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LostTechnology ~幼帝と保護者の騎士~  作者: CB-SXF6
本編(建国38年~建国47年)
11/76

お絵描き

「そら、どうした!」


 決闘で、皇帝に力の差を見せ付けられたディートハルトは、鍛錬に励んでいた。

 何といっても衝撃だったのが、相手が80を過ぎた老人であり、普通に考えればまともに動けるわけがなく、これに手も足も出ないという事は屈辱以外の何者でもなかった。


「参りました」


 フロレンツが負けを認め、お辞儀をする。

 既にこの時、ディートハルトは10連戦を超えており、部下の面々が交代しながら戦っていた。


「う~む……

 カミル! ローラント! 二人がかりで来い!」


 一対一では実力差がありすぎて、物足りないため、2対1の戦いを要求する。


「……いいんですか?」


 カミルが少し不満そうに問う。

 言わばハンデを与えられているわけであり、雑魚扱いされている事が面白くはない。


「まあ、3人でもいいような気がするが、まずは二人からかな」


「しかし、2対1で戦う事に何の意味が?

 剣技を競う試合で、2対1なんて有り得ませんし……」


 露骨にやりたくなさそうに理屈を並べ立てる。


「おいおい、いつ敵国が姫に刺客を差し向けてくるかわからないだろ?

 刺客がわざわざ試合形式で戦ってくれると思うか?」


「……なるほど。

 そういう事なら話はわかりました」


 この時、言質取ったからなと言わんばかりにカミルの口元がニヤリと笑った。


「うむっ! 全力で来い!」


 ローラントとカミルは剣を抜き、構えを取る。

 しばらく静寂が続き、ローラントが地を蹴った。

 カミルはディートハルトに向かわず、背後に回り込むようにして横に動く。

 ディートハルトがローラントの剣を受けると同時に、カミルは自分の剣の鞘を投げつけた。


「なっ!? 汚いぞ!」


 カミルの卑怯な攻撃に、戸惑う間もローラントは剣を振ってくる。

 防戦一方になり、その隙に、左後ろに回り込んだカミルが斬りつける。

 ディートハルトは右利きであり、剣で攻撃を防ぐのは不可能だった。


「敵国の刺客が卑怯な事しないって言い切れますかあぁ?」


 勝利を確信したカミルだったが、ディートハルトは左手をかざすと闇の魔法を放った。


「ヴァイオレント!」


 反撃を予測していなかったカミルは魔法に直撃してしまい悶絶する。

 闇の魔法は、精神作用の魔法である。

 よく、悪に染まる事を闇に落ちる等と表現する事や、心を惑わす悪魔が好んで使う魔法のため『闇』という名がつけられた。

 余談だが、『光』の魔法は、生命の力(気)を引き出す魔法であり、闇の魔法と相反するものではない。

 ディートハルトがカミルにかけた魔法は、単純に痛みを感じさせる魔法である。

 傷つける魔法ではないので、死ぬ事はおろか、怪我すらしない、要するにただ痛いだけである。

 最も、使い手の魔力や熟練度が高ければ痛みのショックで死んでしまう者はいるだろうし、定期的に魔法をかけ続ければ間違いなく精神を病む。


「ぎゃあああ~~~~!!」


 カミルはけたたましい悲鳴を上げなら地面を転がった。

 悲鳴に一瞬、気を取られたローラントはその隙に、切っ先を首元に突きつけられた。


「うっ! 参りました」


「ふうっ……」


 ディートハルトは冷や汗を拭う、魔法が使えない剣士であったら、間違いなくカミルに一本とられていただろう。


「汚いですよ! 魔法を使うなんて!」


 痛みが治まったカミルは、早速、抗議の声をあげるが、その答えは『ヴァイオレント!』だった。


「全く! 先に汚い真似をしたのはお前の方だろうが」


 再び痛みで悶え苦しむカミルを尻目に、面々の方を向く。


「別に汚い真似をしても構わんからな? ただし、こちらもそれ相応の対応をするぞ?」


 その場にいる面々は慌てて首を横に振った。


「じゃあ次は、誰にしようかな……」


 ディートハルトが物色するようにして部下達の顔を眺め回していると。


「ふっふっふっ! 余が相手になろう!」


 背後からアグネスの声が聞こえてきた。

 左右には、テオフィルとイザークが護衛についている。

 ディートハルトはアグネスを一瞥した後。


「姫! バカは休み休み言ってください」


「誰がバカじゃあ!」


「はっきり言いますが、鍛錬は遊びじゃありません。

 姫の筋力じゃ、まともに剣を持つことすらできないのでは?」


 ディートハルトの言うとおり、幼女のアグネスにとってかなりの重量であり、ましてや刃物である以上危険極まりない。


「はあ~~っ……

 誰が剣を使うと言ったのじゃ?」


 アグネスはわざとらしく深い溜息をつく。


「……と言いますと」


「余は魔法が使えるのじゃ、『ファイア』くらいならできるのじゃ!」


 『ファイア』とは炎を飛ばす魔法で、火術の初歩であり、最も簡単な魔法である。

 とはいえ、火は戦において何かと便利であるため、ライナルトは火術を好んだ。

 そのため、帝国で最も研究されている魔法が火術である。


(子供に火遊びを教えるとか、全くあのじじーは……)

「姫! 火は危ないですよ。

 それこそ火事になったりでもしたら大事です」


「む~! とにかく余も混ぜんか!」


「訓練は遊びじゃないと先ほど……」


「その方らだけで、楽しんでずるいではないか~!」


 アグネスから見ると、ディートハルト達は楽しそうに見えた。

 実際、ディートハルトは身体を動かす方が好きなので、楽しんでいるというのは外れていない。

 だが、それは日頃から自身の身体を鍛えているからであり、筋力トレーニングも露骨にした事がないアグネスが行えば地獄でしかないだろう。


「そう言われましても……」


 どうしたものかと困った顔でアグネスを見る。


「ディートハルト様、姫に何か危なくない子供らしい趣味を教えてみてはいかがですか?」


 困るディートハルトの側までより、そっと小声で伝えるイザーク。

 要するに、無害で代りになる遊びを与えてやれば大人しくするだろうという事である。


「ふむっ……子供の遊びか……」


 ディートハルトは必死に子供の頃を回想する。

 思い出すのは厳しい父にやたらと勉強や闇術を教えられ、それが嫌で嫌でしょうがなく屋敷を飛び出しては、街にたむろしているクソガキ共と喧嘩した日々。


「喧嘩か……」


「リーダー! 喧嘩は遊びじゃありません。それに危ないですよね?」


「討伐ごっこは、よくやったな~」


「討伐ごっこ? ……ですか?」


 聞きなれない遊びに嫌な感触を覚えながらも一応問い正してみる。

 十中八九、碌な遊びではないだろうが、内容を知りもせず否定するわけにもいかないとイザークは思ったのだ。


「ああ……従騎士の頃、よく仲間達と適当な野盗のアジトに乗りこんで、盗賊達をボコボコにして遊んだ」


(やはり、聞く必要はなかったか……)


 ディートハルトは15歳を迎え、士官学校へ通い従騎士として認められると、仲間を集めての討伐ごっこに嵌っていた。

 討伐ごっことは、一般市民を相手に暴力を振るうわけにもいかないので、仲間と共に王都オルテュギアを離れ、行商人などを襲って略奪している小規模な盗賊団を討伐するという遊びである。

 勿論、従騎士が勝手に徒党を組んで、小規模とはいえ盗賊団を討伐するなどは許されざる行為なので、ボコるだけボコった後は、素性を隠して役人に通報し、盗賊のアジトを教えるというもの。


「リーダー……」


「何だその憐れむような目は? 言っておくが、俺は不良と呼ばれていたが、弱い者をいじめた事はないぞ?

 あくまで、絡んできた奴をボコっているだけだ。

 必要以上にやり返した事がないとはいわんが」


「いや、そういう事じゃなくて……」


「なるほどのう……

 盗賊を討伐か~、悪を正す余にとって相応しい遊びじゃな」


「いえいえ姫様! 真に受けないでください。

 そもそも外出できない以上、街を離れ、盗賊のアジトに乗り込む事はできません。

 それに、基本的に盗賊というのは、隠れてやる事なので、アジトが何処にあるか近隣の村などに聞き込みをしたりしてと地味な捜査が必要になりますよ」


「む~! では他は?」


「え~っと……では、お絵描きとかいかがですか?」


 女の子らしいかどうかは置いといて一般的な子供がやりたがる遊びをあげてみる。


「却下じゃ! 絵は画家に描かせるものであって、自分で描くものではないと爺上がいっておったわ!」


 アグネスの教育が始まった頃、アグネスはライナルトにお絵描きしたいと言った事が一度だけある。

 ライナルトはその言葉を聞くと、何も言わずアグネスを大広間に飾られたとある絵画の前まで連れっていった。

 額縁に『建国の儀』と刻まれたその絵の大きさは高さ9m、幅16mであり、その巨大な絵には冠を被った王様らしき男が神々しく描かれ、さらに4人の騎士がその王に対し跪き、誓いを立てている様が描かれていた。

 アグネスは絵に圧倒された。

『この絵は?』とアグネスが聞くと、ライナルトは笑顔で答えた。

『ライナルト帝国を建国した折に、当時名高かったとある画家に描かせたものじゃ!』

『で…ではこれは!?』

『そう! 余じゃ!』

 驚くアグネスを見ると、ライナルトは嬉しそうに、描かれた自分を見て頷きながら言った。

『よいか? 絵とは描かせるものであって、自分で描くものではないぞ~?』

『わ…わかったのじゃ~!』

『ほっほっほっ……アグネスがどんな絵を描かせるか楽しみじゃのう~』


「そんな事もわからんのかお主らは……

 仕方がないのう……

 余が直々に教えてやろう。大広間まで案内するのじゃ~」


……――……――……――……――……――……――……


 アグネスはプリンセスガード達に囲まれながら大広間までつくと、絵画『建国の儀』を鑑賞するように促した。


「ふっふっふ……

 いずれお主たちもこうなるのじゃ!」


 巨大絵画を眺めながら、嬉しそうに言うアグネス。

 おそらく、大事を成し遂げた時、跪くプリンセスガード達を想像しているのだろう。


(あの黒髪が親父……

 あの女性が皇太子妃様だよな……

 んで、あれが皇太子様か……

 とすると、あれが帝国最強とか言われてた騎士団のルードルフか……

 それにしても、ライナルトさんはえらく神々しく描かれているな……

 いくらなんでも盛りすぎだろっ!)


 ディートハルトはしばらく神々しく描かれたライナルトに心の中で突っ込みを入れていたが。

 唐突に無駄に神々しく描かれたアグネスを想像してしまい噴き出した。


「何がおかしい!」


 いきなり笑いだしたディートハルトを見て怒る。

 アグネスからすれば、自分がそうだったようにここは圧倒されるべきシーンなのである。


「あ…いえ、すいません。

 姫が神々しく描かれた姿を想像してしまい……」


「だから、何でそれを笑うのじゃ~っ!」


 ディートハルトはまじまじとアグネスを見た後、何処か悲しそうに溜め息をついた。


「……な…なんじゃその態度は!」


「姫! 部屋へ戻りましょう。やりたい事があります」


「む? わ…わかった」


 アグネスはディートハルトの真顔に気圧され、素直に応じる。


「おい、お前ら!

 俺が姫を連れて適当に寄り道しながら、部屋に戻るまでの間。

 画材を用意して待ってろ! 急げ!」


 プリンセスガードに小声で指示を出し、それなりに時間をかけて部屋へと戻った。


……――……――……――……――……――……――……


 ディートハルトは、部下に用意させた画材を受け取ると、画版と紙を用意した。


「な…何をする気じゃ?」


「いえ、私が姫を描こうかと!」


「ほほう! 下手に描いたら許さんぞ?」


「ええ、実物よりも可愛く描きますからご安心を」


 言われた事に対し、若干の不満を感じたが。子供らしく楽しみに描かれるのを待った。


「さあ~! 一応、可愛いアグネス姫ですよ~!」


「はよ見せんか~!」


 アグネスは待ち切れんと言わんばかりにひったくるようにして絵を受け取った。

 可愛い女の子が描かれているかと思われた紙には、小さい子が描く様な単純なヒマワリが描かれているだけだった。


「おい! 何じゃこれは~!? ヒマワリではないか~!」


「ええ! 以前姫は仰っておりましたよね?

 『余は戦場に咲く、美しきヒマワリ』だと!」


「そんな事、言っておらんわ~! 捏造するでない!

 描き直しじゃ、描き直し!

 この様な絵は断じて認めんのじゃあ!」


「……仕方ないですね。

 わかりました。サービスですよ」


 偉そうに答えると、改めて絵を描くが、適当に描かれた絵が上がってくる。


「む~! もういいのじゃ!」


「そう言わずに……」


 ディートハルトはむくれるアグネスを無視して、適当な絵を再び描き始めた。


「なるほどのう……

 お主、さてはそうやって余に絵を描かせようしておるな?」


 ディートハルトのわざとらしすぎる行動に、流石のアグネスもディートハルトの真意に気付く。


「さあ~? それにしても、わざと適当に描くのは楽しいなぁ~!」


 しかし、気付く気付かれないはどうでもいい。

 重要なのは、アグネスが本当に描きたくないかどうかである。


「む~! 爺上が言っておったのじゃ~!

 やられたらやり返せと! 倍返しじゃ~!」


 本当はお絵描きしたいというのもあって、紙と画版をひったくるとディートハルトの絵を描き始める。

 アグネスは飽きるまで適当な絵の描き合いを行った。


「……ディートハルト。

 余が、絵を描いて遊んだというのは爺上には内緒じゃぞ?」


 アグネスは少しバツ悪そうに確認した。

 ライナルトから言われた事に反したと思い、何処か後ろめたいのだろう。


「ええ、勿論です」


「うむっ! 約束じゃからなっ!」

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