーダー! 殴りますよ? (ボソッ」


「ぐぬっ……

 ひ…姫……申し訳ございませんでした。」


「わかればよいのじゃ! 気を取り直して、いざ出陣じゃあ!!」


 アグネスは出口を指差し駆けていった。


「おいカミル! 俺を殴るだと? 聞こえたぞ?」


「そんな事言ってませんよ!」


「いや、小声だったが確かに聞いたぞ。」


「私じゃありませんって!」


(確かに聞こえたような……空耳かな。)


 イザークもその声は聞いていたがカミルの声ではないと思った。


……――……――……――……――……――……――……


 一行は適当な服屋に入る。

 ざっと、見渡したところ、庶民でも買える服がメインであり高価な店ではない。


「これじゃ! これじゃ!」


 アグネスは嬉しそうに服を物色し始めた。


「ふ~む……」


 ディートハルトも店の中を歩き回りながら、子供用の服を眺めて回る。


「ディートハルト様!」


「どうしたイザーク?」


「まさかとは思いますけど、『うさぎ』や『ひまわり』が描かれた服を探していたりしないでしょうね?」


「……ハハッ! そんなワケないじゃないか。やだなあ!」


 あからさまに取り繕った態度をとり、イザークはそれを見て溜め息をついた。

 一方、アグネスは適当な服を見つけては、試着をして店内をはしゃぎ回っている。

 アグネスは子供の用の服を何着か購入し、一着はそのまま着て帰った。


……――……――……――……――……――……――……


「いや~、楽しかったのう。」


 アグネスは自分の選んだ服を眺めながら上機嫌である。


「よかったですね姫様! とても似合ってますよ。」


 買い物にはいかず待機していたプリンセスガード達が出迎える。


「うむっ! 初めての買い物に余は満足じゃあ!

 ……むむっ? ディートハルトは何処へいった?」


「ディートハルト様は情報局に用があると言っておられましたね。」


 ディートハルトは城内に入ると、イザークに行き先を伝え、情報局の詰所へと向かっていた。


……――……――……――……――……――……――……


 ディートハルトは士官学校時代の同級生で情報局へ入った友人を訪ねていた。


「これはこれは、プリンセスガード(笑)のディートハルト様じゃないですか!」


「おい! ふざけるな!」


「わかったよ。用件は?」


 ディートハルトは本日購入した剣を差し出す。


「これは?」


「今日、街で買ったんだが、かなりの業物だ。」


「それで?」


「誰が打った武器なのか調べて欲しい、アポイタカラの職人が打った剣である事は間違いない。」


「おいおい、それだけで調べろとかいくらなんでも無茶があるだろ。」


「いや、これはアポイタカラの職人の中でも相当上位にいる奴だと思う。」


「それを知ってどうするんだ?」


「いやまあ、その職人に自分の剣をオーダーしようかと……材質はオリハルコンでな。」


 ディートハルトが購入したのは鉄の長剣であった。

 自分の最も使いやすい長さであり、材質はオリハルコンの剣が欲しいと思ったのである。


「なるほどねえ……」


 情報局の友人は、渡された武器を改めて眺める。


「……ふむっ。

 しかし、飾りっ気のない武器だな……」


「そのお陰で買い手がつかず安売りされてたよ。」


「……まさかね。」


「どうした?」


「俺はお前と違って剣の目利きはできないから、もう一度確認するが相当な業物で間違いないな?」


「ああ……それは自信を持って言える。

 俺が入った店の武器は全てドワーフの職人達に作られた物だったし、並の店とは水準がケタ違いだった。

 そしてその剣はその中でも群を抜いている。」


「本当にこの剣がアポイタカラの連中の中でも群を抜いているなら、打った奴は職人集団アポイタカラの職長だろうな。」


 職長とは、要するにアポイタカラの国家元首である。


「マジか?」


「ああ……あそこは最近、職長が変わったんだが……

 その新しく職長になったクロムって奴が、武器に装飾を施す事を極端に嫌う頑固職人らしい。」


 世界最高の鍛冶師として名高いクロムは武器に装飾を施す事を嫌っているという。

 美術品としての価値よりも、兵器としての価値を重視しており、収集家感覚で名剣を欲しがる貴族などを嫌っているのだろう。


「なるほど……」


「情報によればクロムはオーダーも受け付けているらしいぞ。」


「流石、情報局。」


「だが……」


「ん?」


「代金は金じゃない。」


「何?」


「何でか知らんけど、古文書と引換らしい。」


「古文書? ロストテクノロジーという事か?」


「だろうな……頑固な職人だから一筋縄ではいかないと思うぞ?」


「まあ、理想の武器を手に入れる為だ苦労は買ってでないとな。」


「まずは、アルシア山を登って話を聞くといい。どういう古文書を欲しがっているとかな?」


「あの険しいアルシア山を登るのか?」


「クロムは書状の類は一切うけつけず、武器を使う当人が山を登らないと相手にしないらしいからな。

 理想の武器が欲しいなら自分の足を使え!」


「……まあ、試練と思うしかないか。」


……――……――……――……――……――……――……


 翌日、アグネスは自分の買った服を着て教育部屋へと向かった。

 皇帝ライナルトは、皇帝が安い服を着てはいけないとアグネスを諭した。

 庶民とは違う以上、相応しい服を着ろということである。

 アグネスはこの言葉を受け、国が滅亡するまでの間、庶民の服を着る事はなかったという。


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