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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
12/76

チェス

 交代の時間となり、ディートハルトとイザークがアグネスの居室に入る。

 アグネスは、ディートハルトを待っていたかようにニヤついていた。

 不敵な笑いと言ってもよいだろう。


「ふっふっふ……ディートハルトよ!」


(この不敵な笑いの意図は一体……まさか、日頃の仕返しか?)


 何か企んでいるなとは思いつつ、まずは探りを入れてみる。


「……何ですか?」


「余とチェスを致せ!」


 昨日、アグネスは皇帝ライナルトよりチェスを習った。

 呑み込みは意外と早く簡単にルールを覚え、教育時間が終わってからというもの、片っ端からプリンセスガードに勝負を挑んでいる。

 チェスはこの乱世においても廃れる事はなく、騎士を名乗る者達にとっては嗜みの様なものでもあった。


「チェス? まあいいですよ」


 ディートハルトは言葉を受け、椅子に座ると卓上に置かれた駒を並べ始めた。

 別に好きな遊びでもなんでもないが、士官学校時代は仲間内で遊んでいた時期もある。

 仲間達との戦績では強くもなく弱くもなく、普通の域を出ない程度の強さであった。


「では、黒い鎧を着ている私は黒の駒で」


「うむっ」


 アグネスは白い駒を手にとって、所定の位置に並べ始める。


「では、私から行きますね?」


 ディートハルトは駒を並べ終えると、ポーンを動かした。


「きぃさまぁ~~!!」


 唐突にアグネスがブチ切れる。

 ディートハルトは対局が熱くなって、アグネスが怒る展開を予想していないわけではなかったが、まさか最初の一手でブチ切れるとは思っておらず面食らう。


「はい?」


「何故、黒の駒を指すお主が、余よりも先に刺すのじゃああ!!」


 チェスのルールには白が先手、黒が後手というものがある。

 しかし、士官学校時代に行っていたのは、堅苦しい試合などではなく、あくまで遊びであり、先手と後手は適当に決めて対局していたのである。

 一方ライナルトはアグネスに教養として嗜みとして、駒の色による先手・後手のルールは勿論の事、駒が何を表わしているのか? 駒の価値など、懇切丁寧に教えていた。


「あ~、確か厳密にそんなのがあったような……なかったような……」


「余よりも先に指しおって~!! 非常識であろう!」


 ディートハルトは後ろを向き……


「お前、知ってた?」


「知ってますよ! それくらい」


 イザークが知っていると知って肩を落とす。


「……わかりましたよ! 怒らないでください」


 渋々ポーンを引っ込め、先手をアグネスに譲る。


「ふん……その様な事も知らんようでは、余の勝ちは見えたようなものじゃな!」


 アグネスはポーンを動かした。

 チェスを始めて間もない筈なのに、その態度は自信でみなぎっていた。


「別に、そんなルールを守る守らないで強さは変わったりしないと思いますがね」


 ディートハルトが言い返しながらポーンを動かす。


「お主で最後じゃ!」


 口元が不敵にニヤっと笑う。


「……何がですか?」


「プリンセスガード……

 つまりお主の部下たちは皆、余に敗北したという事よっ!」


 アグネスは得意気に言い放つ。

 その椅子に踏ん反り返ったポーズといい、不敵な言動といい、見た目だけは皇帝の様であった。


「はい!?」


 アグネスが部下に勝ったと聞いて、驚きを隠せないディートハルト。

 昨日、今日でチェスを覚えたのは間違いないだろう。

 思わず後ろを振り返り。


「おいイザーク! お前は姫に負けたのか?」


「え…ええ、まあ姫様、とても強かったもので……」


 唐突に話を振られ、しどろもどろになりながらも答えるイザーク。


「おいおい、遊びとはいえ、情けないぞ……」


 ディートハルトは、子供に負けるなんて信じられんといった感じで首を横に振った。


(まさかリーダー、姫様に勝つつもりじゃ……)


「姫! 部下達のかたき、ここで討たせて貰いますよ!」


 まるで悪政に立ち上がった革命軍のリーダーを演じる舞台役者の様に言い放つ。

 声だけを聞けばカッコよく聞こえるだろう。


(勝つ気満々だー。)


 イザークは胃の痛みを感じずにはいられなかった。

 当然、イザーク他6名は、皇帝の愛孫に勝つなど恐れ多く、わざと負けていた。

 アグネスを怒らせれば何かとめんどくさい事になるのは周知の事実である。


「その意気やよしっ! 部下達の元へと送ってくれるわ~!」


 そして、対局が始まった。

 ディートハルトの腕が、遊び半分の素人の域を出ないものであっても、流石に昨日今日始めた者に負けるわけもなく、対局は正にワンサイドゲームだった。


「チェックメイト!」


 ディートハルトは、嬉しそうに駒を進め、アグネスは俯き震えていた。


「ハハハ! 俺の勝ちですね!」


 アグネスの『まいった』も聞かずに駒を片付け始める。


(リーダー嬉しそう……それに引きかえ、姫様悔しそう……)


「おいイザーク、かたきはとってやったが、幾らなんでもあり得ないぞ?」


 俯いて震えているアグネスを見て恐ろしくなったイザークは、ディートハルトに駆け寄り耳打ちした。


「リーダー! 空気読んでくださいよ!」


「ん? お前まさか、わざと姫に負けたのか?」


 小声で言葉を返す。


「当たり前ですよっ! 姫の顔を立ててこそですよ!」


「バカヤロウ! 獅子は兎を倒すのにも全力を尽くすんだよ」


 わざと負ける行為がわりと嫌いなディートハルトは小声ではなく大きな声で言い返した。


(この人は……)


「誰が兎じゃ~~!」


 声が聞こえてしまい、兎扱いされたアグネスがブチ切れる。


「兎は可愛いからよいではないですかっ!」


「むっ!?」


 可愛いと言われ、少し嬉しさを感じてしまうアグネス。


「まあ、可愛いのは兎であって、姫じゃありませんが……」


「おちょくりおってぇ~! もう一局じゃもう一局!」


「いいですよ。何局でも好きなだけ」


 この勝負もディートハルトの圧勝で終り、負けず嫌いのアグネスは何度も再戦を挑むが結果は同じであった。

 流石のディートハルトも悪い気がしてきており、途中でわざと負けようかとも思い始めていたが、今更、負けても白々しいだけでアグネスは満足しないだろう。

 引くに引けなくなったディートハルトは後味の悪い勝利を続ける悪循環に陥っていた。



……――……――……――……――……――……――……


 プリンセスガードの詰所。


「カミル、昨日は姫様とチェス指した?」


 ハンスが、ふと仕事で姫とチェスを指した事を思い出し、他の面々もしたのかどうかが気になった。


「しましたよ」


「勝った?」


「……まさか!」


 ないないと言わんばかりに手を横に振る。


「だよね……

 誰か勝った奴いる?」


 ハンスは机に向かって書類を書いている他の面々にも問いかけた。


「姫様に勝ったら陛下がどう出るかわからんし……」


「ですよね」


 誰一人、勝ったという者はいなかった。

 アグネスを泣かす様な真似をして、それが皇帝の耳に入れば、死刑もわりとあり得るのだ。


「まあ……勝ちそうな人ならいますけどね……」


 カミルが笑いながら呟く。


「ああ……」


 ハンスは、誰を指しているのかを察し、苦い表情で頷いた。


「え? 誰?」


「リーダー」


「確かに……あの人ならやりそうだな」


 ハンスは苦い顔をする。

 できれば、姫の機嫌を損ねて欲しくはない、仕事がやりづらくなるからだ。


「まあ、姫の期待を裏切り、俺達の予想を裏切らない、それが我らのリーダーだからっ!」


 カミルは得意気に言い放った。



……――……――……――……――……――……――……


「~~~~~~」


 アグネスは一向に勝ちが見えてこない対局を続け、悔しそうに盤面を眺めている。


「姫! 今日の所は……」


「もう一局じゃあ~~!」


 気まずくなったためディートハルトは止めるように促すが、アグネスは一向に諦めなかった。


(胃が痛い……

 くそっ! こうなったらイチかバチか……)


 イザークは紙に盤面の図を書くと、ディートハルトの背後からアグネスに指示を送った。

 何処にどの駒を動かせというものだ。


(むむ?)


 アグネスは紙に書かれた指示通りに駒を動かした。


(今まで対局を見てきたが、リーダーは私よりも弱い。

 姫様が、私の指示通り駒を動かしてくれればなんとかなる。)


 対局が進んでいく。

 さっきまで圧倒的だったが、打って変わり、アグネス有利に対局が進んでいった。


「ぬう?」


「お主やりおるのう。

 まさか、余がりみったぁ~を外す事になるとは見くびっておったわ……」


 アグネスはカンペに気付かれない様にするため適当に言い訳をする。


(リミッター!? いや、なわけない……)


 ディートハルトは後ろを振り返るが、イザークはさっとカンペを隠した。


「どうしました?」


 嫌な汗を掻きながらも、平静を保って言い返す。


「いや何でもない」


「余所見するでないわ~!」


 カンペがバレる事を恐れてアグネスが怒鳴り声を挙げる。


「あ~はいはい、わかりました」


 ディートハルトは不正を疑ったが、ここで勝ってドツボに嵌るのは愚の骨頂なので、それを調べる事はせずに対局を続けた。


「ふっふっふっ……ようやっと余も本調子になってきたようじゃ」


 対局が有利に進み、機嫌がよくなってきているアグネスを見てイザークはホッとした。 


「……まだまだここからですよ」


 そして……


「ちぇっくめいとぉ~っ!」


 アグネスは心底嬉しそうに王手をかけた。


「……参りました」


 負けを認めディートハルトは深々と頭を下げた。


「ふははは! 勝利じゃ勝利じゃ! 大勝利じゃあ!」


 散々負け続け、悔しかった反動なのか、尋常じゃない喜びようを見せるアグネス。

 席を立ちあがり、部屋中を駆け回り始める。


(たった一回勝っただけで……)


 無限ループから抜け出せてホッとしている半面。

 ディートハルトは、アグネスの喜びように苛立ってきていた。

 しかし、再戦する間もなく交代の時間が訪れた。


……――……――……――……――……――……――……


 詰所へ戻る途中。


「イザーク! お前なんかした?」


「はい!? いやその……」


 イザークは明らかに取り乱し、不正疑惑は確信に変わった。


「やはりな……」


「すみません」


「あ、いや……むしろ助かった」


 ディートハルトは、アグネスの機嫌を良くした上であの場を離れる事が出来て心から安堵していた。

 あのまま対局を続けていたらどうなっていただろうか。


「そういって貰えて何よりです」


「だが……」


「はい?」

(やっぱり怒って?)


「正直言って、かなり悔しいからな……詰所に戻ったら対局するぞ!」


「え~っと……」


 結果的に言えばディートハルトはイザークに負けたわけであり、部下に負けるというのはある意味屈辱といえた。


「リーダー命令だ! お前に断る権限は与えられていない」


「……仰せのままに」


 観念したイザークは対局を了承した。


……――……――……――……――……――……――……


「もう一局だ! もう一局!」


「……まだやるんですか?」

(負けず嫌いな所は姫様といい勝負だな……)


 困惑するイザーク、それもその筈、既に16連勝しているのである。

 アグネスの時はイザークがカンペを行い、無限ループから脱出する事ができたが、プリンセスガードの面々にはディートハルトに助け舟を出そうと思うもの好きはおらず、イザークは無限ループに陥っていた。


「当たり前だ! 勝つまでやるからな!」


「はあ……」

(眠い……寝たい……)


 イザークは眠い目をこすりながら対局を続ける。

 しかし、どんなに眠くなっても、ディートハルトに負ける事はなかった。

 それだけ実力の差があったのである。


「……あの……ディートハルト様……」


「ん……なんだ?」


 ディートハルトも相当眠くなっていた。

 初めは対局を観賞していた他の面々も、無限ループに陥った事に気付くと、適当に仕事を切り上げ自室へと戻っていった。

 今、詰所にいるのは二人だけである。


「その……怒らないで……くださいね?」


「勝つまでやると……言った筈だ」


「いえ、そういう話ではなく、今思い出したんですが……」


 イザークは殆ど目を閉じた状態で、必死に何かを思い起している。


「……ん?」


「……明日は確か、国劇が上演される日だったような……陛下も出演されるとかなんとか……」


「……はっ!?」


 眠さで半分閉じていたディートハルトの瞼が一瞬にして全開になる。

 思い起せば、一ヶ月前に確かに通告がきていた。

 帝国最大の劇場で国劇『国家創生』が上演され、アグネスはそれに招待されているため、護衛につかなくてはならないのである。

 宮殿を出る為、ディートハルトよりも弱い部下に任せるという事は許されず、常にアグネスの側にいなければならないという任務であった。

 その演劇には皇帝ライナルトも出演するため、バックレるという選択は死を招く。


「しまったあ!」


 ディートハルトは慌てて立ちあがり、部屋を出て自室へと向かう。

 イザークはそのまま盤面に突っ伏して深い眠りについた。

国劇の前日譚です。

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