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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
13/76

プレゼント

 建国43年。


「ディートハルト! お主に聞きたい事があるのじゃが……」


「何ですか?」


「余の母上とはどのような方じゃったのじゃ?」


 アグネスの母親であるヴィクトリアは、高齢出産による身体への負担が大きかったのか、アグネスを産むと同時に失血死している。

 アグネスは母親の事は肖像画で顔を知っているくらいであった。


「皇太子妃様ですか?

 そうですね、正直に言ってしまうとメガネはともかく、私とは面識があまりありません」

(俺が知ってるのは、暗い話ばかりだからな……

 最愛の人が亡くなって、泣き崩れる皇太子様の横で『後継ぎじゃ! 後継ぎじゃ!』って冠老が狂喜乱舞していたって噂もあるし……)


「ひとまず、知っている事を話すのじゃ」


「皇帝陛下に聞けばいいではないですか」


「爺上はあまり母上の事を話したがらんのじゃ……

 父上とは殆ど会えんしの……」


 アグネスは何処か寂しそうに答える。


「……わかりました。

 皇太子妃様は、元は帝国を支えた4騎士団の一つ、アーネット騎士団の騎士団長でした。

 この事は?」


「それは知っておる」


「では、騎士団長に就任した当時モテモテだった事は?」


「それは知らん! 詳しく話すのじゃ」


「えっと、エンケルス騎士団長のメガネとか、出奔したクーニッツ騎士団長のルードルフとか、後、皇太子様もそうなるのかな……

 皆の憧れだったらしいですよ。

 ちなみに皇太子様とは恋愛結婚だそうです」


「ほほう! 母上はそんなにも人気じゃったのか……」


「まあ、どこぞの気性の激しい我儘娘と違って、礼儀正しく誰に対しても笑顔だったとか……」


「どこぞの我儘娘じゃと? 誰の事じゃそれは?」


「……いえ。

 わからないなら別に……」


「しかし、母上がそこまで綺麗じゃったとなると余の将来が楽しみじゃのう。

 美人すぎる皇帝として世に君臨するわけじゃな余は……

 国民も大喜びじゃ! ふははははは!」


「ハハハ! これは世迷言を申されますな!

 姫が帝位を継ぐのはかなり先の話かと、その頃には、立派というか典型的なオバサンと化していることでしょう。

 美人過ぎて国民が喜ぶとかその様な事を気にされる必要は全くないかと」


「何でお主はいつもいつも余の神経を逆なでするのじゃあ~!」


「私は、姫の為を思っていわば諫言を!」


「嘘つくでないわ~っ! 同じ事を何弁も何弁も言わせおってぇ~!

 爺上が言っておったわ!

 同じ事を2度言わせる奴は厳罰に処し、3度同じ事を言わせる奴は死刑にしろと!

 余は寛大じゃから、3度までは許そう!

 しかし、お主は余の事を『ひまわり』だの、『うさぎ』だの、あげくに将来は『てんけいてきなおばさん』じゃと~!?

 次、余に対して無礼な発言をしたら、その命はないと思えぇ~~!!」


「何処が寛大なんですかっ!

 皇太子様だったら、無礼な発言くらいじゃ何度言っても、死刑にはなりませんよ!」


「じゃから父上は皇帝にはなれんのじゃ~!!」


「はい!?」


 一瞬にしてディートハルトの表情が険しくなる。

 急な表情の変化により、アグネスの勢いが止まった。


「じ…爺上が言っておったのじゃ!

 父上には才能がないから、次皇帝になるのは余じゃと……」


 気圧され、バツ悪そうに説明するアグネス。


「そうですか……」

(あのじじー、まさか皇太子様を反面教師にさせているのか?)


……――……――……――……――……――……――……


 宮殿のバルコニー。


「ふーん、アグネスがそんな事をね……」


 城下を眺めながら、ヴェルナーは答えた。


「……はい。

 皇帝陛下は、皇太子様を反面教師にさせているようで……」


「まっ! 父らしいというか、大体想像はつくけどね」


「……しかし。

 皇帝陛下は帝位を、皇太子様には譲らず姫に譲るおつもりでは?」


「それは、君が気にする事じゃないよ。

 君は今まで通り、アグネスと仲良くしてくれればそれでいい」


「…………」


「それにさ、父は長生きしたけど。

 流石にもう限界だろうね。この前、一度倒れたし……」


「倒れられた!?」


「まわりには悟られない様に気丈に振る舞っているけどね……

 だが、いくら娘に帝位を譲ろうとしたって、まだ成人もしていない娘に譲る事はできないというか私がさせないし……

 アグネスが成人するまで生き続けるのは流石に無理だろう。

 国中の光術師を掻き集めて、治療魔法をかけ続けさせたところで後5年が限界かな」


 現在アグネスは10歳、光魔法で最大限延命させたところでとても20歳には届かない。

 これがヴェルナーの見解だった。


「まあ、こんな暗い話はおいておいて、親バカと思われるのもなんだけど……

 アグネスは中々綺麗に育つと思うんだよね」


「……はあ?」


 ヴィクトリアの肖像画を思い起し、あながち間違いではないとディートハルトは思う。


「ディートハルトは付き合っている人はいるのかな?」


 ヴェルナーは何処か悪戯をする子供の様な笑みを浮かべている。


「……いえ、おりませんが。

 その質問の意図はまさか……」


「冗談だよ!

 まあ、くっつけとは言わないけど、何があってもアグネスの味方であって欲しいとは思っているけどね」


「はっ! それは勿論。

 何があっても味方でおります」


「うむっ!

 では、この話は聞かなかった事にしておくよ。

 君に何かあるといけないし、それに……」


「それに?」


「アグネスが皇帝になる事はないからね」


「……はい?

 確かに皇帝陛下がゲフンゲフン……すれば、帝位は皇太子様が受け継ぐ事になります。

 しかし、結局のところ、皇太子様がその……お歳を召されれば……」


 アグネスは、一人っ子である以上、皇帝となったヴェルナーが死ねば皇帝となるのは自明の理といえた。


「君だから言うけど……

 娘の幸せを考える事が父親のする事だと思っている。

 これ以上は流石に言わないけどね」


(……まさか。)


「まあ、君は気にせずアグネスの騎士でも家臣でも友達でも恋人でも保護者でも父親代わりでも、つまるところ何でもいいから、ただ味方でいてやってくれ」


……――……――……――……――……――……――……


 アグネスは十歳を誕生日を迎えた。

 毎年、誕生日には盛大な式典が開かれ、ライナルトを始め、重臣達から高価なプレゼントが送られるのだ。

 ディートハルトはこの派手なパーティーがあまり好きではなかった。

 まさに護衛が必要なので、欠席はありえない。


(ウエディングケーキかよ……)


 この式典の為だけに、帝国にいる腕を持ったパティシエ達が集められ、特大のケーキを作らせている。

 ライナルトは手に剣を持ち、アグネスがそこに手を添える。

 二人は一同が注目する中、ケーキに入刀した。盛大な拍手が巻き起こる。

 一体幾ら金をかけたのだろうか。十歳の子供にそこまでする必要があるのかとディートハルトは思った。


(しかし……何処までも自分本位だな冠老さんは……一体誰のパーティーなんだか……)


 完全に空気扱いされている皇太子の事を思うと、何ともいえない気持ちになるディートハルト。

 ライナルトは皇太子も立ち場上、出席だけはさせるものの、場を仕切らせたり、何かを喋らせたりする事はない。

 貴族や重臣達からアグネスに届いた様々なプレゼントの箱が開けられていく。

 どれも高価な美術品であり、貴族達は少しでもライナルトに取り入ろうととにかく金額を継ぎ込んでいた。

 ここで、安い子供向けの玩具などをプレゼントしようものなら、すぐさまライナルトに改易とされるだろう。


(全く、姫のプレゼントというよりもライナルトさんへの貢物だな……

 ふむっ、姫へのプレゼントか……何がいいかな……)


 ディートハルトはまだプレゼントは用意していなかった。

 というよりも、アグネスにプレゼントを送った事は一度もない。

 10歳だし、何かプレゼントを送るのも悪くないとは思ったが、一体何をプレゼントすれば喜ぶのだろうか。


(う~む……いっその事、びっくり箱でもプレゼントして、盛大に驚かして俺が楽しむのもアリだな……)


 無論、そんな事をこの式典の場でやろうものなら即死刑だろう。

 式典が終わって寝室に戻ったら適当に工作でもするかなどと思案していると――


「では、最後は余のプレゼントじゃ!」


 ライナルトがアグネスに一枚の封筒を渡す。

 会場がざわめく、今までライナルトは誕生日の時に、それはもう派手で高価な品を渡していたため、一枚の封筒というのは誰もが意外に思ったのだ。


「爺上? これは?」


(まさか、肩たたき券か!? それも叩いてやるのではなく自分を叩かせる。)


 ディートハルトは声に出してちゃちゃを入れたかったが、流石にここは空気を読んだ。


「開けてみるがよい」


 アグネスが封を開けると、一枚の書状が入っていた。

 アグネスは書状に目を通す。

 書状の内容は、門限や4人以上の護衛、必ずディートハルトを連れるなどの制約はあるものの、自分の意志による城外への外出を認めるというものであった。


「じ…爺上……」


 アグネスは喜びで震えている。

 今まで、自分の意志で城を出た事は、ディートハルトが連れだした一回きりだったからである。


「ほっほっほっ……もう10歳じゃからな!

 だが、必ず護衛は連れて行くのじゃぞ~?」


「うむっ! 約束するのじゃ~!」


 ライナルトにとって、アグネスは後継者である以上、危険にはさらせない。

 しかし、いつまでも城から出さずに世間知らずのまま成長されても困る。

 アグネスには皇帝して世界に覇を唱えて欲しいと願っている。

 自分が10歳の頃は家を飛び出し、乗馬と狩りを覚え、クリセ州の各地を巡り、旅などをして逞しく生きていた。

 ここのところ、体調は悪くなる一方であり、自分が連れだすという事はしたくない。

 無論、誘拐されたり襲われるリスクもあるが、以前、決闘の場で護衛のディートハルトとは直に剣を交えた事がある。

 自分の剣をあれだけ受け止められるのであれば、アグネス一人を守るくらいの事はやってのけるだろう。

 ヴェルナーが気にかけているだけあって、裏切るという事も考えにくい。

 ライナルトは、いつ裏切ってもおかしくない様な野心家共をいかにカリスマで抑えておけるかどうかが主君としての器という考えを持っているため、自分と関係の深い重臣に預ける気にはなれなかった。


……――……――……――……――……――……――……


 式典が終わり、アグネス及びプリンセスガード達は寝室へ戻ってきていた。


「むむ? ディートハルトは?」


 部屋へ戻る途中までは一緒だったのに、ふと気がつくといなくなっている。


「何か、姫様のプレゼントを用意するとかいって、途中で別行動となりました」


 イザークがアグネスの問いに答えた。


「プレゼント!? ディートハルトがか?」


 アグネスが目を輝かせて驚く。

 あの人の事ですから、期待しない方がいいですよと言いたくなるカミルであったが、そんな事を言えば、アグネスは怒りだすだろうから黙っている。

 カミルに限らずこの場にいる全員が嫌な予感しかしなかった。

 しばらくすると、リボンが巻かれた大きな箱を持ってディートハルトが寝室へ入ってくる。


「ひ~め!

 このディートハルト! 今日という日の為にプレゼントを用意してまいりましたぞ!」


(用意してたなら、何で別行動を取ったんですか? どうせ、即席で調達してきたんでしょう?)


 心の中で突っ込みを入れるカミルであったが、アグネスが目を輝かせているので、声に出しての突っ込みは死を招くと思い控えた。


「ほ~う! それは楽しみじゃのう!」


 アグネスはプレゼントが早く寄こせと言わんばかりに両手を広げる。


「どうぞ!」


 プレゼントをテーブルの上に置き、それを開けようとアグネスが駆けより、リボンに手をかける。


「姫様!」


 唐突にイザークがアグネスに声をかけた。まるで行動を静止させるかの様である。


「なんじゃイザーク!」


 水を差されたようで少し機嫌が悪くなる。


「い…いえ……その……

 よかったらそのプレゼントは私が開けましょうか?」


 十中八九、碌なものではないと確信し、最悪の事態を防ぐため、身を呈して爆弾から主君を守ろうとするが――


「何でお主が開けるのじゃ~っ!! これは余の物じゃ~!」


「おいイザーク! 空気読もうか?」


 プレゼントを横取りされると思ったアグネスは怒鳴り声を上げ、ディートハルトはジロッと睨み引き下がるように促した。


「……す…すみません……」

(胃が痛くなってきた。)


 イザークはすごすごと下がり。アグネスは気を取り直してプレゼントの箱をを開ける。

 それはいわゆるビックリ箱であり、ヒマワリの髪飾りをつけたうさぎのぬいぐるみにバネを仕込み飛び出すように作られていた。

 びょーんと勢いよく飛び出してきた兎に思わず身を仰け反らせ、尻もちをつくアグネス。


「サプラ~~イズ!! ハハハハハ!」


 ディートハルトは笑っていたが、他の面々は静まり返っていた。


(リーダーが空気読んでくださいよ~!)


 イザークは声にして叫びたかった。

 アグネスは自分の身に何が起きたのかを理解すると、みるみるうちに目は吊り上がっていった。


「きぃさぁまぁ~!! なんじゃこれは~!!」


「ハハハ! 姫! びっくり箱という奴ですよ~!」


「余をおちょくりおって~!」


 アグネスは起き上がるとディートハルトに掴みかかる。


「ハハハ!」


「笑うでないわ~!!」


 アグネスは怒っているものの何処か嬉しそうだった。

 翌日から、アグネスは城で働くメイドや衛兵を見つけては、プレゼントの箱を開けさせては驚かせて遊んだという。


……――……――……――……――……――……――……


 6年後。

 中原の新たな支配者となったエルフ族の国家アルフヘイムの君主が皇帝アグネスの部屋を見聞していた。


「ふむっ……ここが皇帝の居室か……」


 部屋には出入り口の他にもう一つ扉があり、その奥は物置となっている。


「その扉は?」


 一緒に部屋を見聞している初老の人間に問いかける。

 この男は、皇帝に代って中原を治める存在であり新たな王といえた。


「先程、確認したところ、物置の様ですね」


 中に入ると、埃を被った美術品が大量に置かれている。

 どれも高価な品ばかりだが、埃を被っているところを見ると大切にはしてなかったのだろう。


「……ん?」


 物置を物色していると、一つだけ埃が少ない棚を見つける。

 埃の量からすると、度々この棚だけは掃除をしていたようだ。

 となれば、他の美術品よりも皇帝にとって大切なものという事であろう。

 中を検めるとリボンが巻かれたプレゼントの箱が置いてある。

 箱は随分と汚れているし、その材質からしても差ほど値打ちがあるようには思えない。

 気になって中を開けると、兎のぬいぐるみが飛び出してきた。


「クスッ……」


 思わず笑ってしまうエルフのリーダー。

 皇帝の歳を考えれば、美術品よりもこっちの方がよっぽど価値があったのだろう。


「どうされました?」


「いえ、何でもありません。

 ここにある美術品は全て売り払い、街の復興の財源に充ててください」


「仰せのままに……その箱は?」


「これは美術品ではありませんから売る必要はありません。

 もし、持ち主が生きていてこれを取りに来るような事があれば返してあげてください。

 とても大切にしていた様ですよ」


 エルフのリーダーは、箱を初老の男に渡すと、部屋を後にした。

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